Extra Story 01 「決戦、ツロフ」
番外編です
「光学兵器か?……いや、違う…ゼロの力に指向性を与え、超高出力レーザーとして射出したのか。」
「ちっ、わざわざ口に出して分析するほどの余裕があるとは……なっ!」
再びレーザーを射出するも、今度は複数のレーザーを1本にまとめ威力の向上を図った。
「おっと、これは少しまずいかな?」
天野が対峙している敵……ツロフはエネルギーシールドを展開し、レーザーを受け止める。
「防いだか。つまり、この攻撃は効くという事だな?」
「ちょっと痛い程度だな。私の守りをかいくぐって当てたとしても大したダメージにはならん。」
「さすがは神様……いや、守人と言った方が正しいのか?」
彼……ツロフに聞こえるよう呟いてみると、彼の表情が動いた。
「守人の存在を知っているとは……誰の入れ知恵だ?」
「私自身が発見したに決まっているだろう?あまり舐めないで頂きたいな。」
もう一人の自分に教わったことではあるが、という言葉は飲み込んだ。同じようなものだろう。
「そうかそうか…であれば、これも当然知っているだろう?」
──刹那。
視界からツロフが消えたかと思うと、無数のツロフの幻影が現れた。幻影の一つ一つに天野自身が纏っているものと酷似した蒼色のエネルギーが迸っており、それがただのまやかしでないと言うことを物語っている。
「……ああ、当然知っていた。それに、その幻影……当てつけのつもりか?」
天野は瞳に蒼い炎を宿すと、あるはずの無い地面に深く足を踏み込んだ。
すると、天野の纏う蒼き炎が滾り、こちらもまた無数の幻影が姿を現す。
「ほう?贋作の力にしてはなかなかやるじゃないか。」
「そっちこそ、本来守らないといけない物の力を借りるなんてやっていいのか?」
「どちらにせよここにあるのは力の断片に過ぎない。本来の力の24分の1の力をさらに薄めて借りているだけだからな。」
「そんな小さな力でもこれだけの迫力と存在感を持っているとはな…ふふ、やはり欲しいぞ、ゼロの力!」
「それをさせない為にオレがここにいるということを忘れてもらっては困るな!」
次の瞬間、2人の姿は無数の幻影の中へと消えていった。
幻影たちはその一つ一つに意思が宿っているかのように動き、拳や脚を使った打撃に加え、ゼロの力を解き放つレーザーや多重複雑な魔法陣を展開し、空間そのものへ作用する力で幻影を消滅させていたりと、多岐にわたる方法で幻影同士の争いが勃発していた。
そんな中で、ふたつの現身もまた激しい攻防を繰り返していた。
天野はツロフの眼前へと迫り、ゼロの力で生成した刀を振り下ろす。
が、振り下ろした刀はツロフの実体ではなく、直前に入れ替わった幻影へと直撃、幻影が霧散するのみであった。
「チッ……!」
追撃を危惧し、天野自身も幻影と自分の位置を入れ替える。瞬間移動のようなものだ。
転移した直後、転移前に自分がいた辺りからとてつもない衝撃波が発せられた。おそらくゼロの力を凝縮、結晶化させたものを爆発させたのだろう。
「全く、末恐ろしいやつだ……」
「お前もなかなかのものじゃないか?」
「その通り、だっ!」
やはり、背後を取ってきた。
ツロフなら……彼と同一の魂を有するものならばそう来るだろうと思っていた。
ノーモーションで振り抜いた刀でツロフに攻撃を与える。決定打にはならないだろうが、ダメージを与えることは出来るだろう……
と、思っていたのだが。
「残念だけど、そう簡単にやられる訳にはいかないんだな。」
────読まれていた。
ツロフはゼロの力で構成された刀を、同じくゼロの力を纏った手のひらで受け止めていた。
「そして、ゼロの力の絶対量はオレの方が強い。」
ツロフが天野の刀に力を込めると、膨大な力の流入に耐えきれなかった刀がパキンと折れる。
「莫迦な……紛い物とはいえ同じ力のはずだ……!」
「フェイクとオリジナルだぞ?まさか、力のぶつけ合いで勝てると思ったのか?」
「デタラメが……!」
「デタラメ、か。ならもう一発サービスしてやろう。」
