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序章

初投稿です。

お手柔らかに感想などいただけたら幸いです。

真っ暗な世界にアタシは一人佇んでいた。

必死に誰かいないか叫ぶが、声が出ていない。誰にも届かない。

 寒くも無いのに体が震える。その場に崩れ落ちる。地面に両手をつく。頬に一滴の雫が伝う。そうと気づいてしまえば思いあまり、涙がとめどなく溢れてきていた。

 ――結局、一人なのか。

 そう思うや、黒い世界がアタシを包み込んでくる。もういっそこのまま身を任せてしまえば楽になれるんじゃないかと思える。

 アタシの視界に一筋の光が差し込んだ。それは、暖かく、どこか懐かしい光だった。おもむろにその光に手を伸ばすが、届かない。それが悔しくてたまらなかった。

今のアタシではまだ駄目なのかとも思えるほどに。

――それでも、どうしてもあれが欲しい。

あの光を掴むことが出来たら、アタシはここから解放されるんじゃないか。そんな淡い期待を抱きながら必死にその光に向けて手を伸ばす。だが、後もう少しのところで、光はアタシから逃げてゆく。もう一度手を伸ばし、また後もう少しのところで逃げられる。それの繰り返し。

――アタシはまた、置いていかれるのか。『あの人』と同じように。

 アタシは逃げ行くものを諦め、腕を宙に放った。

 目を閉じる。体が黒く溶けていくのがわかる。そのまま身を委ね、アタシは闇へと落ちていった。


***


 けたたましいアラーム音で目が覚めた。

カーテンの隙間から、木漏れ日が差し込んでおり、その眩しさに一瞬、目が眩む。

 スマホのアラームを止め、体をぐっと伸ばす。もう一度フカフカの世界に戻りたいものだ。

「ご飯作らないと」

 ベッドから起き上がり、着ていたスウェットを脱ぎ、昨晩の内に用意しておいた制服に着替え、キッチンのある一階へ向かう。手を洗ってから食材を取り出す。調理器具を準備して、朝食を作り始める。

 これがアタシ、の朝だ。こんな生活をもう五年以上も続けている。

 フライパンにベーコンをしき、その後に卵をのせ、ベーコンエッグを作り、焼きあがったパンと一緒に皿に乗せる。サラダとコーヒーを机に並べて完成。

その後、リビングを出てもう一度二階へと足を運ぶ。

「母さん。朝だよ」

 すべての準備を終え、母さんを起こす。これでアタシの朝の日課が終わる。

「母さん?」

 いつもなら一声かければ起きてくるはずの母さんが今日に限っては、すぐに返事をしない。

「母さん? 開けるよ?」

 もう一声かけるが返事がないので、仕方なく無断で母さんの部屋を開けると、そこにいるはずの姿はなく、いつもパソコンをいじっている机の上に一枚の紙が置いてあった。

『今日は会議があるので先に出ます。 母より』

 達筆でそう書いてあった。

「先に行くなら、昨日の夜に直接伝えてよ……」

 アタシは机の上においてあった紙を手でグシャグシャに丸め、ベッドの横にあるゴミ箱へ投げ入れた。しかし、外れて、その場に転がった。

「バカ……」

 悪態をついたところで、誰が聞くでもない。手に力が入る。歯を食いしばる。

 『あの時』からアタシと母さんの間には見えない壁が出来ていた。家で会ってもお互いに最低限しか会話をしなくなっていた。

「ご飯……食べないと……」

 無理矢理に頭の中に浮かんでいた考えを振り払い、母さんの部屋から出てリビングへと向かった。一段一段階段を下りる度に、ギシギシと音がなる。その音になぜか苛立ちが沸く。

