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折旅  作者: 谷安
5/12

折旅 (5)

仔細を語るにはあまりに曖昧であり、単純である。十重二十重に鉄路に刻まれたこの轍。また、それに沿って走るこの列車は、異音一つ出す事無く静かに駆けていく。単調なこの動輪の音は、安眠への誘いに相当である。少しだけ楽園を堪能した後、気づけば私は、天下の台所、大先に到着していました。扁平な滑り台のようなあの屋根も、もしかしたら、この街を象徴する蠱惑的なスポットの一つなのかもしれない。

「すっごいや...。」

その巨躯の体を用いり、そんじょそこらの中枢都市の駅とは桁違いの人々を抱え、そして遣わせています。最寄り駅で感じた静寂さはどこにも在りません。雑踏と喧騒で塗れたこの街を見て、私は、体の何処かが萎縮するのを直に感じました。

「僕がおかしいだけなのかな...。」

興醒めは訪れます。孺子でありながら、つとに自身が在住する街と何が違うかを理解し、失念していたのです。薄目で覗き込む駅構内、そこは想像に難くない有り様でもあると、心中の何処かにて少々の納得を強制させるのです。実景とは、沿革した街並みを映すだけではないのです。そこに張り付く禽獣と猩々の容姿と内部をも証明させるのです。悦楽に支配されなければ此処に行き着くことは無かった。後悔は大きいです。

「嫌な雰囲気だな...。」

東と横、または名に並ぶ大都市大先。然し、当時の私にはこの車内を包む猥雑そのものを理解していませんでした。というより、高貴だと感じる人が殆どいなかった事から気付くべきでした。ここ大先は巨躯の象徴ではなく下卑の象徴でもあり、治安は群を抜いて酷いです。むしろ高貴こそが御法度であり、下劣こそが御誂えなのかもしれません。紆余曲折の私の人生でも、融和どころか接触すらしないであろう人類で溢れかえっています。腕を見ます、とても冷えます。冴え渡るこの寒さは、師走が故の厳寒なのか、はたまた見るに堪えないイタい人間を視認してしまったが故に生まれた悪寒か、この鳥肌はそれを語りません。集く愚人が構築するあの低次元の凱歌は、私に相当の深傷を負わせました。できる事なら、もう聞きたくありません。これは自身の明慧を驕る事由ではありません。趣けば自ずと分かる感情なのです。まぁ、大先のおは、”大らかさ”のお ではなく、”烏滸がましさ” おと考えてもらった方が良いと言っておきましょう。

この景色は、自身の黎明、昧爽に相当する。数時間前まで送っていたあの倹しく虚無な生き様はまさしく無様だ。晩年に視聴するものは、この光景と、今抱く感性であるだろう。回帰するその間合いがあるのなら、もう少し正当すべきだったのかもしれない。もう少し、虚々実々であれば良かったと思えた今日この頃でした。

「どこへ向かっても、この気持ちは変わらないんだろうか。」

平地を駆けていく最中、瞳孔に反映される建築物は時を重ねていく事に窶れていきます。のさばる当然も掟も、刻々と過ぎている内に変貌していきます。間接的な境界があちらこちらに張り巡らされており、それが糸のように見えました。地帯か、市境か、透視などできる筈もない私には、この他力を詰る感覚を理解できませんでした。この少し先には蒼だけが領域に居残る海が一面に広がっている筈です。水道水よりもずっと染み渡る、あの海水を浴びたいと胃が痞えます。つとに芽生えたこの昂りに委ね、躍起になり両手を車窓にぶつけました。何も無いと承認していながらですが。

嬉々として我が人生を喧伝する今、軀幹で分からされる罪業をふと思案します。それは、無力の駆逐についてでした。

意識しては消えて、そんな矩形波が果てなく繰り返します。平地も盆地を優に越え、瞻仰すれば山中へと突入しています。前触れも無く、飄々と現れるはあの暗雲達。清々しい程の晴天から打って変わり、雲外が全く見えない曇天へと翻りました。聳え立つ山々がここでは大きな蟠りとなり、進退窮まった雲煙は概ねこの場に滞留します。一帯は、周囲とはあまりにかけ離れた天候を醸し出しています。日照もこの場に置いてはあまり意味はありません。広大な陰りの下、少しの湿気と共に電車は進行を止めません。嫌味な恩光に当たる間、久遠との思い違いに苦しみ、譎詐百端を続けたんです。陰湿なこの場もまた安寧の地の一つです。

