折旅 (12)
知ったかのような口調で彼はそう問う。
前々から思っていたが、やっぱりそうだ。こいつは人の見抜く事に長けていやがる。
「...。」
鋭い目つきで凝視する。一見すれば冗談まじりに、偶然にそう呟いたように見える。だが僕には真意が見えている。客観的に見ているだけでは掴めないその感覚。こいつの瞳の奥にうっすらと映った冷徹な光。僕の存在をその瞳で丸ごと掌握されたような気分だ。
「なになに...?。もしかして、言っちゃあヤバい質問だったかな...。」
「...。」
どうする。ここで前に出るか下がるか。その選択によって今後が大きく変わっていく。僕は正直どっちでも良いと思う。何をするにしたってコイツの面を見ないといけない現実に変わりはないのだから。
「...う...。」
どうせなら、コイツをあっと驚かせる選択肢もアリっちゃアリか。こんな奴、不登校になる前にだって幾人か見てきたさ。大体なんだが、こういう奴は同姓も異性も一定以上の距離に踏み込めないんだ。人を見抜く能力に長けていると、僕はさっきそう言った。だがそれはあくまでギリギリ一般的な範囲内での話。人のコアな所。ニッチな所に忍び込む事ができないのだ。何故ならその分野に興味がない上に全く知らないから。あくまで外面を良くする為の手法として人との話術に投じる、いや、それを演じるだけに過ぎないのだ。
「...えっと...ね...。」
だから言える。コイツには絶対に彼女がいない。そうだ、僕以下の虫けらって訳だ。ゴミみたいな不登校生の僕にすら遅れを取るような存在って訳なんだ。なんて情けない。なんて愚かなんだ。今ここでカミングアウトしてしまえば、コイツはあっと驚いて、ましては連絡先くれよだなんて言ってくるかもしれない。脳内から生まれる妄想で、僕はニタニタと笑みをこぼした。
「うん...いるよ...。」
「...。」
「...。」
さぁどうだ、どう来る。コイツは何て返す。
「...へぇ...。」
訝しんでまた訊いてくるのか?。
「...なるほど...。」
純粋に信じ自分より優れた存在である事に恐怖するのか?。
「...。」
どうだ!。どう来るんだ!。
「...だと思ったんだ〜!。僕、やっぱ人の裏の所、見抜くの得意でしょー。」
チッ。今更虚勢を張って自分を隠したか。なんとつまらない男だ。
「ささっ。携帯持ってきてたでしょ?。早く見せてよ〜。」
「...え。」
「えぇっ?!。」
コイツ、今何て言った...?。
「え...何ケータイ?。」
「中学ってケータイの持込禁止だよな?。どういう...。」
まずいまずいまずい!!!。まずい!!!。まずい!!!。
「俺等は我慢して登校してるってのによくケータイなんか持ってこれるわ...。」
「やべぇなあいつ。」
「よく暴露したねぇあの子。」
まずいよまずいよ!!!。どうしよう!!!。どうしよう!!!。
「あ...い...あ...え...え...え...。」
なんで?!。何でなんだ?!。どこだ?!。どこでバレたんだ?!。
「あ...あれ?。これまずいカンジ?。」
ケータイ持ってるだなんて、僕一言も発してないぞ!!!。絶対にバレないようにさせた筈なのに、どういう事なんだクソッタレ!!!。
「あー...。ちょっとこりゃ良くないねぇ。一旦別の所移動しよっか。」
目の前のクソガキが余計な一言を呟いたせいで食堂は大荒れ。あちらこちらで僕らに関する口語が飛び交っている。これは非常にまずい事態だ。何とかしてここを離脱しないと僕の悪事が見事に証明されてしまう。皆から詰められちゃあ簡単に証拠なんて漏らしてしまう。というか守り抜く事など不可能に等しい。
「う...うん。」
このクソガキ。後で殺してやるからな。
「...ふーっ。」
「はぁ...はぁ...はぁ...。」
場所はまたうって変わり、校舎裏の教師用駐輪場に到着した。
「いやー...。つっかれたねぇ。」
