Prologue 「Project:DIVE」
「記録開始、No.066」
機会の如く冷淡なその声が室内に響くと同時、その実験は始まった。
「心拍数、脳波共に異常なし」
「では、始めよう。準備はいいかね?So。」
「…」
So、と呼ばれた少女は押し黙っている。
「問題なさそうだな、始めろ。」
男が指示すると、少女の傍らに立っていた別の男が端末を操作する。
「っ…」
「加圧開始しました。適正値まで残り4…3…」
研究者の告げる数字が増す度、少女の顔は苦痛に歪んでいく。
「適正値到達。」
「了解。同期を開始する。」
そう言うと、今まで指示をしていた研究者が手元のPCを操作し始めた。
『読込──データ「天壌無窮」、実行しますか?』
研究者がエンターキーを押す。
「深層意識への同期開始しました。レンダリング完了まであと3…2…1…」
周囲に設置されたコンピューターが轟音をあげる。
「っ…うぅ…!」
仰向けにされ、身動きを封じられたSoと呼ばれた少女。
彼女は今、脳にかけられたとてつもない負担に悶え、苦しんでいた。
「ふむ…随分時間がかかっているようだな。加圧レベルをもう一段階上げてみるか。」
「加圧レベル上昇、レベル5からレベル6へ」
コンピュータの吐き出すファンの音がさらに大きくなる。それに共鳴するかのように、少女の苦しむ声もさらに大きくなった。
「主任、さすがにやりすぎなのでは…」
「黙っていろ。」
研究員の心配する声を一蹴し、主任と呼ばれた男は再び読み込みを開始した。
「っ…!!」
Soが苦痛にあえぎ、両手足に取り付けられた拘束具を外そうともがく。
「ちっ、面倒な…もう一度麻酔を入れろ。」
「しかし、これ以上の投与は身体に影響が…」
「構わん!もう少しで…もう少しで計画が成就するんだ、どんな手を使っても成功させなければならない!黙って従え!」
主任と呼ばれた研究者が彼自身の感情をあらわにする。
その声には怒り、焦り、そしてこれから始まることへの隠しきれない期待が込められていた。
「用意出来ました。投薬開始します。」
注射器を携えて現れた研究者が、呻くSoに麻酔を投与する。
「今こそ、成就の時だ。」
主任と呼ばれたその男が高らかに告げたその時。
負荷をかけすぎたコンピューターと少女が同時に悲痛な叫びを上げると、周囲に電撃が走る。
「まさか…!」
主任の男の表情が一転、絶望に満ちた表情へと変わる。
バチン、と。
どこかで響いたブレーカーの落ちる音。それがこの惨状を代弁していた。
『非常用電源に切り替わります。』
機械音声が響くと同時、今まで闇に包まれていた室内に再び光が灯った。
立ちすくむ研究者たちの目に入ったのは、オーバーヒートして煙を吐くコンピューターと、不可に耐えきれずその命を散らした少女だった。
「主任…」
だから言ったのに。
そんな表情を浮かべる研究員たちとは対照的に、主任の男の表情は喜びに満ちていた。
「主任、やはりこれは失ぱ──」
「大成功だ…!」
「…えっ?」
主任の男の予想外の反応に戸惑う研究者たち。だが、戸惑う彼らなど眼中に無いかのように、主任の男の笑い声は増すばかり。
「人のいない世界などただの箱庭だ…だが、今この世界には…観察対象、そして実験対象たる…Soがいる。」
「しゅ、主任…?」
「神話は今…現実となる。」
「記録終了。現時点をもって、Project:DIVEは終了と致します。」
記録書はここで途切れていた。