シエナと旅の仲間 05
食事の片付けを終えてももう1人の騎士は現れなかった。
「仕方ない。先に王都へ向かいましょう。」
街で何かがあったにせよ、このまま留まってもいられない。
山の魔女は繋いでいた馬を引き寄せ
「シエナ殿はこちらへ。」
鎧を着けた騎士団長とでは馬も可哀想だろうと自らの馬に乗せた。
騎士団長は少しだけ残念に思った。
その日はとても穏やかに旅を終える。
夕暮れの内に簡易の宿泊場に到着したのでそこで夜を明かす事にした。
しばらく使われていなかったようだが薪は充分ある。
「デメトリオ様は街に来る際に寄らなかったのですか?」
「急ぎの要件があったのでここは素通りしました。」
「急ぎの用?それはもうお済みになったのですか?」
「済んだと言えば済みましたが、まだと言えばまだですね。」
何の事だろうとシエナは頭を悩ませた。
「私は勇者を捜していました。そしてその剣も。」
剣はこうして無事に見付かった。勇者はまだ見付かっていない。
だから半分用事が済んだと言ったのだろう。
「勇者様は捜さなくてよろしいのですか?」
「きっと見付からないでしょう。」
デメトリオにはもう見付けるつもりは無かった。
今更発見したところで結局また同じことを繰り返す。
もうあの者は、いや最初からあの若者は勇者では無かったのだ。
小さいシエナにはまだ言わずにいるが、やがてきっと判るだろう。
デメトリオの言う通り、勇者の子孫は誰にも見付かる事は無かった。
つまり誰も彼を捜していなかったのだ。
彼は南の国から森を抜け谷か北の山、もしくは北の国ノイエルグに向かうとみせかけ
南の海側に出て、一度故郷の近くの村に寄りそれから西の国バラハへ向かうつもりでいた。
つもりでいたのだか
シエナの村を出て4日。その2日後には故郷まで辿り着けるであろう小さな村に到着する。
恋人(だと若者は思っていた)の女性が姿を消してしまった。
宿で目覚めた若者は女性と、王から受け取った支度金の全てが消えている事をしばらく受け入れられず
昼近くに宿屋の女将が部屋の掃除に現れとうとう泣き出した。
宿屋の厚意で無料でもう一泊させてもらえたが
とうとう追い出され、故郷にも王都にも戻れず途方に暮れてしまうのだった。
その後その若者は南の方で漁師になったとか
予定通り西の国バラハに着いて開拓者になったとか
噂はいくつかあったが本当の事は誰にも判らなかった。
丸太が組まれただけ(縦に半分に切った丸太を柱に打ち付けた作り)の小屋には
薪と調理台の他にも調理道具は揃っていたのだが
しばらく使われていないので埃を被って結局は持参した鍋を使った。
シエナが丁寧に慎重に、無事に起こした火を使い今度こそシエナが料理を作った。
じゃがいもと人参のスープ
ローズマリーが練り込まれたフォカッチャ。魔女の持っているハーブにシエナはとても喜んだ。
騎士団長のスープにはベーコンを多めに入れて渡した。
食事が終わり、今日もシエナが先に休む事になり
やはり疲れて早々に眠ってしまうと、デメトリオは魔女も先に休むように言うのだが
「騎士団長殿は私を山の魔女と知っても何も尋ねないのか?」
「事情があるとは考えた。その剣を狙っているのかもと。」
ただシエナと私を救い、王都まで共に行くと言った。
「それを考えた上でどうして同行を許すのか。」
「シエナ殿が望んだからだ。他に理由は無い。」
他の理由はあった。
だがこれは騎士団長として例え拷問にかけられようと口には出来ない。
まさか「貴女が素敵だからだ」なんて言える筈がない。
山の魔女ウルリカはまさか騎士団長がそんな事を想っているとは考えも及ばず
素直に彼の言葉とその人柄を信用したのだった。
信用には、信用で返さなければならない。
これは魔女の矜持である。
「騎士団長の仰る通り私はその剣を追って来た。」
ウルリカはデメトリオが口を挟まないので話を続ける。
「貴殿も見た通り魔者や魔獣が再び世界に現れた。」
「その理由は、深い谷に闇の王が誕生したからなのだ。」
およそ200年前、
北の国ノイエルグと南の国ベルススの西の山脈には竜族が棲んでいた。
その竜族の長を人々が始めて目にしたのは、日が昇り夜空を駆けた竜が山へと帰るその時だった。
山の影から差す陽の光は竜を眩く輝かせた。
黄金と赤茶色を混ぜた銅のようではあったが、
より輝きを増した青銅色に近かったので
人々は「青銅の竜」と呼んだ。
「青銅の竜は谷の者と協力し世界を制服しようと企んだ。」
「これは正しい物語ではない。」
山の魔女ウルリカは続ける。
「竜族は利用されただけなのだ。」
山脈には僅かながら人々が暮らしていた。
その人々は竜族を敬い、決してその棲家に踏み入れず
竜族は元々人間族には興味を示さなかったし
畑を荒らす事も家畜を襲う事も無かった。
山々に竜族が棲む事と、その山々に人々が棲む事が地上の人々に知れ渡り
しばらくするとその山の人々の集落に麓の人が訪れるようになった。
交流や交易が目的ではない。
その者達が逃げ延びた先がその集落だったのだ。
権力争いに破れた貴族とその配下。
盗賊や犯罪者として追われる者。
帰る場所を失くし行く宛の無い者が身を寄せる最後の場所。
静かに、穏やかに暮らしていれば何も起こらなかった。
山に暮らす人々は何も聞かず何も言わず皆を受け入れたのに
恩知らずにも先住民たちを家からも集落から追い出したのだった。
山の人々はさらに深い山へと、麓の人間が決して辿り着けない深い山へとその棲家を移した。
新しく山の住人となった者達は
とても強大な「力」を手に入れたのだ。
「それが青銅の竜。」




