4pt 常識との差が
「お嬢様。おはようございます」
「あぅ~」
初めて光がスキルを取ってから数か月が経過した。
その間に彼女もこの世界のことについて理解が深まり、必ずしも彼女のイメージする現代社会と同じではないことが分かった。
まずこの世界において、彼女が想像する以上に財閥の力は強かった。
なにせ、
――この黒金財閥だけで世界の1割の雇用をしているとはね。
世界の労働者の1割が財閥の従業員となっていた。
世界人口中の労働者を仮に10億人とした場合、従業員1億人であるということになる。あまりにも多すぎるような気もするが、この世界ではそれが普通なのだ。
他にも財閥は存在するようで、全世界で約9割が財閥の社員なのだそうだ。
財閥に含まれていないない企業や個人事業主といった者たちは残りの1割程度しかいないのである。もちろん国営の企業も含めて、だ。
ただ、光にはそれと同等か。それ以上に驚くべき事実がさらに存在していた。
それが、
「しかし、今日も派手に戦っているのが分かりますねぇ、魔法少女」
魔法少女。
日曜日の朝にアニメで放送されていそうな存在が、この世界では実在していた。彼女たちは、なぜか突如として各所で現れる怪物や怪人といった存在と昼夜戦っているのだ。
魔法少女たちの見た目は様々で、社会人なのではないかと思うようなものからまだ義務教育を受け始めてすらいないのではないのかと思うものまでいる。
だが、特に多いのがやはり学生だと思われる者達。
「魔法少女に関しては本当に分からないことが多いですねぇ。いくつかの財閥が手を組んで探ったなどという話も聞きましたが、結局芳しい成果は得られていないようですし」
魔法少女という存在は、財閥がずっと追い続けている。何せ現代兵器のようなものではなく、彼女たちは名前の通り魔法を使って戦っているのだから。その技術を手に入れることができれば大きな発展の源流となることは間違いない。
だが、結果は全くと言って良いほど出ていなかった。
どれだけ後を追おうにもなぜか機械類は追跡を行うことができず、どうにかして衛星や人海戦術を使って追ったとしても変身を解くときには忽然と姿を消す。機械で顔の認証を行うことも不可能で、顔を見た者達もその後は何故か思い出せない。
どうにも糸口を見いだせないのであった。
「あぅ~」
「あぁ。お嬢様ご安心ください。こちらのビルに関してはたとえ魔法少女の攻撃が当たろうと傷1つつかない我が財閥最高峰の技術で建築されたものですので」
「………………あぅ」
特に心配していたわけではなかった、使用人からの微笑みを受けて光はあきれたような声を絞り出す。
魔法に関してもかなり不思議ではあるのだが、財閥の技術力も大概おかしいのだ。100階以上あるビルを建てるだけでもかなりのものなのに、それに加えてこのビル全体が解明されていない技術である魔法を受けても傷すらつかないのだ。頭がおかしいとしか言いようがない。
光が、この世界はどうにかしているなんて思いながら眼下の戦いを眺める。
そうしている時だった。
「光ぃ!!!」
「あぅっ!?」
彼女の名前を呼ぶ声。
それと同時に、せわしない足音がいくつも聞こえてくる。50人以上がいるのではないかと思うようなそんな足音の中、彼女の部屋には想像通り大勢の人間が侵入してくる。
そして、そこから、
「やぁ。元気だったかな?パパに会えなくて寂しかったかぁい?」
1人の男性が出てくる。
落ち着いた格好ではないのだが、その節々から彼の身に着けているものが高級なものであるというのが分かった。
そんな彼こそが、光の父親である。
「あぅ……」
「おぉ~。そうそうか。寂しかったかぁ。いや~。悪いねなかなか会いに来られなくて。パパも急がしくてさぁ~今ちょうど3ヶ国回ってプライベートジェット飛ばして帰ってきたところなんだよ。ハハハッ!」
聞いてもいないことをべらべらとしゃべる彼だが、光としてもそこまで忌避感は抱いていない。
世の中の娘というものは父親にあまりいい印象を持たないというイメージはあるが、彼女は前世の記憶もあるのでその段階にはすでにいないのだ。
せいぜい、
――子煩悩な感じだなぁ~。
と思う程度である。
しかし、彼女は油断していた。彼女の前では親ばかでありそうな父親だが、これでも財閥の総帥。価値観が彼女のいまだ持っている庶民的な物とは圧倒的に違い、
「ちょっと昇格させる候補が残ってるんだけど、光に決めてもらおうと思うんだよね。誰がいいと思う?」
そんな言葉と共に、彼は光の前へ数枚の書類を並べた。
そのあまりにもあんまりな発言に、彼女の口元からよだれが垂れて書類へと落ちた。
「好きに選んでいいよ?もう決めたいのは決めたから、あとはみんなそこそこ程度の才能しかないと思うんだよねぇ」
爽やかな笑みとは裏腹に、かなり発言の内容はひどい。
だが、それは光にとっては、
――あっ。このくらい言うのは許されるんだ。じゃあ、悪役令嬢っぽいことするのも意外と楽かもなぁ。
その程度に思うものになっていた。少し衝撃的過ぎて、候補者への同情など一切沸いてこなかったのである。