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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Loster&Little Girl

作者: 坂田リン

どうか、最後まで読んでみてください。



「できたー!」

「何が?」

「ふっふっふっ、見よ、我が発明品! 《ファイヤーボール》!!」


マキナは自信満々な様子で《ファイヤーボール》を上に掲げた。


形状は名前の通り球状。全体が少し赤みを帯びており、幾何学的な模様があるのが特徴で、それ以外はこれと言った所はない。


「……」


その物体を興味どころか無関心そうな表情でルーは目視する。


「にひひひひ。驚愕し過ぎて声も出ないか! 良い反応だぜボーイ!」

「拍手するべきか無視しようか迷ってただけだ」

「酷い! 前者は頭から除外一択でしょ!」

「ちなみに7:3で迷ってた」

「聞かなきゃ良かった!」

「だってお前、前も似たようなもん作ってただろ。《アイスボール》……《サンダーボール》……よくガラクタ集めて魔法三属性が生み出せるのは感心するけど」

「褒めても何も出ないぜい」

「《アイスボール》で俺を凍死させかけたのは忘れてねえけどな」

「それはマジでごめん!」


両掌を合わせ頭を下げるマキナ。ルーの体の半分程しかないマキナの体は、動作によりさらに小さくなった。


ルーはもういいと言って、マキナの頭を上げさせた。


「で、それどう使うの?」

「よくぞ聞いてくれた!」


待ってましたと言わんばかりに笑顔になるマキナ。


「前2作とは少し違い別のギミックを入れてみました! 早速実験してみよう!」

「どうやって?」

「今ルーが一ヶ所に集めてる木の枝! 焚き火をする前で良かった!」


マキナが元気よく掲げる前からルーは森に落ちてある木の枝を採取して、それを円状に並べていた。


マキナはそれに狙いをつけた。


「私にやらせて。いや、やらせろ!」

「わかったわかった。ほらどうぞ」

「OK。じゃあ──ほい!」


《ファイヤーボール》を下からゆっくりと投げ、木の枝が集まっている場所へとホールインする。


「"燃えろ"!」


声と共鳴するかの如く、《ファイヤーボール》が自然に発火し木の枝へと燃え移る。


「おお……」


暗闇に覆われていた森林の一点に火が灯った。微量ではある光だが、満面の笑顔を見せているマキナの顔がルーにしっかりと見えていた。


「どうどう!? すごいでしょ! 前は時限式の奴で、何秒か何分後に発動してたけど、今度は声に反応するように改造したの! これは私の声の周波数に合わせてるけど、ちょっといじればルーの周波数にも合わせられる!」

「ほーん。こりゃすげえな。これもそのでけえバッグに入ってるガラクタで作ったのか?」

「うん!」

「はえ〜。やっぱマキナは天才だな」

「ふっふっふっ。何度も言うが、そんなに褒めても何も出ない──」

「でも──」


ルーが燃える火に手をかざすと、息を取り戻すかのように炎が燃え盛り、灯火から業火へと姿を変えてしまった。


「俺はこれでいいかな」

「ギルティ!」

「いでっ!」


ルーがマキナにチョップを入れた。


「何すんだいきなり!」

「"なんで魔法出す"!? 今の一瞬で私の力作が霞んだよ! せめて私より火力抑えてくれえええええ!」

「わ、悪かった。悪かったって! 別にお前のを非難したわけじゃない! な、な! そんなほっぺ膨らませないで機嫌直してくれ!」

「……なでなで」

「うん?」

「10分間私の頭をなでる! それで手を打つ!」

「りょ……了解」




「ふぅ……寝ついたか」

「んん……ル〜……」


マキナは食事を終え、自身のでかいバッグにあるガラクタを粗方漁った後、眠気が来たのか瞼を閉じルーの膝を枕にして寝てしまった。


「寝てたら普通に可愛いんだけどな……子供らしい……いや子供か」


既にもう真夜中。夜の森は恐ろしく暗く、焚き火を消した状況は深淵そのものだ。


森には魔物が住んでいる。ルーとマキナは無防備に見えるかもしれないが、ルーは抜かりなく仕事をしている。


半径3メートル内に貼ってある結界。それも二重。これで大抵の魔物は、二人に指一本すら触れることはできない。


仮に結果内に侵入できたとしても、ルーが設定した魔法による撃退機能もある。


ルーは何が起こっても良いように、危険を感じるとすぐに感知し起床できる魔法も掛けてある。


念の為、マキナがよく眠れるように防音の魔法も。


「流石に過保護すぎるか?」


自分で自分に問うルー。もちろん答える相手はいない。


「なんて言ってあげれば良かったのか? はぁ……本当の親なら……ちゃんとした言葉を言ってあげられるのか……」


小さな寝息を立てるマキナを見つめながら、ルーも瞼を閉じる。


寝ているマキナの頭に優しく手を乗せて。その時のマキナの表情を、ルーは見ることができなかった。



          ────



ルーは孤児だった。荒廃したスラムでの生活を送りながら、毎日飢えを凌ぐのに必死だった。


その日も食料を確保するためにゴミを漁っていた時、



「私が助けに来た。もう大丈夫」



一人の青年がそう言ってきた。


その青年はシエンと名乗り、ルーをスラム街から連れ出した。


その日から、ルーの世界は一変した。


飢えに困ることなく、雨風を凌げる家、1日3食の食事、ふかふかなベッド、綺麗な服、そして──優しさと愛を手に入れた。


シエンからの慈愛を一心に受け、幸福に満ちた生活を送っていた……まさに"夢"だった。


「あ、シエンさん!」

「やあルー。良く眠れたかい?」

「はい! シエンさんが作ってくれた朝食も美味しかったです!」

「それは良かった。じゃあ少し時間が経ったら、教えを始めようか」

「はい!」


シエンはルーに1日に2回、ある物を教えていた。


魔法である。


「ルーの体の中にも、そして私の体の中にも存在するエネルギーがある。何かわかるかい?」

「うん! 魔力でしょ?」

「正解。魔力は生命の源と言って良いくらい大事な物だ。筋肉に魔力を通せば倍の力を発揮できて、傷口に魔力を通せば治癒にも使える。その一方、枯渇すれば命の危険にもなる。ここまではいいね?」

「もちろんです! ちゃんと復習してます!」

「素晴らしい。その心がけだ。では、"魔法"となるとどうか? 残念ながら魔法は、魔力がただあるだけじゃ行使することはできないんだ」

「はい。少し予習してます。たしか……術式? を……どうのこうのするとか?」


シエンはルーの頭を撫でる。


「すごいですよルー。良くわかったね」

「えへへへへ」

「魔法の使うための第一段階は、まず自分の体の中に術式を構築しなきゃならない。その体に刻まれた術式に魔力を流し込み魔法を扱う。一連の流れを簡単に言えばこうなりますね」

「でも……シエンさん。俺術式とかよくわからなくて……」

「心配ないよ。何事も0からは始められない。私が丁寧に教えるから、ルーはゆっくりと覚えていこう」

「わかりました。俺、頑張ります!」


シエンがルーに魔法を教える理由はシンプル。


何が起こった時でも対処できる用の自衛。


ルーはスラム街にいた荒くれ者や魔物に襲われかけた経験が何度かあったため、すんなりとその提案を受け入れた。


そのおかげでルーは、あることを知った。


「シエンさん! また新しい術式を開発しました!」


魔法の才があることを。


「この短期間でその成長ぶり。ルー、あなたは『魔才』だ」


シエンが魔法の術式について教え始めた日から、2日も経たずにルーは魔法を使ってみせた。


それどころか、シエンの体に刻まれた一つの魔法術式を知覚、分析、解析し、シエンの目の前で披露してみせた。


時々魔法をより的確に使えるかどうかを試す為、シエンと一緒に魔物が出る森や野原に出向いたこともあったが、ルーの魔法の才は遺憾無く発揮された。


実戦に近い戦闘をすることにより、ルーの体に刻まれた魔法術式はより機能を増していった。


ルーはその後も魔法を極め続けた。



…………



ルーが13になった頃、またしても世界は一変した。


「シエンさん! ここどこ!? これ外してよ!」


ルーが目を覚ました時には、いつもの寝る部屋の光景ではなかった。


白い服を着た研究所にいるような人たちが周りに複数人いて、明らかに自身がいた家ではないとわかった。


手足は拘束され身動きが取れない。ルーは何がなんだか理解不能だった。


そこに現れた人物──シエンだ。


「……ルーはさ、私が良い人って思ってるよね?」

「え……?」

「でもこめん。違うんだ。私は……悪い人なんだ。とっても……とってもね……」

「な、何言ってるの……?」

「ルーみたいな孤児とか身寄りのない人を保護するのは、初めてじゃないんだ。住む家を与え、汚れてない衣服を与え、食事を与える。その子たちには、絶対に教えてることがあるんだ」

