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幻影虚空の囚人  作者: 吾蔵研究員
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第三幕四話 「天壌無窮の客人」

時は、数時間前に遡る。

「これから戦いに出るにあたり、君たちには今より強くなってもらう必要がある。」

「今より強く……?でも、確かこのゲームはR:EXPとかいうシステムがあるから経験を積んでいかないと強くなれないんじゃ……?」

ショージがそう聞いた。

当然の質問だった。実戦経験を積み、より強くなる……そんなシステムを説明された矢先にこんな事を言われたら、混乱して当然である。

「ごもっともだ。だが、そのシステムを利用した裏技があるのだよ。」

「裏技……?」

「そう。R:EXPの真髄とは経験の中身であり量の多さではない。一見すると過酷に見えるシステムだが、実際はコツさえ掴んでしまえばメキメキとレベルが上がっていくシステムでもあるのだ。」

「つまり…?」

「君たちには今から我々が組んだトレーニングを行ってもらう。戦闘のコツを掴みやすいように最適化したメニューだ。これを完璧にこなす頃には、少なくとも低レベルの敵ならば苦もなく倒せるようになるだろう。」

「…それ、本当に効果あるのか?」

「あぁ、戦闘経験を積むことはできないが戦闘技術を磨くことは可能だ。だが…初っ端から最強、なんて幻想は抱かない方がいいぞ。現実はそう上手くはいかないものだ。」

こうして、吾蔵研究員たちによるトレーニングが始まった。

レイジ、ショージ、カズの三人には吾蔵、四尾連が、本栖、西川の二人には明見とCcが付き、戦闘技術の向上に努めた。5人は吾蔵の言った通りにR:EXPシステムの裏をつき、その実力をメキメキと伸ばしていった。2時間程度のトレーニングの後、彼らは戦いに繰り出すこととなった。

研究所付近を取り囲んでいたモンスターたちの討伐から始まり、街中に降りてくるまでに様々な敵と対峙し、ダメージを負いながらも勝利を積み重ねてきたレイジたちのもとに突如として現れた少年こそが……

「ったく…今度はどこだ?」

天壌無窮の旅人、吾蔵六腑(ごぞうろっぷ)であった。

───────────────────

「なんだ──!?」

俺は咄嗟に刀を抜き、構えた。

何も無いところから突如人が現れたように見えた。いや、それ自体は研究所に行く時に見たのだが、あの時のように空間に亀裂ができるでもなく、本当に何も無いところから突如人が現れたのだ。今スポーンしたばかりのモンスターだろうか?いや、ここまで人に近い見た目のモンスターなど見たことがない。取り敢えず研究所に通信を送らなければ…

そんな思考を巡らせている時、それは唐突に来た。

「っ──!?」

突如走った激しい頭痛に思わず膝をついてしまう。目の前がチカチカとして何も見えない。ひどい耳鳴りで何も聞こえない。手足が痺れて力が入らない。ひどい吐き気がする。内臓をかき回されているようだ。痛い、眩しい、気持ちが悪い。ありとあらゆる苦しみを同時に受け、悶えることすら出来ない。出来なかった…が、突如その苦しみから解き放たれる。朦朧(もうろう)とする意識の中、だが剣にはしっかり手をかけて目の前を見た時、"それ"が目に飛び込んできた。

