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羽撃く者達の世界  作者: かなみち のに
第三幕 第一章 旅の終わりに
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旅の終わりに 12

皇帝アレクサンドルとその親衛隊員の誰もシエナの言葉を信じようとはしなかったが

魔女も、異国の騎士団長も少女を疑いもせずに北へと向い、

イヴァン・シムもそれに続くので皇帝達も仕方なくそうるしかなかった。

ウルリカには、皇帝達の心情は見て取れていた。

だからこそ、シエナに頼ってはならないともう一度自分に言い聞かせた。

シエナが小さな竜を退治したならば、

帝国は「小さな竜」ではなく、「シエナ」を脅威の対象とする。

それだけは避けなければならない。

だが、魔女の願いは叶わなかった。

シエナは小さな竜が眠っている巣穴を的確に指示し

騎士達はやはり半信半疑ながらも3台のアーバレットを配置、

イヴァンの息子たちとベルスス王国騎士団長デメトリオ・アルベルを二手に分ける。

ウルリカはもう一つの巣穴に皇帝の親衛隊員を配置しようと言うのだが

彼らはそれを頑なに拒否した。

皇帝の傍らから離れる事などあり得ない。

「では私がそこに立とう。」

腰の剣は飾りではないと言わんばかりにそれを抜く。

「国民を守るために」だとか「皇帝の威厳を見せつけるために」ではない。

イヴァン・シムには判っていた。

皇帝は好んで剣を振るう。

親衛隊員達もそれを咎めず、一様に呆れたような表情を一瞬だけ浮かべ受け入れる。


羊を喰らい食欲が満たされ満足して眠っているだろう小さな竜の巣穴を取り囲む。

少し離れてシエナとウルリカがいる。

「羊に仕込んだ毒で殺せないの?」

「あまりに強い毒では羊が先に死んでしまう。死んだ獲物には食いつかないだろう。」

「それにあれは元々羊の毛を刈るために作られた薬だ。」

「羊が弱ってしまうので使われなくなった。」

使われなくなったその薬をどうして持っているのだろう。

簡単に作れてしまうのだろうか。

「それで、どうやって起こすの?」

「さて、石でも投げるつもりかも。」

勿論ウルリカは冗談で言っただけで、実際はイヴァン・シムが村から牛の肉を持ち込んでいる。

ただし食用に血抜きされているので釣りの餌としての効果は疑わしい。

実際巣穴の手前に落として待っても何の反応も無く、

だからと言って「この巣穴に本当にいるのか」と疑う声を上げるわけにもいかず

「いっそ石でも投げ込んでみるか」と本気で言い合っている。

「そうね。私がやる。それが一番早い。」

シエナが前に進む。

ウルリカは、やはりこうなってしまうのかと嘆きながらも、これしかないのかと諦める。

シエナはデメトリオの横に立ち

「少し下がって。急に出てくるかも知れないから気をつけて。」

シエナは背負った剣の柄を握り、マールから教わった通り剣を横に向ける。

カチャン。と留め具が外れ同時に剣の先が地面に落ち、鈎が刺さる。

シエナが歩くとずるりずるりと剣が鞘から抜ける。

シエナは両手にしっかりと握りり直し、歩みを止めずに完全に引き抜く。

さらに一歩、二歩と巣穴に近寄り、歩みを止めると両の足場をしっかりと踏みしめ

息を大きく吸い、吐き、もう一度大きく息を吸ってから大きな剣を後ろから真横に振った。

巣穴が崩れ同時に砂埃が舞う。

騎士達が目を覆う。

甲高く不快ないくつかの叫び声が響く。

騎士達が目を細めながらも剣を構えて目にしたのは

自分の背丈より倍も大きいであろう立派な剣を手に舞う少女の姿。

叫び声が止むのと殆ど同時に砂埃も落ち着いて、改めて目に使用とするのだが

「他の穴からも出てき。」

寝起きを邪魔されたからなのか、それとも同族の断末魔を聞いたから7日、

怒りなのか警戒なのかわからないが、シエナの言う通り2つの巣穴からも

荒々しく叫びながら小さな竜が巣穴から飛び出す。


小さな竜は逃げようとせず向かってきたので苦戦を強いられたものの被害者を出さずに

当初の目的であった殲滅をどうにか成し遂げた。

苦戦の原因は小さな竜の数であり、シエナが最初の巣穴を全滅させ、

そこに配置された騎士達を他2つに振り分けられたからである。

「あの娘がいなければ全滅させられたのはこちらだっただろうな。」

イヴァン・シムは念の為にと、小さな竜の生死を確認をしながら

共に作業をする騎士ゾロ・ホンにぼそりと呟いた。

「これを見ろ。」

「何ですかこれ、まさかここに2つ?」

シエナが崩した最初の巣穴の前には合計7体の成体と4体の幼体の亡骸が転がっている。

「あの娘は危険だ。私は見ました。」

ゾロ・ボンはデメトリオと並び立ち、この巣穴の攻略を任されていたので

シエナが剣を振っている姿を目にした。

砂埃で視界は完全とは言い難かったが

「何を見た。」

「あの体で、あの剣を振り、舞った。それに、それに目を閉じていた。」

「にも関わらず、その一撃は鋭く確実にあの化け物の首を切り離した。」

シエナは最初の巣穴にいた小さな竜を倒すと他の巣穴に目を向けた。。

この国の偉い人がいる方が先。と向かおうとしたが、その腕をウルリカが掴み引き止めた。

「まだいい。」

どうしてだろう。私が剣を振ればすぐに終わるのに。

ウルリカは人と化け物達の雄叫びの入り乱れる場をシエナの背に向け、

その化け物の返り血を浴びた髪や顔を拭った。

帝国の者達は、魔女のこの行為を表立って批判したりはしなかった。

騎士たる者が、他国の者に、しかも小さな娘に剣を振らせ助力を得ようなどと考えてはならない。

被害者が出なかったから、綺麗事で片付けられる。

ウルリカの予想通り、シエナ自身が脅威と見做されたことは確かだった。

皇帝アレクサンドル・モース・ヴォイは、

シムの屋敷に戻り、帝都への帰還の支度を進めながら

息子である第三王子ユーリ・ヴォイ(現在はアシリエ姓を名乗っている)に向かって

「お前はあの娘と共に行け。」

剣から竜を解放するには北方のカリーク族を訪ねる必要がある。

本当に実在するのかも怪しいが、眼の前には屋敷で留守番していた小さいが丸くて大食いの男がいる。

シエナの剣の細工を施した者と知るとただの噂や言い伝えではないと思ってしまう。

ユーリからそ「この者達に通行の許可と祖母ミラ・アリシエへの紹介状を」と頼まれると

「あの娘から目を話すな」と同行を命じた。

引き止められ、共に帝都に戻るよう言われると考えていたユーリには

未知の旅をする喜びが湧いたのだが、

皇帝である父の一言に、その身を震わせた。

「あの娘が帝国の脅威であると判断したなら、躊躇することのないように。」


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