「……魔……法?」

「ルー……君はやっぱり素晴らしい。その過程で稀にいる……君みたいな天性の魔法の才人。"私たちは『魔才』と呼んでる"。私が求めているのは、その子に刻まれている術式だ」

「……待って」

「独自に編み出された魔法術式をデータとして抽出し、魔法として使えるようその術式を──」

「待ってよシエンさん!」


シエンと過ごしてきた今までで出したことのない声量。シエンも目を見開き、口を閉ざす。


「悪い人……? 『魔才』って……私たちって何? 意味わかんないよ! 冗談でしょ? ねえ! 冗談て言ってよシエンさん!」

「……」

「俺を助けたの……魔法の為だったの? 優しいシエンさんは全部嘘? 何なの……俺を道具みたいに思ってたの?」

「……ごめんなさい。ルー──」


シエンは闇へと消えていく。


「駄目! 行っちゃ駄目! お願いだから待って! 待ってよ、ねえ────」



          ────



「……」


目が覚めると空は青く、朝が来たと瞬時に理解した。だが、なぜ掌を目の前に突き出しているのか、ルーは全くわからなかった。


「どうしたのルー? 悪い夢でも見た?」


心配そうな顔を近づけるマキナ。「近い」と言ってルーは頬を触って退ける。


「夢なんて大抵覚えてねえよ。まあ、良い夢じゃなかったのは何となくわかる」

「そうなんだ。あ! じゃあ私が夢を制御できる機械作ってあげようか!?」


寝起き早々馬鹿の妄想を言うマキナに、ルーは適当に答えた。


「そりゃ良い。できたら被験者1号になってやるよ」

「ホント! じゃあ私頑張るから!」

「別に頑張らんでも。それより、準備ができたら出発するぞ」




ルーとマキナは朝から森を歩き続けた。途中マキナが疲れたと言い出し、半ば強引にルーの背中に乗っかった。


マキナ自身は特に重さを感じることはなかったが、背負っているドデカイバッグが流石に重く、重力を少し和らげる魔法を使いながら歩を進めた。


後は道中大きなトラブルもなく、遂に森を抜けた先に見える建物があった。


「見えたな」

「あれが……SS研究機関」


森に(そび)え立つ一番長い木と同じ高さで、横に広い長方形の建造物。


周りは森で囲まれ、銃を装備した警備兵が巡回をしている。これは明らかに、


「隠れてこそこそやってるって言ってるようなもんだな」

「でもさ、ここただの森の中だよね。魔物がたくさん出るわけでもないし、私たち以外の人が見つけてたりするんじゃない?」

「それはない」

「どうして?」

「この森には方向感覚を狂わす魔法がかけられていた。いや、厳密にはこの建物に近づけなくする魔法か……。普通ならここを素通りして森を抜けてるよ」

「えっ、そうなの! 私全然気づかなかったけど?」

「それは普通のことだ。感覚器官に直接誤りを及ぼす魔法だ。魔法を使える奴でもわかるのは少数だろうな」

「ほへー。ルーってひょっとして天才?」

「天に恵まれたと思ったことはない」


ルーは小声で返しながら周囲を見渡す。


「しかしだ、森全体にかけられてた魔法……なんかの装置に隠蔽術式でも組み込んでんのか? 地下にでも埋め込んだんのかもな……」

「あ、忘れてた! ルーに渡したい物があるんだよね……」

「物?」


マキナはルーの背中から降り、バッグを地面に下ろし「これじゃない。これも違う」と連呼しながら中を物色し始める。


「……なあ。いいか?」

「ん? どうしたの?」


マキナは手を動かしながら耳だけルーに傾ける。


「本当に、中に行っても良いのか?」


マキナの手が止まる。


「しつこいと思うかもしれないが、聞いておく。俺は、"お前が言ったから連れてきた"。そして目的地が目の前にある。だがな、お前が"信じたいもの"はあそこにはないぞ。きっと、お前が苦しむだけだ」

「……」

「酷いことを言ってるとは思う。後でいくらでも罵倒しろ。だから選べ。このまま行くのも良い。後ろに振り返って帰るも良い。どっちも間違ってない。決断してくれ」


マキナは背をルーに向けたまま押し黙る。


(たった8歳の子どもに何言ってんだろ俺……)


しかし言わねばならないことだ。ルーは本当の親でもない赤の他人。一番かけてあげられる言葉なんて知る由もない。


だからせめて、正直に言って後悔させないようにする。そう決めていた。


どれくらいの沈黙の後、マキナはようやくルーの方に顔を振り向き手を差し出した。


「はいこれ」

「何すかこれ?」

「通信機。耳につけておけば、同じ物を持った人と100メートル以内ならどこにいても話せるの」

「……それをなぜ俺に?」

「どこに行っても声が聞けるように」


なぜ今そんな物を渡すのかと思考を巡らせていたが、答えを導き出すことはできなかった。


「ルー。私は大丈夫。こんな可憐でかわいい小さな少女でも甘く見ないでよね」

「余計なのあったぞ」

「ここまで来て引き返したくない。私は知りたいの。我儘だけど……お願い。私に協力してください」


改まった顔つきでそう頭を下げた。


「……了解」


ルーは視線をマキナから建物へと移し、マキナの頭をくしゃくしゃと撫でながら言った。


「我儘に付き合うのが大人だ。その代わり、俺から離れるなよ」

「……ねえルー」

「ん?」

「今のルー。超かっこいいぜ」

「そう。嬉しくて涙が出そうだ」


ルーは森から手を伸ばし、"空気に触れた"。


「よし。"通れる"」

「通れる……? 通れるって……通れるけど?」

「そうじゃない。通れるようにしたんだ。蟻一匹入れない結界が貼られてたから、今解除した」

「解除……? 今?」

「少し手こずるかと思ったが、よく見れば単純な構造の術式だった。時間を喰わずに済んだ」


マキナが茫然としてるのにもお構いなしに、ルーは魔法を使う。


体に刻まれた術式に魔力を通し、掌に一本の(やじり)を生み出す。


『建物一周して警備兵を始末しろ。ただし一人残せ』


(やじり)は宙に浮かび警備兵の一人に接近する。


その速度は目にも止まらぬ物だったのか、銃を持った警備兵は気づきもせず脳天を貫かれ即死した。


(やじり)は建物に隠れ見えなくなったが、3秒経過する間もなくルーの元へと戻っていき、そのまま消えた。


「よし。後はあいつだけだな」」

「ルー! これこれ!」


ルーはマキナから渡された物を受け取る。以前、マキナが開発した鞭。


命名は《ゲッチャーウィップ》。捕縛したい標的に向けて当てれば、自動的に対象の身体に絡みつき捕まえられるという代物。


「よっ」


ルーは狙いを定め、《ゲッチャーウィップ》を放り投げる。その精度は正確で、見事残った警備兵の胴体に命中。


獲物を絞め殺す大蛇の如く、一瞬で巻きつき捕らえることに成功した。


「なんだこ──」

「よいしょ」


ルーは鞭を引っ張り警備兵ごとこちら側に引き寄せる。


「捕える側が捕えられてちゃ世話ねえな」

「うまいこと言うねルー」

「な、何だお前らは!?」

「叫んでも無駄だぜ。外にいる他の連中は全員殺した」

「ふ、ふざけたことを抜かすな!」

「じゃあ周りにいる死体でも見に行くか? 時間はある。俺は一向に構わねえぞ?」

「……っ!」

「賢い奴で良かった。ほんじゃ……少しお話ししようか──」



          ────



「……ん?」


眼鏡が似合う、40代半ば程の男性が違和感を覚えた。結界の正常作動を表す青のボタンが、赤色に変化していたからだ。


「なんだこれは?」

「どうしたのあなた?」


男の背に向かって歩いている女性がいた。白衣を私服のように着用している若々しい美貌の女性。


「結界が解かれている。だがおかしい……警報システムが作動していない」

「誤作動でもおかしたの?」

「かもしれん……。異常がないか調べる必要があるな」

「異常なんてねえぞ」


1秒、2秒と続き、二人の頭に一つの言葉が浮かぶ。


この声は誰だ?


