ラウラと森の魔女 39
宿屋に寝泊まりしたシュマイル国のアールヴァ達と、村を守ろうと武器を携え残った村の者達に朝食を振る舞い
それから昼食と、夕食用に大きな鍋で野菜のスープを作り置き、
固いパンもできるだけたくさん焼き上げてから宿屋の女将さんと鍛冶屋の娘ロージーも領主の館のある街へと向かった。
ラウラはそれを見送って柵へと向かった。
イロナはいなかった。きっと孤児院で寝ているのだろう。
「だから今すぐは現れない。」
ソールヴェイにはラウラの言葉の意味がすぐには判らなかった。
魔女が寝ていると事と、オルクルの襲撃に何の関係があるのだろうか。
ソールヴェイがそれを尋ねる前に
「ソル様は弓矢の腕前に自信があるのですよね。」
「え?ああ心配なら見せようか?」
「お願いします。できればその、矢に火を点けて。」
これが日常であるのなら、作った柵の周囲には松明を用意する。
それだけで少なくとも獣は近寄らないし、灯りがあれば暗闇に目を凝らす事もなくなる。
ラウラは当初、柵の近くに松明を置いて柵に「風の魔法」の陣を描こうと提案した。
「松明は駄目だ。こちらが警戒していると思われる。ここを通ってもらわなければ意味が無い。」
魔女イロナに言われ他に何か案が無いかと悩んでいた。
それでもイロナが昨日村の男達を使って柵のあちこちに風の魔法が発動するよう陣を描かせたのは
「混乱させる程度の役目はある。」
そう言っていたがラウラにはイロナの意図がはっきりと理解できていた。
風の魔法を使うだけなら、ある程度距離があっても直接あてられる。
手の上で魔法を使うだけだ。昨日私がアレックス様にぶつけたように。
それなのにイロナ様は柵に陣を描かせた。備えたに違いない。
ラウラとソルは「火」を求めて鍛冶屋に向かう。
鍛冶屋の主人チェスコ・トルドネが二人の騎士、エンリコ・ブルチエルとアレッサンドロ・リッキオを相手に何やら言い合っていた。
険悪な感じが伝わってラウラは少し怯んでしまった。
ソールヴェイは何も感じないのか
「大きな声で何を、鍛冶屋はどうしてまだここにいるの?」
大きな声の原因はまさにソールヴェイの指摘した事。
二人の騎士は鍛冶屋の主人トルドネに避難するよ説得を試みているのだが
本人は年寄り扱いされ立腹し動こうとはしなかった。
「俺がオメェらの剣の面倒見ねえでどうすんだ。」
「戦っている最中に鍛え直す暇なんてないわよ。」
「矢傷を受けた者の手当をしてやらんと」
「オルクルは矢を使わない。奴ら不器用だから。」
鍛冶屋の抵抗にソールヴェイは極めて合理的な反論をする。
エンリコは「冷静な少女だ」と勘違いをするのだが
ソールヴェイはただ当たり前の事を言っているだけであって説得しているつもりはない。
言い分に困った鍛冶屋はとうとうそのソールヴェイを
「こんな小さな女の子供が戦うってーのに俺が逃げ出すなんて」
「それなら私と戦いましょう。」
言い終わらない間に腰の剣を抜いて鍛冶屋に突き付けた。
「私に勝てたなら戦力として認める。私が黙って避難するわ。」
「ソル様っ。」
ラウラは慌てて止めに入る。
二人の騎士はアールヴァの少女の冗談だろううと思っていた。
ラウラと、そして鍛冶屋のトルドネはソールヴェイが本気なのだと判った。
「トルドネさん。」
ラウラは冷や汗を落とす鍛冶屋に向かって言った。
「貴方に何かあったらロージーがとても悲しむわ。」
孫娘の名前を出されてはもう何も言えない。
王都で商売をしている息子夫婦に「一人前にしてくれ」と預けられた孫娘。
返せと言われても返す気は無い。
「そうだな。あいつにゃあまだまだ教えなきゃなんねぇ事がある。」
