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幻影虚空の囚人  作者: 吾蔵研究員
3/9

零時を告げる鐘が鳴る刻

「吾蔵さん、あんな終わり方で良かったんですか?」

「顧客が求めている情報を手っ取り早く提示して素早く会を終了させただけだ。彼らだって素性も知れない我々のスピーチなど聞きたくないだろう。」

「確かにそうかもしれませんが…」

四尾連が言い淀む。

「それより優先すべきことはクローズドベータに向けての調整だろう。デバッガーから報告されたバグが50件近くある。そちらの修正を急いでくれ。」

「りょ、了解しました!」

四尾連は彼の手元の端末に送信されたデータを確認しながら駆けていった。

そうして四尾連の足音も聴こえ無くなった頃。

「さて…」

吾蔵は手元の端末を操作し、耳に当てる。

2度のコール音の後に彼女は応えた。

『何かな?』

「何って、そんな言い方ないだろう?進捗報告さ。」

吾蔵の喋り方が一転、かなり飄々とした口調に変わる。

「順調そのものと言っていい出来だ。従順で優秀な部下を迎え入れ、発表会では世間の注目を一気に集めることに成功。そして今、我々のゲームのベータテストに名乗りをあげる者は後を絶たない。」

『相当ご機嫌なようだが、これはまだ計画の始まりに過ぎないんだぞ?この程度ではしゃいでもらっては困る。』

「相変わらず氷みたいな人だなぁ、あんたは。分かってるよ、あとは4人選別してからあいつを忍ばせればいいんだろう?」

『その通りだ。"扉"を開くことが出来るかどうかは君の手腕にかかっているからな。』

「可視世界と不可視世界の狭間…そんな凄まじい場所へ到達するのにここまでの犠牲を要するとは、俺の良心が痛むな…」

『何を馬鹿なことを言っている。そんなものは我々4人が同じ目的の為に全てを捧げる事を誓った日に捨てたろう。』

「ったく、冗談も通じねぇのかよ…ま、とりあえずこの本の通りにやってけばいいんだろ?」

吾蔵が懐から一冊の本を取り出す。

文庫本サイズの表紙には「天壌無窮の旅人」と印刷されていた。

『ああ。全く、私もこんな形で彼らに頼ることになるとは思いもしなかった。』

「頼るっつーか、向こうから無理やり強奪してきたんだけどな?」

『そんな事はどうだっていいだろう?目的の為なら手段は選ばない、それが我々のやり方だ。』

「そうだったな。ま、後のことは任せてくれ。また進展があれば逐次報告する。」

『了解。健闘を祈る。』

その言葉を最後に通話は終了した。

はぁ、と吾蔵が小さくため息を漏らす。

「この二重生活にも慣れていかないとな…」

そう小さくこぼすと、吾蔵は白衣を正し部屋を出た。

──────────────────────

「地稽古──始めッ!」

「「ヤァァァーッ!!!」」

竹刀と竹刀がぶつかり合う音と、それに負けないほどの音量で鳴り響く青年たちの気迫に満ち溢れた声。

ここは山中嶺二の通う高校の武道場である。嶺二はこの武道場で剣道部の仲間たちと共に切磋琢磨し、剣道理念のひとつでもある「人間形成の道」に邁進している。

刀に見立てた竹刀をその手に握り、目の前の相手を殺さんとする気迫を持って全力で打ち込み、それに対し相手も同じく全力で応じ、激しい打ち合いの末に有効打突を二本先取した者が勝利する。それが剣道の大まかな流れである。彼らが今行っている「地稽古」は、実践形式で行われる稽古だ。相手からどうにかして有効打突を取ろうと技を磨き合う。言葉で言い表せばなんということはないが、実際にやってみると凄まじく過酷なもので、たち続けに7回、8回と続ければ疲労で腕が上がらなくなり、技のキレも落ちてくる。