「「っ!!」」


3秒してやっと背後に首を曲げ、そこにいなかったはずのルーを目撃した。


「だ、誰なのあなたは!?」

「いちいち答えないといけない?」

「侵入者か……? 何故ここまで……警備兵はどうした!」

「始末した。中にいる奴も。魔法使う相手にライフルとか意味ねえのにな。大砲でもあればまだマシだった。もっとまともな兵隊雇う金なかったのか?」


唖然とする両者。男の方が何かを口にしようとした時、ルーが腕でそれを静止した。


「聞かなくたって要件は言うさ。"マキナ=アーセナル"。て、言えばわかるか?」

「な……」

「シーラ=アーセナル。ソイレ=アーセナル。"あんたらの一人娘だ"」


ルーを見る目つきが、宇宙人でも見るような物に変わった。動揺を隠せていないのが一目でわかる。


「調べたのか……私たちのことを」

「簡単じゃなかった。色んなとこから情報集めて、元職場の同僚に辿り着いて吐かせて、それから右往左往したけど、ようやく場所がわかった。ざっと1年か?」

「……どこまで知ってるんだ?」

「国の研究員として働いていた。そして、特殊……研究員? てのになったんだろ。すごいか知らんけど。国から出される援助金もたんまり受け取れて、研究員としてはウハウハだったんだろ。でも何年か前、"状況が変わった"」


話している途中で落ち着きを取り戻したか、今はもう動揺した様子でなくルーを目視している。


「毒殺化学兵器、『ドータス』。皮膚に触れれば痙攣と痛みを伴い、気管支に入れば数秒で呼吸困難に陥る殺人ガス。その開発を頼まれたあんたらは、それを"作らなかった"。国から莫大な金を借りたのにも関わらずのその為体(ていたらく)に、謀反者として国から追放された。で、合ってるか?」

「「……」」


二人は沈黙を貫き通す。言い返さないのは、"そう言うこと"だと言ってるような物なのだが、ルーは構わず続ける。


「さて……事実を述べてても俺はただの語り屋で終わっちまう。重要なのは"真実"。俺はさっき、作らなかったと言ったが──訂正する。"作れなかった"の間違いだ」



「一人娘のマキナに作らせようとしたんだろ?」



ここまでルーが喋ってきたこととシーラとソイレの反応は、全てルーのシナリオ通りに進んだ。そして、ここからの反応も予想していた。


「お前……知りすぎにもほどがある。マキナは私たちの秘密の子だ」

「"だっただろ"? 俺は死にかけのマキナに偶然会ったんだ。もう助からない状態で、こう言った──『ママとパパは……なんで私を捨てたの?』てな。俺は聖人君子なんでね、最後の頼みを聞いて天国に報告してやろうと思った。それだけだ」


(話すだけ無駄だ)


ルーは一刻も早く話を終わらせたかった。期待はするだけ無意味。帰ってくる返答は、9割9部わかる。


「……マキナに会ったのか?」

「証拠はない。俺の記憶にあるだけだ。強いて言うなら、俺があんたらをこれだけ知ってることくらいか」

「ふっ。随分なお人好しがいた者だ。まあいい。それより、もう一度確認したいことがある」

「なんだ?」

「あの子は死んでたのか?」

「ああ。間違いない」

「そうか……そうか──」


返答は、



「それは良かった」



ほらな。



「ハハハハ……アハハハハハッ! アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! 死んだのか! そうかそうか! それは良かった! だがそれも当然だとも! 私が自ら捨てたのだから!」


快楽に(わら)うソイレ。シーラも伝播されたようにくすくすと嗤いだす。


「どうすれば実の娘を捨てるなんてことができるんだ」

「本気でそんなことを聞いているのか? ここまで辿り着いた癖に鈍い頭だな。お前がさっき言っただろう! マキナが『ドータス』を作るのを拒んだがらだ!」

「理由になってねえよ……」


そんなことを聞きたいんじゃなかった。


「私とシーラは優れた頭脳を持ち合わせている。私が思いつかないことを彼女が思いつき、逆に彼女が思いつかないことを私が思いつく。私とシーラは惹かれあい、同時にこう思った」

「私と彼の子どもなら、私たちを遥かに超える頭脳を持っているに違いないってね」

「そしたらどうだ! 私とシーラの仮説は的中した! 互いのDNAを見事に受け継ぎ、完璧な生命体が誕生した! マキナは全が認める"天才"だ! 開発した薬や兵器の半分はマキナの設計によるもの! 私はとても満足したよ!」


実の娘を誇らしげに語る仕草は、吐き気を催す不快でしかなかった。それはまるで、自力で作った道具の機能を褒めてるような。


「たまにごねることがあったが問題はなかった。ちゃんと"教育"すればすぐに言うことを聞いてくれたからな。しかし……『ドータス』の時は違った。マキナは頑なに拒絶した! 何度も何度も教育したが、マキナは受け入れなかった! 逆らった! "従わなかったんだ"!」

「従わなかった……」


──私が丁寧に教えるから、ルーはゆっくりと覚えていこう──


昔の育て親の言葉が脳裏にチラついたのが、どうしてかルーにはわからなかった。


(嫌な思い出だ)


「子が親に逆らうなど在ってはならないバグだ! そのせいで国から見捨てられ、多くの研究員も失い、こんな所まで来る羽目になった! 天才として生まれてきたマキナの唯一の汚点は、完璧に従順じゃなかったことだ!」

「……汚点はテメェらの残念な脳味噌だ」


気分が昂っているせいで、ルーの言葉など耳に届いていない様子のソイレ。


ルーは言葉の後、視線を右下に向ける。


「だからマキナを捨てた! 役立たずは排除して当然! 私はシーラと共に新たな研究所を作り上げ、国に復讐することを決めたんだよ!」

「私と彼ならできるわ! マキナなんていなくてもね!!」


ペラペラとよく喋る。ルーが全てを話したことで隠す必要が無くなったのだろうか。


「はぁ……」


確かにルーは全てを話した。ここまで来れた経緯(いきさつ)全てを。しかし、世の中にはこんな言葉がある。


相手を信じさせるためには、話の中に多少の嘘と真実を入れる。


そうすれば、相手はいとも簡単に信じてしまう。


「毒親を持つと大変だな……"マキナ"」

「……」


バチ。


機械がショートしたような音が生じると、ルーの右隣の景色が歪んだ。揺らめく水面の情景が現れたかと思えば、今度は人間の足元が見え始め、やがては本物の子どもの姿が現れた。


その子どもは、白いマントを羽織っているマキナだった。


「なっ! こ、これは……!」

「マ、マキナ! どうして……なんでここに!」

「残念な脳味噌でも娘の顔は覚えてたんだな」

「……」


マキナが身につけているマントは《インビジブルマント》。


《ゲッチャーウィップ》と同じくマキナの自作品で、羽織るだけでその持ち主の意思に従って光学迷彩技術を起動させ、透明化できる代物。


マキナは建物に入る前から《インビジブルマント》を装着していた。


マキナがいるとわかれば、話を聞き出すのは難しくなるとルーが判断したから。


しかしルーは──


(やめときゃ良かった)


