表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
羽撃く者達の世界  作者: かなみち のに
第一幕 序章 シエナとラウラ
2/242

第一幕 序章02

宿屋の主人が現れ剣を手に取ろうとするが案の定落としてしまいそれきり持ち上がらない。

「不思議な剣だな。お前の親父さんに聞いてみたらどうだ。」

鍛冶屋の娘ロージーも「そうね、そうしましょう。」とシエナに剣を運ばせる。

鍛冶屋の主人はラウラ、オリアーナ、娘のロージーと宿屋の主人と同じように

シエナから剣を受け取る際にガシャンと大きな音を立てて落としてしまい

シエナが剣を担ぎ、鍛冶屋の主人はそれを支えに触れ見ている。

じっくり値踏みすると

「こりゃあオメェ本物のルッビーノだぞ。」

「銀細工も見事だ。こりゃあオメエ王都の職人か、いやツワーグの職人でもなきゃあ作れねえ代物だい。」

「それで宿屋の親父は何だって。」

「あ、うん。ここしばらく宿泊客は女性が一人だけだって。」

「ああそれ。」

鍛冶屋の娘ロージーが宿屋の女将と立ち話をしていたのは

この「しばらくぶりの客」についてだった。

「正確には客じゃないのよね。王都から来たって自慢して森の方へ行ったのよ。」

「森?でも私は会わなかったわ。」

シエナは森の手前にある庭園にハーブを摘みに朝食後すぐにラウラと共に出掛けた。

森へ行くにはその庭園を通るしか路は無い。

お昼のバケットに小鳥たちは集まったがそれ以外誰の姿も見ていない。

「やっぱりね。そのお嬢さんは森に入るような格好はしていなかったわ。」

娘の話しを聞いていた鍛冶屋の主人が言った。

「そういや昼前にへんな客が来たが同じお嬢さんかもなぁ。」

「変なって?」

「連れが剣を持っているがこの鍛冶屋で買い取ってもらえるかとか。」

「うちは買い取りも貸付もしてねえよって断ったがな。」

「宿屋に行ったのもね、おかしな話しなの。」

「この村には領主は現れるのかって。」

「時折姿を見せますよって答えたら、そうですかそれじゃあ。て行ってしまったって。」

大人達が何やら話しているがシエナには何のことか判らなかった。

ただひとつ、「この剣の持ち主は判らない」事だけは判った。

「仕方ないわシエナ。明日領主様に相談しましょう。」

院長オリアーナの言葉に他の大人達も賛同した。


孤児院に戻るとすっかりお腹を空かせた子供たちが2人の帰りを待っていた。

「遅くなってごめんなさいね。食事の支度はできているようね。」

お日様と雨によってもたらされた大地の恵みに感謝し食事が始まるのだが

食堂の壁に立てかけられた大きく立派な剣を誰もが気にしながらの食事だった。

しばらくしても院長が何もも言わないのでとうとうラウラが聞いた。

「院長。その、あの、シエナが拾った剣はどうなるのでしょう。」

オリアーナは手を止め

「明後日の朝領主様を訪ねて相談します。」

明日は市場へ行かなければならない。

孤児院はハーブや鶏の卵、畑で採れた野菜の販売で稼いだお金で成り立っている。

明日は市場に行ってそれらを売り、明日からの食材を買わなければならない。

決して楽な生活ではない。子供たちには辛い想いもさせている。

森の魔女がいてくれたなら子供たちの面倒を見てもらえたのに

一月(ひとつき)近く村に現れていない。

「なので明日は今日と同じ。シエナとラウラはハーブの採取と調合をお願いね。」

「トニアとヴィタも今日と同じ。チーロとファビオは私の手伝いで一緒に市場へ行きます。」

本当なら森の魔女が来て子供達にいろいろ教えてくれる日なのに。

いずれ巣立つこの子供達に、知識と知恵を与えてくれるはずなのに。

がっくりと肩を落とす子供達。

子供達もまた森の魔女が現れない事を不思議に思っている。

「森の魔女様だったらあの剣持ち上げられるかな。」

ラウラの隣の、2つ年下のヴィタが何となく口にした。

子供達は全員剣を持ち上げようと試みたが全員ピクリとも動かせなかった。

「判らないわ。魔女様ならもしかしたら出来るかも知れないけど。」

ラウラは不機嫌に答えた。ヴィタが少しだけ驚いたのでラウラは慌てて謝った。

自分も他の子も、院長にも持ち上げられなかったあの大きく立派な剣。

一番年下で一番小さなシエナだけは軽々と持ち上げるのだ。


