シエナと旅の仲間 35
デメトリオが荷物の整理をして、調理道具一式と食材を下ろす姿を見て
それからもう何を言っているのかも判らないほど泣き崩れるシエナを見て
ソールヴェイはようやく決心した。
「私が行くわ。」
あまり大きな声では無かったが全員がソルを見た。
「シエナの村は森の向こう。なら私は誰よりも速く辿り着ける。」
森の民アールヴァ。確かに彼女ならば騎士団長よりも早く危機を知らせられる。
だが知らせたところでどうなる。アールヴァの少女に何ができる。
「村へ行って避難させればいいのでしょ。」
ソルはもうその気になっている。しかも足元の崖を下って森に入るつもりだ。
「シエナは森を、私の国を守ると言った。なら私がシエナの村を守る。」
魔女ウルリカはソールヴェイの手を取り言った。
「村に着いたら森の魔女に会いなさい。」
全てを彼女に伝え、住民の避難と今後を相談するように。
「さあシエナ泣くのを止めて。私がきっと貴女の村を救うから。」
シエナは泣きながらソルの手を取る。
「お願い。お願いします。皆を助けて。王女様もどうかご無事で。」
シエナは鞄の中から焼き菓子を3つ取り出しソルに手渡す。
「今の私にはこれくらいしかお礼ができません。でも全部終わったら」
「お礼なんていらないわ。私達はもう友なのだから。」
「でもそうね、途中でお腹が空くと困るからこれはいただくわ。」
ソールヴェイは滑るように崖を降りる。
時折向きを変えながら転がることなく下まで降りた。
目の前に広がる森。
「あーあ。もう戻って来てしまった。」
自分にだけ言った冗談に笑ってソールヴェイは走り出した。
アールヴァの外套に施された魔法なのか
生い茂る木々から伸びる枝が走るソールヴェイを避けているようだった。
ソールヴェイは森を駆け抜ける風になった。
ただひたすら走った。
日が落ちても森の民は森の中で迷ったりはしない。
疲れて一度立ち止まり、シエナから渡されたお菓子わ1つ食べた。
「なにこれ。なにこれ。ななんのこれ。」
あまりに甘くてあまりに美味しくて疲れが吹き飛んだようだ。
ソールヴェイは眠くならない内にとまた走り出した。
ただソールヴェイはこのすぐ先がシュマイル家の領地だとは知らない。
自分が風になって駆けていたのに突然強い向かい風にぶつかった。
あまりの突風にソールヴェイは目を塞がれ足を止めた。
目を開くと複数名のアールヴァに囲まれていた。
皆、弓を構えている。
ソールヴェイは目の前のアールヴァに一歩寄り、毅然と告げた。
「私はルーンシャール家第一王女ソールヴェイ・ルーンシャール。」
「先を急ぐ。邪魔をするな。」
「ここはシュマイル国の領土である。黙って立ち去るなら弓を降ろそう。」
「立ち去るわけにはいかない。私は南の国の村に住む森の魔女を急ぎ訪ねなければならない。」
シュマイル国のアールヴァは「森の魔女」と聞き弓を降ろした。
「森の魔女に何用か。」
「森の魔女の暮らす村に危機が迫っている。それを伝えなければならない。」
「危機とはなんだ。」
さすがにソールヴェイも苛立った。
「ええい。通さないのであればお前達を斬ってでも征くぞ。」
ソールヴェイは腰の短剣に手を伸ばす。
その動きに他のアールヴァが弓を引く。
「待て。待ってくれ。」
制止したのはシュマイル国王子カスペレスタ・シュマイルの側付きトーマ・ダンヨール。
「ソールヴェイ王女、貴女はその危機をどのように知ったのかだけお聞かせください。」
「谷の、いや今は山の魔女ウルリカ・チェロナコチカ。」
ソールヴェイは事の成り行きを説明した。
「竜封じの大剣を携える村の娘の名はシエナ。」
彼女は騎士団長と山の魔女と共にツワーグの鉱山にいる。
そこで谷の者と遭遇し、オルクルが村を襲うと聞いた。
「私は友シエナの願いを受け村へと向かう。まだ邪魔をするなら」
ソールヴェイがもう一度短剣に手を乗せかけたところでトーマは慌てて
「待たれよ。もう止めはしない。この先は私が村までの路を案内する。」
一人で走ったほうが速いのに。とソルは思ったが
これ以上面倒な事で足止めをくらうわけにはいかないと承諾した。
「では急ぎましょう。お前は王に報告を。残りは引き続き周囲の警戒を。」
トーマは他の者に指示するとすぐに走り出した。
「そんな事なら俺知ってるよ。皆穴に籠もってるから知らないんだ。」
狩りから戻ったルーカ・ポドは呆れるように言った。
「どうしてお前が知っている。」
「飯を探しに歩いていたら出会したんだけどよ。食う物無かったから帰った。」
「そういやぁ飯がまだだぞ。」
「そうだ。話しで腹は膨らまねぇ。」
とても大事な話しなのだからと魔女ウルリカは食事前に聞き出そうとしたのだが
ツワーグ達はお構いなしに調理を始める。
手際良く、分担して作業を進めるのでシエナが手を出す隙も無く終わってしまう。
「確かに手際は素晴らしいけど。」
シエナの抱える剣の鞘に施されている見事な銀細工はツワーグの仕事だと言った。
そのような料理が並ぶのだろうと少し期待していたのだが
目の前に並ぶのは切って火を通しただけの塊に近い。
失礼ながらアールヴァの食事とあまり変わりない。
「シエナ、済まないがハーブを少し分けてくれないか。」
魔女ウルリカも同じ意見のようだ。
「ツワーグさんはとても器用なのに料理には手をかけないのね。」
シエナの質問にツワーグ達は一瞬食事の手を止め顔を見合わせ笑う。
「何を言っているお嬢ちゃん。飯は食ったら腹に入って消えちまう。」
「どれほど美しく作っても何にも残らねぇ。」
ツワーグ族の言うことはもっともだと思う。でもそれにしても「美味しくない」のは嫌。
片付けもとても素早く、これにもシエナは手伝う隙がなかった。
片付けを終えたツワーグ達がとっとと坑道に入ろうとしているので
ウルリカはルーカを捕まえ、他の者達も留まらせた。
「青銅の竜の眠る場所へ案内してくれ。」
「嫌なこった。」
ルーカは即答した。
「あの辺りには獣やら人族やらがウロウロして獲物になる動物がいねぇ。」
「狩りに行くのではない。」
「それにしたって嫌だ。見付かったら何されるか判らん。」
事態の説明をしなければならないようだ。
ツワーグ達はその集落をオルクル達に襲撃された。
散り散りになった後、僅かに集った者達でこの廃坑に住み着いたものの
早速オルクル達が現れた。
我々が来たからどうにか無事で済んだだけなのにここまで悠長に構えていられるなんて。
「早く日常に戻りたいだけか。」
魔女ウルリカは諦めた。そして取引と称した脅迫をする事にした。
「先程私達はお前たちの命を救った。対価を寄越せ。」
「飯を食わせたぞ。」
「私達は2度、オルクル達を退治したぞ。食事は一度だ。」
ツワーグ達は少し離れて相談を始めた。
「俺は何をどうされたって行かねえぞ。」
「俺だって嫌だ。」
どうにも話しはまとまらない。やはり事態の深刻さわ理解していない。
理解したくないのだろう。
「判った。もういい。場所だけ教えてくれ。」
魔女ウルリカはとうとう本気で諦めた。




