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幻影虚空の囚人  作者: 吾蔵研究員
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第一幕 「神話に曰く」

突然だが、貴方は神を信じるだろうか?

宗教勧誘では無いので安心して頂きたい。私か今から話すのは…この世界に伝わる、「天壌無窮の物語」。

遥か彼方の異界で起こり、全ての現実を巻き込んだ壮絶なる戦いの記録。

定型文を用いて書き出すと──「むかしむかし」。

三対の神が、三つの世界を統治していた。世界、というのは国や惑星、銀河系などの単位では無い。我々の住む、我々の視認出来る世界である「現世」の他に、我々には見えない世界である「虚世」、そしてその二つを繋ぐ異界…「狭間」。この三つの世界をそれぞれ統治していたのは、別々の神。この物語は、三対の神の一人、現世を統治する神、「マノア」が起こした事件にまつわる物語である。

マノアは現世を統治する神であり、我々の住む現世を長らく見守ってきた。文明の興廃、善と悪も、美麗なものも醜悪なるものも全てを見守ったその男は、ある日を境に豹変した。

人々の間でまことしやかに囁かれ始めたひとつの伝説、「神具」の存在である。

現世人々が囁く噂は、当然現世の神たるマノアの耳にも入る。

伝説に曰く、

「まだ誰も立ち入ったことの無い異界、この世とあの世の狭間。そこに眠る神具を手にしたものは、あらゆる世界を掌握する力を得る。」

現世に生きる人々は、現世と虚世を「この世」と「あの世」と呼称するらしい。

だが、このような戯言は人類史の中で幾度となく囁かれてきた。根拠も何も無いのに、災害を神罰と解釈したり、そのために生贄を捧げたり、神の声を聞くことができると謀って高位に就いたり。

たかが数十万年生き抜いていたからと言って、自らをこの惑星の支配者だと思い込む傲慢さ。

そんな傲慢さを持ちながら、自分たちより高位の存在を渇望し、自ら「神」を生み出し、虚構の神を信仰する愚かさ。

真の神たるマノアは、そんな歴史を全て目の当たりにしてきた。今更そんな戯言に耳を貸すこともない。

そのはずだった。

だが、今回は違った。あろうことか、その伝説を真に受けたマノアは…狭間の世界に眠ると言われる神具に惹かれ、現世に住む人々の命を代償に狭間の世界への扉を開こうと画策した。

だが、彼の計画は二人の少年と、一丁のピストルによって打ち砕かれる事となり、彼は一人狭間の世界へ封印され、終わりなき無の世界を放浪する事となったという。

かくて現世は神を喪い、三対の神による均衡は崩壊した。

───────────────────

「ややこしい上に長いあらすじだな…こんなのが売れると思ってるのか?」

「しかし、世界観を説明せず本編に入るとプレイヤーの没入感が損なわれてしまうのでは…?」

「没入感を追い求めるのは構わんが、だからと言って初っ端からこんな長たらしい説明をされては、没入感以前にプレイヤーの興味が削がれてしまうだろうが。消費者の多くが求めているのは難解で複雑なストーリーではなく、単純明快で感情移入のしやすいストーリーだ。」