そんな中でも油断を見せることは許されない。濁る思考、眩む視界の中でも相手を見据え、命を刈り取る覚悟をもって取り組む。

そんな武道が剣道であり、嶺二は今その剣道に全力を注いでいた。

山中嶺二は高校三年生である。

インターハイを直前に控えている彼の目には炎が宿り、チームと共に全国大会の舞台へ足を踏み入れる夢を叶えるため汗を流していたのだ。

「全員、やめ!」

教員の声が響く。

今日の練習はこれで終わりのようだ。嶺二は息も絶え絶えに礼を済ませ、面を外すと顔と頭、首の汗を手ぬぐいで拭う。

と言ったような感じで、嶺二は連日の稽古に打ち込み、かなり疲労を蓄積させていた。

だが、そんな彼にも楽しみがひとつあった。

それは先日吾蔵脳科学研究所から発表された「DIE:VER」なる新型ゲーム機である。

あの前代未聞の発表会はSNS上で賛否両論の嵐となっており、詳細な説明もなしに一方的に会を切り上げたとする研究所への批判と、無駄を省き必要事項のみを告げ、簡潔に発表を済ませることによりその衝撃、感情の高揚が最高潮のまま切り上げた事への賞賛とが入り乱れる状態となっていた。

「おうおう、こりゃまた凄いことになってるなあ」

突如、背後から声が響く。

「何も言わずに人のスマホを覗き込むもんじゃねーよ、ショーロク。」

「あっ、おい!そのあだ名で呼ぶのやめろって言ったろ!?」

「プライバシーの侵害したからそのお返しだ」

「確かに急に覗いた俺も悪かったけどよぉ、さすがにそれは無いぜ〜。レイジだって別にやましいもん見てたわけじゃ無いんだからいいだろ?」

「そういう問題じゃなくてだな…」

レイジこと嶺二が額に手を当てながら呟く。

レイジがショーロクと呼んだ相手は精進(しょうじ) (ろく)。普段はショージと呼ばれており、親しい間柄であるレイジ以外の人間にショーロクと呼ばれることを嫌っている。

「ま、それはさておき…例のベータテスト、レイジも応募したんだろ?」

「当たり前だろ?あんなにワクワクしたのは生まれて初めてかもな。」

「だが、当たるかどうかはまた別の話…」

ショージがおどけてそう言ってみせる。

「縁起の悪いこと言ってんじゃねーよ!」

「よっ!爆死男!」

「なんだとこの野郎!」

最近ソシャゲのガチャで爆死したレイジが怒りをあらわにする。

その一方でショージはしてやったりといった顔で走り出す。

「ショーロクって呼んだ仕返しじゃこのやろー!」

「それとこれは別だろ!逃がさねぇぞー!」

部活終わり、重い防具が入った鞄を背負って二人は追いかけっこに興じつつ帰路に着く。

共に汗を流した後の掛け合い。

大切な友人と冗談を言い合い、軽口を叩きあって喧嘩のような遊びに興じる。

面映ゆい青春のひと幕だった。


だが、楽しい時間ほど過ぎ去るのは早いものである。

そう、彼らの元に訪れる運命は、この青春の眩さをも黒く塗りつぶしていくものだったのだ。

─────────────────────

「ここの〜、帰りどこか寄ってかない?」

「いいですよ、本栖さん。どちらに行かれる予定で?」

「ここのが行きたいところならどこでも!てか、そろそろ本栖じゃなくて下の名前の"三姫"って呼んでよ〜」

快活な性格を前面に押し出している少女と、お淑やかな雰囲気を纏う少女。

ショートヘアの元気な少女の名前は本栖(もとす) 三姫(みつき)。そんな彼女と会話しているロングヘアの少女の名前は西川(さいかわ) 心音(ここの)