最後の言葉は、上手く聞き取れなかった。
突如腹部に走った鈍い痛みに思わず呻いてしまう。ツロフが突如出現させた刃が、天野の腹部を貫いていたのである。
「………っ」
声にならない嗚咽が漏れ、思わずよろめいてしまう。
「やっと人間らしい反応を見せてくれたか、全く……」
ツロフは天野の鳩尾あたりに突き刺されていた刃を引き抜くと、天野の体に続けざまに拳を叩き込む。
天野が纏うゼロの力は、その上位互換であるツロフの力によって粉々に打ち砕かれていった。
数多くいた天野の幻影も、一人、また一人とその姿を消していった。
対してツロフの幻影は次々に天野の周囲へと集まり、実体のツロフに倣うように天野の体へと拳を打ち込んでいく。
天野の纏っていた力はその輝きを失い、天野を守る鎧としての役割を徐々に失っていっている。
ツロフが、その幻影が打ち込む拳の一発一発が天野の体を抉り、内臓を潰し、骨を砕き、脳を揺さぶる。
あまりの連撃に、天野はその意識を手放す寸前であった。
「ここまでやってもまだ意識は保っているようだな……贋作とはいえ、腐っても同じ力というだけあるな。」
拳の勢いを一切殺さず、そう思案するツロフだったが。
「調子に……乗る……な、よッ!!」
「なっ───!?」
突如として、天野を中心とした大爆発が起こった。
蒼い閃光と激しい衝撃波。
ツロフが咄嗟に展開したシールドをもってしても防ぎ切る事ができず、強すぎる爆発の威力に片腕を奪われてしまう。
が、すぐに二重、三重目のシールドを展開し、なんとかそれ以上のダメージを食い止めることに成功した。
「ちっ、まさかゼロバーストを使うとは……やってくれたな。」
「こちらとしてもまさかこれを使うことになるとは思っていなかったよ。」
ゼロバースト。それは、集合点「ゼロポイント」の力をその身に宿すもののみが使うことの出来る起死回生の一撃である。自身が纏うゼロの力の9割以上を外側に向けて解き放ち、強烈な爆発を巻き起こす。
同時にこれは世界そのものの崩壊をも招きかねない一撃でもあり、ゼロの力を得ると同時に体そのものが無意識に理解する"禁じ手"の一つでもある。
「禁じ手を使ったな……天罰が下るぞ。」
「天罰?さっきまでの連撃で十分味わったさ。それに、お前自身が天罰を下す側だろうに。」
放出した力を滾らせ、再びゼロの鎧を纏った天野が挑発してみせた。
ゼロポイントの力とは、無であり無限である。その力の一端でも残されていれば、いくらでも復活が可能なのだ。
「言ってくれるじゃないか……ならばもう一度同じ目に遭わせてやろう。」
「その腕で出来るとでも?」
天野が嘲る。
「もちろんだ。腕一本失った程度でお前に負けていては、守人の仕事が務まらないからな。」
「私とて下っ端の守人なんぞに負けていられない。ゼロポイントのオリジナル…その全ての力が集中する神格領域への到達こそが私の悲願なのだからな。」
「……神格、領域?一体何の話をしているんだ?」
「おっと、ゼロポイントの守人様にも知られていない情報だったとは。口を滑らせてしまったかな?」
「お前がどこでそんな情報を掴んだのか知らんが……ひとつ忠告しておくぞ。神格領域などという世界は存在しない。あらゆる世界はヒトの目に見える現世、ヒトの目に見えない虚世、そして今我々がいる狭間……この三つしか存在しない。」
「狭間、という空間だったのか、ここは。計器類が全て狂ってしまっていたから分からなかったよ。」
その天野の態度に、思わず驚いてしまうツロフだった。
「狭間の存在すら知らずに、一体どうやってここまで……」
「何をブツブツと喋っている?」
天野の拳がツロフの眼前まで迫っていた。
「……チッ!」
避けるのは無理だ。
そう即断したツロフはバーストで奪われた左腕の回復に使っていたエネルギーをそのままシールドの展開に流用した。
力を練りきれていなかったせいか、展開したシールドからはミシミシと不穏な音が聞こえてくる。
「この程度のシールドなら、これで貫けるよな?」
