第一幕 序章06
食事が終わり、子供達が片付けをしている。
森の魔女はそれを見てからオリアーナに話し始める。
「しばらく顔を見せずに済まなかった。」
「心配しましたよ。」
「森が騒がしくなって調べていたのだ。」
「騒がしく?」
森の魔女はオリアーナに顔を寄せ、小さな声で囁いた。
「魔者と魔獣が現れた。」
子供達に聞こえたらきっと怯えてしうまうだろうとそうしたのだった。
オリアーナがあまり驚かなかったのは先程領主リッピから同じ事を聞いたからだ。
南の国ベルススは深い谷と繋がっている。
国民の殆どは深い谷を知っていても行ったことも見たこともない。
「森を抜けてこの村にも闇の者達が現れるのでしょうか。」
「どうやらその心配はいらないよ。魔者も魔獣も北上して北の国ノイエルグに向かった。」
ほっと安堵し胸を撫で下ろすオリアーナに森の魔女は警告する。
「私が今日ここに来たのは、子供達にしばらく庭園には行かないよう告げるためだ。」
それを伝えるために急ぎ領主の元から帰らせた。
「それではやはり危険なのです?」
「子供達に何かあっては大変だからね。」
心配はいらない。と言っても現状からの推測でしかない。そこには魔女の希望も含まれる。
子供達が寝静まっても、オリアーナはシエナの帰りを待ち続けた。
森の魔女もそれに付き合うのだが
「今日はもう遅いからもしかしたら領主のところへ泊まるかも。」
その日結局シエナは戻らず、領主も騎士も報せに来なかったので
オリアーナは魔女の言う通りだろうと思っていた。
領主リッピと、シエナを捜しに出掛けた騎士の1人が孤児院を訪れたのは
夜が明け、子供達が皆起き出してからだった。
ラウラが一番に外へ出て迎えるが、そこにシエナはいなかった。
領主と騎士を院長と魔女が出迎える。
中で朝食を勧めるが2人は丁寧に断り、若い騎士は昨夜遅くの話しを始めた。
「昨日、日が落ちる前にシエナお嬢様を見付けました。ご無事でおります。」
オリアーナは今度こそ本当に心から安堵して、深く息を吐いた。
「シエナは無事だって。」
聞いていたラウラが他の子供達に教えると皆喜んだ。
「それで、シエナは今何処に。」
森の魔女だけが冷静だった。無事なのに姿が無いのはおかしいと考えた。
若い騎士が答えた。
「騎士団長と共に王都に向かいました。」
シエナの抱えていた剣は騎士団長でも持ち上がらなかった。
自分も手伝ったが駄目だったと言った。
だからと言ってこのまま剣を置いて行くわけにもいかず、
領主の元や孤児院に持って帰っても何の意味もなさない。
「ならばと騎士団長が護衛となり共に王都まで向かう事になったのです。」
「彼が一緒ならば何の心配も要らないよ。」
領主リッピがオリアーナを気遣って請け負った。
まあ確かに問題は無いだろうと森の魔女も同意した。
剣が置かれていた理由は引っ掛かるが
あのような少女がまさか「竜封じの剣」を持っているとは夢にも思わないだろう。
「しかし王都まで子供の足でどれほどかかるでしょうか。」
オリアーナの心配は既にシエナの食事や身体に向いていた。
「それが、不思議な事なのですが。」
若い騎士も驚いた様子で話を続ける。
「剣を抱えたシエナ殿ならば私でも抱えられるのです。」
まずシエナに剣を抱えさせ、それから騎士がシエナを抱え馬に乗せ
その後ろに騎士団長が馬に跨った。
「早駆は無理でしょうが3日か4日あれば王都へ辿り着くでしょう。」
「院長にその報告が遅れたのも、シエナ殿と騎士団長へ旅の食事を用意していたからなのだ。」
領主リッピは日を越えての訪問の理由を述べて侘びた。
「シエナは騎士様と王都へ行ったんだって。」
ラウラが子供達に伝えると皆は一斉にシエナを羨ましいと言った。
伝えたラウラも最初に少し同じ事を思ったが
すぐにシエナがとても可哀想に思えてしまった。
ラウラは昨夜眠れず院長と森の魔女の会話を聞いてしまった。
魔者と魔獣が現れ、庭園への出入りを禁じるように言った。
子供達は出来るだけ村から出ないようにと言った。
何かあったらすぐに領主の屋敷に行くよう言った。
「何かあったら?」