後悔した。大粒の涙を流す、その姿を見て。


「パパ……ママ……ひっ……」


両親のことを呼んでいることがギリギリ理解できる。


涙の雫はポロポロと床に落ち、幼くかわいい素顔はぐしゃぐしゃになっている。


こうなることは予想できていた。それを考慮してマキナに確認をとった上での行動。


だがルーはやめるべきだった。こうなるためにわざわざここまで来たのか……


("そんなことのために俺はこいつを拾ったんじゃない")


そう思ったルーは、段々腹が立ってきた。


自分のやるせ無さに、とことん親には向いていない自分の人間性に、目の前にいる諸悪の元凶に──



「ムカつくなあ」



シーラとソイレは絶句した。あーだこーだマキナがここにいる訳について話し合っていた所、言葉が喉の奥に詰まり息をするのさえ一瞬忘れてしまった。


今のルーの悍ましい顔を見てしまったから。


それは憤怒、憎悪、不憫、嫌悪、殺意、怨恨、苛立、不快、不愉快、不興と言った悪感情全てを体現した恐怖。


ルー自身さえもどんな顔をしているかわかっていない。彼の目に映っているのはもう人間でない──外道の畜生に他ならない。


「マキナ……悪かった。全部俺が悪い。お前は何もしなくて良い」

「……ぇ?」


ルーはマキナより一歩前へ出て、殺意を露わにする。


「お前ら、殺してやる」

「くっ……凡人が粋いきがるのも大概にした方が良いぞ」


ソイレがシーラの前に庇うように立ち、叫ぶ。


「来い! アセ! シノ!」


認識の刹那、部屋の中に新たな人影が二人出現した。


「「──」」

「あ?」


どちらも黒装束を纏い、鼻から上の姿が見ることができない。


一方は禍々しいほど漆黒の(つるぎ)を持ち、もう一方は背に太陽を模した紋章のような物が浮かび上がり、その一部を手に取り短剣を握っているように見せている。


突然の奇襲に関わらず、ルーは防御魔法を発動させ(つるぎ)と太陽の攻撃を防いだ。


「マキナ。下がって──」


そこにいたはずのマキナの姿がなかった。


「しくったな……」

「守りを全て排除したとでも思っていたか!? 切り札は最後まで取っておくものだ!」

「切り札ねえ……。その怪しい二人がそれ?」

「アセ! シノ! 初めての仕事だ! この不届き者を殺せ!」


御意、と小さな声で返事をするアセとシノ。その表情はまるでわからなかったが、声で女性と男性であることがわかった。


(気配がなかった。隠れるのがうまいな。立ち振る舞いが素人じゃない……それに"あれら"は……)


ルーは不敵に笑った。


「予定にはない幸運か」

『もしもしルー。聞こえる?』


耳元で声が直接響いた。何かと思えば、ルーは耳に装着している通信機のことを思い出した。


「マキナ。どこいった?」

『わかんない。黒い服着た人たちが出てきたと思ったら、急に床が抜けてさ。なんか地下にいるみたい』

「無事か?」

『うん無事。怪我もしてないよ』

「なら良い。だが悪い、すぐにそっちに行けそうにない」

『大丈夫。こっちも戻れるか試してみる』

「わかった……すまねえな。ほんと……」

『……ルー謝ってばっか』

「え?」

『ルーが謝る必要なんてない。悪いこと何もしてないんだから』

「……お前はそう思ってくれるのか」

『私のために本気で怒ってくれたんでしょ? 嬉しかったよ』


声を聞くだけで、ルーはマキナがどんな顔をしているか見えた気がした。もう涙は流れてない。


『後でね、ルー』

「ああ。またな」


マキナとの連絡は切れた。


「何をぶつぶつと独り言を?」

「ちょっと励ましをもらってな」

「ハハ! 守る側が励まされてたら世話ないな! 言っておくが、マキナの元へは行かせんぞ。最も、この二人を相手に命があるかだがな!」

「別に行かねえよ。ていうか、俺が守る側? おいおいおい。やっぱ残念な脳味噌だ。悲しくなってくる」



「あいつは、"天才"だぞ?」



          ────



「よし……頑張ろう」


ルーとの通信を切ってすぐのことだ。


マキナは金属と金属が触れ合う音が耳に入った。


(何か近づいてきてる?)


恐る恐る音が聞こえる方向へ振り向く。


辺りは薄暗い。急に明るい場所から暗い場所に移されたことにより、視力が一時的に低下し姿を認識できない。


コツン……コツンと等間隔で続き、ようやく眼が慣れ始めた時、部屋の全てが白一色に染まった。


「うわっ! まぶし、」


後の言葉は言えなかった。音を鳴らしていた張本人が、凄まじいスピードで接近してくるのを感じる。


マキナがかろうじて眼を開けると、目の前には鉄の拳が振り上げられている。


「ちょっ!」


マキナは靴に備え付けていたホバーブーストを起動させ、宙に舞い上がる。


拳は空を殴り、マキナの顔にあざがつくことは無かった。


「あ、危な! エンドまっしぐらになるとこだった」


マキナは浮かびながら、殴りかかってきた対象を目視した。


(んー……ロボだ)


たった二言で片付けた。


(ヒューマノイド型ロボかな? にしてはでかい。人じゃなくてゴリラに近いかも。分厚そうな装甲だなぁ……早くルーのとこ行きたいのに……)


ロボの左肩の部位に、《A─0》と記してあるのを見た。呼称がめんどくさいので、マキナは(ゼロ)と呼ぶことにした。


「後でルーに褒めてもらお」

「……」


(ゼロ)は、無言で顔(ヘルメットみたいな物をかぶっていてよくわからない)と思われる部位をマキナの正面へと向け──ジャンプした。


「へ?」


小さい女の子とは思えない声を出した。鉄拳がマキナの顔横すれすれを通り抜け、壁を砕く。


「でかい身体で良く動くなあ。やっぱり戦闘用とかそういうの?」


一回転宙返りをして避けたマキナは、答えるはずもない質問を(ゼロ)にする。


「まあいいや。私はルーみたいに強いわけじゃない。でも私は、"戦えないわけでもない"」


マキナが背負っている巨大なバッグが自動的に開き、アームのような物が中から現れ、マキナに謎のゴーグルを手渡す。


マキナは装着し告げる。


解析(スキャン)開始」


ゴーグルが"作動した"。


「……」


(ゼロ)は文字通りの鉄拳を変形させ、両腕がゴツいマシンガンへとなった。


「ちょま、」


マキナは足裏の操作でホバーブーストのギアを変えた。


ガガガガガガガガッ!


