王太子妃になるなんて願い下げです
「お嬢様、お嬢様!」
侍女リリーがエレナの私室に慌ただしく駆け込んできた。
リリーの表情から常とは違う緊迫した雰囲気が漂っていた。
「なんでしょう、リリー。落ち着いて話しなさい」
エレナは落ち着いた口調でリリーを宥めた。
「とんでもないことを目撃してしまいました!エドワード王子様が、カトリーナ王太子妃様と林の奥で口付けをされているところを見てしまいました!」
「え.......」
エレナは思わず手で口を押さえて失態を隠した。
頭の中が真っ白になり、呆然とした表情を浮かべた。
やがて我に返ると、エレナは左手の薄ピンクの薔薇の指輪を外し、眉根を覆うようにしてそっと目を伏せた。
「本当なの...? そんな、なんてこと...」
その後数日間、エレナはリリーの目撃情報を確かめるため、エドワードの動静を覗き見ていた。すると、確かにエドワードがこっそりとカトリーナと会っている現場を目撃してしまう。
ある日の夕暮れ時、エレナはエドワードとカトリーナが林の奥で密会している場面に出くわした。
「ひどい...エドワード...!」
エレナは震える手で口を押さえ、憤りの念に駆られた。
晩餐の際、エドワードがエレナに話しかけようとすると、エレナは冷たい視線で拒絶した。
「エドワード、私からあなたに申し上げます。私はもはや王太子妃にはなれません。」
「.....ちょっと待ってくれ、急にどうしたんだエレナ!」
エレナは憤りに満ちた表情で指輪を握りしめた。
そして震える指先で侍女に向かって言った。
「リリー、これを預かっていてちょうだい。私は城を出るわ」
エレナは侍女に指輪を手渡すと、王城の玄関から飛び出した。
ピンクのワンピースの裾を翻しながら林の中を走り抜けた。
やがて一本の大樫の下で立ち止まり、樹液の甘い香りに包まれながら、ついに熱い涙を流し始めた。
「私の夢は、こんなはずじゃなかった...エドワード、どうして!」
エレナは樹液に濡れた幹につかまって体を丸め、嗚咽した。愛した男との未来が一瞬で砕け散ったことに絶望したのだ。
しばらくして、エレナの泣き声が小さくなってきたころ、遠くから獣の鳴き声がした。
恐ろしげな吠え声に、エレナは我に返った。そして背後から人の気配に気付いた。
振り返ると、そこには立派な狩りの装束を纏い、弓矢を手にした青年の姿があった。
恐らく狩りの途中で道に迷ったのだろう。青年の足を見ると、怪我で深い傷があった。そこから血が流れ出ていた。
「あなた大丈夫ですか?」
エレナが声をかけた。
「足から血を流されています」
青年はエレナに気づき、優しげな眼差しを向けてきた。
「ああ、すまない。狩りの最中に踏み外してしまってな」
青年は杖をついてエレナの元へと歩み寄った。
「では手当てをさせていただきましょう」
エレナは青年を大樫の下に座らせ、素早く手当てを施した。うまく手当てができたことに、青年は感心したようすだった。
手当ての後、青年はエレナに感謝の言葉を述べた。
「助かったよ。私はセレニア王国の皇太子、ルーク。仕事の関係でこのアルディア王国に滞在しているんだ」
「皇太子様がこんな姿で、申し訳ありませんでした」
エレナは頭を下げた。
「私はアルディア王国の王女、エレナと申します」
ルークは驚いた様子ではあったが、エレナの心優しさに感謝の念を抱いた。
「いや、怪我をしたのは私の落ち度です。エレナ王女に世話になり、むしろ恐縮至極です」
二人は森の中を歩きながら、お互いの国の事情や文化について会話を交わした。
エレナはルークの品行方正な人柄に好感を持ち、ルークもエレナの聡明さと高潔さに感銘を受けた。
やがてエレナは、エドワードに裏切られた辛い過去を打ち明けた。
ルークはそれを静かに聞き入り、エレナの心の傷に思いを馳せた。