「し、しかし…」

「我々の命運がかかった一作だ、下手な手を打って駄作の烙印を捺される訳にはいかない。作り直せ。」

容赦のない叱責が飛び交う。

鬼気迫る表情で働く彼らが勤めるここは、「吾蔵脳科学研究所」。

所長である吾蔵研究員を筆頭に、およそ50人の研究員が勤めている。

そんな彼らは今、業界に革命を起こすべくあるゲームの制作に励んでいた。

「進捗はどうなっている?」

「し、所長!」

シナリオの構成について話し合っていた二人の研究員にそう問いかけたのは、所長であり、自らゲームプロデューサーを務める吾蔵研究員。

「所長、このシナリオを見てください。長文の上に難解で分かりづらいことこの上ない。所長からもこいつに厳しく言ってやってください!」

「っ…」

吾蔵が現れ、ここぞとばかりに批判を始める研究員に対し、ただ俯くことしか出来ないシナリオ担当の研究員。

「ほう…ふむ…」

吾蔵が自らの端末に転送されたシナリオデータを読む。

批判された手前、とても吾蔵の顔を見ることは出来なかった。

「なるほど。」

吾蔵はトン、と軽く画面を叩きシナリオを閉じる。

「あ、あの …」

「おい。」

恐る恐る吾蔵に話しかけようと試みたものの、吾蔵の威圧感のある一言に萎縮し、咄嗟に口を閉じてしまう。

「な、なんでしょう?」

「このシナリオを書いたのは誰だ?」

「彼ですが…」

吾蔵がこちらを一瞥する。

「そうか…君は確か、四尾連(しびれ)くんだったかな?」

「は、はい!四尾連(しびれ) (こずえ)と申します!」

咄嗟に返事をしてしまったせいか、声が裏返ってしまう。

「そうかそうか…君のシナリオ、とても気に入ったよ。この世界観でシナリオ制作を続けていきたい。頼めるかね?」

「なっ…!?」

「は、はいっ!ありがとうございます!」

今まで勝ち誇ったような顔をしていた上司研究員が唖然とし、ただ俯くしか出来なかった四尾連研究員が目を輝かせる。

「あと、お前はシナリオ制作から降りてもらう。これほどの才能を無下にしようとは、愚かにも程があるぞ。」

「あ…が……な…」

今まで散々四尾連のシナリオをこき下ろしてきた上司研究員が今度は吾蔵にこき下ろされている光景は、やはり清々しい気分にさせられるものであることに間違いは無かった。いくら性格が悪いと罵られようと、この感情は誤魔化しようがない。

「何を突っ立っている?とっとと去れ。」

「…」

今まで上司だった研究員がこちらを睨めつける。しかし、四尾連はそれが負け惜しみ以外の何物でもない事を知っている。

口角を上げ、ちらりと歯を見せてみせる。

「貴様…!」

「では、早速取り掛かろうか。四尾連くん、こちらへ。」

かつての上司から目を背け、吾蔵の後に続く。新たな人生が始まる瞬間であった。

───────────────────────

そんなやり取りから3年後。

西暦2040年、夏。

ゲーム業界は今、最大のターニングポイントに到達しつつあった。

漫画、小説、映画…あらゆる娯楽作品で描かれ、人々の心を鷲掴みにして離さなかった、「完全没入型ゲーム」。誰もがその壮大な世界に憧れ、数多の想像をしてきた事だろう。

「いつか、自分もこの世界に立てたら…」と。

その理想に近づくべく、多くの企業がメタバースの開発に心血を注いできた。2021年以降、その動きは爆発的に広がる事となり、巨大な資本を持つ大企業から一獲千金を夢見るベンチャー企業まで、夢の仮想世界への切符を手に入れるべく活動してきた。

そんな企業同士の戦いに終止符を打ち、今新たに業界のトップの座を勝ち取ろうとする者達がいた。

「吾蔵脳科学研究所」───。

彼らが開発した新技術は、文字通り革命を起こすにふさわしいものだった。

物理的接触を用いない脳への直接干渉を成し遂げる超技術によって可能となった、五感の全てをメタバースへと投じることができる…完全没入体験。視覚、聴覚の二つを用いて限界まで没入感の向上を測っていた従来のVRゲームとは一線を画すものとなる。

今日は吾蔵脳科学研究所の発表会の日。

最新ハードの情報を心待ちにする全世界のゲーマー達が、インターネットを通じて式典の開始を待っていた。

そして、そんな数多のゲーマー達の一人。

高校生として文武両道に励む青年──「山中(やまなか) 嶺士(れいじ)」。

彼もまた、この全世界同時配信を心待ちにしている人物である。今、彼の目の中に映っているのは、壇上へ上がり今まさにその口を開こうとしている、吾蔵脳科学研究所の所長であり、自らゲームプロデューサーを務めている吾蔵研究員であった。

吾蔵の口が開き、スピーカーから彼の声が再生される。

『会場にお集まりの皆様、及びインターネット配信を利用して本公演をご覧頂いている皆様。本日はご来場頂き誠にありがとうございます。』

吾蔵が深々とお辞儀をしてみせる。

会場に足を運んだファンたちの歓声がスピーカー越しに聞こえてきた。

『皆様にお集まりいただいたのは他でもない。我が社が自信を持って提供させて頂く新製品…皆様にはコードネーム「Evolution」の名で知られているとは思いますが…その発表をさせて頂くためであります。』

