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閑ep1,5.Dropstance

 『ep1.出会い』のすぐ後のお話しです。時系列順に並べたかったのですが、無理っぽいので無念……。お楽しみいただけたら幸いです。

 ポップな絵柄が印刷された可愛らしい包み紙たち。中には色とりどりの硝子玉が入っている。その内の一つを掌に広げると、口に入れるまでもなく甘い芳香(ほうこう)が味覚を刺激した。

 

 彼はしばらくの間、手の上で転がしては食べるのを躊躇っていたが、その飴が体温で粘ついてきたのに気づくとやっと口へ放った。口内いっぱいに砂糖の甘さと香水を振りかけたような風味が充満する。

 

 想像の5倍は甘ったるい……!

 

 まるで煮詰めすぎて失敗したジャムみたいだった。托空(たく)は渋い顔をして、出来るだけ舌先で飴を溶かすようにした。吐き出すなり噛み砕くなり、やりようはあるのだが下手に教養のある彼はそういった考えには及ばず、耐えることしか出来ないのだ。

ーーガリッ。ボリボリボリガリンッッ!!ーー

「……………………」

 石床を叩きつけ、削ったみたいに耳障りな咀嚼音が横から響いた。隣の男は簡単に彼の常識を覆し、無残な飴玉同様粉々に噛み砕く。

「どうした? 食べないのか」

 何個目かの飴を口にしながら蓮海(はすみ)は言った。男の素っ頓狂な物言いに托空は苛立って歯ぎしりしたが、決して口の中の飴は傷つけなかった。

はめははめるもんら!(飴は舐めるもんだ!)

「何言ってるのか全然分からないな」

 蓮海は煎餅みたいに飴を貪る。

 ーーガリガリガリガリッーー

「…………」

 意地でも舐めきってやる、托空は片頬に飴を移動させながら固く決意した。


 そうやって狭苦しい車内で大の男が二人、食べ方を競い合っては飴を口に含んでいる。もっとも勝負はついていたが、ようは主義の問題だ。何故このような下らない光景が繰り広げられているのかというと、それはわずか数分前に遡る。



「飴ーー美味しい飴はいかがですか? 一個たったの20メル! 一瓶だと10個入りがなんと150メルで買えますーー」  

 通りがかった貧民街の出口と鼻の先、市民街へ続く大路地の門前で飴を売り歩いている少女がいた。彼女は飴の小瓶を積んだ網藁の籠を手に、明るい声で宣伝しながら辺りを彷徨いている。

 蓮海の隣にいた托空は思わず足を止めて少女に一瞥した。 

「飴で150メル(1500円)……普通に高ぇな」

 彼女はきっと貧民街で生計を立てるストリートチルドレンだ。獣人社会では未だ貧富の差が激しい。一部の上流階級者と大多数の中流階級者、一番下には更に多くの下流階級者や浮浪者といった者たちで溢れている。

 少女の身なりは裕福だとはとても言えないのだが、それでも一張羅なのだろう。袖を捲って身の丈に合わない花柄のワンピースを身に纏い、青硝子の小さなネックレスを首から下げていた。浅葱(あさぎ)色の長い裾は地面についてしまうため薄っすら土気色に変色している。暑い陽に焼かれながらも頑張る彼女の姿は見る人に同情を与えるのだ。しばらくすると比較的身なりの整った者が数名ほど彼女から品物を買っていく。

 こうやってごく頻繁(ひんぱん)にお忍びで訪れる、市民街や都市部の者たちがターゲット層だ。彼らが貧民街に興味本位で立ち寄る時に必ず通るのがこの大門で、人々には『甘露門(かんろもん)』と呼ばれている。

 その由縁はお教で読まれる『甘露門』ーー清らかな道場に仏や菩薩(ぼさつ)を迎え、餓鬼(がき)に食を施し、悟りを開こうと誓う内容のこと。

 