「オルクルを退けたらきっと忙しくなるわ。だからそれまでお休みしていてください。」
鍛冶屋トルドネは渋々ではあるが同意し村の男に付き添われ街へと向かった。
「助かったよ。石像のように動こうとしなかったから。」
エンリコは結構本気で担いででも連れて行こうとしていたらしい。
「ラウラの言うことを聞いていなければあのまま私が立ち上がらせていたわ。」
ソールヴェイは剣を収めながら笑う。
ラウラは火を求めて鍛冶屋に立ち寄ったとエンリコに伝える。
その使いみちと、今夜にでも起こるであろう事態に備えるためだと言うと
「ああ、それなら。」
エンリコは朝食を済ませて現れたアールヴァの戦士達を見て言った。
「イロナ様からその話は聞いている。その役目はこちらで決めるようにとね。」
ああまただ。あの人は本当にまったく。私にはいつも大事な事を言わない。
こうなったらイロナ様に一泡吹かせてやらないと気が済まない。
息巻いて再び柵へと向かうラウラ。その後姿を見てエンリコは同僚の名を呼ぶ。
「アレ。」
「判ってますよ。あの子はこの状況を理解しているのでしょうかね。」
「俺に聞くな。」
「お姫様も行きますよ。」
アレッサンドロはソールヴェイを連れて行こうとする。
「私はここで戦いの準備を。」
「私の予想ではあの魔女見習いの近くこそが最前線になりますよ。」
勿論これはただの冗談でアールヴァのお姫様の気性を見抜いた上での発言だ。
言われたアールヴァのお姫様ソールヴェイは騎士が冗談のつもりで言っているのだと判っているが
おそろくはそれは現実になるだろうと確信していた。
「お姫様は危険だから他のアールヴァと共にいてください」
と言われると思っていたのに騎士からこう言われたのでは付き合わないわけにはいかない。
あの恐ろしい魔女の弟子の人の子が何をしでかすのか見逃してなるものか。
二人が柵に到着するとラウラは柵の端から端を行ったり来たりしながブツブツ言っていた。
「ラウラ殿。ラウラ殿。今度は何をなさるおつもりですか。」
一度目の呼びかけにも気付かなかったので少々大きな声でラウラを呼んだ。
「今度?私が以前に何か、ああやらかしましたね。」
「何やらかしたの?」
ソールヴェイの質問に答えようとしたが
「そんなことよりアレックス様。お尋ねしたいことがあります。」
「え?はい。何でしょうか。」
「イロナ様はこの柵に火を点けるように仰ったのですか?」
騎士アレッサンドロ・リッキオは一度言葉を飲んでから答える。
「そうなる場合に備えてシュマイル国のアールヴァから二名選んでおいてくれと。」
「その判断はイロナ様がなさるのですね?」
「何か合図を送るらしい。エンリコ殿が聞いているよ。」
「判りました。ありがとうごさいます。」
ラウラは礼を述べると再びブツブツと呟く。
私の思い付きでそうしようと決めた。
私は「オルクルが入らないように」そうしたいと考えた。
イロナ様は違う。最初からずっと「オルクルを全滅させる」事が目的だ。
口では言っていないが私には判る。
だってシュマイル国を襲わせる必要なんて全く無いのだから。
相手が入り口を見付けられる魔法の道具を持っているのなら、私ならその入口に罠を仕掛ける。
オルクルに危険だと思わせれば近寄らない。そんな生き物だってイロナ様自身が言っていた。
人を襲って、報復されるのが怖いから人里は襲わないって。
それを態々おびき寄せるような事をしている。
だからこの柵は、オルクルを入れさせないための柵ではない。
「アレックス様。ソル様。ちょっとお手伝いいただけますか。」
ラウラは柵の外に出る。
やれやれ今度は何をやらかすのか。
こんな事態なのに楽しんでいる自覚がアレックスにはあった。