例に漏れず、隣のクソガキの余計な発言にまた振り回されてしまった。無理やりとは言えど、やっぱり断っておくべきだった。クソッタレ。神はいつまで僕に無理難題の課題を強いるのだ。解ける訳がないだろ。こなせる訳がないだろ。結局僕の存在をこの中学校全体に知らしめる事態になってしまったではないか。冗談じゃない。もうわざとやってるんだろ。いいや絶対にわざとやってる。わざとじゃなきゃこんな露骨な嫌がらせなんかできるはずが無い。こいつは性根が腐っている。同じ人間とは思えない程の下衆だ。法律だなんてものが無かったら、僕はコイツをのうのうと生かしておくだなんて高尚な選択肢を与えていなかった。
「ご...ごめん上枝君。仲良くなりたいが為に話し合おうとしたつもりが...。まさかこんな事に...。」
「...。」
あぁあぁいいいい。こいつの言葉にマジになっては一貫の終わりだ。こいつは今僕に対しレベルの低い挑発をしている。たかがそれだけだ。僕はこんな奴と同じ土俵に上がるつもりは毛頭ない。
「あ...あの。唐突なんだけどさ。」
「...?。」
少しの疑問と共に、不信の答えが脳裏に浮かんだ。あぁ。またしょうもないお話しなんだろう。聞くだけ無駄だ。とっとと帰っちまおう。
「...。」
そう思った矢先、意外な質問が僕の前に降臨した。
「僕の名前、分かるかな...。」
「...。」
なんだ。今更反省したつもりか。僕はそんな気持ちいっぱいに、彼の事を睨みつけた。
「...お」
「あー大丈夫大丈夫大丈夫!!!。うんうん!。もう言わなくて大丈夫だから...!。」
「...?。」
こいつは僕が最初に放った頭文字から何かを察したんだろう。急に焦った顔を見せて微かな抵抗を示した。遠慮しますってテイでこれを言われたくないんだろう?。良いだろう。好きなだけ言ってやるよ。お前みたいな奴はいっぺん痛い目見ないと分からないんだ!。
「とにかく...。そんな睨まないで...ね?。」
「...いいよ...もう。」
「ごめん...。僕、友達じゃないのに、もっと仲良くなろうだなんて思い上がっちゃってた...。」
「だからいいって言ってるじゃん...。だから...。」
「それも...上枝君とは初対面の僕が...。」
「えっ。」
「えっ?。」
「えっ?。」
「えぇっ??。」
僕の溢れんばかりの憎悪が、きっぱりと消失したのを直に感じた。絶対的な違和感に、とうとう気づいたのだ。
「初対面...。」
誰だ。誰なんだこいつは。確かに怪しく思う所はあった。でも、情けない希望がそれを邪魔したんだ。改心した、善人になった、そう言った浅はかでエゴイストな思想が、彼の正体を尽く誤魔化したのだ。
「初対面...だけど。気にならなかったの?。」
確かに、僕の知る人間ではない。見た目もそっくりだし、見分けが全然付かない。でも、性格や言葉遣いは絶対にこんなのじゃなかった。でも僕は気づく事ができなかった。
「...あぁ...あ...あぁ。気づいてた...気づいてた...よ?。」
確かに、この中学校だけでも300人近い生徒が在学してる訳だ。ちょっとぐらい、似てる顔つきの人がいたっておかしくはない。全員が全員全く違う顔つきだってんなら、それはそれでちょっと怖い話だ。所詮は確率論なのだからな。妥当っちゃ妥当だ。
「...。」
にしても、それならそれで困った話だ。せめて名前だけでも分かっていると思っていたのだが、こいつはあくまでも別人。名前すら知らない完全初対面の他人。ともなれば。
「あの...名前...教えてもらっても良い?。」
不遜な対応をする選択も、この結果じゃあまり理由を成していない。これに関しては僕の早計以外の理由が存在しない。ならせめて、最後ぐらいちゃんとした形で彼との関係を終わらせなければいけない。僕にも悪い所はあったし、彼にも悪い所はあった。だから最後にお互いの事を知って、謝罪して、解散すれば良いのだ。