両手が蟹のハサミのようになっており、耳には貝殻が、アヤメのような髪に真ん丸な顔、そして底知れない闇を覗かせる漆黒の瞳。

一見どこぞのゆるキャラのようにも見えるその姿だが、レイジは確信した。

「ここにも現れたか…!」

直感の告げる声に従い刀を抜く。間違いない、"敵"だ。

刀を構えると同時に間合いを詰める。先手必勝だ。

「蛻・荳也阜縺ョ莠コ髢薙r蛯キ縺、縺代k險ウ縺ォ縺ッ…!」

目の前の敵が何かを呟いたような気がするが、よく聞き取れなかった。だが、そんなことはどうでもいい。今やるべき事は目の前のこの敵の息の根を確実に止めることだけ…

何かの暗示にかけられているかのような気持ちになりながら、それでもレイジの剣先は間違いなく敵の頭部を捉えていた。

が、突如敵の体が金色に輝いたかと思うと、敵は数m(メートル)後方に移動しており、振り下ろした剣は空を切った。

「ちっ、素早いな…」

素早く振り向き、目の前の敵に向けて再び剣を構える……が。

「やめろレイジ!急に人に斬り掛かるなんて、何を考えてる!?」

背後から羽交い締めを受ける。目の前から諭してきたのはショージ、羽交い締めをしているのはカズだ。俺はその急な押さえつけに理解できず必死でもがいた。

「それはこっちのセリフだ…っ!お前ら、あれが見えないのか…あのおぞましい敵の姿が……!!」

「俺には人間にしか見えねえよ!……まぁ、銃を持ってるから怪しいって言いたいのは理解できるけど…斬り掛かるのはねえだろ!」

「人間…?銃…?何を言ってる、あれのどこにそんな要素が───」

───ドクン、と。

心臓が大きく脈打ち、強烈な倦怠感に思わず膝をついてしまう。

「レイジ!おい、どうし………よ!さっきから……んだよ……たい……」

随分遠くの方から、自分のことを呼ぶ声が聞こえるような気がする…いや、自分のすぐ背後なのだろうか?

だが、もうそんな事を気にしている余裕などない。

次の瞬間、俺は意識を手放した。

───────────────────

「ここは…奴はどこだ?」

気がつくと、私は暗闇に包まれた空間に立っていた。"ゼロ"の力を使い極限まで感覚を研ぎ澄ませ、周囲の様子を探る。

しかし、自分以外の生体反応は無かった。

道連れにして来たはずだが……ここに来て奴だけ別の世界に送り込んでしまったのだろうか?それなら好都合だが、果たして?

『残念だが……彼もこちらの世界にいる。ここにいないだけだ。』

「…誰だ?」

──いや、分かっている。聞いてみただけだ。この声、この喋り方、間違いない。

そして…答え合わせをするように、暗闇に包まれていた空間に映像が投影された。

『分かってるくせに…しかし、酷い顔だな。全く、情けないやつだ。』

「悲願を叶えようとしている過去の自分にかける言葉がそれとは、随分と手厳しい事だな。」

『笑わせるな。お前が私と同じ立場なら全く同じセリフを吐くだろう?』

「当たり前だろう?常に自分に厳しくあり、向上心を決して手放さない。天野瑞樹(あまのみずき)とは、そういう人間だ。」

顔を蒼い炎のようなもので覆った天野が、画面の向こうにいる天野に語りかけた。

「しかし……どうなっている?本来なら私は"適応"の影響を受けるはずだが…」

適応──。

天野が口にしたその言葉こそ、レイジを狂わせた所以であった。

無数の並行世界が存在するこの宇宙において、同一の魂を有する存在が各世界に存在している。分かりやすく言うのであれば、自分と同じ姿、無いしは異なる姿の同一人物が他世界に存在しているという事だ。

姿が違えど同一人物である事実は変わりない以上、同じ人間がひとつの世界に二人以上存在することは"法則"に反するものであり、世界自らが均衡を保つため排除行動を行う。例えば、突然人が変わったようになりその人物を殺そうとするとか、その人物の人体に異常が起こり、あまりの苦しみに自ら命を手放してしまうとか…