会場内のざわつきが聞こえてくる。開発側が、公開前に様々なメディアが情報をリークしていた事実を知っており、その上でコードネーム「Evolution」の名を自ら口にしたのだ。

『そんなEvolutionは、文字通りゲーム機及びゲーム業界の進化を目的として制作した製品となっております。』

吾蔵がゆっくりと歩き始める。

『メタバース──インターネットを用いて仮想空間に人々が集まり形成される、"もう一つの現実"とも呼ぶべき世界。その世界を発展させていく上で、如何にその世界への没入感を高めることが出来るかという点が重要視されてきました。』

吾蔵が手をひと振りすると、空中に20年代型のVRヘッドセットが現れた。

『メタバース開発当初の主流であったのはこのヘッドセット。視覚、聴覚という人間の生活の中での体験の大部分を占める二つの感覚を借りることで、高い没入感を実現することが可能になりました。しかし、当時の技術力ではヘッドセット内部にディスプレイを搭載する必要があったため、ヘッドセットが巨大にならざるを得なかった。そのため、頭部へかかる負担が大きく没入感を阻害する原因となっていました。』

吾蔵が再び手を振る。すると、次は30年代型のVRヘッドセットが現れた。眼鏡とイヤホンが一体化したような形状をしているそれは、現在の主流ヘッドセットでもある。

『そういった問題を解決するべく誕生したのがこのヘッドセットでした。20年代にはスマートグラスとしてAR機能を搭載し活躍していたものが、ブラインド機能を搭載しレンズ上にゲーム映像を展開する事によって軽量のVRヘッドセットが完成し、より没入感を高めることに成功した…現代でも主流の製品ですね。』

そう言うと、吾蔵研究員は指を鳴らし30年代型のヘッドセットを消した。

『そして、時は現代。40年代を代表するゲームとして我々が新たに提供させて頂く製品が…』

吾蔵が指を鳴らすと、会場が一気に暗転した。会場内のザワザワというどよめきが聞こえてくる。

『こちらです。』

再び指を鳴らした音が聞こえると同時、会場に再び明かりが灯ると割れるような歓声が巻き起こった。

画面には、新製品と思わしきものを装着している吾蔵研究員が映し出され…画面が切り替わると、未だ興奮冷めやらぬ様子の客席が映し出された。

配信を見ていた青年───山中嶺士は目を剥いた。映し出された観客たち全員が、吾蔵が装着しているものと同じ新製品を装着していたのである。

『さて、皆様。着け心地はいかがでしょうか?我社が自信をもって提供させて頂く新製品…「DIE:VER(ダイバー)」は、皆様のお手元にありますように、ワイヤレスイヤホン型の形状になっています。装置内部に搭載された高感度モーションセンサーが全身のあらゆる動きを感じ取り、ゲーム内へ反映させます。本製品には耳を通じて脳波へ干渉する技術によって五感を掌握し、究極のゲーム体験を実現させることに成功しました。』

会場から再び歓声が巻き起こる。

『残念ながら、本日皆様にご体験いただくことは出来ませんが…この新技術をより優れた物にするべく、クローズドベータテストを行う予定です。』

再び歓声。

『応募は本公演の終了後より開始です。サーバーを強化しておりますので、サーバーダウンの心配はございません。奮ってご参加下さい。』

再び会場が闇に包まれ、照明が戻ると客席の人々に装着されていたDIE:VERは残らず回収されていた。

『本製品の発売は来年の夏を予定しております。ベータテストの開催は1ヶ月後、第2回ベータテストは3ヶ月後。本日公開できる情報はここまでです。それでは。』

一気にまくし立てると、吾蔵研究員は指を鳴らし壇上から消えてしまった。

唐突な終わりに客席は困惑した様子を見せていたが、各々のスマホにベータテストの申し込みページへのリンクが表示されると、客席人々の様子は一転し、一斉にベータテストへの申し込みを始めた。

そして、配信で一部始終を見ていた嶺士も例に漏れず、画面上に表示されたリンクからベータテストへ申し込みをしていた。

申し込みを完了すると、今までの情報を整理するために嶺士は一息つく。

「凄かった…」

それ以外に言葉が見つからなかった。

前代未聞の発表会であった。今日を境にゲーム業界は間違いなく変わっていく。嶺士の目の中に浮かぶのは、これから始まるゲーム業界の進化に対する期待であった。


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