両腕のマシンガンが容赦なく火を吹いた。マキナはホバーブーストを全開させ、飛び逃げ回る。


「わあああああああ! 死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう!」


そう言いつつ銃弾を躱し続けるマキナ。ただ逃げ回っているように見えるが、そうではない。


マキナは決して視線を(ゼロ)から外さなかった。


どれくらいか飛び回った後、


ピピ。


「来た!」


ゴーグルの機能が完了した。


「脆いのは……"そこ"か。やっぱり穴はどこでもあるね。私のもそうだし。天才は完璧と同意味じゃないから。それでも、お前は倒せる」


マキナはバッグからまた何かを取り出す。掌サイズの銀色の筒。


「私のお気に入り、《フォースブレイド》」


取り付けられている出っ張ってる部分を上に上げる。すると、筒の先端から光り輝く刃のような物が伸びた。


「せーの、ほっ!」


そしてそれを投げた。非力な少女の投擲の速度は、(ゼロ)にとっては対応できないものではなく、マシンガンで撃ち落とそうとする。


しかしその瞬間、光の刃は急に方向を転換させた。


「にひっ!」


月を描くように刃は(ゼロ)の背後へと回り、左膝の裏を貫いた。


「ビンゴッ!」


マキナは空中を進みながらさらに取り出す。両手と複数のアームに《ファイヤーボール》を持たせた。


「とりゃとりゃとりゃとりゃああああああああああああああ!!!」


膝を壊されバランスを崩している(ゼロ)目掛け投げまくる。マキナが投げたボールは全て時限式。投擲した2秒後には作動するよう設定してある。


さらに威力はルーに見せた時よりグレードアップしている。爆炎、爆炎、爆炎、爆炎、爆炎、爆炎。


爆発音が幾度となく轟き、放たれる炎が(ゼロ)の全身を包み燃やし尽くす。真っ白な部屋が深紅の赤に染まってゆく。


「ふーふー……あ、終わっちゃった。でも、これだけやれば……」


徐々に煙が晴れていく。やっと目視で確認できたのは、焼き焦げた(ゼロ)の姿ではなく、飛んできた矢だった。


「あれ?」


矢はマキナの頬を掠めただけで終わった。見えた(ゼロ)の姿は焼き焦げてなどいなく、肩から飛び出ている噴出孔から矢を飛ばしてきたと理解した。


「炎熱耐性完備とかやだなぁ」


口惜しがっているマキナをよそに、(ゼロ)は戦術を変更するのか、両腕のマシンガンをしまい新たに長刀を出した。


「なが! 斬り合いは得意じゃないんだけど」


マキナは床に転がっている《フォースブレイド》を遠隔操作で手の中に戻す。ホバーブーストで(ゼロ)から十分な距離を取りつつ──急加速した。


「いけえええええええええええええええええ!」


小さな体を半回転させ(ゼロ)に迫る。真向に勝負をしたら勝てないと悟り、速度による重さを上乗せした。


でかい図体(ずうたい)を持つ(ゼロ)は、まるで達人の如き振る舞いで長刀を構える。その様は似合ってるとは言い難いが、脅威という圧力をマキナに与えていた。



ガアアンッ!!



両剣が衝突。


「あぁ!」


押し負けたのはマキナだ。だが────


パキイン!


「…………」

当たり(ヒット)


勝ったはずの(ゼロ)は、"氷漬けになっていた"。剣が振り下ろされた直前の隙、マキナが押し返される寸前、アームがバッグから掴んだのは《エネルギーブラスター》。


エネルギー源として使用したのは《アイスボール》。以前間違ってルーを凍死間近に追いやった性能から、《ファイヤーボール》や《サンダーボール》の威力とは桁違い。


「氷結耐性はなかったんだ。壊すの勿体無いけど……"いらないよねこんなの"」


マキナは《フォースブレイド》をしまい、取り出したグローブを装着する。


付けると同時、マキナの拳に被さるように巨大な透明の拳が現れた。これまたマキナのお気に入り、《ギガントグローブ》。


《エネルギーブラスター》と違い、エネルギー源となる物は魔力のみ。高密度に固められた拳を生成させ、非力なマキナの力の10倍の威力を出せる武器。


「過去を壊して、私は現在(いま)を進む。ルーと一緒に──」



     『一緒に行こう──マキナ』



かつて救ってくれた人の言葉を思い出す。


こうなることはわかっていた。自分に愛なんて物はないなんてことは。


朝起きて顔を洗い髪を整え、朝食を食べれば、いつもの光景が広がる。


誰のために、何のためにやっているかわからないまま、両親に言われるがまま作り続けた。


作って……作って……作って……作って……作って……作って……作って……作って……作って……作って……


ある時、自分は愚かな所業をしていることに気づいた。


驚くことじゃない。歳を重ねれば知能も良くなり、自分が何をしているのか理解するのは自然なことだ。


そして拒んだら、あっさり捨てられた。


結局最後の最後で、両親が欲しかったのは自分ではなく、自分が持っていた頭脳と知った。


もしかしたら、もっと早くに気づいていたかもしれない。


気づかないふりをして、目を背けていただけ。


あの場所で本心を隠し作り続け、両親の操り人形として生きていた方が、良かったのでは?


1%もない可能性を信じ続けていれば……


『何してんだ?』


それをルーが壊した。


自分が持つ価値観を変え、悪夢に囚われていた心を自由にしてくれた。


この恩は、マキナにとって計り知れないし、返そうとしても返しきれない。


それでも何かを返せるとするならば、マキナ自身が立ち直ること。本気で怒ってくれたルーのためにやるべきこと。


抱えてきた迷いは──もうない。


(バイバイ)


全てを断ち切る解放の拳を振り下ろす時、マキナはもう涙は流さなかった。



          ────



風がゆっくりと流れる。吹かれる風はとても心地良く、気分がほぐれる。


景色をすり潰す漆黒の剣が、ルーにその時間を与えない。


「……」


無言で斬りかかってきた剣を前腕で受け止める。普通ならば一瞬の内に腕が切断され、華麗な血飛沫をあげているところだが、ルーの腕は斬れていない。


無論魔法のおかげだ。前腕部分に刻まれた術式に魔力を流し込み、通常ではありえないほどの防御力を会得するとこができる。


おまけに打撃による衝撃までも吸収することができる魔法である。


それが今は──


「ちっ」


ルーは剣との長い接触を避けるため腕を下げる。自身の腕をよく見れば、かけられていた魔法が解けかけているのがわかった。


「面倒だ……」

「しぃ!」


首筋に悪寒が襲う。女の声がしたもう一人が、太陽の短剣を突き立てる。


ルーは俊敏な反応速度で躱すが、敵の背後にある太陽の紋章の一部がばらけ、霰弾の速度でルーの命を狙う。


全部凌ぐのはキツイと感じルーは爪先で床を抉った。


石片が空中にばら撒かれ、こっちからもあっちからも視界が遮られる。


計算通り、と心で呟いたルーは、魔法が備わった握り拳を石片が舞う前景へと繰り出した。


抜けてきた拳は敵の眼前まで迫ったが、相手の両手でガードをされ攻撃は通らなかった。


「……やるな」

「どうも」


そよ風の涼しさを感じながら言葉を言う。


ルーたちはソイレとシーラがいた場所ではなく、SS研究機関の屋上にいた。


移動したのでなく、移動させられ今ここにいる。戦況的有利を察して誘導したか定かでなかったが、ルーはさして不利にとも思わなかった。


「どっちも強いね。あのクズなんて信用ならんけど、隠し玉って言うほどはある」

「話合いは無意味だ」

「我々は命じられたことを実行するだけ。恨みはないが死んでもらう」

「そうですか。じゃあ一個だけ聞いて良い?」

「問答は無駄だと言ったはずだ」

「頑なかよ。ならおれが勝手に言うね」


ルーの話を遮断しようとする二人。次にルーが喋る言葉もそうしようと思ったが……



「《黒魔剣(こくまけん)》と《凌轢(りょうれき)》」



心が僅かに揺れてしまった。


「顔がわかんなくても気配でわかる。図星だな」

「……お前……」

「不思議なことじゃない。その二つの魔法は……"元々俺のだ"」


男と思われる片方が、黒の魔剣をルーに向け刺突を放つ。ルーは防御の構えをとっていないにも関わらず、振り抜いた片腕で弾き返した。


「喋りは不要だ」

「俺は話す」


姿勢を低くし男はルーの胴体へ3連撃。素晴らしい技巧を感じられる1撃1撃を、ルーは躱すか片腕で防ぐで終わる。


「《黒魔剣(こくまけん)》は、事前に用意した剣に魔法術式を入れ込んだ魔剣。剣から生み出される黒は阻害を意味し、あらゆる魔法防御を破壊することができる。もちろん魔法によって斬れ味は抜群に仕上がってるはずだ」


急所を射抜く絶対の攻撃も、ルーは訳なく躱し続ける。しかし反撃の動作はせず、口だけを動かす。


「《凌轢(りょうれき)》は遠距離、近距離のバランスが均等に保たれている武器。背後に浮かぶ太陽の紋章をうまく使えば、相手に指一本だって触れさせない戦いもできる。()(にじ)るって意味で、そう名付けた」


ガッ!