ツロフがかろうじて受け止めた天野の一撃。それに気を取られすぎたあまり、彼がもう一方の手で密かに充填していた超高出力レーザーの存在を見逃していた。
「……見事だ。これは、私も覚悟を決める必要がありそうだな。」
ツロフはそう呟くと、展開していたシールドを消滅させる。
「─────!?」
天野はツロフが咄嗟にとった行動に驚いてしまう。ツロフは体制を整えなおすために一度転移をするだろうという読みが外れたからだ。
(───いや、これならむしろ好都合だ。)
天野の拳がツロフの顔面を捉える。
ツロフの頬に直撃した拳は、そのまま頬骨を砕いていく。
ツロフが痛みに顔を歪めるのが見て窺えた。
が、その表情はすぐに不気味な笑いに覆い隠された。
「……?」
「オレが覚悟を決めたんだ。お前にも覚悟を決めてもらうぞ?天野。」
「一体何を…………っ!?」
天野が左手で充填していたレーザーが、何故かツロフの手の中にある。
シールドに流用していたエネルギーを再び左腕の修復に回したのか、ちぎれたはずの左腕はゼロポイントエネルギーで構成された腕へと置き換わっていた。
そして、その左拳から溢れんばかりに光り輝く力は。
天野の側頭部に向けられており────
「爆ぜよ」
ツロフの掌から解き放たれたレーザーが、天野の頭を穿った。
刹那、天野の拳がその勢いを失ったのを見計らい、ツロフは転移し天野と距離を取った。
「はあ、はあ……かなりやられたな。一旦回復しなくては……」
そう呟いたツロフに応えるように、ゼロポイントが目の前に現れる。
光り輝くエネルギーの凝縮体。球状の形をしたそれからは、抑えきれないエネルギーが漏れ出ている。
「万能の力よ。無たり無限たる力よ……我に、力を」
ツロフがゼロポイントに左手をかざすと、そのエネルギーが損傷を受けた箇所へと集まっていく。
すると、今までゼロの力で青白く輝いていたツロフの左腕は元通りに修復され、頬骨を砕かれ、口から血を流していた顔も何事も無かったかのように治った。
「偉大なる力、その寛大なるご意志にに感謝申し上げる。」
ツロフが手を引き、天野がいた方向を見つめる。
はるか遠くに見えるのは、頭を吹き飛ばされ、脱力した状態で宙に浮かぶ天野と……その傍らに立つ、"もう一人の天野"。
「な───ッ!?」
有り得ない。有り得ない有り得ない有り得ない!
同じ世界線に同一の魂を有する者が二人以上存在することは不可能だ。そしてそれは、この狭間空間においても例外ではない。
「有り得ない……そう思っているな?」
突如現れたもう一人の天野───ゼロの鎧を纏っていない、白衣の姿であるため判別が容易い───が言う。
「──ああ、その通りだ。一体どんな魔法を使った?」
図星をつかれ一瞬動揺してしまったが、すぐに持ち直し聞き返す。
答えたのは……先程まで戦っていた一人目の天野。
「私と彼は"同一の人間では無い"からだ。」
「───何?」
ツロフは真意を伺うような目を天野に向けた。
「分からないか?その力で視てみればすぐに分かるはずだが……」
天野の手のひらで踊らされていることに舌打ちをしつつ、ツロフはゼロの力を用いて改めて二人の天野を見つめる。
あらゆる世界の集合点たるゼロポイントには、当然全てを見透かす力が備わっている。その力を流用して相手を観察すれば、相手のあらゆる情報が丸裸にできるという事である。
かくして開示された情報を見──ツロフは目を剥いた。
今まで対峙していた天野は、ゼロポイントエネルギーを纏っている影響で完全なデータは表示されない。だが、間違いなくそこに表示されているのは「天野瑞樹」の名前である。
問題は、もう一人の天野である。
見た目は間違いなく天野のそれであり、ゼロポイントが提示する過去のデータとも一致している。
だが、そこに表示された名前は───「吾蔵六腑」。
「莫迦な………そんなはずは無い……!」
「天壌無窮の旅人、吾蔵六腑……彼は既に亡きものとなり、私とひとつになった。」
天野の姿をした白衣の男が、そう告げる。