「エレナ王女、人の心は移ろいやすいものです。しかし今は、新たな道が開かれたと考えましょう」
ルークは優しく言った。
「私も含め、エレナ王女を支える者がきっと現れるはずです」
エレナは心の内に宿る痛手に思いを馳せながらも、ルークの言葉に勇気をもらった。
そして二人で城まで歩を進めることにした。
道中、エレナとルークはますます惹かれあっていった。さ
さやかな会話の中にも、互いへの関心と思慕の気持ちが宿るようになっていた。
しかしその矢先、アルディア城からの使者が二人の前に駆け付けてきた。
「ルーク皇太子様!たった今、王太子エドワード様とカトリーナ様が何者かに襲われました!」
「...何ですって!?」
エレナとルークは衝撃を受けつつも、直感的にこのエレナとルークはアルディア城に戻り、エドワードとカトリーナの安否を確かめるため、すぐに二人の元事件の背後に陰謀があると感じた。
お互いを見つめ合い、そして力強く頷き合った。二人で力を合わせ、この事件の真相の解明に乗り出すことを決意したのだった。
エレナとルークはアルディア城に戻り、エドワードとカトリーナの安否を確かめるため、すぐに二人のへと向かった。
エドワードの部屋に到着すると、エドワードは床に横たわり、医師に手当てを受けていた。エレナとルークが入ってくると、エドワードは弱々しい声で話し始めた。
「エレナ、ルーク皇太子...わざわざ来てくれたんですね...」
エレナは複雑な心境ではあったが、とりあえずエドワードの無事を確認し、安堵の息をついた。
次に、二人はカトリーナの部屋へと向かった。カトリーナは横たわり、優しげな表情で二人を迎えた。
「エレナ王女、ルーク皇太子...お見舞いありがとうございます。本当に恐ろしい目に遭いました...」
カトリーナは襲撃の様子を詳しく語ったが、その態度は終始穏やかで、まるで何事もなかったかのようだった。エレナとルークは、カトリーナの言動に違和感を覚えつつも、まだ彼女が陰謀の首謀者だとは気づいていなかった。
その後、エレナとルークは城内の者たちから事件の情報を集め始めた。そして調査を進めるうちに、いくつかの不可解な点に気が付いた。
襲撃があった時間帯に、カトリーナの部屋から怪しげな人物が出入りしていたという目撃情報があった。
また、カトリーナの部屋からは、大量の金貨が発見されたのだ。
エレナとルークは、これらの情報を総合し、カトリーナが何らかの陰謀に関わっているのではないかと疑い始めた。
「ルーク、もしかしたらカトリーナが、この事件の黒幕なのかもしれません...」
ルークも同じ考えを持っていた。
「ええ、エレナ。彼女の言動には不自然な点が多すぎます。私たちは真相を突き止めなければなりません」
エレナの目からは、想像を絶する衝撃を隠せない表情が滲み出ていた。エドワードに裏切られた上に、こんな陰謀まで隠されていたとは。
「私たちで力を合わせ、何としてでもカトリーナの企みを阻止しなければなりません!」
エレナは必死の思いでルークに訴えた。
しかし二人の間には、大きな障壁があった。
ルークはセレニア王国の皇太子であり、エレナはアルディア王国の王女である。
この身分の違いから、二人の間には簡単には超えられない壁が存在していた。
親密な関係に踏み込むことができずにいたのだ。
一方、エドワードもまたエレナの前に現れ、涙ながらにして自らの過ちを詫びた。
「エレナ、本当に愚かなことをしてしまった。あなたを裏切られたような気持ちをさせてしまい、申し訳なかった。私はもはや王太子失格だ。」
しかしエレナの心はもはや、エドワードのものではなかった。エドワードの言葉は空しいものとしか聞こえず、ただ無力感を感じさせられただけだった。
エレナとルークは、さらなる調査を進めていった。そしてついに、カトリーナの部屋から、衝撃的な証拠を発見した。
