ep2.続。出会い
よければ最後まで楽しんでいってくださいね♪
⚠
・獣人bl
・流血表現あり
・後に修正されるおそれ有り
「頼むからその足ダンをやめてくれないか……」
絶賛托空はご機嫌斜めだった。
あの後、蓮海は男を車に乗せて、それに托空も同乗した。そして男を調べるために動き回る……はずだったのに。蓮海は托空の怪我を治療すると言って聞かなかった。托空本人はもう痛くもなんともないのに断固として耳を貸さない。
「くそ犬俺を下ろせ! 病院なんて絶対に行かねぇからな!」
あまりに聞き分けがないので、終いに蓮海は車にロックをかけて強制連行することにした。それで托空の怒りは爆発して、ダンッダンッと床を小刻みに足踏みしだしたのだ。
「グルルゥ゛……人が心配してやってるのに何が不満なんだ? このばか兎」
「ば!? この野郎……」
車体が揺れるほど足ダンが激しくなる。
「ばかだろうが。傷口が広がるのに暴れるわ、俺のことを犬と呼ぶわ、それ以上に例えようがない。 暴れず何が嫌なのかちゃんと理由を言え……!」
車を停めてまで世話を焼く蓮海があまりに必死で、とうとう托空の方が折れるしかなかった。
「……普通の病院はイヤだ」
「じゃあ、どこなら良い?」
宥めるように蓮海は慎重に聞く。
結果、見事に彼の説得は成功し、托空を本人の希望通り「知り合いの闇医者」まで連れて行くことになった。
貧民街を抜けて約十分ほど進んだ所にその病院はあった。貧民街に近いせいで道路の舗装は都市部と比べて十分ではない。おまけに外観は廃墟と見間違うくらいに酷く寂れている。内装はましかと思いきや床以外は全てオンボロといった具合だ。待合スペースらしきところには、綿が抜けて年季の入ったソファが二つ、三つ置いてあるだけでまともに機能してるとは思えない。おまけに一昔前のポスターが飾ってあるし、見るからに怪しさ満点で、蓮海は来たことを後悔し始めていた。
そんな彼の気も知らず、托空は慣れたように受付へと急ぐ。今の時間は十七時ぴったり、もしその時間を少しでも過ぎようものならば診察料が高くなる。当然のように受付には馴染みの婆さんがいて、托空等がこちらに向かってくるのに気付いた。しかし、面倒な気配察知してすぐさまガラス窓を閉めようとする。
「ま……! くっそ……キュ」
「……おい。托空、お前」
ほんの一瞬だったが、托空は獣化して加速した。本気の出しどころが違うというか……。怪我が悪化するだろうと蓮海は呆れつつ、ゆっくりとそのあとを追った。
「ばばあ……てめぇ一体何の了見だぁ……っ」
「残念ながら正規の受付時間は過ぎました」
托空が全力で窓を掴んでいるのに婆さんの力は強くて勢いが弱まる気配がない。
「ま、待て待て待てこのくそば……痛ぁ! たいたいたい痛い、痛い! ……待って、ください!」
涙の懇願と他にも色々あって、通されたのは小一時間たった頃だった。
「ブゥゥ゛。ったくあのくそばばあ……一応の怪我人相手になんてことしやがる……。仲介料だとか何だ言ってぼったくりやがって!」
しかめっ面で電灯のきれかかった短い廊下を托空は歩いた。丁度帰るところだった患者がその怒号を聞いて、彼等を避けるようにそそくさと逃げ去っていった。
「値段交渉も支払いも俺だったが……」
ため息交じりで蓮海が訂正したが、「それでもムカつく!」との一点張りで彼の怒りは収まらなかった。そして一分もかからない内に診察室に到着すると、勢いよく扉を開けたーー。
「おや、托空は今日も忙しないね」
部屋の中に居たのは若い女医だ。妖艶な雰囲気を纏う彼女はおよそ白衣が似合わない、ストッキングを履いて足組する様はまるで誘っているのではと錯覚させる。
「うっせ。てか双葉、診察料を前金後金って分ける経営方針を変えたらどうだ? いや、変えろ!」
「またお仙さんにぼられたのかい?」
その双葉という女医は軽やかに笑った。托空とはとても親しい間柄のようだ。
「双葉『先生』と言うなら考えてあげてもいいよ」