「で、あれば……この私、吾蔵六腑と同一の魂を有する貴様の存在はおかしいな?適応の影響を受けない上、そもそも守人と同一の魂を有する存在は別世界線に存在できないはずだ。……お前、本当は吾蔵六腑では無いな?何者だ。」
「……その通り。オレは吾蔵六腑ではない。彼と同一の魂を有する存在ではない。
……よく見抜いたな。」
ツロフが俯き、そう呟く。
「だが、オレの正体を探ろうとする者は……生かしておく事は出来ない、なっ!」
次に天野たちが目にしたのは、かつてないほどに光り輝くゼロポイントと、その光を背に受け、力を増大させ続けるツロフの姿だった。
「ちっ、これはまずい事になったな……」
「おい、どうする?いくらなんでもこれは防ぎようがないだろう。」
二人の天野が思考を巡らせる。
そして辿り着いた結論は……
「「逃げるっ!」」
ゼロポイントの力を纏った天野がもう一人の天野の手を掴むと、背後へとポータルを出現させた。
「逃がさんっ!」
力を限界まで高めたツロフが、天野たちへ向けて巨大なエネルギー弾を放った。
エネルギー弾が通った空間は歪み、ひび割れ、悲鳴を上げていた。
天野の周囲にもその力の影響が現れ、天野が展開したポータルがその形状を維持出来なくなりそうになっていた。
「ちっ、デタラメが……早く入るぞ!」
「逃がさんと言っているだろうが。」
天野たちがポータルへ足を踏み入れようとした、その直前。
ツロフが片手を捻ると、周囲の空間が揺らぎ、ポータルが霧散した。
「まずい……!」
「これを使いたくは無かったが……おい、掴まれ!」
ゼロの力を纏っていない天野が突如手を取ってきた。
「何を……うわっ!?」
ツロフのエネルギー弾が直撃する寸前、もう一人の天野がその姿を歪めたと思うと、ポータルのような姿へと変化した。
ポータルに変化する直前に手を引かれていた天野は、倒れ込むようにポータルへと吸い込まれ……姿を消した。
「……ちっ、逃がしたか。」
ゼロの力を滾らせていたツロフは、顕現していたゼロポイントを納め、その場へ座り込んだ。
「まだ正体が割れる訳にはいかないのでね……お前もそうだろう?吾蔵の名を騙るものよ。」
ツロフはそう呟くと、ゼロポイントの後を追うようにその姿を消した。
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「ヒヤヒヤしたぞ、全く……」
天野がポータルを出て辿り着いたのは、最初に転送されたのと同じ、暗闇に包まれた空間。
「おい、いるんだろう?あれは一体なんだったんだ。」
虚空に向けてそう問いかける。するとそれに応えるように暗闇の中に映像が投影される。
投影された映像の中にいたのは、もちろん天野だ。
『無事に帰ってこれたか。』
「全く、焦らせやがって……傀儡を使ったのなら最初からそう言ってもらいたかった。」
『まあまあ、あれも含めてツロフを欺く罠だったのだから、いいだろう?吾蔵の名前を出せるように仕向けたのも良かった。』
「我ながらえげつない計画を思いつくものだ。正体を突き止めつつ、危なくなったら逃げる手立てに流用するとは……仮にも自分と同じ姿をしているというのに、まるで躊躇が無かったな。」
『人生とは覚悟と決断の連続だ。そして、一度決死の覚悟を決めてしまえば、後は無駄な迷いを捨てて行動できるようになる。』
「ちっ、カッコつけやがって……私はそろそろ行くぞ。」
『体は大丈夫なのか?』
「ゼロの力が治癒してくれた。贋作とはいえど、これくらいのことは容易い。」
『……そうか。であれば、結末を見届けてくるといい。またな。』
そう残すと、投影されていた映像が消え、再び暗闇が室内を満たした。
「ふう……では、行くとするか。」
目の前の空間に手をかざし、空間に亀裂を入れる。
拳にゼロの力を集中させ、構える。
「行くぞ───ロップ。」
大きく踏み込み、亀裂の中に飛び込んだ。景色が一気に変わり、ロップの背中が視界に飛び込んできた。
全てを決める戦いは、まだ終わっていない。
あんな紛い物にかまけている時間などなかったのだ。愛すべき好敵手の頭を捉え、叫んだ。
「どこを見ている?」