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羽撃く者達の世界  作者: かなみち のに
第一幕 第二章 ラウラと森の魔女
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ラウラと森の魔女 27

魔女イロナはラウラに早めに夕食を済ませ庭園に行くように告げると

孤児院には立ち寄らずそのまま二人の騎士がいるであろう宿屋へと向かった。

エンリコ・ブルチエル、アレッサンドロ・リッキオは宿屋の広間でそれぞれ鎧の手入れをしていた。

「しばらく着ないと重く感じるのではないか?」

魔女の訪問に立ち上がり挨拶わしようとするがイロナはそれを制する。

「それが判っているので毎日鎧を着て剣を振っていますよ。」

アレッサンドロの言う通り、二人は騎士になってからずっとそうしている。

丸一日鎧を身に着けなかった日はない。

「それは良かった。」

良かった?魔女の奇妙な言葉にアレッサンドロは不安を感じた。ただそれを質問する前に

「森の民の印象を聞かせてもらえないかな。」

アレッサンドロとエンリコは顔を見合わせる。

「今も二人でその話しをしていました。

エンリコが続ける。

「弓の腕には驚愕しました。あれほどの使い手は国内どころかノイエルグにもおりますまい。」

幼い頃から日常的に弓と矢を触っていただけ、では済まされない技量。

森の民独自の特別な修練方法があるとしか思えない。

「ただ実際に戦えるかどうかは判りません。」

「その理由は?」

エンリコが答える前にアレッサンドロが口を挟む。

「森の民は軽い。あれほど遠くから射たのはそれを悟らせないためかと。」

アレッサンドロは、直線で矢を飛ばせる距離ならば自分が上だと言った。

「威力が実戦向きではないのですよ。」

「ただ後方からの支援としては実に効果的ではありますね。」

魔女イロナの知人である森の民に失礼かとエンリコが必死に弁解をするが

「例えばですね、森の民達と我々騎士団が戦う事になれば我々が勝ちます。」

まったくこいつは何を熱くなっているのだろうかと呆れるエンリコ。

「根拠を聞かせていただけるかな。」

「どれほど遠くから射られようと鎧と盾で身を守りながら前進し、近接戦で剣を振る。」

「なるほど。」

魔女イロナは納得したように頷く。

「共に戦うならどう扱う?」

「ブルチエル殿が申したように後方からの弓ですね。」

「それでは騎士両名殿、柵からオルクル共が現れた場合に備え戦術を考えていただけるかな。」

「味方にアールヴァ達を含めて頼む。」

エンリコ・ブルチエルは魔女の言葉に何の疑問も抱かなかった。

森の民の訪問も

魔女イロナの弟子ラウラ・ビーラコチカが昼食に招待したついでの見学だと聞かされそのまま受け取った。

アレッサンドロ・リッキオはイロナは魔女なのだと再認識した。

辛辣で、もしかしたら残酷でもある。

弟子の案を利用して森の民達に村を視察させた。

領主に騎士団の派遣を依頼した時からだろうか。

魔女イロナは、この村でオルクル達と戦うとずっと以前から決めていたようだ。

魔女にとって森の民とは戦力としての道具でしかない。

大きな羊皮紙に庭園から伸びる路を出発点として村の入り口からその周辺を描く。

「この路は私達が仕掛けを施す。攻撃ではなく退路を塞ぐためなので戦力には含めない。」

「私は森に控えるので村の中での指示はラウラに任せる。」

「あの少女に戦闘の指示が出せるのでしょうか。」

「戦闘ではない。住民の避難だ。戦闘について本職に任せる。」

「森の民の戦士とやらはどれほどおりますか。」

「そうだな、10名から15名か。」

「では8名としておきましょう。」

「それともう一つ。この柵は戦いが終われば不要になる。どうとでも使ってくれ。」

アレッサンドロは魔女が何を伝えようとしているのかを理解した。

退路は魔女が塞ぐと言った。魔女イロナには既に戦術がある。

この作業は魔女の案を我々に伝えているだけに過ぎない。

「油の手配は何処でできますかね。」

「ここで。主人には私から話しをしてある。」

やはりそうだ。もう何もかも決まっている。


イロナが庭園に到着するとラウラは既に待っていた。

ただ立っているだけではなく、手のひらを下に腕を伸ばしている。

目を閉じ、ゆっくりと深く呼吸している。

「もっと膝を曲げて背筋を伸ばして。」

ラウラは言われたままそうする。

「この姿勢は疲れますね。」

「すぐに慣れる。慣れたならこの姿勢の意味を教える。」

「判りました。」

「今日はもういい。あまり遅くならないうちに始めよう。」

ラウラが姿勢を戻し目を開く。深い夕暮れ。

丘の上の庭園には村の灯りは届かず間もなく闇に包まれる。

「魔法には地と火と水、風がある話はしたよな。」

「はい。」

「魔女の魔法にはもう一つ、闇の魔法がある。」

魔女の魔法?アールヴァは使えない魔法なのだろうか。

イロナは小さな枝を拾い火を点ける。

「火の魔法には当然火が必要で火には可燃物が必要だ。」

「それはどの魔法だろうと変わらない。水の魔法は水が必要だし土も同様。」

風の魔法もそうだった。

魔法によって「火」も「水」も作れない。魔法は「火」や「水」を少し操るだけ。

「闇の魔法もそれは変わらない。」

イロナは燃える枝をラウラの前に突き出す。

縦に持った枝の先の火は小さく白い煙を立ち上らせすぐに消えてしまいそうだ。

ラウラには炎が揺れてゆっくりと消えてしまったように見えた。

火が消えて、イロナの手も、枝の向こうのイロナの顔も見えなくなった。

真っ暗になってすぐに霧が晴れるようにゆっくりと暗闇が溶ける。

イロナは格好を変えず枝を持った手を突き出していた。

持っている枝の先に小さな火が揺れる。

「私は火を消しても点け直してもいない。」

「これが闇の魔法?」

「そうだ。陽の光が強い昼間ではあまり役に立つ魔法ではないが」

「夜の闇をさらに深くする事はできる。」

イロナは枝の火を今度こそ本当に消す。

真っ暗になる庭園。それでもラウラにはイロナの顔が見える。

「星と、この程度の月明かりならば闇は広げられる。」

イロナは懐から何やら取り出し手のひらに乗せる。

暗くてラウラにはよく見えないが親指の先くらいの小さな四角い箱のような何か。

「中身が空のただの箱だ。」

小さな板を張り合わせただけの小さな箱。

「完全な闇は思っているほど身近には存在しない。だからこの箱を使う。」

ただの小さな箱を魔法にしてしまう。

「さあ受け取れ。今日からこの箱はお前の物だ。」

ラウラは箱を手にする。

闇が手の中にある。

ラウラは震えてしまった。

それが伝わったのだろうか、イロナは笑って言った。

「闇の魔法は闇に紛れて逃げるために使う。何も恐れる事はないよ。」

闇の魔法にはその先がある。

だがそれはまだラウラが知る必要はない。

私もまだ闇の先に何があるのかを知らないのだから。


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