第6話 孫からの贈り物を捜して欲しい
六月に入り公都では毎日雨が降っている。ご多分に漏れず今日も雨だ。
ブリング大陸の北西部は温暖気候であり、一年を通して四季が見られ比較的に過ごしやすいと評価されている。
六月に入って雨季に入ったが、気温も湿度も上がりジメジメする上に蒸し暑いので、エアコンを使うことにした。
ところで「何でも屋ルーシー」は、今月に入って十件程の依頼があり、大方は成功報酬をもらえるくらいの結果を出せたものが占めているが、時には、未完遂で終わってしまうものもあった。
そのためなのか、現在事務所の経済状況はあまり余剰金も無く、無駄な出費はすることが出来ない程余裕が無かった。
それは今夜の賄いにもよく表れている。
「ごめんねアルト君。今日はパンとポトフだけなんだ」
「十分栄養も取れるし美味しいよ。ポトフ好きだし」
実際アルトがルーシーの賄いを残したことは無かった。とはいえ、普段だったらスープやもう一品くらいはつくので、少し気になった。
「もしかして財政的に厳しいの?」
「そうなの。いつも火の車で……」
「まあ、純粋に依頼料や成功報酬が、安すぎるんだろうね」
彼女は意外なことを聞いたと思った。
「安い? 報酬が?」
「え、……もしかして自覚無かったの?」
思考を巡らせてみるが、やはり思い至らない。
「報酬安いかな? いや、確かにお手頃価格にはしているつもりではあるんだけど……」
アルトは、テーブルの上に置いておいた電子端末を手に取り、手際良く操作すると画面をルーシーに見せた。
「これは、この国の何でも屋の平均依頼料」
それにはおおよそ依頼を受けるだけで一万ジェル、加えて成功報酬は二万ジェルと書いてあった。
「あ、合わせて三万ジェル……」
ちなみにルーシーの何でも屋は依頼料は三千ジェルで、成功報酬は五千ジェルだ。
「ぜ、全然違う!」
「でしょ? ルーシー、最初に料金の設定をする時相場を確認しなかったの?」
「したよ」
と言って取り出したのは紙の資料だった。アルトは確認すると、すぐにあることに気が付く。
「この資料五十年程前のだよ。五十年も前だと大分物価が違うからね」
と言いながら、逆によくこんな古い資料を見つけてきたなと感心した。
「図書館にあった資料を許可をもらってコピーして来たんだけど、日付を確認してなかった……」
「君、電子端末は持ってないの?」
今の時代子供からお年寄りまで、一人に一台は電話機能付きの電子端末を持っていた。
「持ってはいるんだけど、何分機械音痴なものだから殆ど使えないんだ。コピー機だって難しかったから、図書館の職員の方に操作をお願いしたくらいだし」
アルトは純粋に驚いた。同時にいぶかしげに思う。
──今時、電子端末を使えない?
そんな、少なくとも十代の女性は今まで会ったことが無かった。彼女はどうしてそのような状態なのだろうか。
「とりあえず料金は相場までとは言わないけど、もう少し上げて様子を見たら?」
「うーん、そうだね」
□□□□□
しぶしぶと考えていると、不意にドアベルの音が響いた。
「失礼しますよ」
声が響いたので、ルーシーは慌てて玄関へと向かった。その声はどうやら老齢の女性のもののようだ。
「いらっしゃいませ」
その女性客を応接スペースへ案内し、手際良く淹れた紅茶をテーブルの上に置く。
「本日は、ご依頼でよろしかったですか?」
「ええ、そうね。実は頼みたいことがあるの。ここは何でも頼みを聞いてくれるお店なんでしょう?」
ルーシーの表情が明るくなる。
「はい、そうです。法を犯したり、わたくしどもが所持する資格外のこと等例外はありますが、……どのようなことでしょうか? こちらに概要の書き込みをお願いします」
女性は眼鏡をかけて詳細を書類に書き込み、ルーシーに手渡した。
「紛失したお財布の捜索ですね」
「ええ。三日ほど前に多分国道だと思うんだけど落としてしまってね。あの時は荷物も多くて手も塞がっていて、歩道橋に登ろうとした際にどうやら落ち度てしまったようなんだ。後で気がついて捜しに行ったけど見つからなかったんで、ここに依頼に来たってわけさ」
こう言う類の依頼は、大体毎月何件かあった。
おおよそは警察には届けているが、いつまで経っても見つからないので捜して欲しいと言うものだ。
ルーシーの捜索方法は、ともかく落としたと思われるところから隈なく捜してみる、心当たりが無い場合は依頼者の落としたと思われる時間の行動を辿ってみる、と言うのが定石だった。だが、どれも地道な作業で骨が折れた。
その割には、おおよそ発見出来る確率は三割程なので、引き受ける時には必ず確認をしていることがあった。
「これから徹底的にしますが、それでも必ず見つかるわけでは無いので、そこのところはあからじめご理解いただけますか?」
老齢の女性マーサは頷くが、どこか腑に落ちないと言う表情をしていた。
「それでは、お願いしますね」
マーサは落としたと思しき場所を、細かくメモに書き込んでルーシーに手渡すと、ドアベルを鳴らして店を後にした。
するとちょうどアルトがキッチンスペースから、応接スペースへとやって来た。
「もう帰っちゃったんだ」
「うん。何だか気を落とされていたみたい……」
テーブルの上に置いてある依頼書を、アルトは手に取った。
「お財布の捜索の依頼か。うちってよく捜索系の依頼が来るけど、ここは魔法専門の事務所ってわけじゃ無いのにみんな頼んでくるよね。もしかしてルーシーが捜索系の魔法を使えるって、勘違いされているんじゃないのかな」
ルーシーの動きがピタリと止まった。
「そうさくけいの……魔法?」
