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私は二十年前の切れ切れの記憶と、現在の釈然としない思考を持って飛行機に乗った。アナの体調は大丈夫だろうか。家族はどうしているのだろうか。ケイトは?アルフレッドは?私には記者としての好奇心と、遠い親戚に久しぶりに会いに行くような感覚が同居していた。


久しぶりのヒースロー空港から、タクシーでホテルまで行くことにした。ロンドンタクシーはまだ黒くて、天井が高くスペースが広くて乗りやすいのはあまり変わらないが、私が住んでいた頃の面影はなくなっている。それでも私は初めて乗った時のわくわくした気分を思い出す。


約束の時間が迫っていたので、ホテルに荷物を置くとすぐにアナの家に向かった。


昔は地下鉄かバスでアナの家に行っていたが、今日はホテルからバスに乗ることにした。赤い二階建てバスものっぺりとした顔になり、行先も電光掲示板で表示されている。ルート9のバスが来るのを待つ。コインで払っていた運賃も、今はあらかじめ用意したカードしか使えない。自分だけが変わらず、未来の国に来てしまったようだ。


Trafalgar Squareトラファルガースクエア、Piccadilly Circusピカデリーサーカス、Knightsbridgeナイツブリッジを過ぎて、Royal Albert Hallロイヤルアルバートホールを見ながらHyde Parkハイドパークに近づく。アナに近づく。


バスを降り、ハイドパークを背にしてVictoria Roadヴィクトリアロードを入って行く。アナ・ローズ邸は、二十年前から時を止めてしまったかのように全く同じ外観で私を迎えてくれた。58歳のアナと会えそうな気になる。


二十年の時を超高速で潜り抜けて、私はインターフォンを押す。玄関を開けてくれたのは、メイドではなく看護師のユニフォームを着たふくよかな中年女性だった。


「エマね?入って。」

「はい。」


見ず知らずの看護師に名前を呼ばれて、私は少し戸惑ったが、手回しのいいアナが健在であると思い嬉しくなった。


「私はIslaアイラ。アナから聞いているわ。どうぞ。」


アイラは私を中に通して、二階の一室に案内してくれた。階段を上がりながら、記憶の映像と重ね合わせてみる。階段も手摺も、線と線は寸分の違いなく重なるが、そこにはアナの気が感じられなかった。


「アナはずっとこの日を楽しみにしていたのよ。」

「・・そうですか。私も久しぶりにお会いできて嬉しいです。」


私が楽しく返事をすると、優しい雰囲気のアイラは急に看護師の顔になって、アナのことを説明し出した。


「インタビューは長くても一日2時間までにしてください。血圧が上がるとよくないので、怒ったりして、もし感情が高ぶるようであれば、途中でも中止してくださいね。」

「病状は良くないんでしょうか?」

「もう高齢ですからね。脳に血栓ができているけど、手術できない場所なので、薬で血管の通りをよくしています。だから血圧が上がるのは良くないんですよ。爆弾を持っているようなものだから。」

「そうですか・・」


「それに痴呆も始まっているので、彼女の記憶は正確ではないのよ。同じことを繰り返したり、ついさっきのことを覚えていなかったりするの。でも、それを指摘したり、否定したりしないでね。アナが混乱してしまうから、彼女のペースで話をさせてください。」


痴呆症のアナなんて私には信じられなかった。あのアナ・ローズが・・・残酷な時間の仕打ちに私はたじろいでいた。二十年前と同じアナに会えると錯覚していた私が馬鹿なのだ。時間は確実に刻まれている。


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