さらば、マイ・サン。
起きてすぐ洗面台へ向かうと、私のズボンがテントを張っていた。
「……は?」
待って待って、女の私が下半身にテント? なんで?
私は思考停止したまま、原因を探るべく恐る恐るズボンに手をかけた。
多少ひっかかりつつもゆっくりと下半身を露出させ……そこからにょきっと顔を出したのは、まごうことなきちんこだった。
上から見下ろしても、鏡越しに見てみても、スマホで下から撮影してみても変わることはない。男の人の股ぐらに生息してるソレ。
しかもご丁寧に勃起済み。
「どっからどう見てもちんこですありがとうございます……」
なんでこんなのが急に生えてくるんだ。おかしいでしょ……。
その信じがたい事実を受け止めきれず、私は頭を抱えて床に崩れ落ちた。……きちんとズボンを履きなおしてから。
いや、考えてみれば確かに違和感はあった。妙に引っかかって歩きにくかったし、心なしかズボンはキツい気がしたし、なんなら下半身は妙にぴくぴくしてたし。
寝起で頭が働かなかったから気にも留めなかったけども。
……でも待てよ。こんな頭のいかれた状態が現実だなんてありえる? いいや、そんなわけがないじゃない!
つまり今下半身に生えている感覚は幻想!
とりあえず顔でも洗ってまずは夢から醒めないとね!
蛇口をひねり、手で作った器で水を貯める。これで夢から醒めてくれという願いを込めて、それをガバッと勢いよく顔に叩きつけた。
顔全体に冷たい感覚。ぽたぽたと水滴が垂れ落ちた。薄目にズボンを確認する……が、ちんこはピンピンしてる。
「いや、現実じゃん」
なんでよ。今のは明らかに夢から覚める流れだったでしょうが。どうしても私をふたなりにしたいっていうの? こんな姿彼氏に見られたらなんて言われるか……。
すると、ピコンとスマホに何やら通知が。見てみれば彼氏の拓実からメッセージが届いていた。
『おはよう綾香。今からそっち向かうね』
そうだ、段ボールを開けるの手伝ってもらうって昨日約束したんだった! どうしてこうもタイミングが悪いの……!
「どうにか他の日にしてもらわなきゃ……!」
いきなりドタキャンするのは申し訳ないけど、ズボンにテント張った姿見せられるわけないじゃん!
普段の拓実は優しくても、今の私はふたなりなんだ。こんなの知られたらどんな反応されるか……。
「考えるだけでも嫌になる……」
こんな気持ちの悪いものさえ生えてこなければ……。
「ちんこなんてクソくらえだ」
私は自分の下半身を見下ろしながら、吐き捨てるように呟く。が、ふと閃いた。
これ、拓実が来る前にどうにかすればいいんじゃない? 切るなり引っこ抜くなり、何かやりようはあるんじゃないの?
そう、今はネット社会なのだ。『ふたなりちんこ 消し方』とでも検索すれば一件くらいヒットするでしょ!
妙案を思いついた私は勢いのままブラウザに文字を打ち込んで……。
「エロ漫画しか出てこない……っ!」
ちんこの消し方なんて一件も出てこないじゃない! 何がネット社会よ、欲しい情報すら見つからないのに!
もうこうなったら。
「自分で消すしかないか……」
大丈夫、切るか引っこ抜くかすればいだけ。そんな大したことじゃないんだから拓実がくる前に隠蔽だってできるはず。
よしまずは切——
「——るのは怖いから引っこ抜けるか試してみよう」
いきなり切って取り返しのつかないことになっても困るからね!
なあに、いきなり生えてきたんだし、ひょこっと取れたりするに決まってる!
なんて、あははと楽観的に笑いながらタオルを用意し、ちんこに巻きつけていく。
自分の(?)ちんことはいえそのまま触るのは嫌だからね。タオルはゴミになるけど背に腹は変えられない。
「意外とタオルが大きい……」
念には念をと思ってバスタオルにしたけど、ちょっとデカすぎたかも……。
四苦八苦しつつもどうにか巻き終え、覚悟を決める。
「……よしっ!」
私は股ぐらに生えたタオル棒をグッと握りしめる。そのまま勢いよく振り上げ——
「いった!?」
予想以上の激痛に、床を転げ回っていた。
どうして、なんかめっちゃ痛い!?
