旅の終わりに 17
「私には判らない。」
ユーリに頼まれ、シエナ達と同行していたチィト・ルクは
ウルリカから事情を聞き出すとすぐに違和感を口にした。
「この娘は、シエナはどうして剣を振れるのだ?」
「それはツワーグの魔法で」
「そうではない。あのような、まるで竜の羽撃き。」
所有者以外を拒むだけの魔法が付与された大きな剣。
魔法が施されていなくとも相当重い剣であろうことは見て判る。
このような細い腕の少女に簡単に振り回せるような代物ではない。
「さあなぁ。それは知らねえ。」
ウルリカがその疑問をオーリにぶつけても何も返らなかった。
「竜の身体を貫くように芯を重くしたからなぁ。確かに小娘一人で持てるようなモンじゃあねぇな。」
実際に持っているではないか。
シエナが大陸一の力自慢だとでも?
「シエナ、その剣を最初に持つた時、重かった?」
「いいえ、軽くて驚いたのを覚えています。ただ長くて持ち歩くのが大変だなって。」
「では、もしかして、もしかしてですが」
デメトリオが続ける。
「重さではく、軽さこそが竜の力なのでは?」
自分でも言葉の意味がよく判らないがこれが正解なのだろうと思える。
魔女ウルリカもきっとそうなのだろうと同意する。
「シエナ殿、今こそ私にその剣を与えてください。」
デメトリオは、この先は自分が剣を運ぶと言った。
もう貴女だけに重い荷物を背負わせたりしない。
シエナは剣を手にし、背から留め具を外そうとしたのだが
「いいえ、この先も私が持って行きます。」
「とうして?もうこんな大変な事をしなくてもいいのだよ。」
「そうしろって、剣が言うから。」
デメトリオにはその声は聞こえない。魔女にすら聞こえないのだから仕方ない。
青銅の竜が何故シエナに執着するのかは判らないが警戒はすべきだろうな。
騎士デメトリオと魔女ウルリカの見解は一致した。
だがそれ以上の詮索も想像もこの時はできなかった。
とにかく今は竜の国へと引き返し、青銅の竜を復活させよう。
オーリを共に連れて行く事にしたのだが
採掘の人手が減るだろうからとマールがこの地に残ると言い出した。
ウルリカは、いやそれ以外の者も本当はただ山歩きが辛いだけなのを知っている。
「他の連中に無事を知らせなくてよいのか?」
「構わねぇよ。お互い無事ならその内会えるだろうよ。」
「どうせ山を掘り続けるだけだからな。」
マールの軽口に、ゲールとオーリが神妙な顔つきで互いを見合った。
「アーの小倅マールやい。お前たちは何処へ逃げた。」
「オラ達は南だ。」
「誰が長になったよ。」
「ニケのアーツって事になっているがよ。」
「そうか、奴かよ。」
それだけ聞くとゲールとオーリが何やら相談を始める。
「おいおい。何だよ。内緒話かよ。オラにも聞かせろや。」
マールの苛立ちに
「おめぇ。やはり戻れや。」
「は?ここで手が足りねぇって。」
「そんなもんどうでもいい。途中まで一緒に行くからよ。道すがら訳を話す。」
オーリがゲールに「後の事は任せる」と言うと
「南の様子も見てこいよ。」
「ああ判っているともさ。戻るまでに支度をしておいてくれ。」
すぐにでも出発をしようとするが
「その前に、確認したい事がある。」
魔女ウルリカ・チェロナコチカのまだ語られていない目的。
「竜を封じる器をもう一度作れるか?」
青銅の竜が好意的であると断定できる者はいない。
誰もがそう思った。その際は再び封じなければならない。
オーリは簡単に答える。
「いくつ必要だ?あるだけ持っていくか?」
山をそのまま南に向かうべきだと行ったのは
当然馬車の苦手なツワーグ族の二名だったが
残りの人族は全員一致で下山を強行する事となった。
予想していたよりもずっと早くに戻った一行をミラ・アシリエは喜んで迎え入れるのだが
カリーク族のオーリ・カンの言葉に驚き困惑した。
「山は捨てなせえよ。もう資源は殆ど取れん。」
「山を捨てる?」
「あの山は酷く脆い。いつ崩れてもおかしくねぇ場所がいくつもある。」
困惑するアシリエが尋ねる。
「脆いとは?山が崩れると仰るのか。」
「あれはどうもオラ達が知っている普通の山じゃあねぇんだ。」
オーリが言うには
「山の中がすっかすか。」
「なんと言うかよ、谷ってのはあの山を作るのにできたみてぇでよ。」
普通ではない、のはその「盛り上がり方」だと言った。
「山ってのは下からこう、上にどーんと出来るもんだ。」
ただあの山は違う。
「南から北に山がある。それで北側の本物の、大昔からある本物の山にぶつかったような。」
「ああ、それはオラも感じた。北側のいくつかの山は本物だ。」
南へ逃げたマールも同じ事を言うと
オーリの言葉を訳しながらウルリカは口を挟んだ。
「では谷を作るだめに掘った土を北の山にぶつけていたら山脈ができたとでも言うのか?」
「そんな巨大な者がいると?竜の仕業でしょうか。」
デメトリオの疑問はもっともだがウルリカは竜が谷を作る意味を見いだせない。
オーリも彼の妄想には否定的だった。
「いやあ竜族でも簡単じゃあねぇよ。奴ら土を掘るような手つきはしてねぇからな。」
「では一体誰が。」
「誰もしくは何か、だが今はそれはいい。崩れるのはいつだ。明日か?もっと先か?」
「それはオラにも判らねぇよ。ただ崩れるときはあっと言う間だろうな。」
数年後、
現皇帝アレクサンドル・モース・ヴォイの母であり
帝国北部ヴォルヴェル地方の統治を任されているミラ・アシリエの決断は
彼女の孫にあたるユーリを深く落胆させた。
ミラ・アシリエはカリーク族オーリ・カンの忠告に従わず、
自分の手の者に命じ鉱物資源の採掘を続行させた。
「山を放棄した結果、山向こうの公国もしかしたら王国に資源を搾取されるのではないか。」
これがミラ・アシリエの決断の理由であり、その結果、多数の帝国民が犠牲になった。
ミラ・アシリエの失策は、「調査のため」等の言い訳を理由にしたのではなく、
採掘を認め、それを「ユーリを皇帝にさせる資金が必要だったからだ」と述べた事にある。
オーリ・カンの忠告を、その隣で聞いていたユーリは
祖母ならば早急に山を閉鎖するだろうと、少なくとも調査をさせると思った。
その調査中の事故であるならば、ユーリはこれほど落胆しなかっただろう。
忠告を無視し、対策も取らず、帝国の民を犠牲にし、その責任を孫である自分に負わせた。
この件以降、ユーリはアシリエの姓を名乗らなくなった。