 そんな表面上は慈愛に満ちた名のように思えるが、実際この名称をよく口にする貧民街の連中からは「()()を吸える()」として親しまれている。

 本当の意味を知らない者たちは一見した門の名前やそこで商売をする者たちの乞う姿勢に満足してお金を落としていくというわけだ。

 とはいえ、誰しもが貧しいものに寛容とは限らない。熱心な飴売り少女に反して、金を払う素振りだけして揶揄い通り過ぎる者、蔑む視線で唾を吐きかける者、外連面皮様々な人種が入り混じっていた。一人の輩が彼女の裾を踏んだのに謝るどころか怒鳴り散らして歩き去っていく。

「……」

「気になるようなら施しに籠ごと買ってやればいい」

 なんの気なしに蓮海は提案する。そういう彼は極道で高い地位を有する幹部であるからして金に糸目はつけないし、安易な方法で解決するのを得意とした。

「そういう風にしか物事を見れねぇのか、てめぇは」 

 無情な男をいっそ哀れに思いつつ托空は氷の視線を彼に投げつけた。当の本人は分かっていないようで、緩やかな笑みを浮かべては感情の籠もらない墨の瞳に喜色を貼り付けた。托空はその薄っぺらい演技に鼻を鳴らすと彼を無視して歩き始める。

 例の少女もそろそろ店じまいのようで、誰ともなく人々の群れに一礼も二礼もすると集金入れの袋の口を絞って荷物を一つにまとめた。

 托空たちが完全に背中を向けた瞬間だった。


「いや、やめて……!」


 背後でか細い悲鳴が上がる。

 反応して托空が振り返ると、あの少女が今まさに複数の男に囲まれ絡まれている最中ではないか!

 その内の一人、大柄な男が金を奪おうと彼女に詰め寄った。彼女は後退りしながら必死に懇願する。

「これは大事なお金なの。生活が苦しいのはみんな一緒でしょ? もし困っているなら少し分けてあげるから……」

 驚くことにこんな状況でも彼女は優しさを忘れなかった。自分を害そうとする奴ら相手でも真摯に言葉で説得しようと試みている。が、所詮は弱者の言い分、男が馬鹿にしながら言った。

「どこに目をつけたら俺らが金に困っているように見える! お前のような貧乏人と一緒にするな!」

「じゃあなんで……」

 声を荒げた男に怯えて、少女は震える声で尋ねる。ただ返ってきたのは残酷な答えだった。

「そりゃ楽しいからに決まってるだろ。お前みたいな弱者を弄ぶのはいい暇つぶしになるんだ」

 そいつは金の入った袋を取り上げると、それだけでは飽き足らず彼女を乱暴に突き飛ばした。少女は尻餅ついて、衝撃で籠の中身が地面に散らばった。助けを求めて人々の群れを見回しても誰も彼も目を合わせようとせず、知らん顔して通り過ぎてゆく。


 托空はもう見ていられなかった。

 さながら撃鉄で起こされた弾丸のように駆けつけ、相手の下卑た横っ面めがけて思いっきり拳を叩きつけた。容赦ない一撃に相手はもんどり打って半回転した後、地面に伏す。仲間がいきなりあらぬ角度から攻撃を受け、倒されたので連中は慌てて辺りを見回した。

「クソ雑魚どもが寄ってたかってガキを脅してんじゃねぇよ」

 托空が啖呵(たんか)を切ってのけたが、その姿を捉えた彼らは意外にも相手が小柄な青年だったため、あからさまに舐めきった態度で敵意を表した。

「んだとこのチビ……」

 見事に彼の逆鱗に触れたそいつは、開幕早々で最初の一人と同じく宙を舞うことになった。蓮海は称賛の目で彼の一挙手一投足を追った。少女は突然現れた謎の味方に戸惑っている。

