帝国の子供たち 31
ユーリと護衛役のミハ・イロビテがシムの屋敷に到着したのは
デヨ・チビテが帝都からの子供達を連れて発った後だった。
屋敷の使用人は主人であるイヴァン・シムの言葉だけをユーリに伝えた。
予定通り山に向かい、「竜の国」の者に会え。
そこにチィト・ルクがいる。
使用人はユーリに封のされた手紙を渡す。
「それからの事は中に。」
「判った。それでシム殿は?」
使用人は村周辺で獣が現れたのでその対処だと答える。
ミハ・イロビテに対してはユーリを「竜の国」までの道案内と
「無事に送り届けたなら一人屋敷に戻りいつでも出撃できるよう支度を整えよ。と。」
使用人の様子から、あまり悠長に構えている暇は無さそうだと出発を急いだ。
それでも道中一度野営をする事となる。
ユーリは封を開き手紙を読む。
前置きの無いその文章はユーリを困惑させた。
食事の支度をするミハが尋ねる。
「何が書かれているのかお話できますか?」
「え?ああ。構わない。いやぜひ聞いてくれ。私には意味が判らない。」
「竜の国へ行け。そこでチィト・ルクと魔女を探すべく山へ入れ。」
「そして魔女に尋ねよ。青銅の竜を目覚めさせるべきなのか。」
「これは王族の者にしかできない。」
イヴァンの息子達はある程度の事情を共有している。
谷から闇の者と呼ばれる連中が山へ入った事、
山の向こうの国に竜封じの剣を探しに向かった事、
理由は知らないが、奴らは青銅の竜を起こそうとしている。
それらの情報は魔女がもたらした事。
ミハ・イロビテにはユーリの成すべき事が全て記されている手紙の一体何に困惑しているのか判らなかった。
「シム殿と皇太后の話は私も聞いていた。」
これから向かう「竜の国」には青銅の竜が眠っている。
谷の者とやらがその力を欲しているのではないか、と。
「魔女を探せ、とはどんな意味だと思う?」
「意味?そのままですよ。」
何かの「たとえ」ではないのか?魔女と呼ばれる誰かを探すだけではないのか?
「魔女なんて者が本当にいるのか?いや、シム殿が言うのだ本当にいるのだろう。」
いるのだとして、魔女なんて者と会って何かされたりしないだろうか。
「ああそうか。殿下は魔女が怖いのですね。」
図星である。
竜の存在は知っていた。
知識としてその名を知っているだけで
姿形は想像でしかない。書物の説明では
「翼の生えた大きなゲッコー(ヤモリ)」としか記されていない。
そもそもゲッコーでさえ詳しく見た事は無い。
イヴァン・シムが祖母に「青銅の竜」の名を出すまで
竜とは「物語」の中にしか存在しない生物だと認識していた。
実在し、帝国領で眠っている事すら信じ難い。
父は知っているのだろうか。母や兄達は知っているのだろうか。
「あ、いや違うな。」
ユーリは突然独り言のように呟いた。
「竜の存在は意図的に隠され続けていたのか。」
聞こえたミハにはその意味が判らなかった。特に興味も無かったのでその意味を聞こうともしなかった。
「だが魔女は知らない。シム殿も皇太后に話さなかった。」
「その必要が無かったからでしょうな。」
イヴァン・シムにとって魔女とは「情報源」の一つでしかない。
部下のミハにもそれは理解出来たので不思議とも思わない。
「魔法を使う女性を総じて魔女と呼ぶ」程度の認識のユーリにとっては
魔女とはゲッコーよりも厄介な相手だ。
魔法とは何だ。
以前読んだ書物には「人を猫の姿に変える」ことができる。とあった。
それが本当なら、どれほど恐ろしい存在か。
「猫か。私は嫌いではありませんよ。あまり懐かないので飼う気にはなれませんがね。」
何を言っているのかこの男。
「ぐだぐだと思い悩んだところでどうにもなりませんよ。」
「猫にされたらシム殿の屋敷で暮らしなさい。私が食事を運びますよ。」
翌朝、2人は「竜の国」に到着する。
「それでは殿下、私はこれで。」
「竜の国」と呼ばれたその場所は山の中の入り組んだ場所。
国と呼ばれているが帝都どころかヴォルウェルよりも小さい。
出迎えたのは自分と同じかそれより幼い子供達。
顔立ちや服装は帝国のそれとは異なるが、それだけだ。
ミハ・イロビテに礼を述べようとしたのだが不安が先に立ってしまう。
ユーリは彼を少し歩かせ耳打ちするように
「本当にここなのか?」
「そうですよ。私も何度か来ています。知った連中ですよ。」
「そうか。判った。道案内助かった。」
「もうしばらく私といてくれ」と言うのを必死で堪えて笑顔を見せた。
堂々と振る舞っている姿ばかり目に付いていたが
やはりただの子供ではないか。
ミハ・イロビテは不安を感じるより安心して山を降りた。
ユーリは向き直り、誰にともなく
「ここにチィト・ルクと名乗る者がいるはずだ。」
「チィトなら村長と竜の祠に行っている。案内するよ。」
話は通っているようで先ずは一安心だ。
翼の生えた大きなゲッコーがどの程度の奴なのか見てみよう。
事情を聞いたイヴァン・シムはあまり思案する事なく子供達を集め告げる。
「巣穴の探索を行う。馬を扱える者は?」
18人の内、3人が前で出る。
イヴァンはその内2人を呼ぶ。
「すまんな。馬が足りん。お前は他の者とここに残れ。」
16名は村の警備を担当するゾロ・ボンが預かる。
「剣と弓に分かれろ。今日は探索だがすぐに討伐になる。今から編成する。」
「この子達を使うのか?」
「連れて来たのはお前だ、デヨ。」
「それはそうだが。」
「昨夜近くでまた目撃された。猶予が無いんだ。一人でも戦える者が欲しい。」
「お前だってあの現場は見ただろう。」
「あの時とは状況が違う。俺たちが守ってやればいい。」
ゾロはデヨの肩を叩き言う。
「家畜の狩りが楽だと覚えてしまった。これ以上被害は出せない。」
16人の子供達は剣と弓それぞれ2人ずつの4人の小隊を4つ作り終えていた。
元々「策」としての訓練を受けていた1人が
恐る恐る2人の騎士の会話に割って入る。
「だったら待ち伏せはどうでしょう。」




