折旅 (1)
「さて、今日は何をしようか。」
午前9時頃。私は自宅の布団にて目を覚ましました。見上げて映るは、虚ろな屋根と照明。今日は晴れと聞いていた筈ですが、この部屋には全く光が差し込んでいません。薄暗く、ジメジメしているのを肌から感じます。然し、私は対処しません。したくもありません。そんな時期でも時間でもありません。右足を地に付け、私は立ち上がりました。向かう先は、ベランダです。
「寒いな...。」
今は12月頃。師走です。放射冷却現象とやらもとうに終わっている時間帯ではありますが、それでもやはり冬なので寒いです。早速体も震え始めました。長くは持ちません。私は、目下にあるヒーターを起動させました。これで作業も捗ります。
「賞味期限...これどうだったかな...。」
冷蔵庫から取り出しましたは野菜炒めのパック。大体5日前にスーパーで買ったものです。いつもの朝食には必ずと言っていい程にこいつをおかずとして用意しています。最近は気分が変わっていたのもあり、朝食のメニューも変えていたり生活習慣を一新しようと努めていました。先程言った野菜炒めなんかも一切食べていなかったです。ですので、こうして5日前に買った野菜炒めがこうして今もなお冷蔵庫に残存していたのです。つまり、ヤバいです。この野菜炒め、とんでもない状態になっている可能性があります。食ったら最悪死ぬかもです。
「...いや捨てるのも勿体ないしなぁ...。」
でも私はためらいます。130円ちょっとで購入したものではありますが、安いしまた買おうってなって捨てたらまたやらかしてしまいそうです。というか、絶対にします。突如、耳から強い音が乱入してきました。前からその音が聞こえます。冷蔵庫から、その音が発生しています。冷蔵庫は、開けたまんまにしておくとある程度の時間が経つとピーピーと音を鳴らします。冷たい空気を逃さないようにしない為です。仕方が無いです。それでも考えます。雑音が響く中、集中して考えます。こいつを食べるのか、こいつを捨てるのか。危険を背負って腹の中にぶち込むのか、安心安全を優先してゴミ箱へぶち込むのか。頭を掻き、悩みました。
「いやぁ良いかあ。外寒いしな。」
食材は他にもあります。それ食べればいいじゃんって言われそうですが、ハンバーガーやどれもこれもヘビーな食品ばっかりです。食べたらお腹も驚きます。そうです。下痢します。そんな朝迎えたくありません。かといって他の食材を買いに行くにもなりません。何故なら今は冬だからです。外に出たら一歩目で死ねます。しばらく考え、私は、その野菜炒めのパックを手に取り、冷蔵庫を閉めました。私は、諦めと決断を同時にしました。この日の朝食は、ご飯とウインナー、卵焼きと味噌汁に、5日前に賞味期限の切れた野菜炒めになりました。
「...ふう。」
朝ごはんを平らげ、20分が経過。何事もなく、家の中で朝を満喫しています。
「...今日は良い天気だなぁ。」
網戸から外の景色を眺めてみます。風はやや強めで、上空を漂う雲たちも東に向かってゆっくりと動いています。それでも、雲ばっかりって訳ではありません。青空です。正確には薄青色って所ですが。
この景色を見ている内、なんだか心も晴れやかな気持ちになります。まるでお祖父ちゃんお婆ちゃんになった気分です。綺麗なものを見ると、自分の心も綺麗になるものなんだなと、この時、私は少しだけ感じました。
私は”上枝 開智”。ほずえ かいちです。13歳です。どこにでもありそうな街で中学1年生をしています。然し、自分で言うのもなんでしょうが、あまり聞いた事のない苗字をしていますよね。ありきたりな苗字じゃなくてカッコいいとか、イマドキって感じがするとか前に言われた事があります。でもハッキリ言います。私は決して格好良くなんかないですし、性格も良くありません。何より、名前でイケてるかどうかを判断するような人が周りにいたって事がとても恥ずかしいです。それに名前以外でカッコいいとか言われた記憶もありません。理由はあれど、悲しい事に変わりないです。何か自分に良い所の一つや二つがあれば、それを皆から褒めてもらえたりしたのかなと、今でもたまに思います。しかし今の私は、恋愛やそう言ったありきたりな青春を実現しようとは思いません。何か自分にしかできない、成し遂げられない事をして中学生活を終わらせたい。そういった思い、いえ、野望がありました。
さて、12月とは言いましたが、正確に言うと12月4日。水曜日です。そうです。何でもないただの平日です。そして今は9時です。完全な遅刻ですよね。なに呑気に朝ごはんについて真剣になってたんだって、普通に学校とか仕事に行ってる人だったら私のこの生活習慣を指摘する事でしょう。しかし、私は動じません。ましては直接言われたとしても、私はこの家から出る事はないでしょう。むしろ、出せるものなら出してみろ。と突っぱねます。結論を述べると、私、上枝開智はかれこれ4年ぐらい不登校を貫いていました。理由は色々あります。とにかく不登校をしていました。よって、学校なんか行ってられません。早起きするとか宿題するとか、友達作るとか好きな人作るとか、そんなのやってられません。こうしてただ一人で、ゆったりと1日を過ごす今に満足しているのです。私は。これ以上のものは求めません。この生活を変えたくありません。
「...。」
私も、愚か者ではありませんでした。
「...。」
時々自分の人生を振り返り、後悔したり、疑問を持つ事もあります。
「...。」
涙ぐんで天井を見上げるばかりの日もありました。
ヤケになってノートを破り捨てた日もありました。
「...。」
しかし、私は愚か者であったと気づいたのかもしれません。だから、私が愚か者であったと気づいたのかもしれません。
「...。」
今日を持って、私は、今までのこの生活の在り方に結論を見出さなければなりませんでした。
「...飽きたな。」
突然、口からため息と共にその言葉が溢れました。只今意識して出した言葉ではありません。その言葉が口から溢れた当時、私は少しだけ内心驚きました。自分でもとても信じられない事でした。この言葉に続き、私の心の中の感情は、どんどんと変わっていきました。
「...なんか、朝ご飯も美味しく感じなくなってきたなぁ。」
元よりお金が無いので、ご飯のセットも大体固定されていました。でも、そういうのがもたらした飽きではないと思います。
「...何をしようか。」
お皿をスポンジで擦っている最中、私は、今後何をしたら良いのか分からなくなってしまいました。いつもなら、朝ご飯を食べた後、スマホをだらだら弄って1日を過ごしている筈ですが、なんだかいけない気がして心がどうも落ち着きません。でも、手段がありません。行動がありません。何もできません。さっき言ったスマホいじりも、別に好きでやってる訳ではありません。重課金してるゲームなんてありませんし、好きなエンターテイナーがいる訳ではありません。ただ、スマホが映す、流れ行く景色を眺めるだけ。それに依存していた。そこに自由を求めた。そこに夢があると信じ続けて、両手を使ってとにかく探し続けていたんです。でも、皆分かってる。スマホをいじる行動そのものに、綺麗なものは何もない。風情も、自由も、夢も、何もない。ただ、忘れたかっただけ。あの苦痛を、もう二度と思い出せないのなら、それで良かった。しかし、私は何も扉を開けなかったのです。
勉学も、遊びも、その双方を熟すに相応しい目的がない限り、人というのは、大した幸せも得る事ができないのだなと、とても痛感しました。