一見対照的に見える二人だが、そんな印象とは裏腹にとても仲が良く、西川と本栖が離れて行動している所を見た事がない、という生徒もいる程である。

そんな二人が例によって肩を並べて帰路についていた時。

「あれは…」

「例の新作ゲーム!もう広告貼り出されてたんだね〜!」

二人の視線の先にあったのは、「DIE:VER」の広告。

これだけ注目されているのにまだ競争相手を増やすつもりなのか、と内心思った本栖だったが…

「ご存知なので?」

「あ、知らない?ちょっと前になんとか研究所ってとこから発表された新作ゲームでね、なんでもゲームの世界の中に入れちゃうらしいんだよ!」

本栖が目を輝かせながら話す。

「それは興味深いですね…では、あのベータテストというのは?」

「簡単に言うなら発売前のゲームを遊ばせて貰える、って感じかな?」

「そうなんですね…ところで、本栖さんは応募されたのですか?」

「もちろん!ま、もう何十万人も応募してるって聞いたから当選するとは思えないけどね〜…」

あはは〜、と乾いた笑いを浮かべる本栖。その表情を数秒間まじまじと眺めた後、西川が手を合わせて

「それでは私も応募してみましょう。」

と言うので、本栖は驚きで目を白黒させてしまった。

「え?」

「参加定員は5名との事で非常に狭い門だとは思いますが、それでも本栖さんと一緒に発売前のゲームの世界を歩ける、というのはなかなかに魅力的です。本栖さんの普段見れないような顔も見れそうですし?」

そう言うと、西川は笑みをこぼしてみせる。

含みのある言い方に一瞬頬を赤らめた本栖だったが、すぐにいつもの笑みを取り戻す。

「えへへ、じゃあ私もここのが普段見せない顔を見てやる〜!」

脇腹あたりをくすぐりながら西川の表情を伺う本栖だったが、西川は顔色ひとつ変えない。

「なぜだ…ほかの子はこれでイチコロなのに…!」

「私はこの程度では表情を崩しませんよ。」

「むむむ…こうなったら意地でも笑い転げさせてやる〜!」

仲睦まじい少女たちのやり取り。

これもまた眩い日々の1ページである。

そんな彼女たちの元にも、「DIE:VER」は舞い降りてしまった。

ここから、全てが狂い始める。

──────────────────────

二週間後、時刻は零時を回ろうとしていた。

第一次ベータテスト募集が終了し、現在吾蔵脳科学研究所では抽選が行われていた。

「準備できたか?」

吾蔵が問いかける。

「ええ、問題ありません。」

四尾連が返す。

「よし、では早速抽選を始めよう。四尾連くん、頼むよ。」

「はい。では、乱数生成を開始します。」

吾蔵に促され、四尾連がキーボードのエンターキーを叩く。

最終的にこのベータテストの応募者は600万人に上った。

そんな中で最初に表示された数字は…「1158810」。数字が表示されるのに合わせて、応募者の情報も表示された。数字の横に写し出された名前は…「本栖 三姫」。

当選者の情報が同期されると、四尾連は間髪入れずにエンターキーを叩く。

「45301」、名前は「山中 嶺二」。

「70318」、名前は「精進 禄」。

「2301572」、名前は「西川 心音」。

それぞれの情報が同期され、四尾連が再び乱数生成を行おうとしたその時。

「待て。」

と、吾蔵が突如告げた。

「どうされました?」

「最後の当選者の抽選は私が行う。」

「き、急ですね…分かりました。では代わりましょう。」

突然の要求に戸惑いつつ、四尾連がパソコンの前から立ち上がる。

入れ替わるように吾蔵がパソコンの前に座る。

「では…行くぞ。」

吾蔵が重々しく告げると、エンターキーを叩く。表示された数字は…「1」。

「い、1…?」

研究員たちの間にどよめきが生まれた。当然である。

応募者たちに振られた数字は応募した順番に応じて振られている。レイジなら45301番目の応募、西川なら2301572番目の応募である。また、吾蔵研究員の行った発表会の同時視聴人数は7万人ほどだった。

その条件下で最も早く応募した人間。

一体何者なのか…数字の横に表示される名前に研究者たちの視線が注がれた。

河口(かわぐち) (かず)」───。

ベータテストに最速で応募し、吾蔵によって選ばれた最後の当選者。

この5人が、世界変革の最初の目撃者となる。吾蔵研究員は口元を歪ませ呟いた。

「私の世界へ、ようこそ。」

日付変更を告げる鐘が鳴り響いたその瞬間。

5人の運命は、一人の男の手の中に握られる事となった。


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