シエナと旅の仲間 02
騎士団長デメトリオは今まで見た誰よりも大きくて強そうだった。
なのにピクリとも剣を持ち上げられなくて
見兼ねた若い騎士が手を貸そうとしたのを一度は断るのだが
やはりどうにもならなくて2人で持ち上げようと試みるのだが結局駄目だった。
「シエナ殿。何か呪文とか儀式が必要なのでしょうか。」
騎士団長は息を切らしながら聞く。
シエナは自分にどうして持ち上げられるのか判らいないが
シエナは自分が魔女や魔法使いではない事は判っている
大きくて立派ではあるがこんなにも軽い剣をどうして誰も持ち上げられないのだろう。
シエナは置かれた剣の柄を握ると片手で持ち上げて見せた。
勢い余ってよろよろするシエナを若い騎士が支える。
「なんと。」
騎士団長がいつも本気の顔をするのでちょっとだけ可笑しかった。
「もう一度置いていただけますか?今度こそ。」
デメトリオはシエナがそうしたように片手で柄を握り持ち上げようとするのだが
腕も膝も伸び切ってほんの少しも浮かせられなかった。
「これは参りましたね団長殿。」
騎士団長デメトリオは時折シエナを見ながら少し思案を巡らせる。
「シナエ殿。私と共に王都へ参りましょう。どうやらこの剣はシエナ殿の言うことしか聞かぬようだ。」
騎士団長が少しだけ不機嫌な顔をしたのでシエナはまた笑いそうになってしまった。
「私は最初からそのつもりでした。騎士様がご一緒でしたらとても心強いです。」
すぐに帰れないのは残念だだけど人で旅を続けるよりはずっと楽しそうだ。
院長とラウラには王都で何かお土産を用意しよう。
王都がどんな所で王様のお城がどんなのか教えてあげよう。
「お前は領主殿にシエナ殿の無事とこれから私と王都へ向かうと伝えてくれ。」
「承知しました。そうだ、今日はあまり先へ進まず野営地をお探しください。」
「私は領主への報告が済み次第旅の食事や支度を整え戻ります。」
「そうだな。助かる。しかしこれから徒歩での旅となると何日かかるか。」
子供の足で、しかも大きな剣を抱えての旅路。
若い騎士は剣を抱えるシエナに尋ねた。
「お嬢ちゃん。その剣、重くはないのかい?」
「とても軽いわ。どうして皆そんなに重そうにするのか判らないの。」
「ちょっと失礼。」
若い騎士は支えたままでいたシエナの腰あたりを両手で抱えて持ち上げた。
「きゃ。」
子供1人分の重さしか無いので思ったよりも勢いよく持ち上げてしまいシエナを少し驚かせてしまった。
「ああごめんよ。」
剣は持ち上げられないが剣を持ったシエナなら持ち上げられる。
「何とも不思議な事だがこれなら馬に乗れそうだ。」
騎士団長の言う通り、若い騎士がシエナを馬に乗せて様子を伺うが
馬は特に重そうでも嫌かるでも無かった。
「これなら3日、余裕を持って4日分の食料で間に合いそうですね。」
若い騎士はそう言って自分の馬に飛び乗り、急ぎ街へと向かった。
王都までの一本道の間には騎士団や冒険者、旅人が寝泊まりできるようにと
質素で簡素で単純ではあるが丸太小屋がいくつか点在している。
ただシエナと騎士団長の乗る馬の歩みは遅く、
あまり遠くまでは行かないよう言われていたので最初の小屋に辿り着く前に野営することとなった。
「すぐに領主の元から食料を持って戻るだろう。野営できる場所を探そうか。」
「私野営は始めてです。」
騎士団長の言った通り、日が落ちきる前に若い騎士は旅の道具一式を積んで戻ってきた。
「あっ。」
声を上げたのはその若い騎士だった。
「どうした。忘れ物か。」
「あ、はい。私の分の道具を一式忘れてしまいました。」
この若い騎士はとてもいい人だ。でもちょっと落ち着きのない人だ。
チーロに似てるかな。孤児院の男子を思い出した。
「申し訳ありません。今日は街へ戻って泊まります。明日何とか追いつきますので。」
「判った。気を付けて戻れ。領主殿にもよろしく伝えてくれ。」
若い騎士は荷物を置いてすぐに街へ向かって行ってしまった。
すぐに暗くなる。
デメトリオが火打金を装備の中から取り出すのを見たシエナは
「騎士団長殿。あの、よろしければ私に火を点けさせていただけないじょうか。」
孤児院では、シエナはまだ小さいからと火打金を触らせてもらえない。
デメトリオはシエナが今までの口調と少々違い遠慮がちなのに気付いた。
じっとシエナの目を見てから
「院長殿には内緒にしていただけますか??」
そう言いながらシエナに火打金を手渡した。
デメトリオは火打金の持ち方から教えるが手出しはしなかった。
「そうです。その端を持って勢いよく削るようにです。」
「はい。」
「もっと手早く。」
「はい。」
何度か目でようやく火口に着火するとシエナは喜んだ。
「さあ急いで火を移して。」
削って毛羽立たせた枝に火を移し、さらに大きな枝、積み重ねた薪へ
火が大きくるのを見届け、シエナは思い出したように深く呼吸をした。
「上手に出来ましたな。」
「はいっ。騎士団長様のお陰です。」
デメトリオはこの時のシエナの笑顔を始めて「少女の素顔」を見た気がした。
出会ってすぐに思ったのは
抱える剣が大きく見えないよう振る舞う背伸びした女の子。
フラフラとよろけながら歩くのは、剣が大きいからではない。
少女が目一杯踵を上げて背伸びをしているからだ。
しっかりしているようでとても危うい。
目を離したらすぐに何処かへフラフラと彷徨ってしまいそうで怖い。
無事に火を点けたのでシエナは火打金をデメトリオに返そうとした。
彼は小さな手に乗せられたそれを見て言った。
「この火打金は貴殿にお預けする。」
火打金を受け取らない騎士団長。
「この旅の間の火点け役をシエナ殿にお任せしたいがいかがでしょうか。」
シエナは丁寧に火打金を鞄に収めて、貴族の娘がするように
「判りました騎士団長殿。火点け役の任承りました。」
なるほど。この子は無理して背伸びをしているのではない。
背伸びをしたくてそうしているだけなのだとデメトリオは思った。
食事中に日が落ちて暗くなる。
火はあるがデメトリオは寝ずの番を決めた。
明日になれば若い騎士が合流するから交代で見張りが出来る。
まさかシエナにその替わりをさせるわけにもいくまい。
「私はいつも誰よりも早く目覚めています。」
「その後でどうぞ騎士団長殿もお休みください。」
本当は私が最初に見張りをするので騎士団長殿には休んでいただきたいのだけど。
今日はいろんな事がたくさんあってとても疲れてとても眠いの。
騎士団長殿は大人だからきっと夜遅くまで起きていても大丈夫でしょう。
だからごめんなさい。先におやすみなさい。
デメトリオが気を遣う少女に何か言おうとしたのだが
その前にシエナは眠ってしまっていた。