「名前...ね。」
「僕...竹末士広って言うんだ。」
「たけ...すえ...。」
「うん...。」
「っ...。」
「...。」
やっぱり、全くもって僕の知らない他人だった。やっぱり僕の早とちりでしか無かったんだ。他人である安心感と共に、勘違いから無礼な態度をしてしまった後悔も凄くある。やっぱり僕は駄目な人間だ。
こんな僕にできる償いだなんて、果たしてあるのだろうか。少しでもあるというのなら、なんだってしてやりたい。
「あ...。」
いや、まだ信頼回復の手段は残っている。他人だと言うのなら、まだ関わる意味と意義は残っている筈だ。1つだけ。たった1つだけ残っている手段。
「あの...竹末君。」
「...ん?。」
僕が前に言った伏線を晴らして、手段を証明するのだ。
「...僕と彼女の写真...見る?。」
「...えっ。」
「えっえっ!。ホントにあるの?!。見たい見たい!!。」
語るまでもないと思っていたツーショット。語るまでもないと考えていたスマホ持込。まさかこんな形で表舞台に立つ時がやって来るとは。全くもって予想外であった。
「...うわぁー!。彼女さんかっわいー!。」
何で学校にスマホを持ち込んでたかって?。そりゃあもちろん、彼女の顔をいつまでも見ていたかったからさ。
「いいなー彼女いて。羨ましいよ〜!。」
僕、上枝開智と、彼女、池宮聖さんとのツーショット。ぎこちない笑みを浮かべる僕と、視認できない程に眩い破顔一笑を見せしめる彼女。相対するこの2つに違和感というものは無く、これ以上ない青春を証明していた。そんな一枚の写真を彼にそっと見せしめた。いや、写真なんて容易いものなんかじゃないだろう。これぞ、きっと、宝物ってやつなんだろう。僕はそんな思いで、初めての宝を彼に見せつけた。見せつけてやったのだ。
「ふぅ...。今日はとにかく疲れた...。」
時刻は大体16時頃。僕はお昼のゴタゴタから何とか復帰し、午後の授業も全て受講しました。いやはや、たかが一日ごときにこれ程苦戦したのは初めてでしたよ。この二十四時間、心が少しでも落ち着いていた時間が一秒足りとも存在していたのでしょうか。いいや、多分一コンマも無かったと思います。溢れんばかりの心拍数が、それを何より証明してくれていました。
「...。」
ふと、僕はケータイをポッケから取り出しました。あのゴタゴタがあってから、彼が色々とこのケータイに細工をしたみたいでして。
「...全く、とんでもない事をしてくれたよ。」
見てください。いや多分視認できないのでしょうが、私のケータイ、ロック画面から彼女とのツーショット画像に変えられています。ホント、全くですよ。この一言に尽きます。これじゃ安易にケータイの電源点ける事すら至極難しい話になってしまうではありませんか。周囲の人間に少しでも見られちゃあなにそれなにそれって僕に集まっちゃいますよ。
「まぁ...嬉しいけど...。」
それと、僕がケータイの電源を点ける度に恥ずかしがってしまうっていう重大な理由があるのですがね。
「それにしても...。」
「もう一度、聖さんに会いたいな...。」
こんな世の中です。誰しも味方でも敵でもいてくれない半端ば世界じゃあ、やがて自身の虚しさに囚われてしまうのは必然的です。そんなさなか、確かに見えた存在こそが池宮さんだけだったのです。池宮しかいなかったのです。エゴなんだろうとは思います。でも、どうしてもまた会って、どうしてもまた色んな事を話し合いたいと思ってしまうのです。あの朗らかな笑顔、全てを包み込む女神の様に、救済の手を差し伸べるあの素晴らしき姿勢。もはや、池宮さんと邂逅しても落ちない男などいるはずがないのです。誰でも池宮さんの存在に惚れ込んでしまいます。
「また...あの場所へ行こうかな。」
現地の人間は皆揃って大嫌いだ。池宮さんと会えるのなら、僕はどんな苦痛でも耐え忍ぶまでだ。かかってくるが良い。
