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羽撃く者達の世界  作者: かなみち のに
第二幕 第一章 帝国の子供たち
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帝国の子供たち 02

集められた子供たちが最初に聞かされるのは「敵」について。

「敵」とは高く長く連なるカルパシあ山脈を超え現れる西の各国。

「敵の目的は侵略である。我々は帝国を守るためにここにいる。」

しばらくして最初の見習い兵達が戦場に行った。

誰も戻らなかったが兵士は言った。

「全員、国のために戦い、そして見事勝利した。」

「皆は元の名を返され、それぞれの故郷へと帰った。」

苦しくて辛い訓練から解放されるには

「見習い兵」として戦場で戦果を上げることだと知らされる。

次の見習い兵達も全員が故郷へと帰ったと聞かされた。



長く連なるカルパシア山脈を挟んだ2つの国。

西のノイエルグ連邦国と東のヤーシン帝国が戦争を始めた正確に日付は記録されていないが

大陸の北から南へと縦断する山脈は「なだらか」になることなく、突然深い谷へと続く。

山と谷の間に僅かに平地はあるものの、そこは南のベルスス王国領地内であり、

さらにノイエルグの南は広大な森に支配されているので軍を送り込めはしない。

ノイエルグ王国軍は多くの犠牲者と長い年月を費やし山を削りとうとう2つの「通路」を発見開拓した。

一方、山脈の東のヤーシンには、既にいくつかの登山道が整備されていた。

かつて山脈や谷近辺の地域には小さな集落が国に属する事なく存在し、

ヤーシン帝国はその殆どを軍事的に占領支配し「領地」とした。

山の一部「シム領」はその一つである。

領主イヴァン・シムはノイエルグ軍による山越えの計画を早くから予期し

通路となりそうないくつかの稜線を塞ぎ、その進行を阻んだ。

南方の森に近い場所だった事もありノイエルグ軍はすぐにこの進路を諦めた。

イヴァン・シムは帝国を守ろうとしたのではない。領地を守ろうとしたのでもない。

彼は山を守ったのだった。



少年は弓隊の4人目なので「チィト・ルク」と名付けられた。

今までの名前を返されるのは戦場から帰ってから。

戦果をあげれば故郷へ帰れると言われたがそもそも彼に故郷は無い。

口減らしに捨てられ拾われ売られ、自分がどこの村の出身なのかも判らない。

無事に生き残ったとして、帰る場所などない。

「お前故郷は?」

隣を歩く3人目の弓「トゥリ・ルク」の口数が多いのは

これから戦地に赴く緊張と、戦いが終わった後に帰れるであろう故郷を想うからだろう。

チィトが何か答える前にトゥリは続ける。

「俺の故郷はずっと南にあってここよりずっと暖かい。」

「山を下って谷に出て、そこから東に3日も歩けば着ける。」

「小さくて何も無い村だけど生き残ったら帰るつもりだ。」

トゥリの両親は既にいないし生まれ育った家ももう無いだろうと彼は言った。

それでも彼が帰るのは「戦いを学んだから」だと言った。

「村の入り口近くに家を建てて門番になってもいい。」

「普段は畑を耕して、収穫した野菜を帝都に運ぶ馬車の引手にもなれる。」

「帰る場所が無いなら俺と一緒に来ないか?」



チィトは最初の試験では訓練兵扱いだった。

運動能力的には何の問題も無かったが

剣も弓も扱えず、文字も数字も読めず「見習い兵」にはなれなかった。

本来ならその下の「育成兵」とされるはずなのだが

訓練教官を務める少佐デニ・スリチェフはすぐにでも実戦で使えるように鍛えろと下の者に指示していた。

ある程度の教育を受けていた者でさえ「メラ」に配属される事なく

訓練兵として剣や弓を持たされていたのはスリチェフ少佐の独断だった。

訓練施設館長のヴァル・オルギエ大将の意向としては、

この施設の子供達の成果を帝都に見せつけるのは5年、10年後のつもりでいた。

