ラウラと森の魔女 30
アルカナの根から落ちた液と地下水を入れたガラス瓶。
アルカナを捨て、その瓶を三脚台に乗せ下から小さなオイルランプで温める。
「ゆっくり混ぜながら沸騰させる。」
イロナは傷薬の作り方をラウラに教える。
それが終わると乾燥させたカモミールの花でお茶を淹れる。
「また水を頼む。」
イロナがお茶の準備をする。ラウラは再び井戸の部屋へ。
「もっと長い紐が必要ですね。」
「どうして?」
「このままではこちらの部屋に届きませんから。」
「まあそうだが別の器を持ってその部屋に行けば済むだろう。」
「イロナ様はガラスを持ち歩くの怖くないのですか?私はそんな物持ってウロウロできません。」
「まあ確かに怖いな。」
「移動用にもう一つ器を作ってもよろしいのでしょうけど長い紐を用意するより大変そうですしね。」
「器ならあるぞ。注文する際に数を言わなかったら持ち込んだ材料で作れるだけ作られたからな。」
「それなら最初からそれを。イロナ様、私をからかって遊んでいませんか?」
「いやいやそんな事しないよ。手を離してしまったり壊れた時の予備のつもりで置いてあるだけだ。」
「3つもあるじゃあないですか。では長い紐も要らないですね。移し替える時用に小さな台くらいあると便利でしょうけど。」
「おおそうだな。ではそれを頼む。」
結局私が何かしら作るのか。
「カモミールのお茶は軽度の発熱に効果があるから覚えておきなさい。」
「院長から聞いています。皆熱が出たら飲むようにしています。」
ラウラの返事にイロナはとても嬉しそうな顔を見せた。
「これからラウラにはたくさんの薬草とその効果を教える。」
「一つずつで構わないからしっかり覚えなさい。」
「がんばります。」
ゆっくり、じっくりと覚えるつもりでいたラウラではあったが
イロナはその日から次から次へと薬について叩き込む。
孤児院に帰るとぐったりとするラウラに院長のオリアーナが心配し声をかけるのだが
「大丈夫です。頭の中が疲れているだけなので。」
今までも魔女イロナが子供達に知識を与えていたが
子供達はそれを「覚えよう」と聞いていたわけではない。
ラウラの知識の殆どはそれが楽しかったから勝手に覚えただけだ。
身体を動かしてもいないのにどうしてこんなに疲れているのだろう。
そんな事を考えているるとイロナがカップを差し出す。
「蜂蜜をお湯で溶かしてリモネを少し絞った。頭の中の疲れが取れる。」
ひぃっ。まただ。イロナ様はどうして私が考えている事が判るのだろう。
「蜂蜜ですか?リモネですか?」
「うん?何がだ?」
「頭の中の疲れを癒やすのはどっちかなと。」
「そうだな。」
イロナは少し考える。
「蜂蜜だろうな。頭の中に限らず身体の疲れも癒すから。」
「ただリモネは酸っぱくて頭をスッキリさせるからこれも効果が無いとは言えないな。」
イロナ様は私の疑問を何でも答えてくれる。
甘くて酸っぱい蜂蜜とリモネのお湯割りはとても美味しい。
本当に頭の中の疲れが溶けるように消え、爽やかな目覚めのよう。
ああでも翌日もきっと薬草の種類と効果を覚えさせるに違いない。
一つずつとは言ったが一日に一つとは言っていない。
まったくこの人は本当にまったくもう。
日は落ち、夕食を終え、片付けをしていると孤児院の扉を叩く音。
ラウラが扉を開くと
「このような夜の訪問をお許しください。イロナ様はこちらにおいでか。」
現れたのは森の民。シュマイル国のトーマ・ダンヨール。
呑気にようこそとお茶を勧めるような状況ではないのは表情ですぐに判った。
ラウラはイロナを呼ぶ。すると
「中へ。お茶を入れよう。」
「ここで構いません。報告に伺っただけです。」
「そうか。では中へ。お茶を入れよう。」
トーマは諦めて中に入る。
ラウラは扉を閉めて二人の後を付いて食卓へ。
イロナはそのラウラに
「メリサ(レモンバーム)にラベンダーを少し。ゆっくり頼む。」
「判りました。」
きっと何か意味があるのだろう。言われるまま淹れる。
背中越しにもトーマの緊張感が伝わってくる。
孤児院の皆が食事をする長い卓に向かい合わせで座る二人。
トーマが口を開こうとするとイロナがお茶が来るまで待てと制する。
黙ったままの二人。
お茶の支度は出来た。ラウラはその場で三度大きく深呼吸をしてから運ぶ。
ラベンダーの甘い香り。
「どうぞ。」
トーマとイロナの前にカップを置く。
トーマはすぐにカップに手を伸ばす。
カップの熱が手に伝わる。用心しながら一口啜る。
飲めるほどには冷めたお茶は喉を潤し身体を温める。
トーマは口を離すことなく続けて二口ゴクリ、ゴクリとお茶を飲みカップを置く。
同時にとても深く息を吐いた。
イロナはそれを見て、それでも彼が何かを伝えるその前に質問をする。
「数は?」
「え?あ、はい。確認できたのは2体です。」
ただの偵察なのはトーマの態度で判っていた。
「少ないな。警戒はしていたのだろう?」
「いえ、監視はしておりませんでした。」
「そうか、国への侵入はないと判断したか。」
トーマは黙って頷く。
「ではこれから言うことを国王に伝えてくれ。」
オルクル共はシュマイル国への侵入箇所を探そうとかなりの数で森に入っているはずだ。
「オルクル共に発見できない。と国王は考えているだろうな。」
トーマは国王に「森の魔女に報せに行く」と告げると全く同じ事を言い「その必要はない」と答えていた。
「魔法の道具がある。」
国の周囲に施された魔法に反応する道具か、もしくはアールヴァの通り道を探す道具か。
オルクル程度の知能で充分に扱える。
「オルクル共が森から去ったなら発見されたと考えよ。」
「すぐに大挙オルクル共がシュマイルへと進軍する。」
「戦うにせよ逃げるにせよ、その僅かな間に支度をしろ。」




