シエナと旅の仲間 37
落ち着く場所を探そうと言ってから随分と歩いたが
適当な場所が見付からずただゆっくりと先へと進むだけだった。
日が落ちてしまえば動けなくなる。
その前にどうにかようやく見付けたのは岩壁によって小さく盛り上がった丘。
自分達が歩いて来た方向は開けているが、この先に灯りは漏れないだろう。
「やっと座れるのね。シエナ今日は貴女が調理をしてちょうだい。」
「なんだと。」
驚いたのはツワーグのマール。
鍛冶屋になる前から調理担当として仲間たちの胃袋を預かっていた。
その俺を差し置いてこんな小さな人の子に?
「いいから任せておきなさい。お願いねシエナ。」
シエナが何か言う前にウルリカはとっとと話しを進めてしまう。
そんな気分では無かったし食欲も無かった。
頭の中はずっとオリアーナやラウラ、他の皆。そしてソールヴェイ。
マールの背負い袋の中にはたっぷりの食材。
ウサギと猪の燻製肉。芋と人参。鶏の卵が数個。
森でもらった硬いパンも、綺麗な水もある。
ウルリカから譲り受けたハーブだけが心許ない。
野菜を切る手伝いをしようとマールが手を伸ばすと
シエナはマールの持つナイフに目を向け言った。
「素敵なナイフねマールさん。」
マールは喜んで数本のナイフの包まれた布を広げる。
「これは肉を切る。こっちは魚だ。どれもこれもよく切れる。」」
手に持つ野菜用のナイフをうっとりと眺めるマール。
焚き火の灯りを受け曇り一つなく輝く。
シエナが使っているのは騎士が領主リッピから借り受けて渡された物。
これは野菜用。肉と魚はウルリカから譲られたナイフ。
シエナにもそのナイフの鋭さはすぐに判るる。怖いくらいだ。
「貴方は料理が好きなのね。」
照れるドヴァルツ料理番のマール。
好きかも知れないけれど得意ではないのよね。とウルリカは言いたくなったが止めた。
結局マールは野菜を切っただけで手も口も出す事なくシエナは調理を終える。
マールは木の器のスープを一口啜る。
「これは美味いなぁ。」
マールは思わず叫んでしまった。
ツワーグ達の料理は塩での味付けのみ。ハーブの知識は無い。
「この小さな葉っぱだな?こいつは肉だけじゃあねぇ。魚にも合うぞ。」
「山ではトマッテ)(トマト)が採れないのかな。」
「そんな事はねぇよ。まだ少し寒いだけでポモド・オロは俺達の国の特産だ。」
「トマッテを切ってにオリバから取ったオイルをかけてこのハーブを振るととても美味しいのよ。」
「そのままか?」
「ええそのままよ。」
シエナとマールが料理談義を始める。するとマールは気になったのだろう
「魔女様は料理できるのかい?」
「一通りな。シエナほどではないが。肉を捌くのは私のが上手いはずだ。」
「魔女殿は何でもできるのですね。」
デメトリオは本心で感心する。
「デメトリオ殿も料理くらいするだろう。」
「最近はしなくなりましたね。遠征も部下に任せてしまいます。」
デメトリオは自分のこの言葉で、魔女はその必要があったのだと気付いた。
「騎士団長殿はその間剣を振っていたのだろうな。」
交代で見張る予定だったが最初のウルリカも早々に眠ってしまい
疲れ切った誰もがそれに気付かず眠り続けてしまった。
いつものように明るくなる前にシエナが目覚める。
竜の剣が何も言わなかったのはきっと眠っているからに違いないと思った。
ラウラと同じくらいか、もう少し年下だろうか。
2人の少年が焚き火にあたっている。
1人の髪の色は黒の強い茶色。もう1人は綺麗な金色。
腰に剣を携えているが手をかけていない。
シエナはゆっくり身体を起こす。
2人の少年は笑顔でシエナに向かって何やら言っている。
挨拶だろうけど言葉が判らない。
きっと北の国の言葉。
「ごめんなさい。貴方達の言葉は判らないの。」
少年たちもシエナの言葉が判らないようで2人で何やら話している。
「もう少ししたらウルリカ様が起きるわ。それまでお待ちになって。」
シエナは起き出して、2人に構わず朝食の支度を始める。
昨夜の残りを火にかけ切り揃えた野菜を加える。
「ポト・タイエ。」
金髪の少年がシエナの調理を見て身を乗り出して口にした。
「ポタ・ペッツィ。」
シエナは自分の国の言葉で答えた。きっと同じ料理があるのだろう。
細かく言うと違うのだが「野菜のスープ」であると両者は認識した。
シエナは2人にそれを渡した。
受け取って何やら言っているがよく判らない。
食べ方はどの国の誰であろうと一緒だ。
そして冷たい空の下の温かいスープを飲んだその後も、皆同じ顔をして笑う。
楽しそうな声に魔女ウルリカが目を覚まし
殆ど同時にスープの匂いにマールが目を覚ます。
ウルリカは2人を警戒させないよう落ち着いた口調でシエナに尋ねた。
「その2人はシエナの知り合い?」
「いいえ知りません。目を覚ましたらいたの。北の言葉なので私には判らないのよ。」
マールは少年がそこにいる事は判ったが
それよりも手に持っている器の中身が気になってシエナに詰め寄る。
「俺のは?俺の分はあるよな?」
「ありますよ。どうぞ。」
その間にウルリカは北の国の言葉で自己紹介をする。
「私は山の魔女ウルリカ・チェロナコチカ。」
「貴方達は何処のどなた?こんな山の中で何をしているの?」
2人は食事の手を止める。
「私達は山の民に、竜を守る者に拾われた者。」
金髪の少年が自己紹介をする。
「私はユーリ。こっちはチィト。」
「貴方達北の国の者ではないわね?言葉が少しおかしいわ。」
ウルリカは先ず2人の見た目でそうと気付いていた。
金髪の方は北の国の者と言われても違和感はないが
もう1人黒茶色の少年は違う。
「そうです。私達の出身は帝国です。」
シエナは南の国ベルススで産まれた。
南の国ベルススと北の国ノイエルグは友好関係にあり
北の国ノイエルグは山脈を挟んだ帝国と対立している。
当然シエナもそれは知っている。
さらに言うなら、シエナはこの2人の少年を始めて見た瞬間から
帝国の人だろうと思っていた。根拠は何も無いがそう感じた。
それでも朝食を振る舞ったのは、戦争は大人達の仕事で子供には関係無いと思ったから。
ではない。
もっと単純に、薄暗く寒い朝に焚き火にあたるこの二人の少年も
自分達と同じように疲れてお腹を空かせていたら可哀想だと。
ユーリはあまり流暢ではないが丁寧な南の国の言葉で言った。
「私達は、皆さんを連れてくるよう竜の守護者から言われました。」




