シエナと旅の仲間 07
聞こえた音はウサギが箱から出ようとぶつかっていた音だった。
箱は大きく揺れるが壊れる事なくウサギを逃さない。
ウルリカに首根っこを捕まれて逃げようともがいている。
「シエナ。嫌なら見なくていい。私は今からこのウサギを殺す。」
「いいえ。見るわ。だってこれ食べるのでしょう?だったらちゃんと見るわ。」
魔女はウサギが動かないよう強く握り直し、逆手に持ったナイフの柄でウサギの頭部を殴りつけた。
「死んだの?」
「気絶しているだけ。川で洗いながら解体する。」
魔女ウルリカはウサギを持ったまま歩く。
ぶらぶらと揺れるウサギを見ながらシエナはその後ろを歩く。
「本当はこの場で内蔵を抜いて、他の動物たちの餌にすると無駄が無い。」
「どうしてそうしないの?」
「私もシエナもその格好をしていないからだよ。真っ赤になってしまうよ。」
そうね、ウサギの血で真っ赤に染まった服を着たまま王都には行けないわね。
これから何が行われるか判らないのはウサギもシエナも一緒だった。
「シエナは野ウサギの解体はさせてもらった事はある?」
「いいえ。無いわ。こんな姿のウサギを見るのも始めてよ。」
思い出してみると、生きているウサギを見たのは二度目だった。
始めて見たのはオリアーナ院長と市場へ行った帰りに
宿屋の主人が「ウサギを手に入れた」と大喜びで見せてくれた時だった。
イノシシや鹿を狙った罠にウサギがかかったとしても
大抵の場合は他の動物に食べられてしまうのだそうだ。
その時は、これから食べられてしまうウサギが可哀想だなと思った。
小川に戻るとウルリカはナイフを取り出し、それを洗って、拭って
それからウサギを大きな平な石の上に横に寝かせた。
シエナはその石が「調理台なのだとすぐに判った。
ナイフを持った魔女が顔を上げもう一度シエナに聞いた。
「これからお腹を裂いて内蔵を取り出すの。嫌なら」
シエナはウルリカの言葉を遮って言った。
「見るわ。ちゃんとね。それよりどうやるのかちゃんと見せてちょうだい。」
言いながらシエナは自分が少し震えているのが判った。
「そうね。覚えるのにはいい機会ね。」
ウルリカは少し場所を空けてシエナを隣に座らせた。
「今回は私がやるから。次に、もし次も捕れたならやってみるといいわ。」
シエナは黙って頷いた。
口の中がカラカラで言葉が出なかった。
ウルリカはナイフをウサギのお尻に当て、それから一気にお腹を切り裂いた。
「あまり深く入れすぎない事。やれば判るわ。」
血が溢れ出る。
ウルリカはすぐにウサギを横にして切り裂いたお腹に手を入れて内蔵を取り出した。
川の水がすぐに血を洗い流す。代わりに流れる川が赤く染まる。
ウルリカはナイフで綺麗に内蔵を切り離しお腹の中を洗う。
川から引き上げられたウサギは当たり前だがずぶ濡れで
足をつかまれ逆さにされて頭の先から水が落ちる。
「怖かった?」
「いいえ大丈夫よ。でもそうね、不思議だなって思ったわ。」
「不思議?」
「きっとね、きっとこの野ウサギは朝になったら自分がこんな姿になるなんて思ってもいなかったでしょう?」
「そうでしょうね。」
「それが不思議なのよ。私だって、私だって思わいないもの。」
今まで本当に怖くなかったのに、自分の言った言葉で急に恐ろしくなってしまった。
昨日剣を渡せと言った魔者につかまっていたら、
自分もこんな格好にされて調理されていたのだろうかと考ふてしまったからだ。
「これから皮を剥ぐのだけど、見るのが嫌なら小屋に戻っていなさい。」
魔女の言葉に我に返りシエナは言った。
「言ったでしょ。ちゃんと見るわ。」
丸太小屋の外の川に面した場所には動物を吊るす用の道具が揃っている。