元々そこにあったものを力ずくでむしり取ろうとするような、そんな痛み。
数分ほど悶えた後、私はジンジンと痛むタオル棒を押さえながらゆっくりと立ち上がる。
「はあ……はあ……」
抜こうとするだけでこんなに痛くなるとか聞いてない……。
ちんこに巻いていたバスタオルを取りつつ、チラリとそばに置いてあったハサミに視線を向ける。
……これ、切れる? 引っこ抜こうとするだけで激痛が走るのに、切ろうとするなんて無理じゃない?
一応ハサミを手に取り、震える手を押さえながらちんこに合わせてみる。ふにふにとハサミを軽く押して根本から切断するイメージを頭に浮かべてみるが……
「やっぱり無理だぁ……」
万が一にでも切断したら血が大量に吹き出しそうでめっちゃ怖い。
もうこんなのどうしようもないじゃん、一般人でしかない私にどうしろっていうの……。
と、そのとき玄関からピンポーンとインターホンの音が聞こえた。
「おーい、着いたよ綾香〜」
「拓実〜〜! 助けてええええ」
私は年甲斐もなく泣き叫び、助けを請うた。
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拓実を家にあげた後、私たちは唯一届いていたテーブルを挟んで向かい合っていた。
「えーと、つまり今日起きたらなぜかちんこが生えていた、と?」
「うん……」
拓実の困惑したような声に、私は俯いてズボンのテントを眺めながら答えた。……ほんとおっきいね、これ。
私の言っていることを信じられないのか、彼はうーんと何か悩んだように呻く。
「ごめん……ほんとは拓実がくる前にどうにかしようと思ったんだけど、何やってもダメでどうしようもなくて……」
「あ、いや気にしなくていいよ。そんなことになって一番困ったのは綾香だろうし」
ああ、そんなふうに言ってくれるなんてこの人はなんて優しいんだろう。あとは私のちんこさえどうにかなれば万事解決なのに……。
どうしたら無くなってくれるんだろ、私のちんこ。
「ちなみに何か心当たりは? 昨日何かしたとか」
「何かな、昨日も新居だーってはしゃいでそのまま寝ちゃったし」
「なるほどね」
拓実は再度悩みこむような態度を見せると、今度は意を決したように口を開いた。
「実は今まで恥ずかしくて黙ってたんだけど……僕の実家さ、神社なんだ」
「は、はあ……」
確かにそれは初めて聞いた。けれど、正直今はこの下半身に生えたちんこをどうするかの方がよっぽど大事だ。実家の話なんて今カミングアウトすることでもないじゃん。
その脈絡のなさに、少しムッとしてしまう。
しかし、拓実はそれを気にも留め図に続けた。
「だから、僕も神事とか少しは触ってたんだよね。で、ここからが重要なところなんだけど」
彼は一度言葉を止め、しっかりと私の目を見て言った。
「うちの神社、男性器を祀ってるんだ」
「つまり、その……ちんこを?」
「うん、子宝祈願にね」
驚いた。そこまで神社とかに詳しいわけじゃないけど、ちんこを祀っているなんて日本中探してもあんまり見つからないんじゃない?
というか、それを話してどうするつもりなんだろう。実家がちんこ祀ってるからふたなりでも大丈夫だよって話? 確かにそんなん無理とか言われるよりかマシだけど、でもそれじゃあ結局ちんこをどうするっていう解決にはないってないけど……。
「だからその……あるんだよ」
「えーっと、何が?」
「ちんこを祓う方法が」
「え、うそ!? ほんとに!?」
「うん。ほんとは他言無用なんだけど……今回ばかりは父ちゃんも許してくれるよね」
「じゃあもうちんこから解放されるってこと!?」
「そういうこと」
良かった……これから一生ふたなりなんだなとか思わなくていいってことだよね!?
「まあ、ちょっと儀式みたいなことはしなきゃいけないけどね」
「そのくらい全然良い! やろう、今すぐお祓いしよ!」
「わかった。じゃあちょっと必要なもの買ってくるから、これからいうもの用意して待っててくれる?」
「わかった、今すぐ準備する!」
用意すべきものをメモし、ひとまず拓実の帰りを待つことになった。
「フライパンにアルミ張って網付けたし、テーブルは窓側においた……良し!」
あれから一時間ちょい。
準備しておくものは全て準備し終え、残りは拓実を待つのみになった。
ふう、と落ち着いて床にへたり込んだ。
「ようやくこのちんこともおさらばできる……!」
一日も一緒にいなかったし、名残惜し……くはないけど、ともかくやっと終わるんだ。
なんて落ち着いていると、ガチャリと玄関が開かれた。
「ただいまー。ようやく見つけたよ……」
「おかえり、ぱぱっと儀式始めよ!」
「うん、じゃあ最終準備だけしちゃうから待ってね……」
そう言って拓実は持ち帰ってきた袋をごそごそと漁り始めると、ワンコインほどで買えそうな小さな着火剤と一本の松茸を取り出した。
ちんこ消すのに必要なんだ、松茸。
「えーと、そのその松茸は一体……?」
「これは燃やす用だよ」
燃やす用って一体どういう……?