 一方、托空の力を目の当たりにした男たちは今度は徒党を組んで一斉に攻撃してきた。托空はそれを左に右に華麗に避けては拳を繰り出す。5人……今は減って3人になった男たちは、実力としては脅威にならない小物ばかり。托空にしてみれば羽虫を叩き潰すぐらいの簡単な作業だ。受け流すべくもなく当たらない拳、距離感をまるで分かっていない蹴り、決定的なのは連携も何も無いばらばらな呼吸だろう。例え向こうに数の理があろうと関係なかった。

 依然托空は余力たっぷりで男たちを圧倒していた。そう、普段の彼ならば。

「はぁ………」

 最後の一人というところで彼の呼吸は乱れた。というのも彼はここに来るまでに傷を負っており、大立ち回りしたせいで痛みがぶり返していたのだ。その隙を見逃さずにそいつは彼に一撃を食らわせた。しかも悪いことに、打撃は負傷している()()に直撃したのである……!

「ッぅ……」

 よろめいた彼を見て逆転の希望がちらついたのであろう、男はいきり立って突撃してきた。


 托空の額には汗が滴っていた。熱い血潮がずくんずくんと痛みに疼いてしかたない。しかも得意な蹴りを使わず拳で応戦していただけに、倒れていた一人が回復して背後に回り込んでいる。

 逃げ場はなく苦戦を強いられるだろう。托空は歯噛みして片足の筋肉を固く強張らせると、持ち上げようと構えたーー。


「ーー危ない!!」

 少女は咄嗟に届かない腕を彼へ伸ばした。2人が托空めがけて同時に躍りかかる。

 窮地の最中、鮮烈な一閃が諸共を切り裂いた。


 「は」


 瞬きする刹那の間で男たちは強撃を受けて無惨に散ったのだ。うずくまる彼らの腹部や男の爪は赤い血で濡れていた。

「無事か?」

 蓮海は血を払うと、托空に手を差し伸べた。

「聞くぐらいならもっと早く加勢しやがれ」

 彼は悪態ついて、蓮海の手を借りずに姿勢を正す。

「礼くらい言ったらどうなんだ?」

 彼は不服そうに口を曲げ、背後の尻尾を軽く揺らした。無視して托空は少女に話しかける。

「怪我はねぇか?」

 彼女はしかと頷いて心配そうに顔色を伺った。助けてくれたその人はぶっきらぼうにしているが、心根は優しいようだ。さりげなく、さきの騒ぎで溢れてしまった飴も拾ってくれている。少女には托空がヒーローのように映っていた。

 元々整った容姿をしている托空は、身長のせいもあって同性からは嘗められやすく、童顔だなんだと弄られることもしばしばだが、異性の評価は決して低くはない。赤茶の髪は情熱を宿した燃火のようで、二重の丸々とした瞳には強い意志の光輝(こうき)が濃く滲んでいる。精悍(せいかん)とは言い難いが純朴(じゅんぼく)そうではある面差しは、彼が始終眉根を寄せてさえいなければ誠実な好青年に見えるだろう。

「お兄ちゃんありがとう!」

 惚れっぽい彼女は頬を紅潮させて、あからさまに上目遣いで彼を仰ぎ見た。幼い少女の熱烈な視線は傍から見るとただただ愛らしい。妹などいないのに托空は兄にでもなったつもりでほほ笑ましく思った。

 しかし隣の男の心は限りなく狭量(きょうりょう)らしい。牽制するみたいに間に入ると、托空の手から網藁の籠をひったくり、すぐさま彼女に押し付けるように渡した。

「なにすんだてめぇ!」

「え……と」

 少女はきょとんとして蓮海を見上げる。

 これまた整った容姿の男は、さながら托空が輝く紅玉石なら、美しく底光りする黒真珠のように全く違う優美さを持っていた。彼はにこやかに接しているつもりだが、その奥に潜む荒々しい気配に彼女は寒気を覚えずにはいられない。もっとも、蓮海は先程の戦闘中も今も人一人を肩に担いでいたため、初対面の者を怯えさせるには十分なのだった。更にいえば彼が托空に手を貸し渋っていたのはそういうことでもある。

