4.捜索
(あれ、シビラ遅いな)
明確な約束をしているわけじゃないけど、ミスズがサボる時間を知っているシビラはいつもどこからともなく現れる。そんな生活が数ヶ月続いたんだ。だから今日だってきっと来るだろうと勝手に思っていた。
それが今日はいくら待ってもやってこない。
嫌な想像をしてしまいお腹の奥が重くなる。
たまたま忙しいのかもしれない。
そう自分に言い聞かせて必死に気持ちを落ち着けるが、もしかしたら自分がマフィアの娘だと気付いたのかもしれない。そう思うと知らず知らずの内に呼吸が浅くなった。
息ってどうやってしていたっけ。
そんな当たり前のことも分からなくなるくらい。それだけミスズの中でシビラの存在というものは大きくなっていたのだ。
結局放課後も姿を見ることがなく、次の日も、その次の日も、シビラがミスズの前に姿を現すことはなかった。
そもそも名前しか知らないのだ。
心地が良いと思っていたのに。
会えることが、何気ない会話をするのが、幸せだったのに。
私はそれを何も伝えてこなかった。
だから、シビラの方から来てくれなかったら会う術がない。
シビラがミスズの前に姿を現さなくなって一ヶ月が経った。
思わずズルをしたいと思ってしまう。
ファミリーの誰かに頼んで探してもらえばきっと見つかるだろう。でも、そうしたらもう二度と会えなくなる気がした。
私と同じようにシビラも何か隠している気がするから、勝手に暴くようなことはしたくない。
そうなればミスズの出来ることなど一つしかなかった。
いつも来てもらってばかりだったのだ。自分から探すことも必要だろう。
彼が行きそうなところに行ってみたり、夜が暮れても公園に居座ったり、ただあまりにも知らないことが多すぎる。
(そういえばあの火傷跡……)
ふとシビラの手首に見つけた火傷跡を思い出した。
もしかしたら治安の悪い場所にいるのかもしれない。
そう思ったら居ても立っても居られなくなった。授業が終わってすぐ学校を飛び出したミスズは近くのトイレであらかじめ用意しておいた服に着替える。
ミスズの家にはスーツが常に常備されていた。その中から一着借りてきたのだ。
仕事道具を勝手に持ち出したのがバレたら怒られるだろうが、この際そんなことを気にしていられない。髪は一つに束ねて深くかぶった帽子に押し込み、慣れないスーツに身を包んだ。
路地裏を一本、二本、奥に行くにつれて人が道端に座り込んでいる確率が高くなってくる。
ここにいる人は自分の家というのを持っていないのだろう。物欲しそうな顔で見上げる者や、虚ろな瞳で見つめる者、そんな彼らを一人一人気にしていたら先に進めなくなる。ドキドキと打つ心臓の音に耳を傾けながら、ミスズはただ正面を見据えて歩き続けた。
戻りたい、と弱い心が顔を覗かせるたびに、ミスズは頭にシビラの顔を思い浮かべる。
煙草の匂いが残るウェーブかかった漆黒の髪。
スミレの花のような青みがかった濃い紫色の瞳。
少し低めの声と本心で笑っているときは目が細くなるところ。
自分の唇を触る癖。
大丈夫。まだちゃんと思い出せる。
歩き続けたミスズは路地のかなり奥まで来てしまった。
(ここじゃなかった)
探してはいたが、見つからないならそれに越したことはない。本来こんな場所で見つけたくないんだ。
考えすぎだったか。
くるりと踵を返し、来た道を戻りながらミスズは大きく息を吐いた。
無意識に左腕に触れて眉を顰める。
マフィアの娘といっても、父は私にマフィアの世界に入ることを勧めてはいなかった。
むしろ遠ざけようとしていたようにも思う。母さんがあの抗争で重症を負ってから余計にそう思っているようだ。強面でも野蛮な仕事をしていても、父親含むファミリーの仲間たちはいつだって優しかった。
だからこの跡だけは見せられない。
あの抗争の後から、ミスズは不安になると腕に歯を立てるのが癖になった。
手首を傷つければファミリーの誰かに気付かれるかもしれない。それに道具もいらないしパッと思い立ったときに出来ることもその癖を加速させる要因の一つだった。
シビラと出会ってからピタッと止まったその癖だったが、近頃以前より酷くなったと自覚している。
歯型が残るくらい強く噛み付いた箇所は時間が経っても触れると鈍く痛む。
サッと手を離しても地味に広がる痛みを感じながら、来た時よりも足早に路地を戻っていく。何度目かの曲がり角を通り過ぎたあと、すっかりと夕焼けに染まっている大通りを視界に捉え、ホッとしたように息を漏らした。
(早く帰ろう)
スーツだってバレない内に返さなければ、変に心配させたくない。
歩幅をさらに大きくしたときだった。
正面から二人組の男が路地に入ってくるのが分かる。
どう見ても堅気じゃない。
すれ違うのが困るほどの狭さではないから、普通に通り過ぎればいいだけ。そう思っているのに彼らが近づいてくると、背中に何かが這うような感触を覚える。
仕事終わりのファミリーに会うときと同じ感覚だ。
すぐに目を逸らして自分の足先に視線を落とす。
大丈夫。この暗さだから女だとはバレない。自然と小さくなる歩幅。向こう側からやってくる足音と自分の足音が混ざり合って聞こえる。
ザッ、ザザッ。
近づくにつれて足音になり得ない音が聞こえる。その違和感に思わず顔を上げた。
ほんの数メートル先。男たちの風貌が鮮明になる。
そして路地裏に響く引きずるような音の正体も明らかになった。




