ラウラと森の魔女 19
「魔女とアールヴァの精霊元素に対する考え方は違う。」
アールヴァの考えでは、森から産まれた精霊元素を陣や対話によって
土や水、火そして風へと宿らせる。
「本人の資質は一切関係ないとされている。」
魔女の魔法が異なるのは
「魔法を使う者にも精霊元素が宿り魔法を使う力となる。」
「魔法の力。魔力と呼んでいる。」
それは生まれつきの資質ではなく、どれだけ精霊と対話をしたかによる。
「でも私対話なんてしていません。」
「何度も言っているがお前は私の置いた本を読んだ。それこそが対話だ。」
そうでなければ魔法は使えない。
陣があり、言葉を唱えても本人に魔力が無ければ魔法は使えない。
魔力を溜めても陣も言葉も知らなければ魔法は使えない。
「しばらくはお前に精霊との対話をさせて魔力を溜めさせようと考えていたがその必要がなくなった。」
「だからそこを飛ばして今日から早速魔力の制御を教える。」
ラウラには(おそらくラウラと同年代の子供なら誰しも)これが恐ろしく退屈だった。
足を肩幅程度に開かせ、膝を少し曲げ背筋を伸ばし両腕を前に突き出す。
「そのままの姿勢でゆっくりと大きく呼吸をしなさい。」
「どれだけすればいいのでしょう。」
「私が良しと言うまでだ。さあ始めて。」
すぐに腕が疲れた。脚も疲れた。おかしな格好をして立っているだけで恥ずかしい。
疲れを忘れようと風の音を聞いた。鳥の声を聞いた。
すぐに飽きてシエナの心配を始めた。
あの子はいつも何かを探している。ちょっとでも気になるとすぐに飛んでいってしまう。
それでチーロやファビオよりも泥だけになって帰ってくる。
どうか無事でいますように。無茶な事をしていませんように。
魔物や魔獣に出会いませんように。
それとも今頃王都でのんびりしているだろうか。王様には無事に会えただろうか。
帰って来たら教えてあげないと。
「私魔女になるの。」
シエナは喜んでくれるだろうか。
額から汗が流れる。背中も汗で気持ち悪い。
疲れた。もう止めたい。でも続けないと魔女になれない。
イロナ様は何処に行ってしまったのだろう。
私にこんな格好させた事を忘れてしまっていなければいいのだけど。
ラウラはそのうち考える事も疲れてしまったので、ただ自分の呼吸の音だけを聞いていた。
まだ少ししか経っていないような気もするし、もうすぐ夜になってしまうくらい経っているような気もする。
脚の震えももう判らなくてって、自分がどんな格好をしているのかも判らなくなって
ラウラは自分がゆっくりと後ろに倒れて行くのさえも判らなかった。
イロナがそれを受け止め、そのまま抱きかかえる。
抱きかかえたまま座りラウラに水を飲ませる。
「ゆっくり飲みなさい。」
「ああイロナ様。ごめんなさい。私まだ良しと言われていないのに。」
「いいやラウラ・ビーラコチカ。聞こえなかっただけだよ。私は良しと言った。」
「ああよかった。」
「今日はここまでにしよう。少し休んだら帰ろう。」
まだ何も教わっていない。まだ明るい。まだ大丈夫と言いたかったが言えなかった。
脚の震えが止まらない。手も上がらない。
こんなに疲れた事があっただろうか。ただ立っていただけなのに。
こんな事で、私は本当に魔女になれるのだろうか。
イロナ様に見捨てられたりしないだろうか。
どうにか自分で歩いて孤児院に辿り着いたものの、脚が震えて夕食の支度も手伝えないほどだった。
汗を拭おうにも腕が上がらずヴィタとトニアに手伝ってもらわなければ服も脱げない。
「魔女になるのって大変なのね。」
トニアがラウラの身体を拭いながら言った。
「私まだ何もしていないの。なのにこんなに疲れてしまって。」
魔法で皆を守るとか助けるとか、そんな事考えていた自分がなんとも恥ずかしい。
「私は最初から言っていたでしょう。魔女になんて簡単になれないって。」
2つ下のヴィタが呆れるように言った。
言われるまでもない。簡単になれないんて最初から判っていた。
でも今は何も言い返せない。
自分が本当に魔女になれるのか自信も決意も揺らいでしまった。
イロナはラウラにハーブのお茶を淹れた。
「寝る前にこれを飲みなさい。」
とても苦いお茶で渋い顔をしてしまった。
「ちゃんと飲み干しなさい。疲れが取れる。」
言われたまま一気に流し込んだ。
「明日は薬学について教える。ゆっくり休みなさい。」
疲れすぎて夕食らスープだけで済ませてしまったので翌朝はお腹が空いて目が覚めた。
ラウラはフラフラと起き上がっていつものようにハーブ摘みの支度を始めた。
「シエナを起こして水を汲みに行ってそれから卵を。」
ヴィタとトニアの寝顔を順番に見て、さあシエナ起きて。と毛布に手をかけようとして
空になった寝台を見ても「シエナは朝早くから何処へ行ったのだろう」と思った。
ようやくはっきりと目を覚ましたのは
まだ薄暗い外に出て、鶏小屋に行くと中で卵を集めていたチーロが出て来て
「こっちはもう終わった。お前は中で朝食の手伝いでもしていろ。」
冷たく言い放たれたからだ。
今までは3度目に言ってようやく卵を集めだしていたチーロが何を偉そうに。
「終わっていないじゃない。まだ取り残している。」
ラウラが指差すと卵がまだそこに1つ転がっていた。
「うるさい。あれはたった今産まれたんだ。」
チーロがもう一度小屋に入るのを見て
「それじゃあ私は水を汲みに行くから。」
それを聞いたチーロは小屋の中から言った。
「水ならもう汲んだ。だからお前の仕事はもうないぞ。」
「なにそれ。今まで私の仕事だったじゃない。」
ラウラが声を張り上げたのでチーロも大きな声で言い返した。
「洗濯だって今はトニアが手伝っている。」
「ファビオは昨日薪割りを教わった。」
「お前にはもう仕事は無いんだよ。」
朝食を済ませて昼食用のバケットを持って、いつものようにハーブ摘みの支度を済ませた。
「では行こうか。」
魔女イロナはその支度について特に何も言わなかった。
ラウラに詰ませるハーブは孤児院の収入源の1つでもある。
庭園への出入り禁じたからこそ入れる内は仕事をさせようと考えていた。
ラウラにとっては唯一残された仕事で救われたように感じた。
庭園に到着し、いつものようにハーブを採取する。
ローズマリー、タイム、セージ。オレガノにバジル。
ラウラは虫食いを丁寧に探して避けて状態の良いものだけを束ね籠に摘む。
持ち帰った後で洗って干すのに楽なのでこの方法を思い付いた。
シエナのように手当り次第籠に放り込んで後で大変な思いをしなくて済む。
ラウラの仕事を見て、イロナはいつも感心する。
慎重に考えて、発想して実践して失敗を最小に抑える。
だからこそイロナは見失っていた。忘れてしまっていた。
ラウラはまだ子供で、どうして「そうしている」のかを。