「そっちのお兄ちゃんもありがとう……」

 萎縮してしまった彼女は大型犬に凄まれた子猫のようだ。見かねた托空が蓮海の(すね)目掛けて足をけしかけたその時、丁度よく彼が身を翻したので空振りに終わってしまう。舌打ちして托空はもう一度狙いを定める。すると蓮海は担いでいた()()を床に投げ、顔面を殴りつけた。

 驚いて彼の顔を見つめ、背後まで視線を泳がすと、なんとさっきの連中の一人が顔を覆って呻いていた。その手には鈍色をしたナイフが握られている。蓮海は托空に迫る凶刃をいち早く察知していたのだった。

 なんだか申し訳なくなって托空は心の中で自分の足を叱咤した。今度こそ感謝を述べようと口を開きかけた彼だったが、例のごとく邪魔が入ってしまう。

「お前らこんな事して許されると思ってるのか……」

 息も絶え絶えに鼻血を垂れ流しながら男はのたまった。子供の前だからと我慢していたが、こうしつこくては流石に堪忍袋の緒が切れるというものだ。

「知るかよ」

 鬱憤(うっぷん)解消に一発食らわしてやろうかなんて、托空は鬼の形相で詰め寄る。だが、それを遮って蓮海が男をおもむろに足蹴にした。

「ごふッ」

 そいつは嫌な音を立てて口からも血を吐き出した。気怠そうに蓮海は男を何度も蹴りつけ始める。托空は急いで少女の前に立ち、耳を塞いでこの光景を知られまいとした。ボロ雑巾みたいにされるがままの男と淡々と暴力を行使する蓮海。


「お前らを敵に回すとどうなるっていうんだ?」

「…………」


 最早戦意喪失して、というか白目を剥いている男に対して、蓮海は容赦なく胸倉を掴んで問い詰めた。そして反応がないと見るや気付けに一発頬にくれてやる。

「な、なんでも正直に話す! だからもう殴らないでくれ」

 哀れなことに男は大粒の涙を流して嘆願した。

「いいだろう。だがもし、後に嘘だとバレてみろ。饒舌な舌を切り落として、二度とその口きけなくしてやる」

 蓮海は凶悪な笑みで相手を脅した。鋭い眼光は薄皮すら切り裂く研ぎ澄まされたナイフのようだ。

ーー嘘つく度胸などあるものか!

 男は顔面蒼白になりながら聞いてないこともぺらぺらと話しだした。

「お、俺らのバックは海龙(ハイロン)だ。ほら、あの有名な『奪運君臨、昇辰(ションチェン)率いる海龙会』だよ! ていっても末端の見向きもされないような下っ端だけどな……。とにかく、さっきは悪かった! でもショバ代を払わなかったそっちの嬢ちゃんも悪いんだぜ」

「何言ってる? ここは喰狼組のシマだろう。海龙が幅を利かせていい道理はない」

 蓮海は語気を強める。男はおっかなびっくり言い訳し始めた。

「そりゃ出来ることならそうしたいさ! けど、組織での俺らは虫けらよりも酷い扱いを受けてる。成果は上の奴らに持ってかれて、きつい吸い上げに耐えるばっかりで……。そりゃのし上がるために卑怯な手だって使いたくもなるさ。信じてもらえないだろうけど、俺たちだって最初は任侠(にんきょう)とやらを重んじてたんだぜ。けど、それが何の足しになるってんだ? 今の黒社会ではそんな甘い考えは通じない。だからどんな手を使ってでも名を挙げたかったんだ」