方法は多岐にわたるが、世界自身の自浄作用として行われるのが"適応"であり、逃れることは出来ない。

その、はずだったのだが……

『問題ない。君…いや、私が纏っているその力がある限りはね。』

そう指摘され、改めて自分の(まと)っている力の凄まじさを再確認した。

「考えてみれば当然か。世界の中枢に位置する力、世界を支配する力。模造品とはいえ、その力の一端は間違いなく持っているのだからな…」

「ところで、わざわざ私と彼を引き離したのにはそれなりの理由があるのだろう?」

『ああ、そちらの私にはこちらの世界の"彼"の始末をお願いしたい。その間に私は胆振(いぶり)に報告を入れる予定だ。』

「胆振、だと?まさか、私は MDRTs (モデレーターズ)に帰ったのか?」

『それはまだ未来の話だ。気になるなら、生き延びて見せろ。』

「フン。彼を殺す前にこちらの世界の彼を始末しておくのも悪くはあるまい。……行くぞ。」

『ああ。では扉を開ける。健闘を祈るぞ。』

画面の中の天野がそう告げると、目の前に投影されていた映像は消え、異質な世界へと転移させられた。

天も地もない、ただ無だけが果てしなく続く空間。どちらが上でどちらが下なのか、自分が立っているのか、浮いているのかも分からない。だが、一つだけはっきりと分かることは……

「いるんだろう?ロップ。」

キッと目を見開き、周囲の生体反応を探る……見つけた。この空間に距離という概念があるから分からないが……およそ10km先に、彼と同じ魂を有する存在がいるのは間違いない。

「で、あれば……先手必勝だな。」

手のひらにゼロの力を集約させ、刀を生成する。ゼロの力によって構成された刀は蒼き炎のような力を纏い、今にも獲物を食い破ろうとする肉食獣のような荒い呼吸をしていた。

まるで、その刀そのものに意思が宿っているかのように。

「この空間での感覚は掴めた。彼の背後に転移して一気にカタをつける。」

誰も聞いていないのは分かっているのに、ついそんな言葉が口に出てしまう。

これは、今から殺す彼へ向けた言葉なのか?それとも、自分自身に暗示をかけているのか?

──勝てないかもしれないと、考えているからか?

加速する思考の中、頭のどこかでぼんやりとそんなことを考えている自分がいた。

だが、もうそんな事はどうでもいい。雑念を振り切り、彼を殺す事に全力を尽くせ。

別世界の存在とはいえ、魂は同一なのだ。

今やらなければ、やられる。

刀を強く握りしめると同時、目の前の空間に亀裂が生じた。

亀裂の中に飛び込むと、そこには"彼"の背中があった。こちらに気づいている様子はない。

───もらった!

振り下ろした刀は彼の体を真っ二つに切り裂……

「かれる事はない。そうだろう?天野。」

「なッ───!?」

完全に背後を取っていたはず。気づかれた様子は全くなかったはず。

それならば、何故……私は"ただ彼の攻撃を防御する事しか出来なかった"?

ゼロの力を纏った刀でさえ完全に衝撃をいなすことができなかったのか、刀を握っていた腕がビリビリと震えている。

「……お前、何者だ?」

"彼"であるはずのモノに、そう問いかける。

「ふん、分かってて襲ったくせに…お前が思っている人物と同一の魂を持つものだよ。」

「莫迦なことを……私の知る彼と…お前とではあまりにも違いすぎる。」

「そりゃあそうだろう。何せ、こっちの俺は……"神"ということになっているからな。」

「神、だと?寝ぼけたことを……」

「神になりたいがために世界をループの渦に呑み込ませた人間のセリフとは思えんな。今だってカミサマになろうと必死こいてそっちの俺を殺そうとしてるところじゃないのか?」

「知ったふうな口を……聞くなッ!」

接近戦では分が悪い。

咄嗟にそう判断し、体に纏ったゼロの力を高出力レーザーとして放出する。

直撃したようだが、油断はできない。追撃の準備を怠らず、確実に奴を仕留める……!