シエナはいつも誰よりも早く目を覚ます。

まだ暗い中、鶏小屋に行って卵を探す。卵の入った籠を台所に持っていく頃には

チーロとファビオの男の子二人が眠い目をこすりながらパン作りを始めている。

シエナはまだ幼くて小さいので力も弱いのでパン作りをさせてもらえない。

同じ理由でナイフも持たせてもらえないし、火を起こす事も許されていない。

シエナはただ羨ましそうにいつもそれを眺めていた。

いつもなら焼き上がったパンを宿屋に運ぶのはシエナとラウラなのだが

今日は院長のオリアーナが市場へと行くついでにとチーロとファビオをお供に出掛けた。

年長者のラウラとその次のヴィタが洗濯場へと向かい、

シエナとシエナの2つ年上のトニアが朝食の片付けをしていた。

食器を片付け終えるとシエナは言った。

「私、1人で行ってくるわ。」

「ダメよ。庭園へは1人で行っちゃいけないって院長が言っていたわ。」

「庭園じゃないわ。私、領主様のところへ行ってくる。」

シエナは食堂に立てかけていた剣を抱える。

「え?領主様のところって何処だか知っているの?」

「ええ。村の向こうの街の中でしょ。前にラウラから聴いた事があるから大丈夫よ。」

お昼のお弁当用にとオリアーナ院長が用意してくれたバケットを1つ、

それを半分にちぎって、それから目に入った卵をいくつか割れないよう静かに鞄に詰めた。

シエナは慣れたように大きな剣を抱え、

時折ヨロヨロとしながらもとっとと歩いて孤児院から出て行ってしまった。

孤児院は村の中の森に近い場所にあり、

村を抜けるまでに宿屋の女将さんと鍛冶屋のロージーと

他にも何人かの村の人と挨拶をした。

市場のある通りに行ったらきっと止められてしまうだろうと少し遠回りをして村から出た。

畑や果樹園の間に延びる路を歩き、一度腰を下ろして休憩。

鞄の中のバケットが気になったが

「これはまだだめよ。もっとお腹が空いてから。」

立ち上がりまた歩いてようやく貴族や商人が暮らす街の中に入った。

すぐにシエナは奇異の目で見られ 

何人かの親切な街の人が声をけててくれた。

「領主様の元にこの剣を届けるの。」

「小さいのに偉いな。どれおじさんが手伝ってあげよう。」

しかしやはり、誰もがそうしたように手を滑らせて剣を落としてしまうのだった。

落とす度に大きな音を立てるのでシエナは次からは

剣を下に置いてから持ってもらおうとした。

領主の屋敷が見えた頃、最後の道案内を聞いてそれを確認して

お礼を述べてからしばらく歩くとようやく領主の屋敷に辿り着いた。

扉を叩くと年配の執事が出迎え親切に応対してくれた。

「私の抱える剣は昨日森へと通じる道で拾ったものです。」

「村の鍛冶屋さんはとても貴重な剣だと申したので領主様にご相談するようオリアーナ院長に言われ」

「こうして馳せ参じた次第でございます。」

まるで物語の騎士にでもなったような。そんな気分で

とても上手に伝えられたわ。とシエナは思った。

執事の驚いた顔はきっとそう思っているからに違いない。

「それでは領主を呼んでまいります。よろしければその剣をお預かりいたしましょう。」

そう言って手を伸ばすのだがやはり案の定彼も剣を受け取れずに落としてしまうのだった。

大きな音を立てたので二人の女性の使用人が慌てて飛んで現れた。

都合が良かったのはその音が執務室まで届き領主のマルロ・リッピも姿を見せた事だった。

「何事か。」

「お騒がせして申し訳ありません。」

執事が頭を下げるのを見て、シエナはきっとこの人が領主様に違いないと思った。

シエナは領主を見たことが無くて

剣を持って歩きながらずっと「どんな人だろう」と考えていた。

白い髪て白い髭のお年寄りだろうか。

それとも私と同じ栗色だったらちょっと嬉しいかも。

顔は竜のように恐ろしいのだろうか。

目の前の領主様は私の想像の全部と違ったわ。

黒い髪で黒い髭。私や院長よりも大きいけど山のようではない。

お爺さんでも少年でもない。竜と言うより羊のような顔だ。

宿屋の主人や鍛冶屋の親父さんよりも痩せているが

普通の剣を振れないほど弱々しくもない。

なんだかたくさん普通のある人。

シエナは危うく言葉を零しそうになって慌てて口を塞いだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