「だからって子供相手に威張るのか?」

「大した奴らだな」と托空は横から口を挟んだ。男は歯の隙間から絞り出すように言った。

「……それにここは喰狼組のシマだろ? 海龙内だとシマを荒らす身内の犯行は即刻バレて粛清されちまうが、他のとこなら特定されにくいだろうし、手っ取り早く利益も上がって一石二鳥だと思ったんだ。最近は勢力が落ちてるって噂もあるみたいだしよ……」 

 聞いて蓮海は顔を(しか)めた。男もどうやら過敏な話題らしいと勘付いて、即座に話を切り上げる。

「まぁ、そんな感じで馬鹿やってたんだよっ!」

 洗いざらい罪を白状したあとはその場に平伏してひたすらに平謝りしだした。殊更その仕草が不快なようで、蓮海は鬱陶しげに手を振るとこう宣言した。

「実に下らない内容だったな。海龙やら喰狼組云々は知らないが、何事も噂を鵜呑みにするのは良くない。とにかく今回は目溢ししてやるからとっとと失せろ。ただこれだけは肝に銘じろ。次また同じような愚行を起こしたならーー」

 

『ーー今の倍殴る』

 

 これほど具体的で恐ろしい脅しはそうない。男は蓮海の正体について言及するまでもなく、本当にやりかねない圧だけは的確に感じ取った。傷口に塩でも塗られたように痛みを想像して震え上がり、仲間を叩き起こすと、一目散に撤収していったのだった。


「これで一件落着だな」

 満更でもなく蓮海は2人に向き直った。やはりこの男、安易な方法で解決するのを得意とする。

 彼は飼い犬が芸を披露した時みたく、したり顔で托空を見つめていた。そこで托空はため息をつくと、躊躇いがちにだが、やっと言えなかったあの言葉を口にした。

「えーーその、なんだ……ありがと」

「うん」

 静寂な湖面に石を投げると、やがて弧を描いた波紋が美しく重なり合うように、蓮海は柔らかい表情を作った。思っても見なかったその波紋に托空の心もまた揺れる。

 少女はそんな2人を眺めて心がむず痒いような、妙に面映(おもは)ゆく感じた。彼女は気をしっかり保つと彼らへ精一杯の感謝を述べる。

「あの……!」

 勇気を出した一声は思った以上に大きい。

「二人とも本当にありがとうございました」

 その言葉を托空は素直に受け取り、蓮海は平坦な心持ちで受け流した。

「これどうぞ……」

 そして、彼女は網藁の籠から無事だった飴を一瓶取り出して2人に差しだした。よく見ると中身は市販で売られている飴によく似ている。

「売り物だろ? 貰っちゃっていいのか?」

 托空が遠慮がちに聞くと、少女は深く頷いて彼に手渡した。

「無事だったのはお兄ちゃんたちのお陰! だからあげるの」

 健気に振舞っているが、托空は気付いていた。彼女の服が泥だらけで籠もずたぼろであるのに。中身の瓶にもひびが入っていたり、踏みつけられて包装紙ごと飴が粉砕されていたりする。到底無事とは言い難い惨状だ。

 托空は首を横に振った。

「流石にただでは貰えない」

「そんな……! 気にしないで」

 対価を要求していると勘違されたのではと少女は焦って「貰ってちょうだい」と彼に勧める。しかし、托空は頑なに買い取ると言って聞かない。

「いや、金は払う」

「ううん、お金はいらない!」

 二人は善意の心中、相手へ相手へと奇妙な押し付け合いを始めた。

「はいはい。分かったから」

 蓮海はやれやれといった様子で止めに入る。そして紳士的に恭しくお辞儀すると少女から瓶を受け取った。

「心遣い感謝する」

 托空が文句言う前に貰った物を懐に納めると、今度は空になったその少女の手に札束を握らせた。

「え、こんな大金……」

「籠ごといただこう。お兄ちゃんたちは身体が大きいからおやつは飴一瓶じゃ足りない。そして買い占めるのは心苦しいからその値段は妥当なんだ。ん?」

 その笑みには初めて蓮海の、少女に向けた優しさが込められていた。小さく頷くと彼女は札束を受け取って、代わりに網藁の籠を蓮海に渡した。

 そして去り際に彼女は2人の姿が見えなくなるまで深々と頭を下げ続けたのだった。



 車内では相変わらず馬鹿みたいに競争している男が2人。托空は苦い顔して甘い飴を口の中でひたすら転がしている。瓶を持っていた蓮海がラベルを見つけて面白そうに顔を歪めた。