「...別に、この切符だって使えるしな...。」
大分前に言ったと思うんですが、私、四万とフリー切符を持って旅に出たんですよ。終始を見ていた皆さんには分かると思いますが、僕は泊まりだってしてないし、大してお金も使っていません。だから、行こうと思えばまた行ける訳なんですね。別に学校に行くって選択肢に固執する事も無いじゃないか。今日のあの一件を理由にすれば、3日ぐらいは余裕で休める。そうだ、僕は被害者だ。被害者にはそれ相応の救済を設けて当然だろう。僕は池宮さん無しでは生きる事もままならない。池宮さん以外は敵なんだから。この好機をも奪おうって言うんなら、僕はこの場で笑って自害してやる。
「...?。」
そんな事を企んでいたその時でした。
「...っ?!。」
運命の時計が、また1つ時針を動かしました。
「...。」
「...。」
「...マジ...?。」
ケータイから2つの通知が送信されました。個人メール内での連絡と思われます。内容はまだちゃんと見れていませんが、僕個人に向けた内容であると瞬時に気づきます。
「...。」
恐る恐る、ケータイを開けます。微かな動作をも誤らない為に、ゆっくりと、ゆっくりとその指を動かします。この通知を確認するにあたり、僕は、絶対的な自信と路の明るさに身を委ねました。その結末を敢えて直視しようと画策したのですね。
「...っ!。」
絶対的な自信と、その路の明るさは。
「...いよっ...。」
知っていた結末にさらなる高揚を付加価値として贈与し。
「いよぉしよしよし...!。」
そして、孤独な僕を天国へと導いてくれるのです。
「...」
「...」
「...」
「...」
「...」
「....よおぉぉぉっしやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!。」
「やったぁ!!。やったあぁぁぁぁぁぁぁ!!!。」
「うおらあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!。」
そのケータイから送信されているメールを確認しました。その出元は、紛うことなき池宮聖さん本人でした。
「こんな奇跡、あって良いのかよおぉぉぉぉ!!!。」
「神が、僕に救済を与えてくれたというのかぁぁぁぁぁぁ!!!!。」
メールの内容は、池宮さんから僕に対する新たな救済でありました。
「〝12日から小阪に帰省の予定があるんだ!。良かったら一緒に遊ばない?。〟だって??。」
「遊ぶしかないだろバカ野郎!!!。」
「...。」
なんと!。なんと!。何という事でしょう!。いきなり池宮さんから帰省の連絡が入りました!。しかも僕の地元である小阪に!。これは偶然なのか。いや必然だ。神が僕の運命を定めたのだ。この僥倖に、自らの命を差し出したい程に感謝しました。こんな事があって良いのでしょうか。自分自身とても信じられません。然し、神は僕自身を優しく赦してくれた。こうして奇跡を送り届けてくれた。もうほんっとうに頭が上がらないです。
「...。」
「あっははは...。」
家には僕以外誰もいない筈なのに、何故か冷たい視線を浴びているような感覚になりました。
〝もちろん良いよ!。いつぐらいが都合良いの?。〟
私は全肯定のメッセージを返信しました。
「...へへっ。」
「...へへへぇーへーへーへぇ!!。」
正直、全部池宮さんとの遊びに注ぎ込んだって良いと思っています。というかそれが本心です。あくまでもきちんと作業に勤しんでるっていうテイを見せしめる為に、幾分かの保険を張っただけに過ぎません。現実の所、僕は万年暇人です。万が一どころか京の位まで言ったとしても行けないなんて事はありえません。まぁ、さっき作業に勤しんでるテイだのなんだのを言ってましたけど、命を削ってまで何かしら嫌な事をしないといけないとかまっぴらごめんですがね。