「何でそんなに片言なの?」
アルトはまさかと思い、聞いてみる。
「もしかして探索系の魔法のことを知らないってことは、無いよね?」
「う、うん。し、知らないかな……」
彼は呆れたと言うよりも、驚いていた。そして、改めてまさかと思う。
ともかく二人は事務スペースへと場所を移し、椅子に座って会話を再開した。
「ルーシー。君、まさか魔法が使えないってこと、ないよね?」
「うん、使えないよ? 魔法って、特別な人しか使えないものだと思ってた」
思わずアルトは愕然とした。もしかしたら彼女の中の常識と自分のそれは、根本から違うのかもしれない。
ただ、どうしてそんなことが起き得るのだろうか。この世界で生まれ育っていれば、殆どそんなことは起きないはずだった。
──まさか。
アルトは直感的に悟った。
いや、いくらなんでもと思い直すが、それでもそう結論づけると妙に辻褄が合うのだ。そして、ルーシーが持つ莫大なこの気配。それも説明がつく気がした。
そう思うと、ふと彼は自分はまだ希望の糸を握っているのでは、と思ったのだった。
「……そっか」
ともかく、きちんと説明をしておかないと、と思う。
「とりあえずこの大陸、いや、この世界では魔法が使えない人は、物理的な意味で生きることが出来ないんだ」
「ええ⁉︎ 生死に関わる問題だったの⁉︎」
衝撃の事実に、ルーシーは鳥肌が立った。
「というのも、この世界を包んでいるウィザード・ロードの恩恵を、僕たちは常に受けて生きているから。それは力にもなるけど同時に害にもなる。だから人々は元々体内に持っている魔力で自然にガードし、それはウィザード・ロードから溢れる蒼の力と融合して……」
「ちょ、ちょっと、待って……」
ルーシーは、非常に混乱した。
「何だかややこしくて、話が全然入ってこないよ……」
「一般常識だよ? みんな知ってることなんだけどな」
そう言われると、三年前に施設で保護されている時に同様の説明を受けた気がした。
「要は強力なエネルギーの影響を常に受けていないといけないので、人々は体内に持っている魔力で自然とガードしてるわけ」
「う、うん」
「そして、強力なエネルギーと魔力が結びつくと、泉のように魔力が湧き出てくる。一般的にその状態が魔法が使えるってことで、大体幼稚舎ぐらいの頃から使えるようになるんだ」
どこか遠くの世界の出来事のように、ルーシーは感じた。
「つまり、魔法が使えないってことは、ガードしてくれる魔力が無いってことになるから、強力なエネルギーから身を守る術が無いことになる。……つまり、この世界では生きていけないってこと」
どんどん青ざめていく。
「それじゃあ、私は何で生きていられるんだろう……」
アルトは思考を巡らせて、ある結論に至ったが、今は伏せておくことにした。
「それにしても、周りの人が魔法を使っていて、変には思わなかったの? 故郷では特別な人しか使えないんでしょう?」
「うん。……ここの人はみんな凄いな、としか思わなかった」
どうもルーシーは鋭いのか鈍いのかよく分からなかった。
いや、もしかしたら自分以外の人間は皆能力が高いとどこかで思っていて、彼女の今までの常識が通らなかったのかもしれない。
「君が魔法を使えないことは、僕以外の人間も知っているの?」
ルーシーは、遠慮がちに頷いた。
「そっか、その人は何て?」
「人には言わない方がいいって、言ってた」
「それじゃ、これからは僕のような人間に注意しないとね」
小さく声を上げてたしかに、と言ったのと同時にアルトは小さく息を吐いて、椅子に座り直した。
「……ともかく、捜索系の魔法は魔法の中でも中レベルに位置するし、結構複雑な術式の構成をしなくちゃいけないから、使える魔法士もそこまでいないんだ」
「だから、その魔法を使える人のところに依頼をしようと思って来てくれたんだね」
「そう言うこと」
アルトが頷くと、ルーシーは青ざめた。
「ど、どうしよう……。私、みなさんを騙してしまっているんじゃ……」
アルトは苦笑する。
「まあ、君が大々的に魔法を使って解決すると言ったわけでもないし、そもそも魔法を使って事業を行うにはライセンスが必要なんだ」
「ライセンス?」
「そう。ライセンスは魔法大学校で専門の修士課程を経てから受験資格を有し、ライセンス資格の試験を受けて合格しないと取れないから、君は年齢的にもまだ学校に入学したばかりの年だし、実際に君に会えばこの人まだライセンス持ってないんだなって勝手に思って納得してくれると思うよ」
「へえ……!」
ルーシーは素直に感心した。加えてアルトこそ十六歳の割には社会のことに明るいようだが、これはこの世界では一般的なのだろうかと思うと、ふと別の疑問が頭をよぎった。
「この世界の人達にとって、魔法を使うことは当たり前なのに、何で事業をするのにはライセンスが必要なの?」
角砂糖を積み重ねていたアルトの動きがピタリと止まり、表情を暗くした。
「……人は、平等ではないからだよ」
言っていることの意味が、よく分からなかった。
「……つまり、みんなが魔法を使えるとは言っても、そこには使用できるレベルの魔法が違う等、格差が生まれる。低いレベルの魔法士が事業を行うとそれだけで色々と問題が起きるらしい。それを防ぐためにライセンス制度を設けて一定以上のレベルの魔法士と分けてる、……らしいよ」
「へえ! 勉強になるよ」
と言っても、ルーシーの場合はそもそも魔法を使うことすら出来ないのだから、彼はレベル分けの土俵にすら乗れていないと考えたがそれは流石に言わないでおこうと、思ったのだった。
お読みいただきありがとうございました。




