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ケイトが離婚して、貧乏画家さんと結婚したかどうかはわからないが、二人はもう30年以上一緒にいる計算になる。それでもまだアナはケイトの30年を否定して、間違いだと言い続けている。


そしてケイトが孫娘をデビュタントに行かせなかったことを今でも怒っている。


「Charlotteシャーロットをデビュタントに行かせなかったのよ。私がドレスを用意するのに。」


アナの機嫌が悪くなり、怒りで血圧が上がることを恐れて、私は話をアナ自身の昔話に誘導していった。しかし彼女の昔話が穏やかな物語なのか全く見当もつかないので、それは賭けでもあった。


「アナのデュピタントの時はどうだったの?」


私は質問の答えによって、話題を変える準備をして話を聞いていった。


「あのデュピタントのドレスがどうしても気に入らなかったのよ。胸のところにコルサージュがついていたんだけど、田舎臭いのよ。でもドレスに縫い付けてあるから簡単には外せないし、付いていたほうがいいって、母がうるさくて・・・だから、デュピタントの始まる直前にハサミで切ってやったの。ははは・・・ちょっとはましなドレスになったわ。」


身振り手振りで説明すると、アナは可笑しそうに笑って私に微笑んだ。可愛いらしい一面は、アナを二十年前とは別人のように見せる。私はほっとして、子供時代の話から聞いていくことにした。


 アナは十二歳から寄宿学校に入り、バレエを習っていた。私はそんなに小さい時から、親と離れたら寂しかったでしょうとありきたりな質問を、同情を込めて投げてみた。


「どうして?親と離れて生活できるのよ!そんな楽しいことないじゃない。」


私の質問が全く的を射ていないのが不可解と言わんばかりに、彼女は寄宿学校の話をしてくれた。


「つまらない授業の時は、木に登って本を読んでいるのよ。私がどんな生徒かわかるでしょ。・・ははは!」


アナ・ローズはやんちゃな笑顔を作っておどけて私を見た。私は幼い頃のエネルギーの塊のような彼女に微笑んだ。


「カトリックの学校だから、先生も神父なのよ。一人の神父がGregory Peckグレゴリー・ペックそっくりのハンサムだったの。知ってる?映画俳優の。」


私はもちろん知っていると頷いて答えた。


「みんな憧れていたわ。その神父が授業中にふざけて、女子のブラを背中でつまんでパチンと放すのよ。それが彼のお気に入りの生徒ってこと。」

「えぇ!そんなのセクハラよ。」


私は眉間にしわを寄せて不快感を表したが、アナ・ローズはあっけらかんと

「昔はそんなのないわよ。パチンとやられた子は喜んでたわ。他の子は羨ましがってね。」と言って、笑った。


「時代が違うわね。」


呆れた表情を作って、私は首を横に振った。



「お二人さん、今日はここまでよ。」


アイラが大量のタオルを抱えて部屋に入ってきた。


「あら、もうそんな時間?」

「ごめんなさい、気付かなくて。」


慌てて腕時計を見ると、もう昼近くなっている。アナとの約束は、毎日朝10時から昼12時までだ。


「体を拭いてから昼食にする?それとも昼食を先にする?」


アイラがアナに問い掛け、二人の生活が見えてくる。私は邪魔をしないように帰り支度をして、

「じゃあ、また明日。」

と、部屋を出た。元気な声のアイラと我儘なアナのやり取りが、開け放たれたドアから途切れずに聞こえてくる。


アナの人生はイギリスだけでなく、日本でもうけるのではないかと私は初日から感じていた。一般大衆には少数の貴族の暮らしは特殊だし、日本人にとっては映画の中の出来事のように馴染みのないものだ。興味がそそられる。私は自らの好奇心から毎日の取材に胸を膨らませて通うようになった。


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