ラウラと森の魔女 16
「魔女になる覚悟は出来ています。それを判ってくたれから私を弟子にしてくたれのでしょう?」
「では約束しなさい。ラウラ・ビーラコチカ。魔法で人を傷付けないと。」
「約束します。私は誰かを傷付けるために魔法を使うのではありません。誰かを守るために使うのです。」
「よろしい。ラウラ・ビーラコチカ。風の魔法はその目的にもっとも相応しい魔法だと知りなさい。」
「判りました。」
ラウラは頭の中から火の魔法と水の魔法、地の魔法を振り払った。
イロナの先ほどの見えない壁を知って、
こうなったら「風の魔女」と呼ばれるほどの魔女になってやろうかとも思った。
その前に
「あの、それで厳しい役目って何でしょう。怖いのは怖いです。」
イロナはラウラの頭を撫でながら答える。
「村を守る役目だ。いや村にいる者達を守る役をラウラに押し付けるつもりだ。」
「私が村の人達を守るのですか?」
「村の人達ではない。村にいる者達だ。」
何が違うのだろうと考えたがこの時は判らなかった。
考え続ける前にイロナが言った。
「それからもう1つ。ラウラはハーブ摘みを仕事にしていたな。」
「はい。それが何か。」
森の魔女と呼ばれるイロナ・チェロナコチカが魔女になる切っ掛け。
「風の魔法と一緒に薬学も教えよう。」
魔法の研究は魔女になってからの趣味でしかない。
森の魔女と呼ばれる以前は彼女こそが「癒やしの魔女」だった。
イロナはこの名を弟子に継がせようとずっと考えていた。
今、相応しい者が現れた。
私のように森に閉じ籠もり役に立たない研究に明け暮れるよりも
人々に近く、寄り添う魔女であって欲しい。
「早速始めようか。」
「あ、あの。その前によろしいでしょうか。」
「うん?どうした?」
「魔法は精霊との対話ですよね。誰がそれを始めたのでしょう。」
面白い聞き方をする子だな。とイロナは思った。
魔法の根源を既に受け入れている。その上で魔法の歴史を知りたいらしい。
「大昔、人は精霊と共に生きていた。」
魔法は魔法ではなく常にそこにあって誰もが当たり前に使っていた。
人は増え生活圏を広げる。森の木が倒され家が作られ薪にされる。
精霊は人から離れる。やがて言葉が別れる。
精霊と関わりを持ち続けた者もいたが精霊は人の前から姿を消した。
精霊元素とはもしかしたら精霊そのものなのだろかとラウラは思った。
絵や文字に呼ばれて来るのはどうしてだろう。
精霊の言葉の意味が判るといいのに。
「イロナ様は精霊とお話ができるのですか?」
本当にこの子は面白い。
ラウラの質問に、イロナは急に黙って考え込んでしまった。
私、おかしなことを言った?
じっと黙って考えながらラウラを見詰めるイロナ。
「まだ早い。」
心の声が漏れてしまった。
「早い?」
「精霊との会話はできない。こちらが一方的に語りかけるだけだ。」
残念。精霊が何を考えているのか判れば一緒に遊べるだろうに。
でも早いって何だろう。
イロナはラウラに風の魔法をいくつか教えるつもりでいる。
こんな事態でなければ地の魔法と水の魔法を教えて「人の生活」に役立たせようと考えていた。
風の魔法はいつもの、今までの生活に何の役にも立たない。
面白い魔法ではあったがイロナはあまり好きでは無かった。
それを弟子に授けようとしている。その弟子は「魔法」と「精霊」に強い興味を抱いている。
まだ幼い弟子に魔法の本質を教えるのは「まだ早い」。
この子は失望するだろう。私が軽蔑されるだけならそれで構わない。
魔法と精霊だけではなく、魔女の存在を否定してしまうのは避けなければならない。
魔女は脅威の対象ではない。恐怖の存在ではない。
「ラウラ・ビーラコチカ。早速始めよう。」
私は人を救う魔女を育てる。
「ラウラは風が見えるか?」
ラウラは庭園をぐるりと見渡す。
肌には少し冷たい風が当たる。木々の高い葉が揺れている。
「私に見えるのは風で揺れる木の葉です。風の姿は見えません。」
「私にも姿は見えない。しかしあの場所にいる風は遠い。では近くの風をどうやって知る?」
「肌で感じます。髪や服が揺れます。」
「よろしい。ではどうして風が吹くのか判るか?」
どうして風が吹くのか?
人が動くだけでも風は少しだけ吹く。でも木の上にまでは届かない。
空の風は鳥が羽ばたいているから?大きな風は大きな鳥。
もっと強い風は竜が羽ばたいているから?
風は同じ風なのだろうか。あの木を揺らした風はまたいつかここに戻って来るのだろうか。
「私、どうして風が吹くかなんて考えた事ありませんでした。」
空を見上げながらラウラは楽しそうに答えた。
「それでは落ち葉を集めてくれ。乾いた枝も少し。」
「火を起こすのですか?」
「そうだ。風の吹く仕組みを教える。」
焚き火でどうやって風を起こすのだろう。シエナになったように胸を踊らせている自分に気付く。
慌てて乾いた葉を拾い集め庭園の中央に積む。
枯れ木を拾いに森の手前まで来ると村へと通じる道から足音が聞こえた。
鎧は着ていないが腰に差した剣が音を立てているのですぐに騎士だと判った。
エンリコ・ブルチエルとアレッサンドロ・リッキオ。
2人は魔女イロナが一向に村に現れないので孤児院に出向き、それからここに来た。
「私が行く必要は無いだろう。」
「指示をいただかないと困ります。」
「指示?柵の設置と宿泊施設の建設。それ以外に何かあるのか?」
「優先順位ですよ。資材には限りがあります。」
「なるほど。」
最初に指示したのはアールヴァ達の宿。
柵はその後だが急を要する。さてどうしたものか。
「ラウラ。どちらが先に必要だ?」
「柵です。」
ラウラは悩む事なく即答した。
「どうしてだ?」
「いざとなれば宿はあります。ですが柵の替わりはありません。」
「だそうだ騎士殿。質問はあるかね?」
「ありません。実はそのように指示してあります。」
「では何しにここに来た。」
「昼食を持って参りました。それと魔女の修行にも興味がありまして。」
「そうか。ならば丁度いい。今から火を起こす。それで昼食にしようか。」