眼球を狙った一閃をルーが素手で受け止めた。組み込まれた魔法が《黒魔剣(こくまけん)》により剥がされていくが、ルーは剣を離そうとしない。


「ここに来たのはあくまでマキナの為だ。でも……まさか盗まれた物を持ってる奴らに出会うとは予想外だった」

「……」

「その魔法……誰から貰った?」


ルーはいつになく真剣な顔で男の目を見る。黒いフードに隠れ見えないはずの目が、男は見られていると本能で感じた。


今この間合いなら、女は加勢し一撃を浴びせられる。ルーの集中は男の方へ向けられ、チャンスはここしかないと思った。


(隙が無さすぎる)


しかし、自分の思い通りにはいかないとも考えた。そうなるビジョンが浮かばなかった。あの時研究所内での奇襲で終わるはずだった出来事だったはずなのに、ルーは未だに死んではいない。


これまで暗殺を失敗したことなんて一度たりともなかった。そして、自分たちの魔法について知っている様子のルーの言動。


男と女──アセとシノは、生まれて初めて異質な不気味さを味わった。


((こいつは……何者なんだ?))


「ま、いっか」


三つ巴が硬直した中、動き出したのはルーだ。


「俺の魔法をなぜ持っているのか? お前らは一体全体何なのか? 知りたいけど、どうでもいいや。俺が今、ここでしたいことは、このクソ研究施設をぶっ壊すだけだ。そしてあの害虫共を殺す。マキナが本当の意味で笑えるようになるために。こんなことしかできない不甲斐なさに情けなく思うけど、俺はやる。それを邪魔する奴は、そいつも殺す」


これは一端に過ぎない。『魔才』と呼ばれた、彼の魔法は。



死想亡鎌(メメントモリ)



         ────



ルーはシエンが憎い。この憎悪の感情に変わりはない。


大好きな人に裏切られたことは、少年だったルーにとって一生の傷となった。


また一人になった時は……恨んで……恨んで…………恨み続けた。なのに──


「頑張りましたねルー」


「ルーは良い子ですね」


「ルーは私の自慢の子です」


いつも思い出すのは、自分を褒めてくれるシエンの姿だった。



         ────



(またかよ……もう忘れたはずだろ)


シエンと共に編み出した魔法を使う時、恩人であり恨み人であるシエンを想像する。


「たくっ……」


ルーが魔法で出現させた物は、巨大な鎌。ルーの頭を一周する程でかい、赤と黒の模様の三日月の刃。


鎌を構えるルーの動作は、両者に死のイメージを植えつける圧を放っていた。


「俺がさ、まともな反撃しなかったのは二つ理由(わけ)がある。一つは俺の魔法かどうか確かめてた。世界は想像するより広い。その二つと似たような魔法を使う奴も大勢いる。だから確認してた。二つ目は選別。お前ら殺すための魔法が30通りくらい……もっとか? 魔法が多いと俺でも何があったか忘れちまう時があるんだ。選ぶのが難航してて時間がかかったよ」

「お前……ひょっとして」


何故か女の声が震えていた。


「『魔才』か?」

「……知りたい情報あったな。でも、もういいや」


ルーの姿がアセとシノの視界から消えた、と判断した刹那、ルーの大鎌の刃はシノの首元を狙っていた。


「──!」


シノは間一髪のすれすれで避けることに成功した。シノは確実にやられたと思った。殆ど反射で動いていたからだ。


(なんだこの速度! 速いなんて次元じゃ)


死鎌の凶刃は止まることを知らず、2連、3連、4連撃とルーの僅かな手動作でシノの命を欲する。


何度目かの斬撃の一つが、シノの皮膚を掠める。


「んん!」


今まで入るのを耐えていたアセは遂に《黒魔剣(こくまけん)》を構え前に出る。それを見たシノも《凌轢(りょうれき)》を携える。


同時に発せられた殺気。感じとったルーは鎌を強く握り、有り余る力で周囲を薙ぎ払った。


「うぐっ!」

「くぅ……!」


武器を振り下ろすことの出来ない風圧が、全身を、内臓を圧迫する。やむ得ずルーから距離を取った。


「化け物か……」

「尋常ではないな」

「そっちの女の方。"それ"、放置してたら死ぬぞ?」


ルーの猛攻に息を切らしていたシノはやっと気づく。皮膚を掠めた左腕が、指先から灰みたいに崩壊していることに。


「シノ!」

「ああああああああああああああああああ!!」


シノは迷うことなくまだ灰になっていない部分の腕を残すため、切断を実行した。


「はぁ……でたらめな力をっ!」


崩壊は停止したが、切断での激痛は止まることはない。


「でけえ声出せんだな」

「貴様ああああ!」


アセが最高速度でルーに突進する。しかしルーは全てを見通せるのか、臆せずさらに鎌を振るい《黒魔剣(こくまけん)》を側面から斬り落とした。


「馬……鹿な」

「《黒魔剣(こくまけん)》は折られたら使えなくなる訳じゃないが、修復に短くない時間がかかる。途端に冷静さを欠いたな」

「そ、それは……魔法なのか?」

「魔法さ。ある意味黒魔剣(それ)の上位互換かもな。全てを死に至らしめる死鎌。"死を忘れるな(メメントモリ)"。良いネーミングセンスだろ?」


巨大な鎌を器用に振り回して見せるルー。アセは後ずさることしかできない。


彼らは自然と、ルーの認識を〈殺せる標的〉から〈殺す標的〉へと変換していた。


ルーが『魔才』という存在なのではないか示唆をする段階で……。


『ルー!』

「お?」


睨み合う状況の中、場違いな明るい声がルーの耳に入り込む。


「マキナ。無事か?」

『もちろん! なんかでかいロボットが出たけど、ザクッてやってドドドーンッてやってバゴーンてやったら勝てたよ!』

「さっぱりわからん。まあでも良かった」

「えへへ~。褒めて褒めて!」

「ああ……。マキナ。そこから出られるか?」

「え? んーとね、うん出れそう。それが何?」

「そうか……マキナ。俺は今からでもここを壊せる」


マキナにしか聞こえない声だが、マキナに必ず聞こえる声でルーは喋った。なのに、すぐ返事をしていたマキナの声が聞こえてこない。


ルーは聞き返さずあえて待った。


『いいよ』


長い時間を待たず返事が来た。


「いいのか?」

『うん』

「後悔しないか?」

『しないよ。抵抗もない。もう決めたし、さよならしちゃったから』

「……わかった。いつ出れる?」

『3分後には』

「了解。じゃあ」


通信が終わり耳が静かになる。


(割り切ってんなら、そんな弱々しい声出すわけねえだろ)


血の縁だけでなく、過去そのものに別れを告げる。覚悟を100回したとしても受け入れることなど出来ない。


それを10にも満たない少女がやると言う。どうかしているとしか言いようがない。


「クソみたいな世の中だ」


肩代わりなんてとてもじゃないが表せない。それでも……それでも、ルーはやると誓った。


「何もかも終わらせる」

「我々は終わらない!」


そよ風だった風が爆風に変わり荒れ狂い始める。二人は魔力解放のリミッターを解除した。


ルーが折ったはずの《黒魔剣(こくまけん)》の刀身が、何事もなかったのように元通りに再生した。


「無理矢理再生させたな。顔色悪いぞ」

「我々は負けんぞ。いつだって……いつだって我々は二人で乗り越えてきたのだ! こんなところで死んでたまるか!」

「必死だな。なら逃げれば良い。俺はお前らに恨みなんてないし、そうした方がお互い労力を無駄にしなくて済むんだけど。腕は許してくれ」

「するわけないだろう。ここで殺す。それだけだ!」

「なんでそうまでしてあいつらを守る? 恩でもあんのか?」

「あんなクズなど知ったことか。ただこれが任務だからだ。任務は身を(てい)してでも果たす! 『虚栄(きょえい)』の……名の下に」

「?」


烈風が二人が被っていたフードを舞い上げた。やはり声の通りに男と女だった。


どっちもサファイアの瞳をしている綺麗な顔。心なしか、どこか二人が似ているように感じた。


違うかもしれない。そうルーが思ったのは、二人が人間離れしたスピードで走り始め、顔をじっくり見る余裕が無かったからだ。


「ふー」


明らかに速度が上がっている。1秒の間に5度の斬撃を放ち全てが致命傷となる攻撃と化している。


そしてシノが持つ《凌轢(りょうれき)》。片腕にも限らず前と変わらない動きと技術。


むしろ精度がさらに洗練されているとルーは感じる。背に掲げる紋章を最大限活用し、守りを捨て攻撃に全能力を注いでいる。


(俺の時より使い方が上手い。まああんま使ってなかったからな。経験の差だな……でも、)