小屋の利用者が毎回狩りをして捕まえた獲物の処理をするのだろう。
シエナは自分が吊るされている姿を想像しないようにしながら
ウルリカの動きをしっかりと見詰め続けた。
後ろ足を上に逆さに吊るし、最初に足首の辺りからナイフを入れ、それからは手で皮を剥いだ。
時折ナイフを充てがって、器用に丁寧に素早く頭と前足まで、着ている服を脱がすみたいだと思った。
毛皮と肉の塊
ウルリカは剥いだ皮をもう一度川で洗って肉の隣に干した。
ぶらさかっている肉の塊を見ながらシエナは
市場で見たもっと小さく調理しやすいようにバラバラになったウサギ肉を思い出していた。
戻ったウルリカはナイフを手に市場で並んでいたのと同じように今度こそ「解体」し始めた。
首を落とし、前足を2つ落とし、そして後ろ足から胴体を外す。
市場で売られていた「ウサギ肉」になった。
私が知らなかっただけで、あのウサギも今みたいに誰かが殺して誰かが解体した。
私はそんな事知らなかった。
私は今日始めてそれを知った。
誰かが何かを殺して、それを私が食べている。
毎日、毎日そうしている。
「大事に食べるわ。私これからいつも何かを食べる時は大事に食べる。」
「そうだね。動物も魚も、野菜だってそうだ。人は何かの命を食べている。」
魔女ウルリカはそう言ってからナイフを洗い、拭ってからシエナに柄を向け差し出す。
「貴女が1人で何かの命を食べる時が来たならこれを使いなさい。」
小さなナイフではあるが切れ味は今見た通り鋭い。オリアーナがいたならきっと許さないだろう。
「よろしいのですか?」
「もう一本あるから平気よ。」
シエナは両手を出してそのナイフを受け取る。
ウルリカは小さな木製の鞘を一緒に渡した。
調理台にはウサギ肉が山になっている。
「こんなにたくさん食べられるかな。」
ウルリカはシエナ純粋な質問に少しだけ笑ってしまった。
「もう少し細かく切って燻製にするのよ。塩漬けでもいいのだけど後で食べる時に塩抜きが大変だからね。」
燻製肉は知っているがその方法を知らない。
また知らない何かを知る事ができる。
「それじゃあ今食べる分以外を全部燻製にするのね。あ、でもデメトリオ様大きいからあまり残らないかも。」
「そうね。だから今のうちにたくさん燻製にしてしまいましょう。」
騎士が食材と一緒に持ってきた塩をウサギの肉に馴染ませ
その間に燻製の道具の確認をしている。
「必要な物は揃っているわね。薪も昨日の分で足りるでしょう。」
樽を改造した燻製器は側扁の一部が切り取られ、代わりに木の扉が付けられている。
中には肉や魚を吊るす鈎と乾いた木材を入れる場所があるる
「確かシエナは火打金を持っていたわね。」
「ええ持っているわ。デメトリオ様からこの旅の間の火付け役を仰せつかっているのよ。」
「それではお願いするわ。」
ウルリカは小さくしたいくつかのウサギ肉を鈎にかけ
シエナが火を点けるとすぐに麦わらを乗せて火を小さくしてしまう。
「これでフタを締めて。」
「火が消えてしまわない?」
「いいのよ。あまり燃えないで煙だけ出るようにするの。」
隙間から煙が漏れ始める。
「うん。上手くいったようね。さあ朝食を用意しましょう。」
この頃にはすっかり日が昇り朝食が出来上がってそろそろ騎士団長を起こそうかと話しているうちに
彼はのそのそと小屋から出て来てフラフラとしながら何も言わず小川まで降りていった。
しゃがみこんで顔をバシャバシャと音を立てて洗って
勢いよく立ち上がって大きな手足わ全部伸ばした。
小川から戻って来て、シエナとウルリカが朝食の支度をしているのをようやく発見した。
「やあおはよう。そろそろ朝食かな。ちょうどお腹が空いたところだちよ。」
シエナとウルリカは顔を見合わせ笑ってしまった。




