シエナと旅の仲間 13
城から出てすぐにシエナを呼ぶ声がして、振り返ると
調理人のフランキが走って追いかけてきた。
「ああ間に合った。これを受け取ってくたざいシナエ殿。」
布の袋の中に紙で何か包まれている。
「焼き菓子だよ。疲れて休憩したら食べるといい。5日くらいは持つだろうが早めにね。」
「ありがとうフランキさん。大切に、いえなるべく早く食べます。」
「旅の無事を願うよ。さあ戻って王様の昼食の下拵えだ。」
フランキは現れた時と同じように走って城へと戻った。
見送ったシエナは魔女ウルリカに尋ねる。
「それで何処に行くの?」
「先ずは森の民に助けを求める。無駄かも知れないが。」
森の魔女から聞いた事はある。
南の国と北の国にまたがる広い広い森には「森の民」と呼ばれる一族が大昔から暮らしている。
一族は森から出ることは無く、森の外の人々とは一切関わらない。
時折森で迷った人が見かける事はあるのだが
はっきりと姿を見る前に、声をかけるその前に姿を消してしまうのだ。
庭園でハーブを摘む時いつも森を見ている。
もしかしたら森の民がひょいと顔を出すかも?といつも思っている。
でも見た事はない。
「是非会ってお話をしてみたいと思っていたのよ。」
北の国ノイエルグに向かう行商人を雇い、
荷物の代わりに3人を乗せてもらった。
3人を運ぶ報酬はいつもの商売よりも多かったのに
商人は当然のように3人以外にも南の国ベルルスの特産品を積んだので
馬車の荷室は少々狭かった。挙げ句
「騎士様が一緒なら心強いですな。」
冒険者を雇って護衛にするよりずっと頼もしいと、勝手に護衛役も押し付けた。
お喋りな商人で、決して悪気があるわけではな無いのだが彼は3人の事を色々と聞き出そうとした。
デメトリオは「行商人の馬車に乗る」と決めた時既にこうなるであろうと予測していて
魔女ウルリカとシエナとで打ち合わせをしていた。
「私達家族は揃って北方の親戚の家に行くのです。」
「妻の兄の奥方が出産するのでその手伝いに。」
だからウルリカは魔女の格好のさらに上に大きめな外套を羽織っている。
シエナの抱える剣には
「兄には結婚の祝もしていなかったので出産の祝と合わせての贈り物です。」
「ただあまりに素晴らしい剣なのでこの子が手放そうとしないのです。」
出発前に咄嗟に捻り出した考えだがなかなかどうして筋が通っているではないかと
デメトリオはすっかりその気になっていた。
「なるほど確かに素晴らしい剣だ。お嬢ちゃんは見る目がある。」
「そうよ。だからこれは誰にも触らせたりしないの。」
商人が剣に手を伸ばす前にシエナは見事に牽制してみせた。
昼食と二度の休憩を挟み、夜も賑やかに過ごした。
シエナは馬車の中で寝るように言われたが1人仲間はずれにされているようで
大人達の中に同じように焚き火の前に座り
何の話をしているのか懸命に判ろうとしている。
行商人の男が本当にたくさん喋るので、そしてとても楽しそうに笑うので
シエナもウルリカもデメトリオも釣られて笑うのだった。
いつの間にか眠っていたシエナを馬車の中に運ぶウルリカに
デメトリオはそのままウルリカも休むように言った。
行商人も夜の見張りは男の仕事だと請け負ったがしばらくすると眠ってしまった。
デメトリオは時折爆ぜる焚き火を眺めていたのだが
何か思い付いたように急に立ち上がり、少し離れて剣を振り始めた。
夜明け前にいつものようにシエナが1人起き出してデメトリオを休ませる。
静かに朝食の準備を進め、日が昇って少ししてから皆を起こした。
まだ柔らかいパンと、鶏の卵と、人参のスープ。
「こりゃあ美味い。お嬢ちゃんは料理の才能もある。王都で店を出す時は相談しなよ。」
行商人が実に美味しそうに食べるのでシエナも嬉しかった。
馬車を走らせるとやがて右手に森が小さく見えてきた。
そろそろだと3人が思った。
街道が森へ最も近付いた場所でデメトリオは馬車を止めさせた。
「この先の村だ。ここからは歩いて行くよ。」
「そうかい?村まで乗せて行くよ?」
「そこまで面倒はかけられないよ。ここで充分さ。それに」