あしらい慣れているようで、揶揄って托空の反応を楽しんでいる。二人の間に蓮海が入り込む隙はない。ひとしきり会話をしたあと、双葉は神妙な顔で托空を見つめた。
「で、今日は何の用かな? この間処方してやった薬がもう切れたとか? 言っとくけど補充ってことなら薬はやらないよ。私は堪え性のない餓鬼は好かないからね」
説教された子どものように托空は萎縮した。
「べ、別に。今回は違う!」
彼は困ったように蓮海の方へ視線をやる。
「ああ。他に人がいるのに済まなかったね……。その患者は隣のベッドに転がしておきなさい」
聞いてすぐ、蓮海は担いでいた男をかなり乱暴にベッドへ放った。そして托空を指さして言う。
「最初にこいつを治療してやってください」
「ば……」
「ふぅん」と双葉は托空を睨んだ。
「坊はまた傷を増やしたのか……。しかも私に隠そうとするなんて……良い度胸してるじゃないか」
彼女が托空のことを「坊」呼びする時は大抵怒っている時だった。
「ち、違う! 言おうとしてた、してました!」
「じゃあ、今すぐ傷口をみせな」
余計なことをした蓮海を恨めしく思いつつ、托空はすごすごと服を捲った。それを見て双葉と蓮海は同時に顔をしかめる。
「大分痛かったろ。……よく我慢できたね」
爪が掠めた脇腹にはおよそ軽症とは思えないほど血が滲んでいた。
「そうでもねぇよ。見た目が派手なだけですぐ治る」
「普通なら縫うレベルを……何を言っているのか、な!」
双葉は確認もせずに消毒液を傷口にかけた。あまりの痛みに托空は涙目になって軽く悶絶する。間髪入れずに彼女は処置を施していく。驚くことに、血を拭った傷口をみるともう治りかけていた。そこで、縫わずに最後はガーゼを当てるだけにとどまった。
「さて、獣化してくれるかな?」
異常な免疫力の向上を疑問に思った双葉は、嫌がる托空に獣化するよう強く指示する。
「それは……」
「できない理由でも?」
彼女の声色には、暗に「獣化しろ」と脅す意が含まれていた。
「…………プキュッ」
托空は喉から小さな鳴き声を漏らしたかと思えば、蓮海の゙見ている前で獣化した。やはり彼の種族は兎だった。もとより、現れたうさ耳はへたりと垂れ下がり、短く控えめな尻尾がふわふわの綿毛のように生えている。ちゃんと托空の獣化を見るのはこれが初めてで、蓮海は何故か心臓を鷲掴みされたように感じた。
「この光を目で追ってくれる?」
双葉は托空の目を覗き込む。彼を診てしばらくすると彼女はため息をついて、足を組み直した。
「……また薬を過剰摂取したね?」
押し黙る托空を双葉は悲しそうに見つめる。蓮海には何のことだかわからない。托空は薬を服用しているのか……?
「聡音が知ったらどれだけ心配するか」
そう言われて托空は俯いた。心なしか反省して沈んでいるようだ。
「哲也さんだって……」
しかし、この名前が出た途端に彼は激情した。
「うるさい! ……あんたには関係ないだろっ」
口をついて出た言葉に、その場は重苦しい空気に包まれた。言った本人もしまったとばかりに、垂れている耳がこれでもかと下がりきる。
「先生、この男の具合はどうだ?」
そんな中で、空気を読まない蓮海の一声はまさしく救いだった。
「……そう、だったね。すぐに診よう」
少し動揺を引きずりつつも、双葉はもう一人の患者に向き直った。
「ところで彼はずっと気絶しているようだけど薬かなにか投与でもしたのかな?」
「まぁ……少し」
聞いておいて彼女は興味なさげに、今度は上半身だけ服を脱がせて外傷がないか確認する。幸い目立った外傷は見当たらず、気になったのは二の腕付近の゙特徴的な入れ墨のみだ。あとは聴診器を当てて、眼球運動を確認すると診察は終了した。
「うん。赤い瞳に獣化の進行具合から見て、間違いなくこれはspark中毒者の典型だね。それもステージは三。……大分末期に近い」