それは、セレニア王国の王宮の間取り図と、アルディア王国の重要人物の暗殺リストだった。
「まさか...カトリーナは、両国の和平を妨害するために、こんな恐ろしい計画を立てていたなんて...」
エレナの声は震えていた。ルークも言葉を失い、証拠を見つめていた。
そのとき、エドワードが部屋に入ってきた。エレナとルークは、カトリーナの悪事の証拠を彼に突きつけた。
エドワードは愕然とし、そして深い後悔の念に苛まれた。
「私は...私は本当に愚かだった...カトリーナの本性に気づきもしていなかったなんて...」
ルークが突然口を開いた。
「そうすれば両国の緊張関係が一気に高まり、最悪の場合、戦争に発展しかねない」
「戦争という火種を生み出そうとしているのですね」エレナが恐れおののいた様子で付け加えた。
二人は侍女やその他の者からの情報をひとつひとつ精査し、必死に探索を続けた。
「彼女の計画がわかったかもしれません....!地下に行ってみましょう!!」
やがてカトリーナが城の地下に持ち込んでいた大量の爆薬を発見する。
「やはり、これを使って城ごと混乱に落としれるつもりだったのね..!」
「これくらいなら爆発は未然に防げそうだ。急いで解除しよう。」
エレナとルークは力を合わせ、何とか危険を取り除くことに成功したのだった。
そしてついに、カトリーナの陰謀の全貌が露見する運びとなった。
「カトリーナ様、私たちについて来てください。」
「くっ.....どうして分かったのです!」
「エレナ様とルーク様が証拠を見つけてくださいました。もう言い逃れは出来ませんよ」
彼女は両国の連合軍により拘束された。
その後は取り調べにより、カトリーナの背後関係も次々と明らかになっていった。
傭兵集団への資金提供者や、協力者の存在などが判明していく。
「エレナ、私から婚約を解消させていただきたい。カトリーナに惑わされてしまい、あなたを裏切り、傷つけてしまった。本当に情けない男だった」
エレナは静かに頷き、エドワードの申し出を受け入れた。
そしてエレナはルークの元へと向かった。やがて二人の間に芽生えた愛を自覚し、エレナは勇気を振り絞ってルークにその想いを打ち明けた。
「ルーク、あなたのことが大好きなのです。私たちの出会いは、きっと運命的なものだったはずです」
ルークも笑顔を浮かべ、同じ気持ちだったことを告げた。
「エレナ、私もあなたを愛しています。身分の違いなど、それは障壁ではありません。この思いこそが、誠実で強く響くものなのです」
互いの気持ちが通じ合い、二人は身分の違いという大きな壁を乗り越えた。周りにいた者たちも、エレナとルークの結びつきを心から祝福してくれた。
一方、アルディア王国とセレニア王国は、この事件を経て、両国の軋轢を解消する必要に迫られていた。エレナとルークの尽力により、両国の和解が実現した。そして数ヶ月後、両国の平和条約調印式が盛大に執り行われたのだった。
そしてついに、エレナとルークの夢に描いた結婚式の日。
晴れ渡る青空の下、アルディア城の中庭で執り行われた。
両国の民からの祝福を受けながら、二人は夫婦の誓いを立て、愛を誓い合ったのであった。
儀式の後には、豪華絢爛な披露宴が開かれた。
アルディア城の大広間は、ルークの国セレニアからの使節団も加わり、多くの来賓で華やかな祝祭ムードに包まれていた。
エレナは純白のウェディングドレスに身を包み、ルークは王家の正装をまとって、二人そろって新郎新婦としての気品と品格を漂わせていた。
宴は遅くまで続き、エレナとルークはたくさんの方からの祝福を賜りながら、これからの人生への希望に胸を躍らせた。二人の前には、まだ乗り越えるべき困難が待ち受けていることだろう。しかし今は、ひとときの幸せに浸ることができた。