「...。」

縺れる思考、その相違に、少しだけ振り返りたい気持ちを抱えます。一新を求めた強者でありたかった筈が、何を持ってして堕落の回帰を望むのだろうか。倹しい過去に戻りたい欲望がまだ脳裏に残っているというのだろうか。これこそが無力に等しく、無能の象徴ではないのだろうか。弱者の概念の混入。この若朽を睥睨するは籠城の生き地獄。通暁している辟易の内心に、間接的な境界に泥む苦悩の存在。渺渺たる困窮の僻地に直立不動の私へ向け、周囲から指を差されているのではないかと感じました。終端に降り立つまでの僅かな猶予に、私は、山の袂でまだ思考を巡らせます。とどのつまり、私は後部座席に全幅の信頼を委ねたのです。

「あれ...終点?。」

頭は痛いですが、時間としてはあっという間だった気がします。手持ちのスマホから時間を確認すれば、時刻は12時手前。少し前に見えた曇も全くありません。むしろ、最寄り駅に向かうまでの晴れよりもずっと晴れています。マップのアプリを開けば、自分の家が見えなくなっています。何とか指を使って何回か縮小させてやっと見える程に遠い所まで来ていたみたいです。1時間以上、電車に乗っていた事だなんていつぶりなんでしょう。懐かしい感覚に、再び心が躍ります。

「おっと...こうしちゃいられないな...。」

よくよく見てみたら、電車はこの駅が終点みたいです。この後車庫に入ったりする場合、車掌さんが迷惑するに違いありません。私は急いでドアボタンを押し下車しました。

「八歌山...。」

大先を南下した先にある隣県。私は八歌山県へと足を踏み入れました。外出でこんな遠くまで来た事だなんて、最近を記憶を辿ってもまずありません。その街を見渡したり、渡り歩いた訳でもないのに、この高揚は何なんでしょう。目的も無いのに、どうしてこんなに見てみたいって思えるんでしょう。訳も分からず歩くだけの行動を、これほど楽しいと感じた事など初めてです。私は、あれやこれやと八歌山駅の構内を歩き回りました。

「いやぁ...にしてもやっぱ。」

すぐに感じたのは、やっぱり風の強さです。何より12月、いわば冬な訳ですから。例え晴れていたとしても寒い、いや寒すぎて死ねるぐらいです。

「あぁ...もしかしたら。この駅の位置、もう一回見てみるか。」

マップのアプリをもう一度開きます。予想は見事的中しました。この駅は大先と違いとてつもなく海が近いです。しかも駅から海に一直線の道路もあるみたいです。確かに、海が近い所は風がとてつもなく強いって話を聞いた事があります。これは関係ない事かもしれないですが、最寄り駅に着く少し前に感じたのですが、私の最寄り駅周辺にはホテルや百貨店があるんですけど、その所だけやけに風が強かった記憶があるんですよね。

「もしや...これは都市風ってやつ?。」

街が栄えてるかどうかは、駅を見れば大体分かると思います。棒線の駅だと、あんまり人がいないんだなぁと分かりますし、逆に、これだけホームがいっぱいある駅だと、今はただの平日かつお昼時なので人は少なめですが、普段は凄い人で溢れかえっているんだなぁと思います。

マップから見て西側の方だと、駅の出入り口からビルが生えていて奥の景色が全く見えません。これは見せかけの罠でも何でも無く、単純にここが凄い街だっていう証明の一つなのでしょう。

「なんだこのアンバランスな感じは...。」

しかし、逆の東側はどうなのかと言うと、思いの外普通の街です。普通の街どころか、私が住んでいる街よりも田舎っぽい感じがあります。西側にある、首が痛くなるぐらい高いビルも、東側だと全く見えないです。むしろ、さっき越えてきたであろう山々が見える程です。

「ここで降りても、やる事あっかなぁ...。」


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