旅の終わりに 39
竜の国の子供達は荷造りと身支度を整え、シム領へと向かった。
もうこの場所には戻らないと思うと悲しくもなったが
竜が去ったなら、それを護る者も去るべきだ。
山の魔女ウルリカ・チェロナコチカは一人ずつに感謝を述べ子供達を送り出した。
アールヴァ族のソールヴェイ・ルーンシャールとトーマ・ダンヨールは山を降り森へと向かう。
これから引っ越しの準備で忙しくなる。
森の魔女イロナ・チェロナコチカとその弟子ラウラ・ビーラコチカはその手伝いをすると言った。
湖の魔女ルイジア・チェロナコチカも同行し、その後塔の魔女の元に向かう。
「カラミアに伝えてやらないとな。」
ラウラがシエナを見る。
「シエナは村へ戻る?」
「私はウルリカ様と行く。」
「そうね。じゃあ皆の引っ越しが終わったら村へ行くから。」
「いいえその前に王都に行って王様に剣を返さないと。ご褒美がもらえない。」
シエナとラウラの会話の最中、イロナはデメトリオを引っ張り、
「おい。シエナを任せていいか。」
「勿論そのつもりです。」
「しかし騎士団長としての仕事はいいのか?国が心配ではないのか?」
今更だな。とデメトリオは思った。
「私にできるのは剣を振り人々を守る事だけ。国は関係ないのです。」
「そうは言うが帝国と戦争になったら帝国の人を斬るのだろう。」
「帝国がベルススに攻め込んだのならそうします。しかし私から攻め込むような事はしません。」
「国王の命でもか?」
「侵略行為ならば王の命にも背きます。我が王はそれを承知して私を団長に命じました。」
イロナは突然笑顔を向ける。
「なるほど。ウルリカが惚れるわけだ。」
突然の言葉にデメトリオは言葉を失う。
「旅の終わりに結婚を申し込め。必ず受けるから。」
イロナは、今度は真剣な顔をして言った。
「そうしたら、シエナをお前の、お前たちの娘にしてやってくれ。」
付いて行く。と言ったシエナにウルリカは素直に喜んだが
「お前が私の旅に付き合う必要はない。ラウラ達と共に行け。」
シエナは少しだけ考えてから
「ウルリカ様は私の旅にずっとずっと付き合ってくれて」
「ずっとずっと私を守ってくれた。だから今度は私がウルリカ様の旅に付いて行く。」
シエナはイロナとウルリカの会話きを聞いていた。
真鍮の竜の入った小箱は、谷の底に持っていく。
谷にある塔は、それを収める「蓋」なのだと言っていた。
谷にはまだ何かいるかも知れない。
黒い毛の獣とか、それに乗った人のような何かとか。
それともあのおぞましく醜い化物か。
「私にはまだ竜の力が残っています。」
シエナは騎士がそうるように片膝を付いて頭を下げる。
「どうか私をウルリカ様の旅のお供に。」
ウルリカは溢れ出る涙を堪えられず、シエナを抱き締めた。
最終的にウルリカがシエナを旅の共にすると決めたのは
イロナから「谷には王のみ」と聞いていたからではあるが
ウルリカはこの旅が終わる事を惜しく感じていたのと
「真鍮の竜の封印」の事実までをシエナの手柄にしようと決めたからだった。
自身はそれの証人になるだけであり、全てはシエナの行為としたかった。
きっと一生かかっても使い切れないほどの褒美が与えられるだろう。
それを土産に村に送り届けるまでが私の旅だと決めた。
その後の事はそのとき考えよう。
イロナが言ったほど塔の最下層への道は長いとは感じなかった。
「魔法が施されていたのかも。」と言ったがそれはもう判らない。
次第に灯りが届かなくなるが松明が耐える前に辿り着き、
ウルリカは谷の王の部屋の前に辿り着く。
シエナとデメトリオはその前で待たせようかとも考えたが
ウルリカは懐からラウラの小箱を取り出しシエナに差し出す。
「シエナ、お前の手でこれを渡してくれ。」
「私でいいの?」
「お前でなければ駄目なのだ。頼む。私とデメトリオ殿はここで待つ。」
どうして自分がそうするのか判らないが
ウルリカ様がそうしろと言うならそうするべきなのだろう。
部屋の入口の前には灯りがあるのに部屋の中は真っ暗だった。
だが恐怖はなかった。
シエナが部屋にはいると、人が座っているのがぼんやり見えた。
真っ暗ではあるのだがその形だけは判った。
「竜がふたついるな。」
影の言葉にシエナが答える。
「一つを持って来ました。アナタに渡すようにって。」
シエナが小箱を差し出すと、暗闇から腕が2つ伸びた。
シエナは小箱をその手のひらに乗せる。
「これはもう竜では無い。闇でもない。」
「再び竜にならぬよう、闇にならぬよう私が最後まで見張ろう。」
小箱を持った腕が暗闇に消える。
「竜の娘よ。谷の魔女に伝えてくれ。」
シエナは谷の王の言葉を遮るように言った。
「谷の魔女ではないわ。ウルリカ様は山の魔女よ。」
「そうか。そうだな。では山の魔女に伝えてほしい。」
シエナは黙って聞いた。
「お前はもう山の魔女を名乗るなと。」
シエナは一瞬眼の前の影に怒ろうとしたが
「お前が次に何の魔女になるかとても楽しみだと。」
「頼む竜の娘よ。勝手な願いではあるが伝えてくれ。」
「直接言う?」
少しだけ静寂があって
「いいや、竜の娘よ。我々はもう別れを済ませた。」
「ありがとう竜の娘よ。」
「私があの者に救われたように、あの者はお前に救われたのだな。」
私は何もしていない。いいえ
「私は私がしたいようにしただけ。」
谷の王は最後に
「私はこれと共に眠るとしよう。さあ空を目指せ。
それだけ言うとと暗闇の奥へと消えた。