ルーは鎌の持ち手を下げ周囲を細切れにする。屋上の地面が崩れ去り、シノが操る《凌轢(りょうれき)》は粉々に吹き飛ばされた。


「そん……な!」

片腕(あったもの)がないとパフォーマンスは低下する。拭いきれねえよ」

「まだだ!」


アセが加勢に入ろうと迫る。ルーは鎌を持ち直し、真上へと一気に跳躍する。


魔法により底上げされた脚力は尋常ではなかった。


「そろそろ3分……」

「うああああああああ!!」


禍々しい黒が爆大に膨れ上がり、《黒魔剣(こくまけん)》からアセの一振りで解き放たれた。


アセの持つ残りの全てがこの一撃に詰まっている。触れればルーは魔法はおろか、魔力すらも黒に溶けて失う。


「……」


パァン!


「……は?」


蚊帳の外に置かれるアセ。隣で崩壊していない床に膝をついているシノも同様。


これまでの戦闘で最強最大の一撃が、シャボン玉が割れたかのように残滓になってこの世から消えてしまった。


「もう一度言おうか? ──何もかも、終わりだ」


天に広がる青空が混沌の赤色に染まり、場の空気が一変する。


死鎌から死のオーラが滲み出し、"死を拡張する"。誰も逃げることはできない。最早これは魔法の領域を超えている。


自身に刻み込まれた術式に魔力を流し込み、それを体外または体内にて活用するのが魔法。


より高度に、より緻密に、より良い思考を用いて考え術式を作り出すことができれば、魔法は天候や概念体に干渉することさえ可能。


だがそれは魔法というより天災に近い存在となる。


ルーの力はそれと同等と言って良いほどの脅威をアセとシノに与えていた。


そんな力を……たった一人の少女のために使うなど馬鹿げている。あり得ない話だ。


「命差し出し──」


ルーは選択してしまったのだ。あの時、


「──()(おも)え」


◾️◾️◾️◾️時に。



──


────



ルーは何もかも失っていた。


シエンがどこかへと去り、ルーはされるがままの状態が続いた。


「……」


殆どの時間をベッドに寝るような体勢で過ごし、体に幾つもの機械を付けられ管のような物を差し込まれた状態は、とても気分が悪かった。


知らない白衣の人たちが来ると何かを始め、時々体から大事な物が抜ける喪失感に襲われ、体に痛みが走った。


決して死ぬような痛みでもなく、辛いとも思わない微量な痛みだったが、毎日同じことを繰り返すのは精神的に苦しかった。


提供される食事もシエンが作るものほど美味しくはなかった。


数ヶ月経てば、ルーには感情という感情が消え失せた。怒りも……悲しみも……喜びも……。まさしく虚無の精神状態。


(死にたい……)


そんな日がどれくらい続いた頃、ルーは逃げ出すことに成功した。


どういうわけか、寝静まった時に謎の暴音が轟き目を覚ましたら、部屋の外にいる人たちが何やら騒いでいた。


「おい、どうなってる!」「被検体の一人が突然暴れ出して! 手に負えない状態です!」「それって……もしかしてあの(ドラゴン)か! あらゆる武器を試せ! なんとしてでも阻止しろ!」


言っていることはよくわからなかったが、あっちにとっては大変な事態みたいだった。


その騒ぎに乗じて逃げ出すことができた、ただそれだけである。


ルーがいた場所は地下だったらしく、階段を一歩一歩進んで歩くと、辺りは雪に覆われていた。


「……さむ」


疲弊している体に残された魔力で、温度を調整する魔法を発動させた。少しだけあったかくなった。


季節は冬みたいだ。別にその光景に驚きはなかった。そんな行為をする元気もなかった……。


(あー……どうすれば良いんだろ……)


そこから先の記憶は、ルーにはあまり残っていない。殆ど思考を停止して足を動かしていた。


自ら死のうとはしなかった、でも生きようとも考えてはなかった。覇気が消え失せた顔で、死人同然の見た目だった。


特に目的もなく……意味もなく。無機質に、無意味に、無価値に、無気力に、時が過ぎていった。


ルーはその時は知らなかったが、20歳になった少し後の出来事。ルーにとって"2度目"の分水嶺(ぶんすいれい)である。


一人の少女を見つけた。


(……捨て子か)


久しぶりにルーは思考をした。それを思考というには単純過ぎることだったが、それくらいルーは何も考えていなかった。


一見綺麗な顔をしているが、ボロボロな肌と破れた衣服のせいで台無しになっている。ルーは声をかけた。


「何してんだ?」

「……」

「一人か? ……名前を言えるか?」

「……マキナ」

「そうか。マキナっていうのか」


ルーはマキナの隣に座った。


「あなたは……誰?」

「俺はルー。一人ぼっちのルー」

「一人……そうなんだ。私とおんなじだ」

「そう。同じだ」


二人は無言になる。不思議と嫌じゃなかった。ルーはこれまた久々に人と話をした。


ルーが話を再開した。


「マキナはなんで一人なんだ?」

「……」

「言いたくないなら良い。忘れてくれ」

「…………捨てられたの」


知っていた。見ればわかる。しかしルーは、そうかと言った。


マキナは突然泣き始める。


「私……私……会いたい。パパとママに会いたい。もう一度会いたい。会いたいよぉ……」


両親に捨てられたみたいだ。ということは、訳ありなのだろう。


捨てたくて捨てたわけじゃない親もいるかもしれない。でもルーはそんな気はしなかった。


(きっと悪い意味だ……絶対に)


シエンと重ねてしまった。慕っていたのに裏切られた。マキナもそうに違いない。


マキナは捨てられた理由をわかっているのか、本当にわかっているのか、それともわかっていないふりをしているのか……どれでもにせよ、ルーには関係のないことだった。


ルーにとっては他人。何もすることなんてない。


「了解」

「……へ?」


しかし、何故かルーはそう返事した。


「会いたいんだろ? 俺が会わせてやる」

「え? いや……でも……え?」

「とりあえず服だな。腹も減ってるだろ? 風呂も入らせて」

「ま、待って!」


力強い声が響いた。マキナの素の声を始めて聞いた瞬間だった。


「なんだ?」

「急に……そんなこと言われても。な、なんでそこまで?」

「……さあ。わかんねぇ。ほっとけねえからかな?」

「ほっとけない?」

「言っておくぞ。俺ならお前を導ける。ただし、お前が望むものがあるとは限らない。全く反対の、目を背けたい真実があるかもしれない。その時お前は絶望して、何も考えられなくなるかもしれない」


