シエナと旅の仲間 18
森の中は何処を見ても同じ景色なので
本当に真っ直ぐ進んでいるのかシエナは自信が無かった。
時折振り返るのは自分なり目印の木をを決めているからなのだがあまり意味は無かった。
倒れた木が時折邪魔をするが森の中は平らで大きな石も転がっていないし
狩猟場のような笹も、それ以外の草もあまり伸びていないので歩きやすかった。
だからきっと大丈夫。と自分に言い聞かせながら歩いた。
デメトリオもウルリカも何も言わないのだからきっと大丈夫。
何度か休憩してそれでも歩き続けるのだが「2本の白い木」はまだ見付からない。
森の中ても日が傾いたのが判ると
「今日はここまでにしましょう。」
倒木があって少し開けて、少しだけ空が見える場所に野営する事にした。
森の中の野営は危険だが、闇夜の森を進むのはもっと危険だ。
「薪集めには苦労しませんね。」
デメトリオは殊更陽気に言った。
「こんな事ならトロルドさんに連れてきてもらえば良かったわ。」
つい零してしまったシエナの言葉にウルリカはとても安心した。
「さあ火点役のシエナ様。出番ですよ。」
「そうね。暗くなる前に火を起こしましょう。」
手頃な石があまり転がっていないので調理台を作るのに難儀したが
食料は騎士団長がたっぷりと運んでくれているので食事には困らない。
お腹が膨れるとシエナはすぐに眠くなった。
「今日はたくさん歩いてとても疲れたわ。やっぱりあのままトロルドさんに運んでもらえば良かった。」
シエナの冗談でもあり本心でもあるなとデメトリオにも判った。
デメトリオもウルリカもしばらくは黙ってシエナの寝顔を見詰めていた。
2人とも今日の出来事を何からどう語ったらいいのか判らなかった。
勿論最初の出会いから強烈だったのだ今日のは特別のさらに特別だった。
森の怪物と恐れられたトロルドに出会い、その怪物たちがシエナを族長と呼ぶ。
今まで自分が知っていたトルドとは一体何だったのだろうと真剣に思い出そうとしていた。
「私には不安しかなかった。」
最初に口を開いたのは騎士団長デメトリオだった。
魔女ウルリカは彼の言葉を黙って聞いた。
「こんな小さな子に、国や世界を任せて大丈夫なはずはないと。ずっと思っていた。」
「シエナが小さいからではない。シエナが子供だからだ。」
「国を救うのは騎士の務めだ。世界を守るのは大人達の仕事だ。」
「どちらでもないこんな小さな子に私も、国王も一体何をさせようとしているのか。」
「それでも、それでも魔者や魔獣を追い払いトロルド達を従えた。」
「あの剣を持つシエナ殿にならば」
ウルリカはデメトリオを戒めるように強く口を挟んだ。
「いいえ。いけません。シエナは剣を運ぶ者。ただそれだけです。」
「それは会議でもお話した通りです。トロルドとの一件はただの幸運です。」
「シエナが襲われ、計画が終わってしまう可能性もあった。」
「あの時、私達はシエナを守らなければならなかった。」
そう言われてしまうとデメトリオにも言葉が無かった。
闇に飲まれたトロルドに襲われていたなら。
そう考えると冷たい汗が背中に流れた。
国やら世界やらがどうこうではない。たった1人の女の子さえ救えない自分を許せはしないだろう。
「眠っている間に縄で括ってしまって1人では何処かに行けないようにしようか。」
勿論これは冗談だ。でも本心でもある。
「いい考えだとは思うわ。でもきっと無駄よ。」
魔女ウルリカもデメトリオが本当に、本気でシエナの心配をしているのは判っているし
それについ強く言ってしまったのを悪いと思ったのだろう。
「無駄とは?」
と尋ねるデメトリオに魔女ウルリカはいつものように悪戯に笑い答えた。
「デメトリオ様も仰ったでしょう?この子は羽撃く者なのよ。どんな縄で縛ろうとも飛んで行ってしまうわ。」
だからこそ目を離ししてはならない。
2人は自分自身に固く強く誓った。
それでも翌朝、シエナは早くに目覚めるとやはり疲れていたデメトリオは
シエナに言われるまま横になりすぐに眠ってしまった。
シエナは少しだけ離れて、2人の姿がよく見える場所で朝食の支度を始める。
剣を大きな木に立て掛けてすぐだった。
「おい小娘。」
「あ、喋ったわ。どうして今まで黙っていたの?」
「それほど長く黙っていたつもりなど無い。人族の口が多いだけだろう。」
「まあいいわ。それでどうしたの?」
「おそらくこれからこの私を奪いに何者かが現れる。だが手を出すな。」
「どうして?」
「とにかく大人しく見ていろ。手間を省いてやろうと言うのだ。」
突然何を言い出したのだろうと思いながらもシエナは剣の言うまま剣に背を向け朝食の支度を続ける。
鍋に水を入れ火にかけ、それから野菜の皮を剥きスープの準備。
足音も気配もしなかった。
「おい小娘こっちを向け。」
声がして振り返ると1人の若い女性が剣を持ち上げようと奮闘していた。
その後ろ姿を見て、シエナはついうっとりとしてしまった。
「おい。何をしている。」
剣の声で我に返ってその女性を観察する。
女性と言うより女の子ね。ラウラよりも大きいけど。
この人も剣を持ち上げられなかった。
デメトリオ様だって持ち上がらないのにウルリカ様みたいにあんなに細い女の人には無理よ。
必死に剣と格闘している様子が面白くて眺めてしまった。
鞘を抱えようとしたり柄を何度も握り直してみたりしたが持ち上がらなかった。
とうとう折った膝に手を着いて肩を上下にしてようやくシエナは声をかける。
「お手伝いしましょうか?」
「うわあっ。」
足音を立てないよう静かに忍び寄ったりなんてしていなないのに少女は飛び上がって驚いた。
シエナは剣に歩み寄り、片手で柄を握り軽々と持ち上げた。
あまり重くは無いのだがやはり大きくてどうしてもヨロヨロとなってしまう。
「さあ。持ち上げましたよ。」
木の陰から覗き込むようにしながらこちらを見ている。
白とような薄い金色?銀色にも見えるわ。サラサラして綺麗な腰まで伸びた長い髪を飾り編みしている。
背負っているのは弓矢ね。朝食に鹿を狩るのなら少し分けてほしいわね。
「それにしてもなんて綺麗な人なの。」
呟いただけだがシエナのその表情がどうやらお世辞ではなく、本当に見惚れているようだったので
その少女は木の陰から姿を現した。
「ふん。私は森の守護者アールヴァ族ルーンシャール家第一王女。」
王女は胸を張って言った。
「お前のような小汚い人の子などと一緒にするなっ。」
確かに昨日から身体を拭いていない。髪もバサバサだ。
森の中をウロウロしたので服もあちこち解れている。
だからって面と向かって汚いなんて。
「トロルドさんの言った通り。貴女は意地悪よ。」