「はあ……」

 思わずため息がこぼれる。リビングからは香ばしい匂いが消え、手に触れたパンも冷めていた。

「……学校いこ」

 パンとベーコンエッグが入った皿を持ち、その中身をゴミ箱へ放り込み、家を出た。


***


 六月。夏本番まではいかないものの、気温は高く、額に汗が滲む。

 道端には紫陽花が咲いており、風に乗ってその香りがアタシの鼻を通り抜ける。

 つい先日まで綺麗なベリーピンクに色付いていた桜の木々たちは、色を変え、その枝には太陽に反射して輝く新緑が芽づいていた。

「もう二ヶ月か」

 アタシが、私立学園に入学してから、気付けば季節が一つ過ぎ去っていた。

 皺一つなかった制服にも多少皺が付き、慣れていなかったローファーも、いつの間にか靴擦れをしなくなっていた。

 いつも通っている通学路には、アタシと同じ制服を来た人々が歩いており、その中に見知った顔の人物がいた。

「おーい! !」

「あっ! 恋華! おはよう!」

 アタシが名前を呼ぶと、その男は後ろを振り向き、アタシに向かって挨拶をしてくる。

。アタシがこの学校で一番最初に仲良くなった子。髪の毛をアッシュグレーに染め上げ、ふんわりとしてヘアースタイルをしているイマドキ女子だ。

「今日は遅い登校なんだね。恋華」

 恵に言われてスマホで時間を確認してみると、いつもよりも十五分ほど遅い時間だった。

「まあ、こういうときもあるんだよ。アタシには」

「なに。その自分忙しいですよ。みたいな感じは」

 そう軽口をたたいて、笑い合う。まだ二ヶ月しか経っていないが、恵とは良い関係を築けていると自分でもそう思える。

「実際に忙しいんだよ。アタシは」

「うっわ。ウチに向かっての嫌味かよ」

 わざとらしく、アタシから距離を取る恵。

「そんなことより、早く学校行こ」

「ねえ。アタシのリアクションはスルーなの!?」

 恵を横目で見ながら、学校へと歩みを進める。アタシの『目的』の為に。

「本当に置いて行くよー」

「待てって……! ねえ、恋華!」

 恵の言葉が後ろから聞こえてくるが、アタシは気にせず先を歩く。

 目に映る空には一切雲はなく、どこまでも澄んだ青空が続いていた。

「……今日は話すことができるかな」


***


「おはよー」

 教室へ入ると会話が耳に入ってくる。

 昨日のテレビの話や、家族内での出来事。昨日のご飯の話。漫画やアニメのこと。

 それらの楽しげな話し声に耳を傾けながら、自分の席へ向かおうと視線を向ける。

「……マジ」

 思わず、声が漏れてしまった。

 アタシの席を数人の男子グループが占拠していた。そこで会話を楽しんでいる。

「どうしたの? 恋華……あー、ドンマイ」

「そう思うなら助けてよ……」

 アタシの肩に手を置いて、首を横にふる恵。その諦めろみたいな顔が無性に腹が立つ。

 精一杯のジト目をして恵に睨みを聞かせると、バツが悪そうにアタシから顔を逸らす。

「じゃ、じゃあ、ウチは自分の席に戻るからー」

「あっ! こら!」

 そそくさと自分の席に戻って行く恵に声をかけるが、聞く耳持たずで、その場に取り残されてしまった。

 もう一度自分の席に目を向ける。

 未だどく気配のない男子グループ。これがただのグループなら、アタシもここまで緊張はしなかっただろう。

 だが、今アタシの席を占拠している男子グループのカーストの一番上。トップカーストの男子グループだ。

 あんな楽しげに話している中にアタシが割り込んでもみろ。「は? なにコイツ?」見たいな目で見られるのがオチだろ。

 神はアタシに死ねと言っているのであろうか。

「クッソ~……」

 悪態を吐かずにはいられなかった。

 教室には冷房がついているはずなのに、制服に汗が滲む。息苦しく、そのせいで呼吸が荒くなる。

「よっし」

 自分に喝を入れ、歩き始める。

 一歩一歩が鉛のように重く、自分の居るところにだけ、重力が周りよりもかかっているかと錯覚する。

 鼓動が、席に近づくに連れ早くなる。周りに音が漏れているんじゃないかと心配になる。

 完全に体が異常反応を起こしていた。

「あれ? 霧島さん?」

「ひゃい!」

 席まであとちょっとのところで声をかけられた。男子グループの内の一人からだ。

 咄嗟のことで声が裏返ってしまい、顔が熱くなる。

「どうかしたの? あっ、ここ霧島さんの席だったね! ごめん! 今どくね! みんな移動しよ!」

 そう言って、他の女子に声をかけ、席を空けてくれる。

「あ、ありがとう。、か、くん」

「いえいえ! どういたしましてだよ!」

 葛城。男子トップカーストグループの一人で、長めの髪にパーマをかけたような髪型をしており、明るく、誰とも仲良く話せる性格とその容姿からか、女子からの人気が高い男子。そして、アタシの『目的』の鍵になるかもしれない人。

 その目的、それはこの学校で『恋』をすること。

 それがもしかしたらできるかもしれない。この人となら。

「それじゃ、またね。霧島さん。ごめんね。席取っちゃてて」

「い、いえ」

 笑顔を浮かべながら、顔の前で両手を合わせてウインクしながら去って行く葛城くん。その姿に目を奪われ、去っていったあとから目が離せないでいた。

「葛城くん、良い人だなー」

「うわっ! 急に出てこないでよ! 恵!」

 少しばかり惚けていると、自分の席にいたはずの恵が急に横から声をかけてきた。

「良いじゃん。それにしても恋華。流石にあれはないんじゃないかな? いくら上がり症だからってさ」

「う、うるさいな。しょうがないでしょ」

 ニヤケ面を浮かべながら、アタシのコンプレックスをついてくる恵。

 恵の言った上がり症。これがアタシのコンプレックスだ。幼い頃に『とある理由』のせいで、アタシは女子に対してだけ極度の人見知りをしてしまう。会話の時に噛んでしまったり、どもってしまったり。

