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羽撃く者達の世界  作者: かなみち のに
第二幕 第一章 帝国の子供たち
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帝国の子供たち 23

「とにかく2人を呼びましょう。問題がありそうな貴族であればこれ以上聞かせない。」

ユーリは言われるまま2人を部屋に入れそれぞれの出身地を訪ねた。

イヴァン・シム本人と部下である騎士達がそれを聞き、

「元主人」と問題なっている貴族とに関わりが無いと確認され

ようやく2人の護衛に「今何が起きて、これから何をするのか」を伝えた。

「気を悪くしたのなら謝る。」

謝意を伝えるユーリをイヴァン・シムが咎める。

「殿下、王子が部下に頭を下げてはなりません。」

「しかし私が」

「どんな理由があるにせよ、です。過ちを認めるのは結構ですが謝罪はいけません。」

「そう、なのか。」

護衛である2人の親衛隊員がこのやりとりを笑う。

「仕方ありませんシム殿。殿下は街歩きが趣味ですから。」

「我々親衛隊員は何度となく殿下の護衛を皇帝陛下に命じられお供をしましたので」

「そのあたりは心得ております。」

幼いユーリが「王子」として見られる事を嫌うようになったのは

町を歩くにも護衛と使用人が前後左右に付き、通りの人々がいちいち膝を折り目を伏せるからだ。

声をかける事も何かに触れる事も許されない。

2人の兄はむしろこの状況を喜んで迎えていたがユーリには我慢ならなかった。

自分の目で見たい。

自分の耳で聴きたい。

自分の声で語りたい。

自分の手で触れたい。

それから時折、どうにか入手した平服を着て1人で城を抜け出すようになったので

父親は「せめて護衛を付けろ」と言うのだがユーリはそれを拒んだ。

護衛にも平服を着させる事でようやくどうにかユーリを説得した。

親衛隊員が交代でその役を担うようになり、当初は「面倒な任務」と思われていたのだが

実際にユーリの護衛として町に出ると

彼らもまた普段とは異なる目線で人々に触れる機会を得る。

そしてユーリも王子としてではなく、町に繰り出す友のように2人の護衛者に接する。

「我々は今こうして殿下のお側にいられる事を心から嬉しく思っております。」

「帝都に残る親衛隊員皆が我ら2人に嫉妬しているでしょう。」

2人の親衛隊員は揃い膝を折る。

「殿下、どうぞ御心のままに。」

「殿下がどのように振る舞おうとも、我らの殿下への忠義は不変であると誓います。」

2人の親衛隊員が真剣なのはイヴァン・シムにも伝わった。

貴族とその雇われ騎士の間にある忠誠心とも違う。

勿論、イヴァン本人と「息子達」と呼ばれる騎士達との関係とも異なる。

皇帝や王子とは、その存在が他の何者にも形容されない絶対的な存在であるべきだ。


現皇帝も貴族の諍いの殆どに目を瞑る。政治にあまり関心を示さない。

幼い頃から「君主の子」としての地位を理解し政治的な野心が無く、

さらに物欲も無いのですり寄る貴族達からの貢物は「賄賂」として成立しない。

皇帝になってからも貴族達は皇帝本人ではなく、対象は自ずと役人達と皇帝の親族へとなった。

彼が国民から支持を得ているのは、その貴族に対する扱いが結果的に清廉潔白な印象を与え、

同時に彼が実戦の英雄である側面に寄る部分が多く、

善政的ではあるが独善的だと揶揄されるのは彼が王位に就く以前からだ。

当時の軍を率いた現場の指揮官を「無能」と称し後方に送り、

自ら陣頭に立ち騎士、兵士たちを手足のように使い、時に自ら剣を振った。

批判の対象は現場の指揮官に留まらず、戦術については父親である皇帝さえ批判した。

それが元で一時謹慎処分を受けるのだが

「内務か親衛隊の誰か、3日もすれば謹慎を解くからと言ってくる。」

そう使用人に呟くと、その言葉の2日後には親衛隊員が3人現れ

「皇帝の命により謹慎が解かれました」と城から連れ出した。

後に、使用人がどうして判ったのかと尋ねると王子は笑って答えた。

「戦場で私より有能な者はいない。」

アレクサンドル・モース・ヴォイの言動が落ち着いたのは

父親である皇帝が亡くなり、その座を継いでからだと言われている。

自ら戦地に赴く事を禁じられた挙げ句、

皇帝としての責任の多さ(大きさではない)に辟易したからだと周囲は口にする。

皇帝となったアレクサンドルは、領地の拡大事業を一時停止させた。

開発にかかる費用に伴った効果か得られていない事と、

肥大化する領地と比例して帝都近郊の空洞化が進み、開拓事業そのものの見直しを計った。

収入を失った地方貴族と、職を失った労働者達を、山を挟んだ隣国と慢性的に続く戦争へと送った。

多くの兵士を導入することで長年の諍いも決着するとの安直な目論見もあったが、

貴族達はどうにかこの戦争を長引かせようと画策し、結局は国費の送金場所が右から左へと変わっただけだった。


一部の貴族による戦争から脱した後、

帝国を支えるのはユーリのような存在ではないだろうか。

老兵と呼ばれる年齢に達したイヴァン・シムは

まだ成人を迎えない未熟な少年に期待せずにはいられなかった。

しかし第三王子であるユーリは「政治的な決定権」を有していない。

証拠があろうとも、地方領地の一領主であるイヴァン・シムも同様、

彼は皇帝から「調査」を命じられたに過ぎず他の貴族を独断で拘束する権利は無い。

性急な行動は貴族間の諍いとして「証拠の捏造」を疑われかねない。

通常の手続きは、調査し集めた証拠を皇帝に提出し、皇帝が必要と認めた場合のみ

元老院に回され、審議の上担当部署が決まり、ようやく被疑者への出頭命令が発行される。

出頭命令が応じられない場合に被疑者の拘束と連行となるのだが

過去、殆どの事案で容疑をかけられた貴族は自ら出頭している。

出頭命令が発行されるような貴族達は、既にいくつもの対応案を用意し、胸を張って出頭する。

皇帝と元老院に対する工作が叶わないのであれば

疑いを抱く者を相手に何かしらの手段を講じるだけ。

イヴァン・シムが証拠を揃えながらも手出しをしていないのは

貴族間の領地争いのような国内の諍いではなく

複数の貴族達による「敵国との共謀」だからである。


ユーリも、イヴァン・シムがどうしてこれほど慎重なのかを理解した。

同時に

「それでもこの機会に腐った連中を一層しなければならない。」

野盗騒ぎに向かう際、父が言っていた。

「ノイエルグは山越えできない。」

つまりイヴァン・シムは既に谷の者が山に現れた事実を皇帝に知らせているからだ。

「イヴァン・シムを助けろ」と言ったのはこの事ではないか。

しかし自分に何ができるだろうか。

第三王子程度の地位では政治的に何の効力も無いのは自覚している。

「ならば権利を有する者に助力を請うしかないな。」


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