「闇の者達は北へ向かった。しかしその目的は判らない。」
最悪の事態として、闇の者達がこの国に現れる可能性をも考慮すべきだと魔女は言った。
魔者や魔獣が現れたら。
道中シエナが襲われたら。
領主と騎士が引き上げてすぐにラウラは院長と並び見送っていた森野魔女の前に立って言った。
「森の魔女様。私を、どうか私を魔女にしてください。」
青銅の竜が討伐されたのはもう何年も何十年も以前の話です。
その時の剣は「国宝」としてお城に飾られていました。
王様が何代か替わり、その剣はいつしか宝物庫に片付けられていたのです。
1ヶ月前か、もう少し以前から3つの王国では
「魔者」や「魔獣」と呼ばれる闇の一族を見たと噂が広まりつつありました。
代表として深い谷に最も近い南の国ベルススは騎士団を派遣します。
騎士団は慌て青い顔をして「本当にいた」と王様に告げました。
王様は
「もしかしたら竜族の生き残りが再び世界を治めようと企んでいるのかもしれない。」
他の王国に相談を持ちかけましたが
北の国ノイエルグの王様は
「我々は帝国との戦争で忙しい」
西の国バラハの王様は
「我々の国は遠いから竜も来ないだろう。」
ノイエルグとバラハの王様は同じことを言いました。
「南の国ベルススには勇者の子孫と竜殺しの剣があるではないか。」
王様は勇者の産まれた村に遣いを出し
勇者の子孫に「竜討伐」の依頼を出したのです。
王様は勇者の子孫に「竜殺しの剣」を与えました。
「旅の仲間を集え。準備を整え急ぎ出立するのだ。」
長老や大臣達は反対したのですが
「これで国が守られるのであれば安い物だ。」
そう言ってとてもたくさんの支度金を勇者の子孫に渡したのでした。
勇者の子孫は王の前で膝を着き
「必ずや竜を倒しこの世界に平穏をもたらすと誓います。」
勇者は旅立ちました。
「それでどうしてその剣があんな場所に置かれていたのでしょうか。」
領主リッピは騎士団長からこの話しを聞き、
院長のオリアーナは領主からこの話しを聞き、
森の魔女はそれとは別の場所でこの話しを聞いてた。
オリアーナはここまでしか聞いていなかったので
ラウラの疑問には答えられなかったのだが
森の魔女はその続きを語り始めた。
かつての勇者は竜を討伐した後、村へ帰り慎ましく生活していた。
辞退はしたものの、それでも多くの報酬を持ち帰っていたのだが
彼は賢く、それを誰にも伝えなかった。
自らの子供達にも伝えないまま勇者は寿命を迎えた。
子供も、その子供もそれを知らなかったのだが
今の子孫が家の改築をする際に遺産を見付けたのだった。
残念ながら勇者ほど慎ましくは無く、それどころか誰彼構わず吹いて周り
一年もすると遺産は全て無くなって、挙げ句土地や建物や家具も
服や食器でさえも借金の抵当になっていた。
そんな時、王都から遣いが現れ
「竜の討伐をすれば褒美を言い値で払う。」と言われた。
慎ましくは無かったが小賢しかったその若者は
「竜の討伐は一人では難しい。勇者も4人で竜に立ち向かったと聞いております。」
「では旅の仲間を集うがよい。褒美とは別に支度金を渡そう。」
若者は多額の支度金を手に旅立つのだが仲間集めは忘れたようだった。
騎士団長は声がかかるのを待っていたが結局現れなかった。
村に帰ると借金取りに支度金を全部取られると判っているので
村から連れてきた恋人と共に何処かの田舎で今度こそ慎ましく暮らそうと逃げ出した。
「この村にも若い女性が現れておかしな事わ聞いて回っていたと聞いたぞ。」
宿屋の女将と鍛冶屋の娘ロージーが話しをしていた。
オリアーナとシエナはその話しを聞いてたので
「あの時2人が話していたお嬢さんは勇者の子孫の恋人だったのね。」
「森へ行くと言っていたようだけど。シエナは会わなかったって。」
「私も会っていませんよ。」
同じ日にシエナと一緒に庭園でハーブを摘んでいたラウラが言った。
「勇者様とその恋人に何かあったのでしょうか。」
ラウラの心配に森の魔女が笑った。
「そうではないよラウラ。勇者の子孫は逃げ出したって言っただろう?」
「彼は剣を捨てたのだ。大きくて重い剣は逃亡には邪魔だからね。」