「口の中、見せてみろ」

 唐突にそう言うと訝しげにする托空の頬を指で突付いた。

はめろ!(やめろ!)

 意図が分からなかった彼は、蓮海の指を弾くと口をきつく結んだ。すると蓮海は口を開け、半かけの飴を指で取り出して見せた。

「早く口に戻せ!」

 行儀の悪い彼に怒って托空は睨みを利かせる。意に返さずに蓮海はラベルの一文を読み上げた。

「『色が変わる不思議な飴。あなたの今日の運勢が占えます』だとさ」

 唾液で湿った飴は紫に透き通り、見え隠れする舌は奇抜な緑色に染まっている。自分の口内も派手に染色されているのかと思うと憂鬱になる。

「凄いな。味はメロンのままなのに色が変化してる」

 ということは選んだ味と同じ着色料が使われている。よりにもよって托空が選んだのは桃味。今、彼の舌はピンクに染まっていることだろう。

「つか、こういうの食ったことねぇのかよ」

 初めて口にしたかのような蓮海のはしゃぎ具合に托空は不思議と思った。

「ああ、実際に食べたのはこれが初めてだ。色を確認してから噛めば良かった」

 勿体ないと言いつつ再び飴を口に戻して、矛盾も良いところ、その飴を噛んだ。

「で、お前のは?」

 聞かれて彼は迷う。気にならない訳でもなかったが、やはり手に取り出すのは気が引けて、かと言ってピンク色の舌を彼に晒す気にもなれず、結局は断念する。

「俺はいい。何回か食ったことあるし、今更ガキみたく……」

「上品ぶらずに俺につき合ってくれよ、()()。そしたら飴は噛まない」

「……」

 これは良い取り引きだ。不良男を教育出来るし、なによりもうあの不快な音を聞かないで済む……!

 托空は少し溶けて小さくなった飴を指で摘んだ。どきどきしながらゆっくり口から取り出す。やっと甘さから解放されて胸を撫で下ろし、気になる色を確認する。 

「変わってない……?」

 手元の飴はピンクのまま。いや、よく見ると若干色が濃くなっているようだ。

「赤だな。変わってないのか?」

「や、変わってた。……分かりずれぇな」

 濡れた赤玉は托空をイメージしたように鮮やかな色をしている。

「んで、占い結果はどうなんだ?」

「紫は仕事運。赤は恋愛運らしい」

 やはり下らない。

 確認し終えると托空は億劫そうに再び口に含もうとした。不意にその手を止めて、蓮海は噛み付くように彼の指ごと飴を飲み込んだ。

 驚いて托空は硬直してしまう。二指は生温かい感触に包まれ、滑らかな舌で華麗に飴を掠め取られる。言葉にならず、石像になってしまった彼に向かって、男は呟いた。


「悪くないな」


 舌舐めずりして味わう様はいやに官能的だ。

「な、な……」

「悪いか? 嫌なら俺が貰う」

 悪戯っぽくニヤける蓮海に托空は赤面して怒った。

「卑しいやつ!」

 いっそ今すぐ噛み砕いてくれ! 自分がさんざ舐め溶かした飴が、男の口の中で弄ばれている様を想像して托空はそう思ったのだった。

ここまで読んでくれてありがとう!

次の更新をお楽しみに。

進捗は時々旧Twitterにて報告いたします。作者名もしくは『#不完全な獣たち』で検索をば……(ΦωΦ)✨

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