一度泣き止んだマキナがまた泣きそうになる。ルーは付け加える。



「でもな、その時は俺が隣にいてやる」



マキナは──泣かなかった。


「一人にさせない。泣きたい時に泣けば良い。俺は、"絶対に逃げたりしない"」

「……ほんと?」

「手を出してみろ」


マキナはゆっくりと左手を出す。ルーもゆっくりと右手を差し出しマキナの左手に乗っける。


すると、傷ついていた肌がみるみるうちに治っていき、マキナは綺麗な白い肌を取り戻した。


「すごい……!」

「魔法だよ」


ルーは立ち上がり、はっきりと伝える。



「一緒に行こう──マキナ」



ルーは"また"一人ぼっちじゃなくなった。


「歩けるか?」

「はい。ありがとうございます」

「敬語なんていらねえよ。親じゃねえけど、気軽に接してくれ」


「ソイレ、シーラ……だからSS研究機関か。後は場所だな」

「ルー。何してんの?」

「いや何でもない。そろそろ飯にするか。うまい店を見つけたんだ」


「ルー! 新作できた! 見て見て!」

「またかよ。頻度多くね?」

「私は天才だからね。今回は自信作だよ!」


「マキナ料理上手だよな。したことあったのか?」

「いや、初めてだよ。やっぱ手先が器用だからかな〜。ルーよりすごいとこ発見!」

「耳がいてー」


「この剣凄いぞ。そこらに売ってる剣より遥かに優れてる」

「むふふふー! すごいっしょ!?」

「すげーよ。でも、街中で使うなよ。あくまで自衛用だ。いいな?」

「……わかった」

「? なんで笑顔なんだ?」

「なーいしょ」


二人は同じ時を過ごし、打ち解け合い、仲を深めた。


一人は笑顔を取り戻し、一人は生きる意味を取り戻した。


互いは互いにとって掛け替えのない存在となり、たった1年で(たくま)しく成長していった。


これが原点。一人は見つけたことで、一人は出会ったことで物語は始まった──



         ────



「全部……消えたか」


浮遊の魔法で宙に浮かんでいるルーの真下にあったSS研究機関(建物)は、進行して崩壊していた。


ルーが繰り出した死の斬撃は、最早一面を焼き尽くす砲撃に近く、広がる木々の一部をも巻き込んでしまった。


建物は灰と化し消えていき直撃した生命は既にもうこの世にはいない。


ルーは巨大な鎌をマジックのように瞬時に手元から消した。


ゆっくりと地上に降りていくと、こちらに手を振っている人物を見つけた。


「ルー! こっちこっち!」


やはりマキナだった。色々な発明品はもう装着しておらずしまっている。


「ルー大丈夫? 怪我してない?」

「俺は平気だ。そうだ。ちょっとだけ待っててくれ」


ルーは魔力を巡らせ"ある二つの魔法術式"に流し込む。すると、ルーとマキナの目の前に《黒魔剣(こくまけん)》と《凌轢(りょうれき)》が現れた。


「ちゃんと出るな」

「何これ?」

「俺が戦ってた黒装束が使ってた魔法だ。元々俺のだったんで返してもらった。術式は見ればわかったからな」

「ん? ん? 何の話?」

「別にいいよ。確認したかっただけだ。それより……お前は大丈夫か?」


マキナは一瞬ルーから眼を逸らし、朽ちていく過去の記憶を眺める。それから、無理矢理作ったような笑顔でルーに向き直る。


「心配いらないよ。言ったでしょ、後悔しないって」

「そうか……ああ……そうだったな」


ルーは少し移動し灰になっていない木の傍によりかかって座った。マキナもそれに倣って隣に座る。


「俺がさ……マキナに初めて会った時、ほっとけないからって言ったの覚えてるか?」

「もちろん。今でもあの時のことは鮮明に覚えてる」

「あれは……今考えれば嘘だった」

「嘘?」

「きっと、俺は見せつけたかったんだ。あいつとは……シエンとは違うんだって。見せつけるって言っても、その人はどっか行っちまったのに……」


ルーはすらすらと己の過去をマキナに話した。特にシエンのことは事細かに。


マキナは黙ってその話を聞き、ルーの口が閉じると、「そっか」と優しく呟いた。


「良い人だったんだね」

「俺に色々教えてくれた。シエンは褒めるのが上手だった。今思えば、大してすごくもない初級魔法の術式ができた時もやたら褒めてくれてた。大好きだったし……恩人だった……のに。家畜と同じだ。育てたら解体して奪う。俺をその程度でしか見てなかった。シエンが何をしたいのかなんてどうでも良い。俺を捨てた事実は変わらない」


ルーは正面を向いたまま、声が小さくなった。


「マキナは謝る必要なんて無いと言ってくれた。でもな、俺は謝罪をしなければならない。俺は俺の自己を満たすためにお前の手を握ったと思うと、自分を責めずにはいられなくなる。お前よりも……俺の方が全然ガキだった。心はなに一つ成長してない。ここに来たのも……俺がもっと大人だったら……正しい選択をできたかもしれなかった……」

「違うよ」

「……え?」


マキナはルーの顔を掴み自分の方に向ける。ルーは目を見開いた。


マキナの瞳から涙が溢れていたからだ。


「ルーが言ってることは嘘だよ。嘘に嘘を重ねてるだけ」

「どういう意味だ?」

「私を救ってくれたのは、シエンとは違うって思いたいからなんかじゃない。それは、ルーが悪い方に考えてるだけだよ。わからないけどさ……ルーは拾われた時の自分と私を重ねたんじゃない?」


過去を追憶する。ルーが頭によぎったのは、生きるのに必死だった頃の自分と、一年前に見つけたマキナの姿。


「シエンさんがルーを助けたみたいに、ルーも私を助けた。それには複雑な意味なんてないと思う。助けたいから助けた。それじゃ駄目? 根拠はないし、ルーのことはルーにしかわからない。でも私はそう思う。だってさ──」



「私は笑顔になれたんだよ」



マキナの表情は、あの時、森の中で寝付いてる時と同じだった。母親に頭を撫でられ安心しているような、穏やかな表情。


ルーはようやく見ることができた。


「ルーが私を一番に考えてくれてたのは知ってるよ。ルーは私の嫌いな食べ物食べてくれたし、一生懸命調べてくれてたし、私の発明品の実験にもなってくれた」

「……最後のは渋々引き受けた物もあるけどな」

「あはは。そうだね。でもルーは、それも全部褒めてくれた。私がやらかしちゃった時に守ってくれた時もあった。今日まで色んな思い出ができて、それは全部ルーが私を助けてくれたから作れた。そうでしょ?」

「……そうかもな」

「絶対そう。正しいとか正しくないとか関係ない。そんなことより、ルーが本気で私に向き合ってくれた。本気の本気で怒ってくれた。そっちの方が、大事だと思うな」


マキナが思う本心の気持ち、ルーは確かに感じ取った。自分を肯定してくれる一人の少女の言葉に、心が洗れた気分になった。


この瞬間、心の中でマキナに"謝罪"ではなく"感謝"をした。


「ありがとな、マキナ。お前を見つけて……いや、出会えて良かった」

「私も。ルーに助けられて、世界一幸せ」



         ───


「これからどうする?」

「お前に言われて、やっぱり気になった。シエンのこと。何がしたかったのか。何で俺を捨てたのか。探してみるかな。見つけたら一発ぶん殴ってやる」

「うん。良いと思う」

「後は魔法を取り返す、か? 今日会った奴ら。なんで俺の魔法を持ってたのか知らねえけど、勝手に()られて使われてんのは(しゃく)(さわ)る。まあそれもシエン発見の目標のうちだな」

「うんうん。じゃあ私も目標立てようかな」

「というと?」

「私はいつか、ルーと結婚する!」

「……無理だな」

「えええええ! なんで!?」

「俺ロリコンじゃねえし」

「ロ、ロ、ロリ! それ今だけだし! 十年もすれば、スタイル良くて巨乳なナイスバディになるんだから! ルーは私にメロメロになっちゃうよ!」

「おー楽しみ楽しみ」

「棒読み! 絶対なるからね!」


二人は並んで歩き続ける。




これは、失った者と小さな少女の物語である。



どうも。坂田リンです。楽しんで読んでいただけたでしょうか。あらすじにも書いていますが、「うわー! 続き気になる! 読みたい!」と思っていただけたら、それ以上の喜びはありません。この物語の続きを、僕が出した作品"King Road"に全話上げています。よろしければ、読んでみてください。おもしろいと思ったら、感想、評価、誤字報告、ブックマークをよろしくお願いします。

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