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幻影虚空の囚人  作者: 吾蔵研究員
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第三幕「交わる針と歪む時計」

『エントリースタート。神経同期を開始します。』

ふと気づいた時、俺は何も無い空間に立っていた。

──いや、正確には立っている訳では無い。地面と呼べるものが、地面として認識できるものがそこには無かったからだ。

どこに、どのように働いているのかも分からない引力によって体が固定されているだけ。だが、不思議と恐怖は感じなかった。

そんな中、再度無機質な声が鳴り響く。

『神経同期、完了。レンダリングを開始します。』

次の瞬間、とてつもない光で目の前が真っ白になった。

「うっ…!」

咄嗟に目を瞑る。

瞼を閉じていても分かる程の凄まじい光が、目の前で荒れ狂っていた。どうしても見てみたくなってしまい、少しだけ瞼を開けてみる。すると、ほんの少ししか見えない視界の中でも思わず息を飲んでしまう様な光景が広がっていた。

5秒に1回のペースで太陽が現れては消え、消えては現れる。数秒間暗闇に包まれた世界は、再び陽の光に覆い尽くされる。光が現れる度に目の前の世界は色づいていき、豊かな自然に建造物といったオブジェクトが凄まじい勢いで増えていく。さながらその光景は、倍速再生される天地開闢の景色のようだった。

「すっげぇ…」

無に固定されていたはずの自分の体も、いつの間にか生成された地面に、いつの間にか適用されていた引力によって立たされていた。

『レンダリング終了まで残り5…4…』

再び無機質な声がどこからが響く。カウントダウンが始まると、ラストスパートと言わんばかりにオブジェクト構築のペースが早まる。太陽も、もはや点滅しているのかと錯覚するほどのペースで昇り沈みを繰り返す。

『3…2…1…レンダリング終了。"ようこそ、私たちの世界へ"』

それが合言葉だったのだろうか?

ガラスが割れたような音が聞こえると同時、荒れ狂っていた光が鎮まる。

目を大きく見開くと、そこには今まで見た事もないような景色が広がっていた。

見渡す限りの大自然。所々に見える人工物らしきものの残骸は、この世界に人間が住んでいた痕跡を感じられるものだった。

死んだ人工物があれば、生きた人工物もある。木組みの家、レンガ造りの家からは煙が上がり、小さな集落は少数ながらも人々の活気と笑顔で満ち溢れていた。

幾度となく遊んできたRPG…その知識が告げている。ここは「最初の村」だと。

「ようレイジ、何ぼんやりしてんだ?」

不意に背中を叩かれる。振り向いた先にいたのは、予想通り…

「うるせーよショージ、お前だって口が開きっぱなしだぜ?」

「っ、仮想空間の空気はどんなもんが確かめてただけだよ!」

「はん、どうせお前も驚いてたんだ──いや、確かに気になるな……仮想空間って空気あるのか…?」

咄嗟にでてきたショージの言い訳に気を取られてしまっていると、他の参加者も姿を現してきた。

「見渡す限りの大自然…心が洗われるようですね。」

「ここの〜!見てこれ、変なキノコがあるよ〜!」

はしゃぐ女の子二人。確か、本栖三姫と西川心音。あそこは聖域なのでなるべく踏み入らないようにしておこう。

それはともかく、最後に現れたのは吾蔵研究員が自ら連れてきた最後のテスター、河口一だ。

ここまで一言も発していないし、何よりあの吾蔵研究員が直々に送迎に向かったというのが気にかかる。一体何者なのだろうか…?

『無事ログインに成功されたようですね。』

「くっ、直接脳内に……!?」

「ベタなボケはやめろ」

ショージのボケに思わずツッコミを入れてしまったが、問題はそこではない。

突如脳内に直接…ではなく、天から響いた声に注目が集まる。

「明見さん!」

いつの間にか空中に投影されていたホログラム映像に映っていたのは、白衣を着た女性研究員、明見だ。

『お集まり頂きありがとうございます。これよりオープニングムービーが再生されますので、こちらの画面に注視してください。』

オープニングムービーはゲーム内映像での再生になるのか……ここは結構古典的なんだな。まぁ、まだCBT(クローズドベータテスト)段階だからこんなものだろう…

『では、いってらっしゃいませ。』

「え?」

次の瞬間、俺の体は溶け落ちた。

───────────────────────

『むかしむかし───三対の神が、三つの世界を支配していた。』

モノローグが始まった。

まぁ、この辺の世界観の説明は第一幕で話したので簡単に説明させて頂こう。

現世、つまり現在我々が住まう世界に御座す神、マノア。彼はこの世界に存在する三対の神のひとつであった。そんな彼がいつからか、異界「狭間」にあるとされる神具を手に入れるべく現世の管理を捨て、あろうことか現世に住む生命を生贄に狭間への扉を開こうとしていた。だが、そんな彼の計画はある少年たちによって阻止される事となった。

