シエナと旅の仲間 12
早朝、国王ロロ・ベルススは騎士団長デメトリオを呼ぶ。
一度は断られたのだが国王は国に残った騎士達を総動員して任務に充てようと言った。
「王都の守りに騎士は必要です。それに」
「それに何よりシエナ殿はあまり目立たぬよう配慮したく存じます。」
静かに、かつ速やかに谷へ向かい魔者の王を倒さなければならない。
「護衛は私と、魔女ウルリカ殿の2名でと考えております。」
国王ロロ・ベルススは既に北の国ノイエルグに派遣した騎士達に帰還命令を発している。
それが騎士団の元に届くのに3日から4日かかる。
森を迂回し北へ向かい山脈から南下して谷に向かうものだと考えていたので
騎士団とは途中で合流し全軍をもって闇の魔王とやらを討伐するつもりでいた。
それを聞いたデメトリオも国王の意に従う気持ちもあった。
しかしどうしても拭いきれない不安があった。
「騎士達は疲弊しているでしょう。谷へ向かうのであればしばらく休養させた後がよろしいかと。」
北への遠征では犠牲者はいないと聞いている。
戦闘もその全てが予備兵力として後方に控えていただけ。
それでも編成も装備も見直さなければならない。
相手は帝国の兵士や騎士ではない。魔者や魔獣なのだから。
国王ロロ・ベルススは騎士団長の言葉の意味を考えた。
「では騎士団長、騎士達には帰国次第休養を与え、次に備えさせよう。」
「それがよろしいかと。それからこれは私の願いなのでずか。」
「申してみなさい。」
「シエナ殿が戻りました際に備え、王都からシエナ殿の村までの安全の確保を。」
国王はデメトリオの言葉わ制しなにがら言った。
「それは騎士団長の願いではなくね私の命として行わせる。」
ひとまず、これで憂いはなくなったとデメトリオは思う事にした。
「それでは陛下、我々は速やかに北から谷へと向かいます。」
長老と大臣達がこの場に同席していなかったのなら
騎士団長はもっと単純に簡単にその考えの全てを国王に伝えていただろう。
国王と騎士団長が謁見しているその頃、
魔女ウルリカはシエナの部屋を訪れ旅の支度を手伝っていた。
王都には、いや国中どこを探してもシエナに合うような鎧も兜も無い。
せめて盾くらいはと国王が使用人に命じて王都を探さたものの
結局は大きな剣を抱えるのに盾すら持てないと判明し諦めた。
剣の革ベルトの調整だけはどうにか間に合わせたのだが
シエナがどう背負っても剣が地面に着いてしまうのでやはり無駄だった。
「私が持てれば良いのだけど。」
魔女ウルリカは置かれた剣の柄を握るがやはり持ち上がらない。
「でもどうして私だけ持ち上げられるの?」
ウルリカは当然として騎士団長も国王もそれは考えた。
もしかしたらシエナが勇者の血を引いているのかとも本気で考えた。
シエナはいつも「シエナと申します」としか名乗らない。
彼女には名字がない。
孤児は、例えどんな事情があろうとも家族を失ったその日からそうなる。
誰かに買われ養われたり使用人になるとか
誰かに雇われ仕事を与えられたり、やがて自立するとか
ともかく新たに家族を見付けるか、もしくは「稼ぐ」しかない。
だからシエナが「シエナです」としか言わない理由は皆が判っている。
だがそれ以上の事は判らない。
孤児院の院長がいたとしても、「勇者の血を継ぐ者」との憶測をすぐには否定しなかっただろう。
シエナの両親は、その親もずっと村の出身だ。
シエナの父親が鉱山の事故で亡くなり、その時はまだ母親のお腹の中にいたのだが
まだ若いその母親は、1人ではとても赤ん坊を育てられないと
産まれたばかりの我が子を孤児院に預け村を出た。
孤児院の院長オリアーナだけが知っている事実。
事実を知ってもなお、だからこそオリアーナはきっと笑いながら
国王や騎士団長に「そうかもしれませんね」と答えたに違いない。
魔女ウルリカは旅支度を終えたシエナがいつものように剣を抱えたのを見て
「貴女は剣の声を聞いたの?」
突然の質問だった。
隠すとか誤魔化すとか一切忘れて
「どうしてそれを知っているの?」
あれは空耳だと思っていた。自分の心の声だと思っていた。
驚いたのはウルリカも一緒だった。
まさか本当に。
ならばやはりこれは本物だ。
本物の「竜封じの剣」だ。
「今は何か言っている?」
「いいえ。この赤い石を落としてしまった時に聞こえただけなの。」
剣の鍔に填め込まれた赤い宝石。
「ちょっと試してもいい?」
ウルリカの申し出に躊躇するのだが好奇心が勝った。
「構わないわ。」
ウルリカは手でそれを外そうと試みるが宝石が滑ってがっちり掴めない。
手袋を外して両手で包むようにしても駄目だった。
「どうやって外したの?」
「あの時は剣を落としてしまったの。座っていた大きな石の上だったわ。」
あまり乱暴な真似は控えよう。
「同じことをして宝石が割れてしまったら大変だから止めましょう。」
ウルリカの提案にシエナも頷いて同意した。
ウルリカはその時の様子と何を話したのかを詳しく聞こうとしたのだが
「挨拶もせずにまた填めたわ。」
突然声が聞こえて何度も落とすなとか封印がどうとか聞こえて
怖くなってすぐに填めてしまったと言った。
「ウルリカ様はこの剣に何か聞きたい事があるの?」
「聞きたい事では無いわ。ただ謝りたいのよ。」
「剣に?」
「剣の中にいる青銅の竜によ。」
復讐を果たそうとした貴族にただ利用されだけ。
その威力は強大でウルリカは恐ろしくなって逃げた。
そして他の魔女達に相談し、山に暮らすツワーグ族に竜を封じる剣の製作を依頼した。
それを南の国ベルススに献上し、山の青銅の竜の棲家までの道案内をしたのも
全てウルリカだったのだ。
結果として貴族達は谷へと追いやられ闇の者になってしまった。
「都合の良い話しなのは判っているわ。」
「謝っても許してもらえない事も判っている。」
「ただどうにかしてこの封印を解いて青銅の竜を自由にしたいのよ。」
「私は始めてその姿を見た日を忘れないわ。」
「朝の陽を浴びて輝いてとても美しい姿だった。」
「大きな身体で、そして大きな翼を広げ輝く空に舞ったその姿を忘れられない。」
なんて素敵な話なのだろうとシエナは思った。
いつかそうできるといいのだけれど。
「この中に大きな竜がいて、突然出てきたら食べられたりしない?」
「そうね。だからまだ宝石はこのままにしておきましょう。」
食べられないと約束してもらえるか
食べられない場所まで逃げてから竜を解放する手段が見付かるまでは
もう二度とこの剣を落としたりはしないとシエナは決めた。




