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6.彼の正体

 

 ミスズがついてくるのに気が付いたのだろう。

 メイセイは路地に面した廃屋の入口に立ち、追い付くのを待っていた。


「ミスズ頼むから帰ってくれ」

 シビラがそう言うのが聞こえたが、聞こえないフリをしてそのまま中に入る。


 古さは否めないが、室内は外観に比べて綺麗だった。小さな机と多少破れが気になるソファ。それと木製のベッドが置いてある。扉があるから奥にも部屋はありそうだ。

 メイセイはシビラをベッドに寝かせようとするが、シビラはそれを拒むように首を振った。


「先にソファに」

「話なら後ですればいいだろ?まず手当をしないと」

「……メイセイ、頼むよ」


 二人の間に沈黙が流れるが、先に折れたのはメイセイだった。

 チッ、と舌打ちをしつつシビラに肩を貸してソファに座らせる。


「こいつは酷い怪我をしている。さっさと済ませてくれ」


 メイセイは不機嫌そうにつっけんどんに言うが、諦めたのか奥の部屋に入っていった。

 残されたミスズは力なくソファに身を預けているシビラの姿を見て、きゅっと喉の奥が閉まる。話す内容がまとまらず頭の中がぐるぐるとしたまま。


「ミスズ」


 知らず知らずの内に目を逸らしていたらしい。

 薄暗い部屋の中に響く声はいつになく柔らかくて、私を気遣っているのが分かる。ハッとして顔をあげるとやっぱりシビラは困ったように眉を少しだけハの字にした。


「あ、あの……ごめんなさい、私」

「怖くなかったら隣に座ってくれないか?」


 口を開けば謝罪の言葉しか出てこない。けどシビラはまた気遣うような口ぶりで自分の横をポンポンと叩いた。怖いなんて思うわけがない。「もちろん」と勢いよく返事をして隣に腰を下ろせば、隣からホッと息を吐く音が聞こえた。


 横を向けばいつも通りのシビラがいる。

 顔だけ全く傷がないことが、逆に恐ろしかった。こんなことをするのは人を痛めつけることに慣れた奴か、暴力をふるったことを悟らせたくない立場のある身内のどちらかだ。


「私のせい、だよね」

 自分が思っているより声が震える。

「さっきも言っていたけど、それはどういう意味だ?」

「ごめんなさい。言わなくちゃいけないって分かっていたのに、いえなかった」


 シビラは本当に知らなかったのだろうか。

 それとも、まだ私を気遣って知らないふりをしてくれているのだろうか。


 もうどちらでも構わない。

 覚悟は出来ていた。


「私マフィアの一人娘なの」


 一言一言、ゆっくりと紡ぎ出した言葉にシビラは何も言わなかった。

 やっぱり知っていたのだろうか。


 ただ今は何も言われないのが唯一の救いだった。


「三年前に抗争が起きて、私は人に疎まれるようになった。だから……いつかこうなるかもしれないって分かっていたのに」

「違う、それは関係ない」

「もう気を遣わなくていいよ……その怪我も私が責任を持って面倒見るから。シビラが嫌じゃなかったら、私のファミリー御用達の医者にいこう?腕がいいからきっとすぐ治してくれる」


 あぁ泣きそうだ。

 強く噛みすぎて口内に血が滲む。


「だから、怪我が治るまででいいから」

 そう言いかけて途中で口を閉じた。


 何を言うつもりだ。

 馬鹿なのか。

 あまりにも自分勝手な言い分にますます自分が嫌になる。けど、もう我慢できなかった。


「私から離れて行かないで」


 シビラの顔を見ていられなくて俯いたままそう言うが返事はない。シビラとの沈黙は苦じゃなかったのに、今は身が千切れそうに感じる。気まずさに耐え切れず恐る恐る顔を上げると、シビラは苦しそうな顔をして「ごめん」と言った。


「……本当にミスズのせいじゃない。俺は、サクランドの人間なんだ」


 さっきとは違う意味で息が詰まる。

 何か言おうとして、何も出てこなくて、そもそもなんて言えば正解なのか分からない。


「これ以上は待てない」

「分かった」


 会話を聞いていたのだろうか。

 気まずくなった空気を察したかのようにメイセイが入ってくる。今度はメイセイの言うことを素直に聞きシビラは促されるまま家の奥に入っていった。残されたミスズは膝の上で組んだ手をジッと見つめる。


「メイセイさん……もサクランドの?」

「……俺は、違う」

「そう」


 まだ警戒しているのか、メイセイは口数が少なくシビラが入っていった部屋の方を見ている。ミスズも同じように奥の部屋を見ていると扉が開いた。顔を覗かせたのは手当が終わったシビラではなく、小さな手と小さな瞳。


 子ども?

