シエナと旅の仲間 08
燻製肉の取り出しには専用の道具がどうやら見付からず少々手間取ったが
充分に燻されたようなので鈎で開けられた穴に紐を通してから馬に乗せた。
その日は昼も夜も無事に旅を続けた。
夕暮れに同じような小屋に着き、同じように夜を明かした。
翌朝、あいにくと罠には何もかかっていなかったが
ウサギ肉もまだ残っていたので食事には困らなかった。
その次の日も一行は無事に宿泊場に辿り着き何事も無く夜を明かす。
朝食を済ませ、途中何度か休憩をしながらも
そろそろ日が落ちようとする頃、丘の上から王都の街と城が見えた。
「大きな街ね。」
馬の首が少々邪魔ではっきりと見えないが自分の村や隣の街よりはるかに家が多く
街の中央にそびえる大きなお城は領主の屋敷いくつ分だろうか。
「日のある内に着けますね。今日中に王の元へ参りましょう。」
王都は大きな壁に囲まれている。
門番の2人の若い騎士は騎士団長の姿を見て姿勢を正した。
騎士団長デメトリオは、いつもなら経験豊富な騎士や引退間近な騎士が行うべき門番の役目を
どうして若い、彼から見ると「幼い」騎士に任せているのか気になった。
2人の騎士が道を開けるように避けて敬礼をする。
デメトリオは突然馬から降りた。左から降りたのでまず左に立つ騎士に向かい言った。
「ご苦労。だが必ず相手の身元の確認をしなさい。例え相手が騎士団長であろうともだ。」
若い騎士は「騎士団長を煩わせてはならない」と気を使ったつもりで道を開けた。
「他国の貴族であろと、他国の国王であろうともだ。」
「相手がお前たちのその態度に腹を立てたのなら殊更この門をくぐらせてはならない。」
「お前も聞こえたな?」
デメトリオが門の右端の騎士に問いかけると2人揃って踵を揃え直し
「判りました。以後気をつけます。」
それから2人の騎士はシエナの抱える剣に目を奪われる
「剣を抱える少女はシエナ様。紛失した国宝「竜殺しの剣」を発見し届けに参った。」
「その後ろの女性と私はシエナ様の護衛だ。」
シエナの後ろに座っていた山の魔女ウルリカが馬から舞い降り若い騎士に挨拶をする。
身のこなしとその格好から魔女と認識された。
シエナも馬から降りようとするのだが剣を抱えたままでは1人では降りられない。
今までずっとデメトリオかウルリカから手を借りていた。
「シエナ殿はそのままで構いません。」
門をくぐるとシエナはまず建物に驚いた。
3階建て以上の建造物は始めてい見た。
今は旅人や冒険者が少ないのであまり賑わってはいない。とデメトリオが道中言っていた。
だからもっと閑散としいてるのだろうと想像していたのだが
シエナの暮らす村はともかく、領主様のいる街くらいかなとは思っていた。
たくさんの大きな建物が立ち並ぶのに、中央の大通りには人の姿が片手で数えられるくらい。
「通りが大きいから少なく見えるのかな。」
「騎士達はもちろん、若い男達は北の国ノイエルグか、もしくは周辺の警護か。」
答えた騎士団長デメトリオも人の少なさに少々戸惑っている。
夕暮れ時で市場にはそれなりに人手があったが賑わっているとは言い難かった。
馬に乗ったままで大きな剣を抱えるシエナに街の人達が好奇の目を向けるのは
普通、街の(しかもここは王都の)中を馬に乗り歩く事は無い。
貴族であろうと、騎士であろうと、街の中では皆馬から降りる。
許されるのは国王とその一族。そして唯一の例外が勇者だった。
青銅の竜を倒し、国王に謁見し、帰国する際国を救った英雄を称えるべく国王がそれを望んだ。
もちろんシエナはそんな事を知らない。
そしてもう一度こうしてこの道を通る事になるなんて今は考えもしていない。
デメトリオが王都に戻った報せは彼が国王との謁見を求めるその前に国王に伝わった。
その理由を聞き、国王は今度こそ長老や大臣の言う通りにしようと決めたのだった。
城に着くとすぐに迎えの執事と使用人が現れ3人を城内へと案内する。
「領主様のお屋敷も大きかったけどお城はこんなにも大きいのね。」
扉も、玄関も、通路も広く天井もとても高い。大きな騎士団長が跳ねても平気なくらい高い。
きっとこの剣を振っても届かないくらい広いのではないだろうか。
キョロキョロとしているシエナに執事が腰をかがめ声をける。
「お嬢様。よろしければ私がその剣をお運び」
言いかけたところでデメトリオが口わ挟む。
「ああ待ってくれ、それは私にも持ち上がらない程重いのだ。」
騎士団長ともあろうお方が何を言っているのだろうと執事は思った。口に出しそうにもなったが
彼がこのような冗談を言う男では無い事も知っていたので素直に従った。
「さあシエナ殿。貴女が国王に直接お返しするのだ。」
「判りましたデメトリオ様。」
国王の謁見場の扉が開かれる。
長く、広い部屋。奥に3段だけの段差があり、その上に立派な椅子。
腰掛けているのが南の国ベルススの国王、ロロ・ベルスス。
1段下の王の右隣に長老。左隣りに大臣が2人立つ。
騎士団長デメトリオを先頭に、次いで剣を抱えたシエナ。後方に魔女ウルリカが続く。
執事と使用人は扉の前で頭を下げてから去った。
国王の前に着くと騎士団長が膝を折り頭を下げ、剣を脇に置いた。
シエナもそれに習おうとしたが
「シエナはそのままでいいのよ。頭を下げて下を見るの。」
魔女ウルリカが騎士と同じような格好をしたが、シエナは言われた通りにした。
「頭を上げてくれ騎士団長デメトリオ。それからそちらの魔女殿も。」
2人はその格好のまま頭だけを上げた。
「そしてそなたが「竜殺しの剣」を拾った少女か。名を聞かせてもらえまいか。」
「シエナと申します。大事な剣を抱えておりますのでこのままで失礼いたします王様。」
「長旅ご苦労であった。早速だがその剣の確認をしたいのだがこちらにお持ちくださらんか。」
「はい王様。」
シエナが歩み寄ると先ず長老が階段を降りてその剣を手に取ろうとする。
デメトリオがそれを止めようとする前に1人の大臣が
「ご無理をなされるな。私が持ちましょう。」
横から手を伸ばしシエナから殆ど剣を奪うように柄を握った。
ガシャン。
案の定手を滑らせて剣を落としてしまう。
「何をやっておるかこの馬鹿者め。」
長老が高い声を張り上げ怒鳴る。
「いやそれが。」
「申し上げます陛下。」
デメトリオが慌てて口を開いた。
「その剣は私にも持ち上げられません。しかしシエナ殿だけはご覧の通り持ちあげられるのです。」
国王ロロ・ベルススは立ち上がり階下に降り、倒れた剣の柄を握る。
ピクリとも動かない。
重いとか軽いのとは何か違う力のように感じた。
押さえつけられているような。人の手によって空に浮くのを拒んでいるような。
「シエナ殿、すまないが持っていただけないだろうか。」
「かしこまりました王様。」
シエナが柄を握ると軽々と持ち上がる。ただあまりに大きくて振り上げると後ろによろけてしまった。
「なんと。」
シエナは驚く国王に剣を両手で差し出す。
「どうぞお納めください王様。私はこれをお届けするために参ったのですから。」
たくさん褒美がもらえるといいのだけど。
自分から「褒美をください」なんて言ったらはしたないかな。