 本当に嫌になる。

 自分でも直そうとは思っているのだが、どうにも難しい。

 そして、このコンプレックスが『恋』をするのに一番の邪魔をしていた。

「だって恋華、ロクに会話ができてなかったじゃん」

「アタシだって一生懸命なんだよ」

 アタシだって、好きでこんな風になったわけじゃない。

 恵に指摘され、視線が下にいってしまう。握る手に自然と力が入ってしまう。

 わかりきっていることなのに。

「まあ、頑張って。恋華」

 そう言って、恵はまた自分の席へと戻って行った。

 アタシは、誰もいなくなった自分の席へ着き、窓の外を眺める。

 そこには学校に行く時に見た青空が広がっていた。

 太陽が燦々と照りつけ、鳥たちの囀りが聞こえる。その音がどうしても耳障りに感じてしまう。頭に響き、鬱陶しさまで覚える。

 アタシは窓から視線を外す。カバンからイヤホンを取り出すと、耳につける。

机に突っ伏して、瞳を閉じ、意識を深い闇の底へと落とした。


***



……しまさん

 何か聞こえる。

 ……きりしまさん

 誰? アタシを呼んでいるのは。

「霧島さん! 起きて!」

「んん……」

 耳元で誰かに叫ばれ、目が覚める。体をぐっと伸ばし目を開けると、そこには信じられない現実があった。

「おはよう。霧島さん」

「か、かか、葛城きゅん!?」

 そこには、吐息を感じるほど顔を近くに寄せた葛城くんが、満面の笑みを浮かべていた。

 な、なんで葛城くんが。そんな考えが頭の中を埋め尽くす。

 スラッとした綺麗な鼻立ち。パッチリと大きく開いている瞳。瑞々しく、どこか艶かしい唇。そこに、仄かに香る香水の匂いに、顔が上気していくのがわかる。立ち眩みをした時のようにクラクラする。

「やっと起きたねー。大変だったんだよ? 何度呼びかけても起きないからさー」

 アタシから離れ、両手を組んで、「俺、怒っています」とでも言いたげな態度を取る葛城くん。

「な、なんで」

 未だに思考が纏まらなく、どうにかして引き出した言葉に、彼女は小首を傾げる。

「なんでって。もうお昼休みだよ? それなのに霧島さん、全く起きる気配無かったから俺が起こしてあげたの!」

 葛城くんから返ってきた言葉はアタシの求めるそれではなかった。アタシが聞きたかった答えは……。

「な、なんで、か、葛城くんが、ほとんど関係のないお、アタシなんかを……」

「関係ない? 関係あるよ! 俺たちクラスメイトだし、何より友達でしょ?」

『友達』

その言葉を聞いたとき、一気に先ほどまで感じていた熱が冷めていくのを感じた。

「友達って……」

「おー、恋華。やっと起きた」

 背後から声をかけられ振り向くと、そこにはコンビニの袋を手にぶら下げている恵だった。

「恵……」

「おっ、なに? 葛城くんに起こしてもらったの? この贅沢者」

 からかいながらアタシに絡んでくる恵。

「葛城くんごめんね~。このバカが迷惑かけちゃって」

「別に大丈夫だよ。それじゃ、霧島さんも起きたし、俺は友達のとこ行くね」

 そう言って、手を振りながら背中を向けて走っていく葛城くん。その姿が見えなくなるまでアタシの視線は、そこから動かなかった。

「……あんま下手なこと言うもんじゃないよ。恋華」

 にやけ面から一転、恵は真剣な表情を浮かべ、低い声のトーンで注意を促してくる。

「……ごめん」

 恵の顔が見れない。机の上に両腕をつき、掌で顔を覆う。

 アタシは、葛城くんに対して何を言おうとしてたんだよ。

 その事を今考えるだけでも、背筋が凍る。

「ありがとう。恵」

「別にいいよ。なんせ友達だからね」

 再び恵はニヤケ面を浮かべる。

「調子乗らないでよ。バカ」

 そう言って、軽く恵の脇腹をこずく。

「あー、せっかく助けてあげたってのに!」

「バーカ」

 自然と笑いが零れる。

 ただ、アタシの頭の中に未だに残っている葛城くんの言葉。

『友達』

 彼がどういった意味でその言葉を使ったかはわからないが、それはアタシの頭を悩ますには十分過ぎる言葉だった。

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