シエナと旅の仲間 01
羽撃く者達の世界
第一幕 シエナとラウラ
第一章
シエナと旅の仲間
ギルドを出たシエナは、一度はギルドの丸い男に言われた通り領主リッピの屋敷に戻ろうと歩いた。
シエナは孤児院が貧しいのを知っている。
院長のオリアーナが自分の食事を子供達に分け与えているのを知っている。
「たっぷりのご褒美」があれば院長はちゃんと食べられるようになるだろうか。
シエナは領主の屋敷ではなく、王都へと続く路へと向きを変えた。
王都への道は一番大きな門をくぐった先に伸びる一本道。
門番はいるが見張るのは森や丘から現れる動物だ。
街の外にはその動物達の狩場もあり、畑や果樹園も広がる。
門は単に王都へと通じる道の目印でしかない。
勿論シエナはそんな事を知らないので街の人に何度か王都の方向を聞いた。
「あそこに大きな門が見えるだろう。あそこから伸びる道を真っ直ぐ行けば王都だよ。」
幼い少女が大きな剣を抱えている姿は異様ではあったが
誰もが「まさか1人で王都まで歩いて行こうとしている」なんて本気で思いもしなかった。
それでもシエナはもしかしたら門番に行き先を聞かれて、
正直に答えたら怒られるかも知れないとも考えた。なので、
「ごきげんよう。」
とびっきりの笑顔ではなく、澄ましたように、いつもの事ですよと言うような心持ちで門番に挨拶をした。
「気を付けて。」
門番は誰かに挨拶をされたら誰にでもこう答えるようにしていた。
少女が1人、大きな剣をほ持って街の外に出たところで
きっと他の子供達と何かしらの遊びをしてるのだろう。
暗くなる前に帰りなさい。と言ったところで子供は言うことを聞かないと知っていたので何も言わなかった。
重くはないのだがシエナにはあまりに大きい剣なので
途中何度も持ち方を変えるのに小休止しなけばならなかった。
冒険者がそうするように革のベルトを肩からかけて背中で背負ったのだが
剣が地面に着いて引き摺るだけならまだしも、革のベルトが肩から浮いてしまい
2歩進むだけで革のベルトの輪がそのままどこにも引っ掛からずガシャンと剣を落としてしまうのだった。
仕方ないので今まで通り身体の前で抱えるしか方法を思いつかなかった。
大きな門が小さくなった頃、街からお昼の鐘が聞こえたので
シエナは道から避けて少し脇の大きな木の下の影に手頃な石を見付けて腰掛けた。
「王都まで何日掛かるか判らないから少しだけ。」
半分のバケットを少しちぎって、ゆっくりと噛んで食べた。
「お水を持ってくれば良かった。何処かで汲めないかな。」
畑や果樹園が広がっているので近くに井戸があるのかもと立ち上がったその時だった。
大きな木に立て掛けていた大きな剣が
今まで腰掛けていた硬い石に倒れてしまった。
ガチャン。
今までと少しだけ違う音がして、シエナは今度こそ壊してしまったと思った。
「あ。」
コロコロと転がったのは
鍔に填められていた真っ赤な宝石。
慌てて拾い、もう一度剣に填めようと持ち上げた。
「一体何度落とせば気が済むのだ。」
大人の声が聞こえた。ような気がした。
驚いて周囲を見渡すのだが誰もいない。誰かが隠れて見張っているのだろうか。
「だがそのお陰でようやく封印が一つ外れた。礼を言うぞ小娘。」
また声が聞こえた。気の所為なんかではない。確かに聞こえた。
「やはりこれだけでは復活は叶わないようだな。」
また声が聞こえる。
怖くなったシエナは慌てて赤い宝石を剣に填め込んだ。
「待て。待て小娘。それを填めるな。私はまだ」
無理やり押し込むと声が聞こえなくなったのでホッと安心した。
シエナがもう一度周囲を見渡したのは声の主を捜したのでは無い。
剣から声が聞こえたと考えた自分がとっても恥ずかしくなって
こんな姿を誰にも見られたくないと思ったからだった。
早く王様にお渡ししてご褒美を貰って帰ろう。
馬の足音が後ろから聞こえたのはそれからすぐの事だった。
早駆けの馬の音は始めてだったが、とても急いでいるようなのはすぐに判った。
シエナはすぐに道の脇に避けてやり過ごそうとした。
2頭の馬はシエナの少し手前で速度を落とした。
それからゆっくりと歩み寄って、避けてい立って待っていたシエナの前で止まった。
馬上には騎士が乗っていた。
少し前に鍛冶屋で一度だけその鎧を見ていたので
シエナは2人が騎士だとすぐに判った。
「私は南の国ベルスス王都騎士団長デメトリオ。」
騎士は馬の上から降りてシエナの前に立ち
「君はシエナ嬢だね?」
「はい騎士様。私に何か御用でしょうか。」
シエナの返事を聞いたデメトリオは安堵の表情を浮かべる。
大きな剣を持って王都へ向かう少女なんて他にはいないだろうが確認は必要だ。
「領主リッピ殿から話しは聞いている。剣を王の元へ届けるのだね?」
「そうです騎士様。そうすればたくさんのご褒美がいただけると聞きました。」
「ではどうだろう。シエナ殿には少々重く、大きいその剣を代わりに私が王の元へ届けようではないか。」
「何心配はいらない。褒美は後日必ずシエナ殿に直接届ける。騎士団長としての名誉にかけて。」
確かにそれがいいかも知れない。
最初に領主様が、次にギルドの丸い人が言っていた。
騎士様にお渡しして王様に届けてもらったらどうか。と。
「判りました騎士様。お手数ですがよろしくお願いします。」
「私は村の孤児院で暮らすシエナ。」
「褒美は全て孤児院の院長様にお渡しすると約束してください。」
これだけはどうしても守ってもらいたい。
シエナの意志は騎士団長デメトリオにも伝わった。
「それは構わないが、シエナ殿ではなくて良いのか?」
「私はまだ小さいからあまり食事はとりません。でも院長は大きいのでたくさん食べないといけません。」
「なのに院長は自分の分を子供達に分け与えています。」
「だからご褒美は全部院長にお渡ししたいのです。」
本気で、真っ直ぐに騎士団長を殆ど睨み付ける少女の目に
デメトリオは涙が零れそうなのを自覚してぐっと飲み込んだ。
デメトリオは王に対してそうするように
シエナの前で一度姿勢を正し、片膝を折って頭を下げた。
「お約束しますシエナ殿。王からの褒美は孤児院の院長オリアーナ殿に必ずお渡しします。
良かった。
これで孤児院に戻れるわ。
何も言わずに出て来てしまったから院長が心配しているかも。
ラウラも一人でハーブ摘みをさせてしまったから謝らないと。
領主様にいただいたお菓子が鞄の中にあるからお詫びにしよう。
シエナは抱えていた剣を騎士団長に渡す。
村の大人も街の大人も、誰一人として持ち上げられなかった事をすっかり忘れ
シエナが手を離すと騎士団長ともあろう男が手を滑らせ
ガシャン
剣を落としてしまったのだった。