「安心してね、ちゃんと無事成功した時に食べるようのも買ってきてるから」
いや、食べたいから質問したわけじゃないから。
「というか、松茸なんてそんな高いもの……お金大丈夫だったの?」
「大丈夫、実家に言えば経費扱いにしてくれるよ。……まあ、しこたま怒られるだろうけど」
ははは、なんて笑いながら、拓実は網の下に着火剤を置いて火をつけた。
「って、ちょっと待って!? 部屋で火つけたら火災報知器鳴っちゃう!」
「大丈夫、今から壊すから」
「え?」
壊すって何を……なんて考えていると、拓実は徐に立ち上がり火災報知機を思いっきりぶん殴った。
ちょ、何してんのこの人!?
「弁償はするから気にしなくていいよ」
そういう問題じゃなくない!? まあ、でも途中で儀式を邪魔されるとかよりはマシ……なのかな。
拓実は悩む私を気にすることなく、網の上に松茸を乗せてテーブルの前に正座する。
最悪ちんこさえ消えれば良いや、と私もその隣に続いた。
「じゃあ、今から始めるけど、僕が言ったこと全部真似してね」
「うん、わかった」
ここは素直に頷く。万が一にでも変なことをして失敗なんて考えたくないし。
私の反応を見て満足したのか、拓実は胸の前で手を合わせて言った。
「それではこれよりちん消しの儀を始めます」
「ち、ちん消しの儀を始めます!」
ちん消しの儀って何……?
そんなことを考えつつ、拓海のお辞儀に合わせて一礼する。
「掛けまくも畏き伊邪那岐大神——」
「掛けまくも? 畏き伊邪那岐大神——」
たどたどしく、けれどしっかりと拓実の仰々しい言葉を繰り返す。
「——恐み恐みも白す」
「——恐み恐みも白す!」
言い終わると同時、今まで松茸を炙っていた程度だった火の勢いが強まった。それは何か不思議な力が働いたかのように激しくなり、一瞬で松茸を燃やし尽くした。
「以上を持ってちん消しの儀を終了とします」
「ちん消しの儀を終了とします」
最後に一礼して、拓実はふうと疲れたように息を吐いた。
「よし、これで終了。どう? 調子は」
そういえばズボンが少し緩くなったような……?
言われて下半身を見てみれば、儀式が始まるまでピンと張っていたズボンのテントは、いつの間にか萎んでいた。
「無くなってる! 見て拓実、私のちんこちゃんと消えてる!」
「良かった、ちゃんと儀式は成功したみたいだね……」
はしゃいでいる私とは裏腹に、拓実はすごく疲労したように床に寝転がった。
私はそんな拓実にしゃがんで近づいて、言った。
「拓実、お疲れさま。……ありがとね」
「まあまあ、良いってことよ」
拓実ははあと再度ため息をつくと、ガバッと勢いよく立ち上がった。
「じゃあ儀式も成功したことだし、松茸でも食べよう! 実はね、僕が食べたかったから数個入りのを買ったってのもあるんだ」
「やっぱりそうじゃん! 絶対一個売りもあっただろうし」
とは言いつつも悪い気はしない。まあ、松茸高級食材だし、美味しいしね!
「じゃあ綾香、ちょっと焼いといてもらってもいい? ちょっと疲れたからトイレ行ってくるよ」
「うん任せて! お礼に今までで一番美味しかったと言われるような調理をしてあげましょう!」
「うん、任せた」
そう言って拓実が部屋から出ていくのを見送り、どう調理するか頭を働かせる。
シンプルに松茸ご飯とか……でも結構質良さそうだしホイル焼きとかもいいかも。
と、るんるんで考えていると、うわあああ! と、トイレから絶叫が。
なになに、急に何があった!?
何が起きたのかと恐る恐る様子を伺っていると、慌てたように拓実が走ってきた。そして軽く目に涙を溜め、焦った様子で絞り出すように言った。
「ど、どうしよう……僕のちんこ、無くなっちゃった……」
「……え?」
どうやらちん消しの儀は私のちんこだけでなく、拓実のちんこまで消してしまったらしい。
……私の彼氏、女の子になっちゃった……。