「いや、ぜんぜん簡単じゃなかったけど…」

『ごめん、ちょっと黙っててくれる?』

──コホン。

その物語は神話となり、現世に広く伝わる伝説として周知される事となる。しかし、賢明な者は同時に気づいていた。神を失った世界が均衡を失い、現世の影であるもうひとつの世界、虚世に呑みこまれようとしていることを……

虚世の浸食によって現れた不明生物たちにより、文明は崩壊。人類滅亡の危機に追いやられていた。そんな危機の中、ある者が言った。

「この現状を打破できるものがあるとすれば──それはかつての我らの神、マノアが求めた神具に他ならないだろう」と。

かくして人々は、人類滅亡の危機に立ち向かうため、武器を手に取り立ち上がったのである……───────────────────────

パチパチパチ…

乾いた拍手が耳に飛び込んできた。

気づくと俺たちは元いた場所に戻っていた。

『これが今回のCBTで使うゲーム、"天壌無窮の狩人"のストーリーとなっています。』

明見が再びホログラム映像に現れ説明した。さっき黙れとか言われた気がするが多分気のせいだろう。

「なぁ、なんか不安になってきたんだけど…これほんとに面白いのか?」

「俺が知るかよ!多分やってみりゃ面白いだろ…」

「ん?ここの〜、あの二人、小声で何話してるのかな?」

「さぁ……ここからではよく聞こえないですね。」

「……」

俺、つまりレイジを含める5人の反応はあまり芳しいものではなかった。

当たり前だ。俺たちは初のフルダイブVRゲームをやりたくてCBTに応募したのに、なんで急にこんな未だに厨二病が治らない高校生が考えた様なストーリーを聞かされなければならないのだ。

「……で、このゲームのクリア条件はなんなんだ?」

『先程のオープニングでもあったように、このゲームの目的は堕ちた神のマノアがかつて求めた神具を手に入れる事です。』

「神具……ってどんなのなんだ?」

『実物は目にしていただければわかると思いますが……光り輝く極超高密度エネルギーの集合体です。球体になっており、全ての世界が交わる狭間の中心にあると言われています。そのため、別名"集合点"とも呼ばれています。』

