シエナと旅の仲間 19
魔女ウルリカはとっくに目覚めて2人の様子を見ていた。
すっかりアールヴァに囲まれている事も承知でそうしていたのは
アールヴァ達が弓を構えもせずに自分と同じようにただ2人を眺めているからだ。
おかしな様子を察したウルリカもナイフに伸ばしかけた手を戻し2人を眺め続けた。
シエナは剣を抱え、アールヴァの少女は腰に手を当て何やら言い合っている。
もう一度取り囲んでいるアールヴァ達を見ると何と皆笑顔だった。ただし呆れてもいる。
一体何がどうなったのだろうか。
「意地悪?私は本当の事を言っただけよ。」
「私はずっと旅をしてきたのよ。少しくらい汚いのは仕方ないわ。
「ふん。女なら旅の途中だろうと身嗜みに気を配るのよ。」
アールヴァ族ルーンシャール家第一王女ソールヴェイ・ルーンシャールはシエナを下から上までじっくり品定めしてから
「何て惨めな格好なの。そんな姿で旅をするなんて信じられない。」
シエナが着ているのは確かに旅に適した格好ではない。
シエナはそんな衣装持っていない。
いつもの朝、いつもの庭園に行って、いつものようにハーブを詰む。そのいつも服だ。
最初はラウラが着て、それからヴィタが着て、
それをオリアーナ院長がシエナに合わせて仕立て直してくれた服だ。
勝ち誇ったソールヴェイはシエナが何も言い返さないのでその顔を見ると
シエナはソールヴェイを睨んで涙を零していた。
口を開くと泣いてしまうので何も言えなかった。
シエナはどうにか泣き叫ぶことなく、ようやく口にした。
「これはオリアーナ院長の作ってくたれ大事な服よ。とても素敵な服なんだから。」
肩を震わせ顔を真っ赤にして、明らかに「怒って」いた。
「あれは姫様が悪い。」
「そうだな。あれは怒る。」
アールヴァ族達はどうやら第一王女の言葉をを咎めている。
それを聞いたウルリカはどうやらアールヴァ族に敵意は無さそうだと判断する。
「えー、私は魔女ウルリカ・チェロナコチカ。何が起きているのか教えていただけないか。」
「存じています魔女殿。心配はいらない。姫君が人の子をからかっているだけです。」
「姫君の失礼は私が詫びよう。」
「私にではなくシエナに直接、いやまあその必要もなさそうだ。」
魔女の言葉に目線を戻すと第一王女がまたも呆れるほど狼狽えていた。
「わっわっ。泣かないで。いえ怒らないで。良く見たら素敵な衣装ね。」
「それにそうよ。一緒にいらっしゃい。身体も服も綺麗にしてあげるわ。」
この言葉でシエナはアールヴァ族ルーンシャール家の領地へ案内される事が決まった。
「魔女殿。南の国の騎士団長殿。お二人も一緒に参りましょうう。」
最初からそのつもりで現れたのだろう。
敵意は無いようだが歓迎しているのかは判らない。
ソールヴェイが先頭を歩きシエナが続く。ウルリカと寝起きで慌てて荷物を詰め込んだデメトリオが続く。
その後ろと両脇にアールヴァ達が周囲を伺いながら歩く。
すぐに白い2本の木が並ぶ場所に着いた。
「トロルドさんが言っていた場所。」
シエナの言葉にソールヴェイは振り向き
「あいつらはこの先には行かない。」
「どうして?」
「この先に入ったらあいつらは二度と元の場所に戻れないから。アナタも気を付けなさい。」
「しっかり私の後に着いて来なさい。はぐれたら二度と森から出られなくなるから。」
意地悪や悪戯で言っている目ではない。
シエナは黙って頷いて、しっかりソールヴェイの後ろ姿を見ながら歩いた。
後ろのウルリカとデメトリオはその姿を見て
「キョロキョロしないで歩くシエナを初めて見た」と口を揃えた。
何処をどう見ても同じ木々が並ぶ森の中で
道と呼べる足場も無い。それでもアールヴァ達はまるで小川の魚のように素早く移動する。
ソールヴェイがすぐに離れてしまうのでシエナは走って追いかけなければならなかった。
「姫。人族は森に慣れておりません。少しゆっくりと。」
「ああそうね。」
しばらく歩くと目の前に白い2本の木が並んでいた。
「同じ場所ではないわね。少し木の形が違うもの。」
呟いたシエナにソールヴェイは少しだけ感心していた。
「到着したわ。」
2本の木の間を歩く。通り抜ける。と言うべきだろうか。
森の中を歩いていたのに、ずっと同じ景色で目の前も同じ景色だったのに、
2本の木を越えた目の前には大きく澄んだ青い湖が広がり、その周辺に家が立ち並ぶ。
魔女ウルリカも騎士団長デメトリオも言葉を失くしその光景に驚いている。
振り向くと確かに森があり、白い2本の木もある。
今歩きながら見た景色が、2本の木の間を通った途端に消え去って
全く別の場所のように開けた湖畔が広がっている。
アールヴァ族の魔法ね。話は聞いた事があるけれどこんな大規模だったなんて。
魔女達は街や村に暮らす人々よりは他の種族に詳しい。
特に国や領主に仕える魔女は主人の領地周辺の動向について常に気を配っている。
その対象は他国や他の領地、貴族だけではない。
その中でアールヴァ族の情報だけはとても入手が困難であった。
いくつかの、おそらく2つか3つ、アールヴァ族の国が存在を認識している程度で
その規模も場所も不明だった。
情報の全ては森の魔女によって他の魔女たちに伝えられているが
森の魔女が明かすのはほんの一部であり、その全ては明かしていない。
一方アールヴァ族は過去、人族の国に姿を現した報告は一切無いのだが
人の姿に成りすまし人族の国や街の情報を仕入れている。
「ここが私の国よ。」
「私はソールヴェイ・ルーンシャール。ルーンシャール国第一王女。」
アールヴァ族で最大の領地と領民を有している。
「お父様の国ですよ姫様。」
「父上の物は私の物よ。」
自己紹介に水を差され少々格好悪い思いをさせられたが気を取り直し
「貴方達の事は知っているわ。森に入る前からね。」
「まずその小さな人の子はシエナ。竜の剣を持つ者。」
「護衛役は南の国の騎士団長デメトリオ・アルベル。」
「そして忌まわしい谷から這い出た魔女ウルリカ。今はウルリカ・チェロナコチカ。」
いちいち格好を付けながら勝手に自己紹介をするソールヴェイ。
「それさっき私がお教えしま」
「黙ってないさいよ。」
「それより姫様。旅の者に休息と食事を。」
「そうね。その前に湯の準備よ。それと着替えもね。」
「さあシエナ殿。ウルリカ殿。こちらへ。」
アールヴァの女性が呼んだのはシエナとウルリカの2人だけ。
それに着いていこうとデメトリオが歩くと
「おっといけません。男性はこちらですデメトリオ殿。」
男性のアールヴァがデメトリオを案内した。