「家族に私の育った場所を色々案内したいんだよ。」
「そうかい。それじゃあここでお別れだな。楽しい旅だったよ。」
「私も楽しかったよ。また王都で会う事もあるだろうさ。」
テメトリオが手を差し出し商人と握手をする。
「おじさんどうもありがとう。私も楽しかったわ。」
シエナが畏まって挨拶すると
「そいつは良かった。これからも楽しい旅でありますよに。」
そう言って大きく笑いながら馬を走らせた。
馬車の後ろ姿が見えなくなる頃には既に日は高く昇り
シエナはすぐにでも森へ入るのだと思っていた。
「いや今日は森の近くで野営をしよう。森はすぐに暗くなる。」
魔女ウルリカの提案に2人は従う事にした。
野営地を探しながら、デメトリオは2人に謝った。
「咄嗟の事とは言え2人を妻と子と偽って本当に申し訳ない。」
まさかこれから魔者退治に行くとは言えな。
シエナはデメトリオの嘘を、とても親切な嘘だと思った。
「あのおじさんにも言ったけど、私は本当に楽しかったわ。」
本当に家族だったらきっと毎日こんなに楽しいのだろうと思った。
それは叶わないと知っているからシエナはそれ以上何も言わなかった。
「ええ。私も楽しめたわ旦那様。」
魔女ウルリカの悪戯な言葉にデメトリオが真っ赤になったので
それを見ているだけでも充分だった。
当のデメトリオはこの偽りの家族遊びを終えてしまうのを誰よりも残念に思っていた。
この旅が終わって、無事に帰ったら
ウルリカに結婚を申し込んで、シエナを養女として引き取って。
それにはオリアーナ殿と領主様に挨拶をして、それから国王にも。
そんな事まで結構本気で考えていた。
商人を見送り、姿が見えなくなって森を見据える頃にはそんな気持ちはすっかり忘れてしまっていた。
森はとても広く、大きく、風で吹かれているからなのか何とも騒がしい。
目の前の木々は何者の侵入を阻むようにそこにあり、見張っているのだ。
「こちら側の森は何だか私の知っている森とは違うわ。」
ハーブ摘みに訪れる庭園のその先の森はもっと穏やかで温かい。
「同じ森でも1つの森ではないのよ。」
魔女ウルリカの言葉の意味は判らなかった。
「この国にもたくさんの街や村があるのと同じよ。森にも棲む者達の場所が皆違うの。」
シエナはこの時、森に暮らすのは「森の民」だけでは無いのだと理解した。
そして「森の民」と呼ばれる者達が皆同じ場所で暮らしていると思い込んでいるが
それはまだシエナが幼いからだけではなく、森がシエナが思い描いているよりもっとずっと大きく広い事も
そして暗く、深い事も知らないのだから当たり前なのだ。
だから、森の魔女様も森の住民の1人なのだろうか。と考えたり
村の近くの庭園の先の森には妖精が棲んでいるから温かいのだろうかとも考えた。
目の前の森にはとても妖精がいるようには感じられない。
「ラウラに読んでもらった物語に出てくる大きな大きな怪物「トロルド」が出てきてもきっと驚かいなわ。」
「そうね。でもトロルドは森のずっと奥にいるから。」
魔女ウルリカの言い方ではまるで本当にトロルドがいるようではないか。
「それでももし現れたならすぐに森から出るのよ。」
「どうして?」
「トロルド族は大昔に悪いことをして森から出られない呪いがかけられたのよ。」
シエナもその話は聞いている。
物語ではトロルドが森から抜けて朝を迎えると石になってしまった。
トロルドは森の中なら陽の光は多くの木々がその葉で守ってくれると知っているのだと。
「以前は森の近くの村の家畜が夜中にトロルドに襲われたなんて話を聞きました。」
薪拾いから戻ったデメトリオもトロルドの話しは聞いた事がある。
姿を見たのは本の中だけだがそのどれもが大きくて、醜い顔を隠すのに長い髪をしていた。
「デメトリオ様もすぐに森から出るのよ。森の中では剣は振れませんからね。」
すっかり戦うつもりだったのを見抜かれてしまった。
森を見るとウルリカの言う通り木々に囲まれては剣は振れない。
「そうですね。その時はシエナ殿を抱えて走る事にします。」




