ラウラと森の魔女 07
昨日の全てが夢では無かったと思い出すのにラウラは朝食が必要だったようだ。
イロナはオリアーナ院長に少々誇張を混じえながら昨日のラウラの冒険譚を聞かせる。
ラウラもそれを聞いて全て思い出して今更ながら青ざめた。
「怖気付いたのか?魔女になるのは諦めるか?」
「諦めませんよ。諦めませんけど私、国王様に失礼な事を。」
本気で震えるラウラに魔女イロナは呆れて笑ってしまう。
この子は大胆なのか臆病なのか。
「さあ食事が済んだら支度をしろ。出かけるぞ。」
魔女イロナと共に向かったのは領主の屋敷。
「私宿屋の主人とお話をしたいのですけど。」
村を抜けて町までの路を歩みながら時折振り返るラウラ。
「それは心配するな。」
魔女イロナはそれ以上教えてくれない。
「それでその、領主様のところで何をするのでしょう。」
「何って、私は何もしない。お前に任せる。」
「はあ?」
任せる?任せるって何?私は領主様に会って何をするの?
考えがまとまらない内に領主の屋敷に到着してしまう。
出迎えた年配の執事は村からやって来た少女に対してとても丁寧に応対して領主を呼んでくれた。
待合室に現れた領主はラウラから見て「普通のおじさん」でしかなかった。
「偉そう」には見えないのに2人も使用人を従えて現れた。
だからこそラウラは彼を「怖い」と感じた。
「これは魔女イロナ殿。それから君は確かオリアーナ殿の。」
「は、はい。ラウラと申します。」
ラウラはビーラコチカと付けるのを忘れたのではなく、イロナに言われた通りアールヴァ以外には言っていない。
「それでご用件は?もしかして君も大きな剣を拾ったなんて言い出さないだろうね。」
「へ?はい。いいえ。違います。そのえっと。」
ラウラのあまりの狼狽えにイロナも驚いてしまった。
昨日までとは別の子ではないだろうかと思うほどだった。
魔女イロナはラウラの背中を少し強めに叩いて言った。
「しっかりしなさいラウラ・ビーラコチカ。君にしか救えない者がいるのだぞ。」
パンッと乾いた音が屋敷に響いた。
「ひっ。」
驚いたラウラであったが、そのお陰で身体の震えが止まった。
ラウラは大きく息を吸って、それより大きく息を吐いてから言った。
「領主様にお願いしたい事があって参りました。」
領主リッピは少女が真剣であると判断した。
例え魔女イロナが隣に立っていなくとも、子供の戯言では済まされない覚悟をした者の目だ。
「判りましたラウラ殿。応接室、いや執務室へ参りましょう。」
「つまり森の民をこの国で受け入れて欲しいと。」
ラウラは拙いながらも森の状況をどうにか領主に伝えた。
「国、と言うよりあの村で構わない。」
魔女イロナが横から口を挟む。
「と言うと?」
「ラウラはただ森の民の避難先を提供しろと言っているのではない。」
私そんな事言っていないわ。イロナ様は何を言っているの?
「オルクルによって森が侵略された後に狙われるのはこの国だ。」
魔女イロナには確信があった。
もし領主リッピがそれを尋ねていたならイロナは答えていたであろう。
それを隣でラウラが聞いてしまったら、きっとすぐに屋敷を飛び出して王都へ向かって駆け出したに違いない。
領主リッピは口を挟まなかったのでイロナは話を続けた。
「国の防衛にアールヴァを協力させる。」
つまり魔女はアールヴァに条件を提示している。
「まあ認めてもらえないのであればこの屋敷にアールヴァを招待してここで寝泊まりを」
「待て。少し考える猶予をくれ。」
魔女イロナがとんでもない事を言いだしたので慌てて止めた。
「ウルクルの襲撃はすぐにでも始まるのだろうか。」
「しばらくは大丈夫だ。奴らの殆どは北の山へ向かった。現れるとしても先ずは少数での偵察だろうな。」
北へ向かった目的は判っていない。
森の周辺で目撃されたのはその偵察部隊だろうとイロナは考えた。
「だからと言って悠長に考えていては手遅れになる可能性もある。」
偵察程度の数名のオルクルであれば国の騎士団で充分対抗できるだろう。
しかし騎士を呼び戻すよう手配はしたが到着まで何日かかるか判らない。
最短で10日。それ以上と考えるべきだ。
「それで、領主である私に具体的にどうしろと?」
「アールヴァ達の住居の用意。簡素で構わない。」
「数は?」
「ラウラ、どの程度必要だと思う?」
「はい。宿屋では12名寝泊まりできると聞いています。」
「ですからもう2軒同じくらいの建物があればどうにか。」
ラウラは数を確認するように伝えたが魔女イロナの考えとは違ってた。
「それでは足りなくないか?」
その問にラウラは既に答えを用意していた。
「子供達は孤児院で預かっていただけるようオリアーナ院長に聞いてみます。」
なるほどそれも面白いかも知れないなとイロナも思ったが
「30名程度寝泊まりできる場所が欲しい。規模や構造は任せるが」
イロナの言い方は何かを含んでいると領主リッピも既に勘付いている。
「あまり手を抜くと森の民に笑われるだろうからな。」
さっきからずっとイロナ様は領主様を脅しているわ。そんな事をして怒ってしまったら
「森の民を受け入れるのは断る」て言われてしまうかも知れないのに。
そうしたらどうしましょう。村の皆に頼んで家を建てるとか村の家に泊めてもらうとかしないと。
でもそうね、笑いはしないでしょうけどきっと違う事を考えるわ。
「領主様。」
ラウラは顔を上げて言った。
「これはアールヴァの、森の民のお願いではありません。」
「私の勝手で言っているだけなのです。」
この言葉の意味を知りたくて領主リッピは魔女イロナの顔を見た。
イロナは黙って頷いた。それだけでリッピもその真意を理解した。
「判った。森の民がこの地を訪れたなら客人として丁重に饗すと約束しよう。」
「ありがとうございます領主様。」
人とアールヴァは同等でなければ何の意味がない。
ラウラは領主も同じ考えだと判って安心した。
とても嬉しくて領主リッピを「怖い人」と勝手に決めつた事を恥じた。
「では早速王都に遣いを出そう。森の民受け入れと騎士団の派遣を要請する。」
「それから、」
領主リッピは使用人を呼び何かを言付けた。
「イロナ殿に言われた通り2名はこの地に留まらせております。」
「助かる。」
「もしかしてこのために?」
領主リッピの問いかけに魔女イロナはただ笑顔で答えただけだった。




