冒険の始まり 33
シエナが父親の胸に飛び込むのは
二人で宿に戻り、部屋に入り、ウルリカとルイジアの顔を見て
二人が頷いてからだった。
「無事で良かった。本当に。」
攫われたのは自分の存在が原因なのだと自覚したからなのか
シエナは涙を流しながら何度も何度も謝った。
デメトリオは「自分を救出するために無茶な事をした」から謝っているのだと思って
「本当に無茶な娘だ」と言いながら抱き寄せた。
チィト・ルクは同じ建物からシエナと騎士団長が現れたのを見て
事が上手く進んだのだろうと彼女達から中の様子を確認しようとしたが
別の道から、宿へ帰ったはずのラウラ・ビーラコチカが一人で男に連れられ中に入ったのを見て
どうするべきか迷った挙げ句、その場に留まる事にした。
ラウラはシエナと同じように暗い地下の通路を通され階下で待つよう促されるが
当然のように無視して付いていく。
デニ・スリチェフは勝手に入室した二人に激しく叱責する。
男がスリチェフに少女の事を伝えると。
「何を馬鹿な事を。私は今いそがしい。これから人を」
信じていないのはラウラにも聞こえたので割って入るように
「あなたが代表?勝手に光の使者を名乗らないで。」」
二人がラウラを見た瞬間、強い風が二人の顔に当たる。
「私こそが光の使者である。」
ラウラはこっそりと小箱を開け、自分の背後に光を灯す。
スリチェフは信用する以外なくなった。
「光の使者を名を使い何をしようとしているのか。」
ラウラの問いかけに、スリチェフは乗った。乗るしかなかった。
乗るからには、どう取り繕うのかを口にしながら必死に考えた。
「貴女が本物の光の使者様であるなら、深い谷に押し込められた民達をご存知かと。」
「知っています。ですが谷にはもう人はいない。」
「谷から這い上がった者は帝国に逃げましたが、ああなんと悲しい事か。」
スリチェフは大芝居を続ける。
「その帝国でも迫害されていたのです。」
谷の者を救ったのは、帝国皇帝から疎まれ見捨てられ遠いい地に追いやられた第二王子が保護した。
しかしその地にも皇帝の手が伸び
我々は荒波激しい海を渡りこの地に辿り着いたのです。
ラウラはスリチェフのお芝居を見終えてから
「貴方達の経緯は判った。それで?」
「それで?とは?」
「光の使者を名乗る理由は答えていない。」
小娘のくせに。
顔に出さないように堪え
「谷を解放したのは光の使者様であると伺いました。」
「ならば解放された我々が使者様をお慕いしするのも当然かと。」
ラウラは少し考えるふりをしてから
「それでは私に協力しなさい。」
「協力とは?」
「私が光の魔法を使って竜を追い払ったのは、」
「いずれこの世界を手に入れようと考えたからだ。」
あまりに荒唐無稽な妄想にスリチェフも戸惑う。
だがこれで
「それでは我々を正式に光の使者の下僕と
「ちょっと待って。貴方達は私を何と呼んでい自分達をどう呼んでいるの?」
「貴女が本物であるな貴女は光の御使様です。」
「我々は光の御使様を慕う光の使者と名乗っています。」
ラウラは自分が呼び方を混ぜてしまった事に気付いて
「判りました。ではそれで統一しましょう。」
スリチェフは恭しく、機嫌を損ねないように穏やかに
「承知しました。しかし、しかしですね。私以外の者達にも貴女が本物の光の御使様であると示していただきたい。」
「では皆を集めてください。」
ラウラが言うと、デニ・スリチェフは気付かれぬよう微笑む。
「貴女が本物の光の御使様であるなら、いえ私は疑っておりませんが」
「先程竜を退治したと仰ったように、竜の子を名乗る者を退治していただきたいのです。」
「竜の子?」
「竜の剣を持つ幼き少女が世界を奪うと言うのです。その協力をしろと脅迫されました。」
「明後日、その娘は竜の力を見せると言いました。」
「なるほど。私にその娘の相手をしろと。それでその娘は今どこに?」
「帰りました。明後日、屋敷近くの広場に現れます。」
ラウラは笑ってしまわないように我慢して
「判りました。使者の皆さんに私の力を見せつけるには絶好の相手です。」
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ラウラを連れてきた男は慌ただしく再び屋敷へと戻ったのを見たチィト・ルクは
一人宿へと向かうラウラを呼び止める。
「王国の言葉を覚えたのね。」
「挨拶程度だ。それで、何がどうなった。」
「宿へ行きましょう。皆の前で話します。」
ラウラはシエナと再会するとすぐにいつものように
「本当にシエナはいつもいつも無茶な事ばかりして。」
また始まった。でもちょっと待って、
「そう言えけどラウラのが無茶な事しているように思う。」
突然魔女になろうとしたり、オルクル達と戦ったり、
「それは貴女が、まあいいわ。」
ラウラはデニ・スリチェフとの会話を皆に教える。
「私とシエナを戦わせたいようね。」
シエナはそれを聞いて目を輝かせる。
「面白そう。戦うふりをしてあいつら全員町ごと壊そうか。」
「またそんな事言って。あの人達をどうにかするのはともかく街を壊すなんて。」
「でもこの街が無くなれば王様だって引っ越ししなくてもよくなる。」
ウルリカゆはここまで聞いてから
「まあ待て。帝国の子もいる。先に彼の話しを聞こう。」
全ての会話が聞き取れてはいないが何やら物騒な相談をしていた事だけは判ったチィトは
それでも気を取り直して帝国内の事情を伝える事にした。
「とても混乱している。私の主人の危惧はこの国との諍いの心配だ。」