そう思案する天野と、神を自称する"彼"との戦いは、また別の話である。

───────────────────

ピーッ、と。

吾蔵にしか聞こえない周波数帯に設定された着信音が鳴り響いた。

「……少し席を外す。四尾連くん、私がいないしばらくの間、指揮を頼んだぞ。」

「了解しました!」

四尾連が研究員たちに指示を飛ばしているのを尻目に、吾蔵は着信に応じるため防音室へと駆け込んだ。

「俺だ。どうした?」

『あちらの私がツロフとの戦闘に入った。そろそろ彼にコンタクトを取れ。』

「分かった。んで、お前はこれからどうするんだ?」

『あの私なら大丈夫だと思うが……なにせ、こちらでは神ということになっているからな。ツロフの処理に手を貸しに行く予定だ』

「大変だねぇ……俺も手を貸そうか?」

『お前はそちらの仕事があるだろうが……全く、少々調子に乗りすぎているんじゃないのか?』

「俺は普段からこんな感じだろうが。むしろあのキャラ演じられてることを凄いと思って欲しいね。」

『はぁ、お前と言うやつは……分かったよ。とりあえず彼に語りかけてくれればそれでいい。』

「了解了解。んじゃ、頑張れよ〜」

通話を切ると、吾蔵は軽くため息をついた。

「さてと、始めるとしますか……」

端末を起動すると、そこからはレイジと戦っていた"敵"──吾蔵六腑の悶絶する声が響いた。

『なん…なん、だ……これ……!』

「"適応"だよ。」

世界の拒絶反応、世界からの干渉に苦しみ悶える彼に、吾蔵はそう語り掛けた。

───────────────────

後になって思い出してみると、あの時のレイジには変なところが多かった。

レイジが"敵"だと信じて疑わず、見境なく殺そうとしたあの少年。ピストルを手に持ち、レイジの猛攻を無傷で耐えきったあの少年。

レイジが正気を取り戻し、新たに出現したモンスターを倒した後、青い炎のようなものを纏った大人に連れ去られ、俺たちが通ったような空間の裂け目に消えていったあの少年…

「あれ、一体誰だったんだろうな?」

「さあ、俺にも分からねえや……」

「とにかく、レイジが無事だったんだから良いじゃないか。そうだろう?ショージ。」

「そうだけどさぁ…」

カズにそう言われると、不思議とその通りだと思い、絶え間ない思考に蓋をしてしまう。

吾蔵研究員に聞いてみても知らないらしい。天災のようなものだったのだろうか…?

『話は終わったか?』

「うわっ!?」

思わず後ずさってしまったが、吾蔵からの通信だと気づき、ほっと胸をなで下ろした。

『突然で悪いが、君たちには今から富士山周辺の湖へと移動してもらう。』

「湖……?本当に突然だな、何があったってんだ?」

『…ボスモンスターが出現した。』

「「ボスモンスター!?」」

俺とレイジは声を揃えて聞き返した。

『ああ、ゲームクリアの切り札となる重要な戦いになるだろう。敵は富士五湖のひとつ、本栖湖に現れた。可及的速やかに排除願いたい。』

「分かったけど…その辺に住んでる人にはどう説明するんだよ?」

『心配いらない。こちらから手配させた部隊が既に避難誘導を始めている。君たちは思う存分その実力を振るってくれ。健闘を祈る』

「あっ、ちょっと待って──!」

吾蔵の返事はなかった。空中に投影されていたウィンドウも、「SOUND ONLY」から「OFFLINE」の表示に切り替わっている。

「移動とかその辺は例の謎技術でやってくれるんだろうが、困ったな……急にボスモンスターなんて言われても…」

レイジがそう呟いた時、彼女は姿を現した。

「困ってるの?」

「っ──!?」

今度こそ本気で驚いた。

誰もいなかったはずの場所に、見知らぬ少女が立っていたのだ。

「よし、ちゃんと治ってる……」

俺たちに聞こえない声量で何かを呟いた後、その少女はこう聞いてきた。

「あなた達は……私と同じ"囚人"?」


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