塔の魔女、塔の王 06
ドレアス公国騎士団長ファイオル・ガンジンガーは
体調不良と称してドレアス公国に残り調査を行っていた
クランツ公国騎士ジルスト・ブーホに、山での戦闘行為と、
その後の一行についての説明をする。
その上で
「会議は10日後です。それまで調査を継続してください。」
ベック・クランツによる帰還命令を伝えに現れた使者にこれまでの経緯は伝えた。
騎士団が戻り次第共に帰還するつもりでいたのだが
ブーホはガンジンガーのこの言葉に従い調査を続行した。
2日間でその殆どが終了したのは調査の対象でもあるファイオル・ガンジンガー本人が
彼の知り得る全ての情報を開示してくれたからでもある。
ブーホは彼が誠実で勤勉であると理解すると
「次は私が貴殿に協力する。この国の騎士達の逃亡先は決めてあるのか?」
広大ではない。と言ってもそれは他公国と比較しての言葉である。
領民に疑念や不安を抱かせる事なく駐屯する騎士達を遠ざける必要がある。
「近くから順に移す。交代要員は戦争によって遅れていると説明するつもりだ。」
首都近くに駐屯する騎士に密書を持たせ、一つ「向こう」の駐屯地に共に向かわせる。
最も離れた駐屯地の一箇所に騎士達を集めるつもりだと答えた。
「では北西の集落に。南ではステファノスに余計な疑惑を抱かせかねない。」
「それから私に権限と物資を。私が届ける。」
残り8日。どうにか往復できる距離。
ドレアス公国領主ヘルツァ・ドレアスの名ではなく、
従者である騎士団長によって会議の通告が行われたのは
不自然であり異例ではある。前例などない。
クランツ公国。ステファノス公国。エンツ公国の各当主が揃い出席したのは
それぞれの公国の騎士達が「そうしなければならない」と説得した結果でもある。
当のファイオル・ガンジンガーは主人である当主ヘルツァ・ドレアスに対し
行動の制限を課す事も無く「普段通り」に接して見せていた。
先の戦闘について「圧勝」と報告を受け、他国騎士達が静かに引き上げた事にも疑問を持たなかった。
「うまくいったようだな。」
「これで少しは大人しくなるでしょう。」
当主ヘルツァ・ドレアスは、自らの策の成功を祝った。
会議までの間にも何度かヤーシンとの取引が行われ、
それはガンジンガーも承知していた。
引き留めを考えたが、各公国領主の前に曝け出したとしても
「知らぬ存ぜぬ」を言い張るだろう。
拘禁にせよ処刑にせよ、使者が帰らければレ
今度こそ本当にヤーシン帝国との戦争になりかねない。
すぐにでも滅ぶであろうドレアス公国ではあるが、
「敵」によってではなく、「味方」によって滅ぼされるべきだと想い至った。
敵国との戦争では領民が巻き込まれる。
ならば領主と一部執政官、貴族の首だけで済ませよべきだ。
ファイオル・ガンジンガーは騎士達を「逃亡」させている。
だからこそ「戦争」は成り立たないと考えていた。
連邦会議当日の朝、騎士団長ファイオル・ガンジンガーは
ようやく君主ヘルツァ・ドレアスに「連邦会議」の開催を報せる。
首都に残った騎士により執政官二名を拘束し
「陛下と同席していただきます。」
「裁判のつもりか。裏切り者め。」
「そうですね。私は国を裏切った。処罰は受けましょう。」
ガンジンガーは部下に公国君主の拘束を命じる。
「陛下も連邦を裏切った。処罰は受けていただきます。」
事情は部下から聞いていたが
自らの城の中で縛られ座らされている君主を見ると
他国の君主達も動揺を隠せなかった。
各国、君主と一名ずつの騎士を引き連れ全員が集まると
雑談の間もなくファイオル・ガンジンガーが会議の開催を告げる。
先ずは調査に協力したクランツ公国騎士ジルスト・ブーホを紹介し、
彼によってドレアス公国の騎士達からの証言が発表される。
「戦略的に何の意味もなさない場所での無駄な戦闘行為の繰り返し。」
「何日も山の中をただ歩かされただけ。」
「遭遇しただけで逃げた。」
「占領も占拠もなく、ただただ戦闘行為を繰り返す。」
「戦場設定の全てはドレアス公国の貴族による。」
ブーホが発表を終えると、ガンジンガーが続ける。
「何故このような事態になっているのか、説明いたします。」
ファイオル・ガンジンガーは自分から調べ知り得た全てを公表した。
鉱物資源の発掘により、ヤーシン帝国から警告を受け
それからすぐに帝国商人と称する者達との面会、取引が行われた。
鉱物資源はその商人たちから買い付けた物でしかなく、
「一連の戦争、いや戦闘行為は帝国の条件の一つでしかない。」
各公国当主達はただ黙って話を聞いてたが
隣に控え立つ騎士達は黙っていられなかった。
「俺達が援軍として呼ばれたのは帝国から不当に侵略を受けたと聞いたからだ。」
クランツ公国騎士団長エッフェ・ティーガは怒りを抑えおよとしなかった。
「帝国との取引に連邦各公国の騎士達を差し出したのか。」
この言葉にクランツ公国当主ベック・クランツが反応した。
「なるぼと。賢い策だ。」
「無駄な戦闘と言えど少なからず犠牲は出る。」
「自らの兵ではなく、我々の兵が減る。やがて剣の先が我々に向けられる。と。」
エンツ公国当主ヴィンス・エンツは立ち上がり吠える
「連邦に対する重大な背信行為だ。制裁を。」
ヘルツァ・ドレアスが「裁判」と称した会議の最中、彼自身はただの一言も発しなかった。
配下である騎士団長ファイオル・ガンジンガーの調査は詳細で、しかも事実である。
ある程度は承知し、黙認していると心得ていた。
それは私が君主であり、彼が配下だからだ。
騎士団長として、その統率力や各地の治安維持の手腕を認めていた。
だからこそ、
彼と彼の部下を戦場に送り込む事が出来なかった。
たった一度、各公国からの調査団が現れ、仕方なく同行させた。
彼を守りたかっただけなのに。
「連邦国からの除名。ドレアス公爵位の剥奪。領土権の剥奪。」
「領土は一時ノイエルグ連邦の所有とし、後に会議により領主を決定する。」
「ヘルツァ・ドレアスは10日間の内に各領地にこの事実を知らしめよ。」
「10日後、全ての引き渡しが出来るよう整えよ。」
「従わない場合は武力を用いてこれを成す。」
この通達の後、ヘルツァ・ドレアスの縛られていた両腕の紐は解かれた。
結局彼は最後まで何も語らなかった。