spark中毒者とは、巷で流行している非合法薬物「spark」の服用で、ある特異な症状が進行した者を指す。その薬には獣人の獣部分を活性化させ、免疫力をあげる効果がある。その反面、獣の身体的特徴が顕著に現れたり、人間の理性が薄れて獣の野性が高まってしまったりする。そのせいで、肉食獣種による草食獣種の傷害や殺人、繁殖欲求が高まるのを利用したレイプ事件などの犯罪が勃発している。それでも手を出す者が後を絶たないのは、野生に近づく高揚感や力を誇示できる他に、薬の依存性が高いためだろう。
「分かってると思うけど、普通ならspark中毒者に有効な特効薬はない。治療にしたって薬が抜けやすいようにこまめに水分を与えたり、これ以上摂取させないように隔離したりするのがせいぜい……」
双葉の言葉に蓮海は目ざとく反応した。
「普通なら?」
ゆっくりと息をついて彼女は肯定する。
「私が処置すれば大体二、三日で薬をほとんど抜くことができる。……ただしそれには、追加で更にお金が必要だけどね」
額も聞かずに「いいだろう」と蓮海は答えた。それを双葉は了承し、また容態を診て連絡すると約束した。その後で彼女はなんだかんだ托空に薬を処方する。
「托空、くれぐれもくれぐれも使い方には気をつけるんだよ」
「わぁってるって……!」
照れたように、蔑ろに返事をして彼は薬を受け取った。
「なぁ、君。患者に打った薬について聞きたいからちょっとだけ残ってくれないか?」
双葉は帰ろうとした二人の内、蓮海だけを呼び止めた。それを見越していたかのように彼は快く彼女に従う。
「分かりました。……俺も丁度貴女に聞きたいことがあったので」
「俺も待とうか?」
その提案を「すぐ終わるから」と蓮海は断った。双葉にも同じように催促され、托空は追い出されるように部屋を出たのだった。
双葉は托空が出たのを確認した後、ごく自然に蓮海へ茶を振る舞った。
「急に呼び止めてしまって悪いね。それで、何の薬を使ったのかな?」
彼女自身も一息つきながら診察書とおぼしきものに症状などを明記している。
「抑制剤です」
「あんな気休めでよく抑えられたね」
少し怪訝そうに彼女は耳を傾ける。
「濃度をかなり上げてますから」
本来なら違法のそれを蓮海は平然と言ってのけた。それもそのはず、獣化の抑制剤は獣人にとって毒物と大差ない代物だ。なので取り扱いには資格が必要な上、専門知識のある医者でなければ処方が許可されていない。故に勝手に濃度をいじるなどは以てのほかだ。
「気軽に入手できる物じゃないと思うんだけど、もしかしたら君のそれに関係してるのかな? 隠さないんじゃなくて隠せないんだろう?」
双葉は蓮海の耳や尻尾を指差した。
「これは勝手な憶測だけど、純獣血種遺伝の濃血障害だよね」
蓮海は何も言わなかったが、その沈黙は答えているも同然だった。
「今だって肉食獣種と草食獣種が番うっていうのは中々ないけど、君のそれも珍しい。同じ原生獣種族のみで血を繋いできたんだね……。普通は肉食獣種同士でくっついたりするものじゃない?」
濃血障害とはその名の通り、獣の血が濃いために起こる遺伝に関係した障害だ。獣人にはそれぞれ獣部分に元となった動物がいて、それを原生獣種族と言う。それは大きく分ければ肉食動物と草食動物、そして更に分ければ狼や猫、兎や鹿などの細かい種族だ。蓮海の場合は狼が元となった動物、つまり原生獣種族にあたる。
「原生獣種族同士が続くと獣性が強い子どもが生まれることがある。濃血障害の症状は様々だけど、君のは獣の身体的特徴が常に現れるみたいだね」
牽制するかのように双葉は蓮海の秘密を暴き、その上で対話を進める。そうして彼女は托空に聞かれないよう十分時間を稼いでから本題に移った。
「ところで……喰狼組がどんな魂胆あってあの子に近づくのかな?」
最初のお茶を振る舞うまでの雰囲気はどこえやら、ピリつくような物騒な空気が立ち込めていた。
「なん……」
「簡単だよ。患者の゙腕に喰狼組の入れ墨があった。少なくとも関係者ではあるだろう?」
双葉は茶を啜った。
「……私にとって托空は実の息子のようなものでね。あの子の母親からも面倒見るように頼まれている。だからあの子を危険に晒すというのならそれがどんな存在だろうと容赦はしないよ」