勿論部下であるスリチェフ少佐はそれを心得ているが

「その頃には戦争が終わっている。」

スリチェフ少佐は帝国の現状を正確に把握していた。

5年どころか3年ももたない。2年で帝都以外の地域はノイエルグに侵攻を許すだろう。

ヤーシン帝国は国土こそノイエルグの数倍を有しているが、

生活圏が限定され帝都近郊には防御線となるような町もなく

各地からの寄せ集めの、傭兵集団のような国軍しか存在していない。

だからこそ帝国皇帝アレクサンドル・モース・ヴォイはオルギエ大将の提案を聞き入れこの施設を建設し運営を開始した。

デニ・スリチェフアは「悠長な事は言っていられない。」と動いた。

時間をかけ子供達を育て鍛え上げたとして、彼らが戦に向かう前に帝都が落とされてしまったなら

労力の無駄ではないか。施設も子供達もノイエルグに徴収されたなら、奴らのために子供を育てた事になってしまう。

当初の予定では幼い者は「育成兵」として剣「ミチ」弓「ルク」策「メラ」他「ラズ」を学ばせ

それぞれの特徴を掴んだ後「訓練兵」として個性を伸ばす方針だった。

「策は我々が講じれば済む。」とその存在を否定し、

救護や手当て、食事や補給を受け持つはずの「(ラズ)」についても

「必要に応じ各自が責任を果たす。」とその必要性を無視した。

スリチェフは「育成兵」にも剣と弓しか与えなかった。

貴族や商人の子供達はそれなりに教育を受けていたがそれらは無視された。

チィトには最初から選択肢は無かった。

今までもただ「やれ」と言われた事をやるだけだった。

同年代の仲間がいたわけでもなく、あまり会話をしてこなかったので

読み書き以前に言葉をあまり知らないので、見様見真似だけで訓練を受けていた。

反抗すれば殴られ痛い目に合うのは幼い頃から知っているので黙って従った。


ある日誰かが脱走を計画した。

チィトには帰る故郷が無いので関係無い話ではあるのだが

別の誰かが「あいつは足手まといになる」と言ったらしくその計画には無関係だった。

7名の子供達が脱出を試みた。

戻った4名は大怪我を負って、1名はすぐに亡くなって3名もいつのまにか負傷者部屋から消えていた。

スリチェフ少佐は「逃亡途中事故にあった」と言い、戻らなかった3名もその事故で亡くなったのだと言った。

ボロボロになった4人の子供達の姿を見た後は、誰も脱走しようとは考えなくなっていた。

しばらくして、新しい子供達が連れてこられた。

殆ど同時に最初の「見習い兵」に初陣の声がかかった。

施設の収容人数に合わせてなのか、食料事情に合わせてなのかは判らないが

それが意図的にそうされているのは子供達にも理解できた。


チィトが「訓練兵」から「見習い兵」になってすぐに、新しい子供達が施設に連れてこられた。

ただこの時はチィトはまだ名がなく、戦場へは行かずに済んだ。

厳しく、辛い訓練ではあったが、時に互いの背中を預け合う「戦」の訓練は

やがて信頼や友情を芽生えさせ、チィトにも「仲間」と呼び合う存在ができた。

スリチェフは個人能力主義的ではあったが、それだけで戦に勝てると考えるほどの愚か者では無かった。

ただし、

戦場で指揮を執る者が無能であった場合、訓練の殆どが無意味になってしまう。

指揮官を指揮する者として、時折、気まぐれ程度に貴族が現れる。

帝都から立派な馬車に乗りふんぞり返って心底面倒くさそうに施設に足を踏み入れると

集められ膝を折る子供達を汚物でも見るかのように顔を背ける。

本来それは名誉ある使命であるはずなのだが、彼らは一時でも帝都を離れたくはなかった。

こうしている間にも他の貴族が皇帝に取り入ろうと様々な策を巡らし実行しているのだと。

しかし今回の貴族は喜々として現れた。

第三王子ユーリ・ヴォイのお供として選ばれたのだ。


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