シエナと旅の仲間 09
シエナの差し出した剣を、国王ロロ・ベルススは一度は手をのばすのだが受け取らなかった。
「シエナ殿。どうやら私共にはその剣が持てませんので運んでいただけますでしょうか。」
国王は使用人を1人呼び何やら告げた。
「この者に案内させます。どうぞよろしくお願いいたします。」
「かしこまりました王様。」
やれやれ何にせよこれで村に帰れるわ。ご褒美をたくさんいただけるといいのだけど。
宝物庫にでも収めるのだろうとシエナは思っていたが
王に呼ばれた若い使用人が案内したのは武器庫だった。
本来なら大小様々な剣やシエナが見たこともない武器がたくさん並ぶ部屋。
今は騎士団がその殆どを持ち出しているので部屋にはあまり武器は残っていない。
「宝物庫かと思いましたがここでよろしいのですか?」
「ええ、新たな勇者様が現れた際にすぐお持ちできるようにとの事です。」
シエナが使用人に剣を入れるように言われたのは
練習用の木刀や若い騎士が使う単純な作りの剣が乱雑に入っている木製の籠だった。
使用人は念の為にと収められた剣を他の剣で隠すように覆った。
「さあ戻りましょうシエナ様。」
国王ロロ・ベルススは、シエナに剣を収めさた後の行動について
この使用人に何の指示もしなかった事をずっと後悔する事になる。
シエナはようやくご褒美がいただけるのだと心を踊らせていたのだが
王の謁見部屋の手前から大人達の大きな声が響いて驚いてしまった。
「新たな勇者を待つ猶予があるのか。」
「その勇者とやらが現れたとして、あの剣が振れる保障などないのだぞ。」
聞いた事のない声だ。王様でもウルリカ様でもデメトリオ様でもない。
王様の隣にいた誰か。
大きな声を出して怖い。これじゃあご褒美をくださいなんて言えないじゃないの。
使用人も最初はその大声にただ驚いて謁見部屋の前で足を止めてしまっただけだったが
シエナにこれ以上聞かせてはならないと慌ててシエナの手を取りこの場から離れた。
何処へ連れて行こうと迷った挙げ句とにかく誰か人のいる場所で
できれば賑やかな場所をと考え調理場へと案内した。
ここならいつも調理人がいて賑やかだ。
「シエナ殿、お腹は空いていませんか?」
「実はとても空腹なの。夕食がまだなので。」
「それは丁度良かった。」
陛下の夕食の準備まではまだ間がある筈だ。しばし預かってもらおう。
顔や態度にこそ出さなかったが彼はとても怒っていた。
あの大声の主が誰なのか承知していて一言申してやらないと気が済まない。
調理場には年配の男性と若い青年と女性の使用人がいるだけだった。
3人は何やら料理についての打ち合わせをしている。
「こちらでしばらくお待ち下さい。」
調理作業用の高めで背もたれの無い椅子にシエナを座らせ
2人の調理人に何やら告げて出て行ってしまった。
大股で急ぎ足で王の謁見部屋へと急ぎ、
もうこの際懲罰を覚悟で意見してやろうと決めていた。
あんな小さな子に聞かせてはならないのだ。
使用人が興奮しながら部屋の前に行くと今度は国王ベルススの大きな声がした。
驚いて慌て部屋に入るとベルススは大臣の1人を叱責している最中だった。
「何を愚かな事を言っている。あのような小さな少女に何をさせようと言うのか。」
相手は国の危機を大声で叫んでいた大臣。しかし負けじと大声で反論する。
「ではどうするおつもりか。この国を救えるのはあの少女しかいないのです。」
この大人達は何を喚いているのだろう。
「失礼します。」
若い使用人はそれより大きな声で部屋に入る。
「おやめください。みっともない。」
若い使用人の言葉に大臣はとても不機嫌に
「みっともないとは何だ。国の一大事だぞ。」
国王ベルススは使用人の顔を見て言葉を飲み込んでしまった。
「ああまさか。あの少女に、シエナに聞かれてしまったのか。」
「今日のお客様はお嬢ちゃんの事かな。」
年配の調理人が言った。
「私はシエナよ。それから騎士団長様と魔女様が一緒です。」
「そうかい。俺は料理長のアルテミオだ。お腹が空いているんだって?」
「そうなの。お昼を食べたきりだから。」
「おいフランキ。」
料理長は女性と話している若い料理人を呼んだ。
彼はすぐに返事をせずにその女性と少し話しをしてからようやく振り向いた。
女性が部屋から出るのを振り返って眺めながらゆっくりこちらへ来て
「なんてす料理長。」
「お前こちらのシエナお嬢さんに何か作ってさしあげろ。」
「何かって?」
「子供って言ったら甘い物だろ。シエナ嬢ちゃん甘いものは」
「好きです。大好きです。」
「だとよ。」
フランキは少しだけ考えたフリをした。実は試したいお菓子がある。
「判りました。手伝ってくださいよ料理長。」
フランキは腕まくりをしながら食料庫に走った。
すぐにドタバタと息を切らし戻るフランキ。
「もうそろそろいい感じで生地が出来上がる頃だ。」
すると料理長アルテミオが呆れながら
「昼間こそこそ何かやっているとは思ったが菓子作りか。」
フランキは聞こえないフリをしてとっとと作業を始めた。
調理台を綺麗に拭いて布の中の生地をドサっと置いた。
どうやら小麦粉のようだ。バターの香りもする。
「料理長、オーブンに火を」
「もうやっている。」
シエナは実はあまりお焼き菓子が好きでは無かった。
時折オリアーナ院長が卵と小麦粉で焼き菓子を作ってくれるのだが
ボソボソとしてあまり美味しいと思った事はない。
王様の食べるお菓子なのだからきっと美味しいに違いない。
そう思うと黙って座って待ってなんていられなかった。
椅子から飛び降り調理台の前のちょうとフランキが正面に見える場所に立った。
目の高さに台があるので少し見辛いとは思ったが背伸びをして見守った。
器に白い水、多分あれは山羊か牛の乳ね。
それから何か白い粉、少し茶色いの白い粉を入れたわ。でもあれは小麦粉じゃあない。あれは何?
それを混ぜて、混ぜて、まだ混ぜて、混ぜて、もっと混ぜて、まだ混ぜる。
隣を見ると料理長のアルテミオが小さな赤と青の果実を鍋で煮ている。
あれにも白い粉を入れているわ。
ああいい香り。果実で何を作っているのだろう。
「おい。あまり焼きすぎるなよ。」
「判ってますよ料理長。」
フランキはオーブンから取り出したのは小さなパンのようだった。
なんだパンを焼いていたのね。随分と可愛らしいパンだこと。丸くて小さくて薄いパン。
フランキはそれを台に丁寧に並べる。
アルテミオがその上に煮詰めた果実を少し乗せる。
その上にフランキが白いふわふわした何かを乗せる。
それからもう一度フランキが焼いたパンを乗せる。
「さあ出来たぞ。少し冷ましてから食べよう。その間に果物で飲み物を作ろうか。」