そう啖呵を切って彼女は蓮海が口にした茶を顎で示した。
「実はそのお茶にある薬をブレンドしてあるんだ。もし、君がそぐわない回答をしたら……分かっているね? 解毒の薬は私が持っている」
いつの間に毒なんて仕込んだのか……。
彼女は透明な小瓶を床に落とすようほのめかし、目の前でちらつかせながら彼を見据えた。
そんな窮地の状況だと言うのに、逆に蓮海は感心していた。彼女は組がどれほどの脅威か分かっていて尚、それでも托空を守るために自分に立ち向かっているのだ。彼女の種族はわからないが、一人で歯向かってくる勇気は純粋に凄いと思ったし毅い女性だとも思った。
そして托空が自分にとってどんな存在で、これから一緒に行動する上で安全でいられる保証があるか、その問は曖昧で今はまだ分からない。けどーー。
「少なくとも守る努力はしますよ。確かに俺はあいつを利用するつもりだが、みすみす危険な目に合わせたい訳じゃない」
射抜くような視線に本当に殺されるかとも思ったが、彼女は小瓶をゆっくりと机に置いただけだった。
「………納得はしていない。けど、少なくとも嘘は言ってないみたいだし、誠意を感じられたからよしとしよう」
足を崩した彼女はなんとなく警戒を解いているようだった。
「君の名前を聞いてなかった、なんて言うの?」
「喰狼蓮海です」
果たして心に留めているのか、「ところで聞きたいことって何?」と彼女は小瓶の中身を自分で飲んだ。
「解毒薬なんじゃ……?」
とにかく真っ先に出たのはそんな疑問だった。
「大丈夫、大丈夫。気にしないで続けて」
流石に無理がある……。思いつつ蓮海は質問した。
「……それじゃあ。あいつはなんで『spark』を追ってるんですか?」
この実にセンシティブな質問に、双葉はどう答えるか考えあぐねた。
「悪いけど私からはちょっと答えにくいな……。その内、托空から直接聞けばいいさ。けど……、あまりいい話題じゃないから、そこを配慮してあげて欲しい……」
沈痛な面持ちの彼女にそれ以上追求することは憚られた。仕方ないのでもう一つの疑問を口にする。
「なら、あいつが飲んでる薬ってなんですか?」
もし托空に薬を使ってまで隠すような病気や欠陥があるのなら行動を共にする以上、把握できていた方が良い。これに対して彼女は説明せずこう告げた。
「見せる方が早いね」
間もなく双葉の目の色素は薄く紅がかる。蓮海は驚いて喉奥から「グルルッ」と声を漏らした。
「『spark』とはちょっと違うから安心して欲しい」
やがて変化し終え、双葉の原生獣種族が明らかになった。どうやら彼女は托空と同じ兎の種族だったらしい、ただし彼と違ってうさ耳はピンと上を向いている。
「さっき飲んだ小瓶の中身がその答えだよ。『spark』の、特に依存する成分を限りなく希釈して効果を薄めた物だ。効力も乏しいから持って五分の紛い物なんだけどね……」
「でも」と彼女は続ける。
「事情あってあの子には原薬の『spark』並に作用する。唯一の救いは依存することがないということ、でもそれって薬の副作用を除いただけの話しであって、使用する者の精神状態で変わるもんだ。喰狼蓮海くん、これはお願いというか命令なんだけど……、托空の側にいるなら、なにかあった時、薬に依存するような場合は、どんな手を使ってでもいいから止めてあげてくれ」
蓮海に断る理由はなかった。例え一時的に行動を共にするだけで、利用し合うような関係だとしても……。
「約束する。行動を共にする間は俺が責任持ってあいつをお守りしてやる」
こうして二人の会話は終わった。最後に、茶に入っていた「毒薬」はなんだったのかと尋ねると、彼女は「なにも入れてなかった」と軽やかに笑うのだった。その割には、今まで隠せなかった獣部分の耳と尻尾がどう言うわけか引っ込んでいた。
蓮海が車に戻ると、托空は「随分遅かったじゃねぇか」と彼を軽く小突いた。
最後まで読んでくれてありがとう(ΦωΦ)✨