「集合点…ねぇ」

『ちなみに、狭間の世界には神具を守る最強の存在、"守人"がいます。神具を手に入れたければ……守人を殺さなければいけません。』

「殺す…」

「あの…絶対に殺さなきゃダメなんですか?その、説得とか……」

『守人は神具、引いてはこの世界線を守るために神具自ら任命する役割だ。説得された程度で神具を譲ってくれる訳がない。』

本栖がおずおずと問いかけるも、突如現れた吾蔵研究員によってその問いは両断された。

「本栖さん、そんなに心配されなくてもこれはゲームの世界のことですから。ラスボスは倒される宿命なのでしょう?」

「ん〜…その通りなんだけど…うーん……」

西川と本栖が長考に入る。

『そろそろチュートリアルに入らせて頂きたいのですが……』

明見が困った様子で言う。

「おう。んじゃ、始めるか。」

レイジ──つまり俺だが──が立ち上がり、頬を叩く。

『では、チュートリアルを開始します。』

明見──ではなく、地形生成の際に響いていたものと同じ合成音声が響いた。

次の瞬間、再び視界が白く染まる。

目を開けた時には、今までいた村では無くその少し先にあるらしい草原に居た。

周りを見回していると、自分の目の前に空中投影されたホログラムに気がつく。

「んだこりゃ……武器選択?」

『戦闘チュートリアルを開始するにあたり、テスターの皆様には自分適正に合致した武器を選択していただきます。』

「ん…ま、俺と言えばやっぱこれじゃないか?」

レイジが選択したのは、日本刀。

画面に触れると、手の中に日本刀が現れた。

「うおぉ……すっげえ、本物だ…模造刀なら握ったことあるけど、真剣を手に取るのは初めてだ…」

「なんだ、レイジは刀か。なら俺は銃にするか、バランス悪ぃしな。」

なんのバランスを心配しているのかは分からないが、ショージは銃を選択したようだ。

「おっ、銃種まで選べんのか──って、種類少ねぇな。初期武器だからか?」

そう言ってショージが手にしたのは、キアッパ・ライノ…40口径のリボルバーだ。

俺は銃には疎いのでこれくらいの事しか分からない……というか、UIに表示されている情報の中で理解出来るのがこの二つくらいなのだ。

ショージは銃に詳しいらしく、現れたリボルバーを舐めまわすように見ているが、俺にはさっぱりだ。

とか思っていると、ショージの奥の人影に気づく。あれは……河口?

河口の手の中にあるのは……格闘技用のオープンフィンガーグローブだろうか?なるほど、河口はかくとうタイプだったか……

それはいいとして、女性陣の役職はどうなったのだろうか……ここからでは窺い知れない。まぁ、戦闘チュートリアルの時にわかることだろう。

───────────────────────

「あれ、これなんだろ──うわっ!?」

画面上にふと現れたアイコンをつい押してみてしまった……すると、私の体に変化が訪れた。

これは…まさか!

「腕が……機械みたいになってる……」

体が……サイボーグ化してる!?

いやいや、有り得ないって。武器選択画面にまさかサイボーグ化する選択肢がある訳ないでしょ?騙されないよ私は……

半ば現実逃避気味になっていた私だが、現実……いや、仮想現実は私に容赦なくその事実を突きつけてくる。

次の瞬間、普通は見えない感じのホログラム映像が次々と現れた。

兵装残数がどうのとか、ジェットの燃料残量だとか、現在のレベルだとか……概ね普通の人間には見えなさそうな情報が目の前に浮かび上がっている。

いや、しかしここは仮想世界。このくらいの情報が常時身の回りに展開されていてもおかしくないんじゃないか?とりあえずここのを見つけて聞かないと───

「おや、本栖さん。貴女はサイボーグにされたようですね。」

「ここのー!?やっぱ私サイボーグ化してる…ってここの…それって……!」

「ええ、私は魔術師にしました。」

ここのが……ここのが魔法使いになってる!

見るからに魔法使いっぽい風貌をしている。某魔法の世界を題材にした超人気小説のような……何ー某ッターの世界の何ワーツの制服のようなローブを着ている。

もう自分の体がサイボーグ化したことなってどうだっていい、ここのに可愛い衣装……じゃない、魔法を見せてもらいたくて仕方がない。

「ここの、魔法って使え──」

『準備が整ったようですので、戦闘チュートリアルを開始します。』

「邪魔ァ!!」

私はここのとの時間を華麗にぶった切った合成音声に向けて絶叫した。

───────────────────────

「吾蔵研究員……」

「どうした、四尾連。」

「良かったんでしょうか、私なんかのシナリオを採用してしまって……」

「心配するな、あれば良いストーリーだ。それに、あれは既に現実に起こった出来事なんだから胸を張っていいのだ。」

「え?」

「ん……いや、なんでもない。忘れてくれ」

「は、はぁ……」

吾蔵と四尾連がディスプレイに映し出されたゲーム映像を観て話し合っていた。

「しかし、初回のテストとはいえだいぶ粗が目立ちますね……2回目以降はもう少し洗練しておかないと。」

「我々とてゲーム制作に関してはズブの素人だからな、仕方あるまい。」

「ですが、これだけ大々的に宣伝をして世に出す以上は、仕方ないで済まないような部分は極力治して行きたいんです!」

「ふふ、やる気だな四尾連。やはりお前に任せて正解だった。」

「っ──!ありがとうございます!」

あの吾蔵研究員に褒められた。それだけで四尾連の胸がいっぱいになる。

「やる気があるのはいい事だ。君の努力は必ず報われる時が来る。それに……」

「それに?」

吾蔵は続く言葉を飲み込んだ。

(それに……どうせ、そろそろ"ゲーム"は終わってしまうからな。)


                   続く

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