シエナと旅の仲間 25
同行の決定をシエナに報せようと寝室を訪れるが姿はなく、
ソールヴェイはいくつかの部屋を見回るついでに食堂を覗く。
居るとは思っていなかったので他の部屋に行きかけてしまった。
「何をしているの。明日出発なのだから早く寝なさい。」
ソールヴェイの入室に調理人もお世話担当も頭を下げ一歩後退る。
調理台の上には野菜のスープ。
「これはなに?」
「ズッパよ。パンを浸して食べるの。デメトリオ様が教えてくれた旅の料理よ。」
「ふーへん。そんなことより早く部屋に戻るわよ。支度をしましょう。」
王女様も料理や食事には興味がないのね。
ソールヴェイはシエナの手を取って行こうとすると
「ちょっと待って。皆さんおやすみなさい。とても楽しいお料理会でした。」
貴族の娘のような挨拶をすると
「とても素敵なお料理でしたシエナ様。」
「またいろいろと教えてくださいね。おやすみなさいませ。」
2人の料理人はとても好意的に挨拶してくれた。
もう1人、シエナは彼女からの挨拶を少しだけ待ったが何も言わなかったので
ソールヴェイと共に部屋を出た。
生意気な事を言ったから嫌われてしまったかも。
お菓子を持って来たら真っ先にあの女性に渡して私の言った事が本当だって教えよう。
そんな事を思いながら歩いてすぐに後ろから
「シエナ様。お待ち下さい。」
振り返るとその女性だった。彼女はパンの浸かったズッパの皿を持ったままシエナを追い調理場から出てきた。
「先程は大変失礼いたしました。」
見れば見るほどに、こんな小さな人の子に一体何か゛できるのだろうかと疑問を抱かずにはいられない。
なのに少女は村を国を、そして森をも守ると言った。
「ですが怖くはないのですか?不安もないのですか?」
シエナは知っている。
人は誰も闇を恐れる。
暗いのは嫌だ。真っ暗な何処かに、たった1人でいるのはとても怖い。
「怖いわ。不安よ。でも。」
「でも私の大好きな人達がいなくなってしまったり、」
「大切な場所がなくなってしまう事の方がもっと怖いわ。」
この女性に限らず、ルーンシャール国に暮らすアールヴァの誰にも
暗闇に対しても孤独に対してもシエナほどの恐怖は感じないだろう。
しかしそれは関係ない。
この女性は、シエナが恐怖や不安にこそ立ち向かっているのだと知った。
きっと女王陛下はだからこそこの小さな人の子に膝を折ったのだと。
「シエナ様。どうぞ無礼をお許しください。」
女性が頭を下げるとシエナは笑顔で答える。
「どうかお気になさらないで。」
「私だって私のような小さい子があんなに大きな剣で何をしでかすのかとても不安に思うもの。」
女性は呆れて笑ったのではない。
シエナの返事がどうやら本心でその笑顔に釣られてしまっただけなのだ。
寝室に戻るだけなのにどうしてずっと王女様はついてくるのだろう。
寝室に到着して挨拶しようとしたがとっとと中に入ってしまった。
さっきはよく見なかったけど素敵な部屋。
小さな部屋だけれど天井は高くて家具も立派。
大きくて丈夫で立派な寝台にソールヴェイは腰掛ける。
「貴女の旅の荷物ってその鞄だけなの?」
「そうです。お鍋とか調理道具はデメトリオ様が持ってくださるから。」
「貴女は誰にも持てない大きな剣を抱えるのだからそれくらい当然ね。それでその鞄には何が入っているの?」
「火を起こす道具と小さなナイフ。それからパンが少し。」
「パンですって?」
「何も食べる物が無くなったらこれを食べるの。」
「支度も旅に出ると言うより野原を歩く時のようなのよね。」
シエナが着ていた着衣は綺麗に洗われたたまれていた。
言われるまでもなく旅支度ではない。
「パンも支度も心配ないわ。さっき頼んでおいたから。」
「頼んだ?」
「明日になれば判るわ。さてそれじゃあ私も支度をしないと。おやすみなさい。また明日ね。」
「え?はいおやすみなさい王女様。」
言いたいことだけ言ってドアを締めてパタパタと走り去った。
鞄の中には領主様にいただいたお菓子も入っているけどこれは内緒にしないと。
村に戻ったらラウラに渡すのだから。
翌朝、朝食にはズッパが出された。
女王も王女も野菜を煮込んだ汁にパンが浸かっていたのでとても驚いた様子だった。
2人はシエナに習ってそれを食べると「美味しい」と喜んだ。
シエナにはソールヴェイが急いで朝食を食べているのが判った。
何を慌てているのだろうと不思議だったがその理由は食後すぐに判明する。
ソールヴェイは自分一人早々に食事を終えると挨拶もそこそこに食堂から出ていった。
シエナ達が食事を終え、さあそろそろ出発しようかと外へ出ると
弓と肩掛け鞄を携えたソールヴェイが立っていた。
「さあデメトリオ様。試験を開始してください。」
「本当によろしいのですか?女王陛下。」
デメトリオはソールヴェイにではなくヘンデアニエーリーンを見る。
「構いません。ソルも覚悟を決めての事。」
そのやりとりを見ていたシエナはソールヴェイが何をしようとしているのかを理解した。
「王女様もしかして私達と一緒に行くつもり?いけません。」
ソールヴェイは昨夜デメトリオが言った通りの事をシエナが言ったので笑ってしまった。
「それは私が女だからね?」
「それもあります。でも一番は貴女が王女様だからです。」
「は?」
「王女様は国や国民を守らなければならないと思います。」
「母、いえ女王がいるから大丈夫よ。それに国を守りたいからこそ行くのよ。」
「でも多分危ない旅になります。」
それなりに説得はできたようね。あとは私が強いと認めさせるだけ。
これもデメトリオ様の言った通り。
昨夜デメトリオは
「私と試合をしてシエナ殿を安心させればよろしいかと。」
そう言ってソールヴェイの同行を許した。かのように思わせた。
デメトリオはソールヴェイの同行には反対だった。
谷の軍勢の殆どが北へと向かたとは言え、王を守護する者は必要だ。
王女の身に何かあったなら、女王に申し訳が立たない。
デメトリオは試験を受けさせ、ソールヴェイ本人に同行を諦めてもらおうと考えていた。
「それで?試験は何でするの?弓?それとも。」
「剣です。」
用意されたのは訓練用の2本の木の剣。