 ちょこんとこちらを覗く様子が可愛らしくて強張っていた胸が少しほころんだ。


「え、っと……こんばんは?」


 ミスズが声をかけるとその目はすぐに引っ込んだ。

 けれど興味があるのかまたすぐに覗いてくる。


「メーセーこの人だぁれ?」

 たどたどしいしゃべり方。まだ警戒しているのかほんの少しの隙間から、目だけしか見せようとしない子にミスズは笑いかけた。

「突然ごめんね。えっと、私は君のパパ?の知り合いの知り合いで」

 説明が難しい。

 きょとんとする子どもはドアの隙間を少しだけ広くする。

「パパ?メーセーのこと?」

「あれ?違うの?」

 半分くらい姿が見えると、小さな子は男の子だと分かった。

 ミスズが問い返すと男の子は少し考えてこくりと首を縦に振る。


 余計なことを聞いてしまった。困ったミスズが隣にいるメイセイの方を向くと、彼はふいっと顔を反らし男の子の元へ向かう。くしゃくしゃと頭を撫でてその小さな身体を抱き上げた。


「メーセーはパパじゃないもんね。僕のパパはもっと……」

「あんな奴のことは思い出さなくていい。この人は俺の知り合いだ」

「知り合い?友達ってこと?」

「まぁ、そんなところだ」


 お喋りが好きなのだろうか。

 楽しそうにメイセイと話している姿は本物の親子のように見える。自分だって、シビラだって、訳ありだ。だからこの子のことを詮索するつもりもない。


「私ミスズって言います。よろしくね」

「僕はハリーだよ」


 立ち上がったミスズが二人に近づきそう自己紹介すると男の子も名を名乗る。愛嬌もあるし可愛い子だ。だから余計に額にある痣が気になる。見ないようにしているが、これが“パパ”にやられたのだとしたら……。憶測はいけないがなるべくその痣を見ないようにしてミスズはハリーと会話をする。


 ハリーのおかげで和やかに時間が過ぎていった。

 シビラの手当はまだ時間がかかるのだろうか。チラッと部屋の奥に視線を投げると、ハリーがぴょんとメイセイから下りる。


「もうそろそろ終わると思うよ。僕見てくる」

「あっ、ありがとう」


 ぱたぱたと部屋の奥へ入っていったハリーを見ながらミスズはメイセイに声をかけた。


「ハリー君のお父さんじゃないんですね」

「あぁ」

「でも、本当の親子みたいでしたよ」

「……そうか」


 嬉しいのか、照れているのか分からない表情だが、メイセイは静かにそう答える。そして、独り言のように口を開いた。


「あいつは抜け出せない」

「それはどういう意味?」


 聞き返すがメイセイはぐっと唇を噛んでしまう。もう一度聞こうとしたとき部屋の奥から女の人が出てきた。


「薬が効いたのか今は寝ています。安静にした方がいいので今日はここで」

「わかった。いつも悪い」

「とんでもない。あなたが来るとハリーが喜ぶから」


 メイセイと親しそうに話した後女性はミスズにもペコっと頭を下げる。


「こんばんは、突然すいません」

「いえいえ。なんのお構いも出来なくてこちらこそすいません」


 綺麗な人だった。うっかり見とれていると、奥から「ママ―!」と呼ぶハリーの声が聞こえる。会釈をした女性は再び部屋の奥へ戻っていった。


 もう一度さっきのことを聞こうとしたが、メイセイはミスズの言葉を遮って「送る」とだけ言った。


「今日は一度家に戻った方がいい。……ブローディアの娘なんだろう?」

「なんで、それを」


 まだそこまで言ってないのに。

 不思議な顔をするミスズにメイセイは「会話の流れで」と答えた。


「それならなおさら帰った方がいい」

「でも、私シビラに」

「……ちゃんと目が覚めたらあんたの所に行くように伝える。二人の関係が公になったら、どっちもマズイことになるだろ。だからとりあえず帰るんだ」


 メイセイの言うことが正しいのは分かっている。気持ちは追いつかないが、客観的に状況を整理してミスズは頷くしか出来なかった。


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